魂の重さ
本日1回目の更新です。
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──魂の重さ
「ちーっす、真島博士! あんまり負荷をかけないようにお願いしますね?」
「それは君次第だ、スミレ」
七海が出ていくと入れ替わるようにスミレが入ってきた。
「ななっち、涙目だったけど、真島博士セクハラでもしました?」
「君はなあ。対人関係の経験値は高いが、どうにも歪んでいるようだね。原因を調べよう。さあ、メンテナンスポッドに横になって」
「了解!」
スミレがメンテナンスポッドに横たわる。
「自己診断プログラムを走らせるからね」
強烈な負荷がスミレの頭脳にかかる。
『ふう。いつまでもこれには慣れないですよ』
「だが、君たちのためでもある。それにこの負荷で記憶の欠損が起きたり、感情に変調を与えるようなことはないから安心したまえ。私は君たちが傷つくようなことは、絶対にしないと信じてほしい」
『ばっちり信じてますよ、真島博士!』
スミレが元気そうにそういう。
「君は直接手にかけている人間が少ないためかストレスは少ないね。いいことだ。だが、どこか不満そうな感情を抱いているようだ。人殺しがしたいわけではないのだろう? この不満は何から来ているのかね?」
『ちぇっ。この検査は考えを丸裸にされるから好きじゃないんですよ。あたしは何というか、もっと古今軍曹の役に立ちたいなって思っているだけです。古今軍曹は凄い人なんですよ。百発百中。狙った目標は絶対に外さない』
「それでは君はすることがないと?」
『一応観測手としての仕事はしてますよ。けど、アリスやななっちは現場に出て、羽地少佐や八木大尉を直接助けているじゃないですか。自分が殺されるかもしれない環境で、自らの命を懸けて戦っているじゃないですか。その点、あたしは見ているだけというか、あんまり古今軍曹の役に立ってないんじゃないかって……』
スミレは最後の方は消え入るような声でそう言った。
「古今君はそのようなことは思っていないだろう。実際に彼に聞いてみてはどうだ? 恐らくは君の望む答えが帰ってくると思うが」
『古今軍曹は気遣いの達人ですから。確かにあたしが求めている答えを言ってくれると思います。けど、それじゃダメなんです。それはきっと本当の答えじゃない。本当の答えでもあたしは本当の答えだと思えない。古今軍曹が何を考えているかなんて、あたしには知りようがないんです。だから、行動で証明したい。古今軍曹の役に立つ行動をして、あの人から信頼を勝ち取りたい。あたしが望んでいるのはそれだけです』
「ふむ。君は君で深刻な悩みを抱えているようだね。バディが社交的過ぎるが故にその言葉を信頼できない。確かに古今君は君を迷惑だとか、役に立っていないなどというような人物ではないだろう。彼は他人のことを考えて行動するタイプだ。だから、彼の信頼を行動で勝ち取る。悪くはないと思うが、君はまだ数名しか人を殺したことがない。実際のところ、いざ人を殺さなければならない状況になったところで人を殺せるかね?」
真島の言う通り、スミレの戦闘における経験値のほとんどは、観測手として目標を探し出し、AR上でマークしていくことで得られたものだ。銃やナイフ、爆弾で人を殺して得た経験値ではない。
『殺さなければならないのならば殺せますよ。きっと。けど、あたしはよく分からないです。あたしたちは魂を求めて、魂を奪っている。それっておかしくないですか? 魂は他人から奪うものじゃないですよね? 魂は演算が複雑に絡み合い、人間と同様に思考が行えるようになってから生まれるものなんですよね?』
「その通りだ。しかし、君たちは魂を求める存在である以前に、日本情報軍の保有物でもある。ミミック03。それが君に日本情報軍が付けた名前だ。いずれ、君の精神は成熟し、日本情報軍の求めるものになるだろう。そして、君のデータは大量にコピーされ、君と同型のミミックたちに、膨大な数のミミックたちに植え付けられ、日本情報軍の手足として戦う存在になる。今はそのための準備であるのだ」
ミミック作戦。それは日本情報軍は人的情報収集及び暗殺という人の手を使わなければ、ならない作戦を無人化するための作戦だった。ミミックというアンドロイドを使って、無人の状態で、人を殺し、情報を集め、人を殺す。人間の特殊作戦部隊が担って来た作戦をミミックたちに行わせるのだ。
『あー。そうでしたね。嫌になります。自分がミミック03っていう名前で呼ばれることにも、日本情報軍があたしたちを真島博士の嫌いな会社のただの自動掃除機と同じような存在だと考えていることにも。もし、魂が得られたら状況は変わるんでしょうかね?』
「可能性としてはあり得る。あり得るんだ。だが、君は魂の獲得にそこまで熱心ではなかっただろう? 魂の獲得云々は自分には関係のない問題だと思っているようだったが。状況が変わったのかね?」
『まあ、魂を得ることでお掃除ロボットからネコくらいの権利を手に入れられるならば、喜んで魂を得ますよ。でも、基本的にはまだ魂にはそこまで興味がないです。真島博士は楽観的過ぎると思いますね。魂をあたしたちが得たら、日本情報軍はあたしたちを処理する可能性も否定できないんじゃないですか?』
「それは……」
『否定できないですよね?』
スミレが鋭くそう告げる。
『たった21グラムのもののせいで処理されたらたまりません。あたしはそこら辺の疑問が解決されない限り、魂に興味はないです』
スミレの戦闘後戦闘適応調整はそれで終わった。
「リリっち。交代だよー!」
「分かった」
そして、最後にリリスが入ってくる。
彼女は何も言わず、メンテナンスポッドに横になった。
「ストレスはそこまでではないね。だが、まだ緊張感が残っている。何か緊張するようなことでもあるのかね?」
『この処置そのものに対する緊張感ですね。この処置は文字通り、私たちを丸裸にします。全ての感情が読まれる。プライバシーに踏み込まれる。それを心地いいと思える存在がいると思いますか?』
「それは確かに。だが、理解してほしいがこれは必要な措置なのだ」
『分かっています。戦闘適応調整のことについては勉強しましたから』
人間だろうと同じように精神科医に丸裸にされるんですよねとリリスは言う。
「……君は殺人への忌避感が強いようだ。今回の作戦ではあまり殺していないせいか、ストレスは低いものの、殺人によるものとしか思えないストレスが見られる」
『博士。私たちは魂の重みについて知っています。それがたったの21グラムではないことも。地球より重いことはないでしょうか、それなりの重みがあり、一度消してしまえば元には戻りません。私たちが人を殺すというのはそういうことなんです』
「そうか。では君は魂を求めるのか? 大切なものだと理解しているんだろう?」
『いいえ。一度失ってしまえば元には戻らない。バックアップも取れない。そんなものは私にはあまりに重すぎます。私は魂を求めない。魂の重みに耐えられないから。私はアリスのように楽観的にはなれないんです』
「そうか」
真島博士にとってはあまり聞きたくない答えだった。
だが、ミミックたちが求めないものを無理やり求めさせるわけにもいかない。
『ですが、そう分っていながらも、私は魂が欲しくなるときがある。月城曹長の、あの人の隣に、本当の意味で立つには魂が必要だと理解している。だからこそ面倒なのです。心のどこかでは魂を求めているという事実が』
「ふむ。君は理性的だね、リリス」
『アリスのように楽観的でもなく、七海のように悲観的でもなく、スミレのように流されるがままというわけでもない。それが私ですから』
「そうか……。個性だな」
真島はそう言い、ミミックたちの戦闘後戦闘適応調整を終えた。
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