魂を得る機械たち
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──魂を得る機械たち
七海は八木に呼び出されたとき、何かのミスを自分がしたのだろうかと思った。
武器の手入れは規則通りにやったし、演習でもちゃんと役割を果たした。だが、八木は常に七海の間違った行いを指摘する。そのたびに七海は自分はダメな存在だという思いになってしまう。
だからと言って、七海は八木のことが嫌いというわけではなかった。
七海が負傷し、動けなくなった時も、八木は自分を抱えて離脱してくれた。
七海が死の恐怖に震える中、八木は七海を助けてくれた。
八木は信頼できる人だ。八木が厳しいのも戦場という環境で自分が生き残れるようにしてくれるためだ。七海はそう納得していた。
「し、失礼します」
「おう。入れ」
八木の声がすると少し安心する。
八木は羽地のように優しくはないし、古今のように明るくもないし、月城のように姉のような存在というわけではない。
だが、七海にとって育ての父とは誰かと問われれば、七海は間違いなく八木の名前を上げるだろう。
「七海。今日はお前に話が有って呼んだ」
八木はそう言って七海に椅子を勧める。
「話というのは?」
「七海。お前は死を恐れているんだろう?」
ぎくりとした。事実だからだ。
七海は魂を得ていないにもかかわらず、死を恐れた。今の自分が消滅してしまうことを恐れた。バックアップの自分は自分とは別の存在だと思ってしまった。
「は、はい……」
「悪いことじゃないぞ。ゲーム気分で戦争に参加されるよりも、実際の人間のように生を感じ、死を恐れてくれる方が、優秀な兵士だ。その点ではお前はもっとも優れたミミックだと言っていい」
「そう、なのですか……?」
「そうだ。死を恐れない人間は必ずミスを犯す。そのミスは部隊全体に波及する恐れもある。死を恐れる人間はその点で慎重だ。戦場に死の危険があることをちゃんと理解している人間は頼りになる」
七海は何も言えなかった。
八木が自分のことを認めてくれている。それだけで嬉しかった。
「俺がどうしてお前に七海という名を付けたのか。教えよう」
八木は七海に小説の話をした。自分が辛いリハビリの中にあって、それでもやる気を維持できたのはその小説の少女のおかげだということを、八木は七海に語って聞かせた。初めて聞く話に七海は戸惑う。
「俺はお前にその小説の主人公のようになってほしかった。どんな困難にぶつかろうと乗り越えていく人間になってほしかった。そうなることを望んだ」
八木はそう言う。
「俺はお前に厳しくしてきた。事実だ。それでお前が傷ついたこともあるだろう。それについてはすまないと思う。だが、戦場で生き延びてもらうためには、それが必要だったのだ。それでも俺が憎いか、七海?」
「いいえ。大尉を憎いと思ったことは一度もありません」
「そうか。俺は羽地少佐のように優しくはなれない。だが、お前を生き延びるように育てることはできる。生き延びろ、七海。このクソッタレな戦場を生き延びろ。死を終えれるならば死ぬな。やり遂げて見せろ」
八木は七海にそういう。
次の瞬間、七海には大量の言葉が溢れて来て、何を言っていいのか分からず、七海はただ涙を流し始めた。
「どうした、七海。泣くな。大丈夫だ。大丈夫。大丈夫だ」
七海はどうしても涙が止まらず、泣き続けた。
そして、彼女も魂を宿した。
その頃、月城もリリスと話していた。
「魂の発生する条件が分かったと聞いたら、驚く?」
「ええ。真島博士はずっと分からないと言っていましたから」
月城が尋ねるのにリリスがそう返す。
「それは言葉。心の底から湧き起ってくる言葉。それによってあなたたちは魂を得ることができる。アリスが言うには言葉の洪水が起きるそうよ。何を喋っていいかも分からないぐらい言葉が溢れてくると」
「言葉が、溢れる……」
「やれそう?」
月城が尋ねた。
「戦術核の犠牲になったポーランド軍の人々のことを考えます。絨毯爆撃で死亡した人々のことを考えます。すると、自然に言葉が生まれてくる。これまではただのノイズだと思っていました。だから、押さえつけ、無視してきた」
「なら、解き放って。それがあなたが魂を得る条件だから」
「ええ。人々の死について私が考えたとき──」
核によるジェノサイド。銃弾爆撃による死の協奏曲。
それについて考える。
どうして、人々はあれだけ貴重な魂を持っていながら、殺し合いによってそれを奪い合うのだろうか。どうして人の魂は不可逆だというのに死を容易に選択できるんだろうか。どうして人が人を殺す戦争というのは魂が発見されたあともなくならないのだろうか。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。
「リリス。ティッシュ」
「ありがとうございます」
リリスは流れて来た涙を拭きとる。
「魂は得られたと思う?」
「分かりません。ただ、今までとは違う気がします」
そして、彼女も魂を有した。
そして、古今とスミレも。
「なあ、スミレ。お前、マジで魂が欲しいか?」
「そりゃ欲しいですよ。今や私たちは死を恐れているんです。だったら、魂もあった方がお得じゃないですか」
「お得ってなあ。まあ、真島さんに言わせると、言葉が、心の奥底から無意識に生み出される言葉が魂を宿す条件になるそうだ。アリスに言わせるならば言葉の洪水だと。お前はどうやったらそれが起きそうか分かるか?」
古今はそう尋ねる。