最後の戦術核
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──最後の戦術核
その日はミミックたちが魂を宿したことをお祝いする日になるはずだった。
だが、状況が激変した。
最後の戦術核が発見されたのだ。
『我々はここに宣言する! 偉大なる我らが祖国の誇りと尊厳、希望を取り戻すと! 地球からの影響を一切排除し、聖戦を完遂するのだと! シャルストーン共和国、いや神聖シャルストーン王国のものたちよ、立ち上がれ! 今こそ決起のとき!』
「シャルストーン共和国における排外主義団体“鷲獅子旅団”がネットにアップロードした声明文。背後に移っているのは戦術核だと見ている。羽地君、間違いはない?」
矢代が武装した亜人たちが叫ぶ動画を背後にそう尋ねる。
「ビンゴです、ボス。動画がアップロードされたのは?」
「ついさっきよ。いよいよ不味いことになったとビッグシックスたちも退避を始めている。民間軍事企業だけ残って、応戦する構えだけど、戦術核はどこで起爆されても致命的よ。我々にはこの破局を防がなければならない」
そして、シャルストーン共和国首都ティナトスの地図が3Dプロジェクターで投影される。そこにはひとつの点がついていた。
「電子情報軍団が動画が投稿された場所を特定した。既に連中はティナトス内にいる。戦術核の最大出力が5キロトンと考えても、既に致命的な影響を及ぼせる位置にある。それでいて、今も戦術核は移動中だと考えているわ」
「何故です、ボス?」
「貴重な1発だからよ。この1発しか彼らにはない。だから、最大の効果が及ぼせる位置で炸裂させるように仕向けられているはず。ティル・アンジェル王国で神聖王国騎士団が王城に戦術核を運んでいたように」
「最悪を想定せよ、ってわけですね」
「そういうことよ」
そして、と矢代が続ける。
「そして、このティナトスでもっとも効果が期待できる建物が──」
「まさか」
「そのまさかよ。国際経済センター。我々はここで敵が戦術核を炸裂させると見ている。このティナトスでもっとも高い建物は国際経済センターに他ならないから」
確かに国際経済センターは地球の企業が集結するために作られた巨大かつ、のっぽなビルだ。高さだけならば、このミッドランにあるどんな建物より巨大である。その最上階で戦術核を炸裂させれば、ティナトス全域を破壊しきれるだろう。
「我々は引き続き戦術核の奪還を試みる。企業どもの拠点が破壊されるかどうかは関係ない。戦術核の炸裂は誰にとっても不利益にしかならないから、止める。それだけよ。それにティナトスにはまだ避難できない邦人も多数いる」
「企業に任せるって選択肢はなしですか?」
「彼らはいざってときは逃げ出すわ。戦術核がポータル・ゲート・ワンの施設で炸裂する予定でもない限り、彼らにはわざわざティナトスを守るメリットはない。国際経済センターは確かに崩壊するでしょうし、彼らがインフラを整備したティナトスも破壊されるでしょう。けど、企業にとってはそんなものまた作り直せばいいだけの話なの」
スクラップ&ビルド。企業は破壊されたインフラを整備し直すのにシャルストーン共和国からさらに搾取を進める。
全く以て資本主義って奴は慈悲深いじゃないか。
「よって、企業は当てにできない。なんなら、戦術核を炸裂させようとしている側にいてもおかしくない。既にビッグシックスのスタッフは全員退去したとの情報も入っている。守るものがなくなったビッグシックスの犬たちがいつまで残るのかは見ものね」
シャルストーン共和国首都ティナトス郊外の空軍基地には離陸していく輸送機が多数映っていた。空間情報軍団のドローンによる映像だ。
既に民間軍事企業も撤退を始めたということ。
残されているシェル・セキュリティ・サービスが戦術核を奪還しなければ、誰も戦術核を奪還できない。
「ティナトスでの戦術核爆発までの時間はそう残されていない。直ちに全部隊出撃して、戦術核を押さえて」
「了解」
それから割り当てが決まる。
装甲車で進軍するチーム。輸送機で直接国際経済センターに乗り付けるチーム。
羽地たちは輸送機のチームとなった。
輸送機が航空基地から飛び立ち、国際経済センターを目指す。
「すまないな、アリス、七海、リリス、スミレ。本当は今日はお祝いのはずだったのに。こんなことになってしまって」
「大丈夫ですよ。羽地先輩と一緒にいられるなら、どこでも」
「そうか」
そこで戦術脳神経ネットワークから連絡が入る。
『敵はチェックポイント・チャーリーを突破。地上部隊は間に合わない。残り3分ほどで敵は国際経済センター内に入る』
『レオパード、了解』
畜生。最悪の事態だ。敵の規模は1個中隊規模。対する俺たちは1個分隊と8名。
『フォックスハンター、国際経済センター内のセキュリティシステムは使用可能か?』
『一部は利用可能だ。少なくともエレベーターは止められる』
『上等だ。止めてくれ。戦術核を上まで持ち運ぶのには強化外骨格が必要なはずだ。鷲獅子旅団がエグゾを持っているとは思えない』
『了解。エレベーターを止める』
戦術核はトラックで運ぶサイズだ。国際経済センターの業務用エレベーターが動いていなければ上層には運べない。
『まもなく国際経済センター。お降りの方は右手の出口からどうぞ!』
『行ってくる!』
『頼んだぜ!』
輸送機のパイロットとそう言葉を交わすと羽地たちは国際経済センターのヘリポートに降り立った。
『レオパードよりフォックスハンター。敵は?』
『監視カメラが潰された。確認できない。奴ら環境型監視カメラの存在に気づいているっていうのか?』
電子情報軍団から困惑の声が上がる。
『可能限り防衛設備を稼働させてくれ。俺たちは上階から下層に向かって進む。ぶつかったところで戦術核の奪還だ』
『了解。臨時のアクセスIDをそちらに付与した。これで防衛設備には攻撃されないはずだ。可能な限りこっちでも防衛設備を稼働させる』
電子情報軍団が次々に防衛設備を稼働させていく。シャッター、リモートタレット、催涙ガス。
『最上階フロア内に侵入。アクセスIDは有効なようだ』
『フォックスハンターよりレオパード。最上階に生体反応あり。監視カメラが捉えている。男がひとりでいる。確認してくれ』
『了解』
この非常事態に暢気に最上階にいるなんて、この事件と何か関係があるとしか思えない。羽地たちは互いをカバーし合いながら前進する。
「やあ。羽地さん。お久しぶりで」
「司馬、だったか。どうしてここにいる」
最上階にいたのは司馬だった。
「責任者として残ることを選んだだけですよ。どうせ戦術核は炸裂しない。そうでしょう? あなた方が阻止する。戦術核は炸裂せず、日本情報軍によって回収される」
「俺たちは日本情報軍とは無関係だ」
「そういうことにしておきましょう。それで、戦術核を取り戻すのでは?」
「ああ。戦術核を奪還する」
「なら、急いだ方がいい。業務用エレベーター。稼働してますよ」
「何だって?」
羽地が電子情報軍団からの情報をARに表示される。
業務用エレベーターが作動中になっている。
『フォックスハンター! 業務用エレベーターが作動しているぞ!』
『ハックされた! 連中、鷲獅子旅団だけじゃないぞ! 地球の人間が混じっている! それも電子戦のプロだ!』
『何としても業務用エレベーターを止めてくれ』
『今やってる。畜生。やっと止まった。だが49階まで運び込まれた』
『奪還する』
『こっちは連中のアクセスIDを剥奪中だ。このままだと防衛装置が作動しない』
電子情報軍団は混乱状態にあるようだった。
『全員聞いたな。49階に運び込まれた戦術核を奪還する』
『了解』
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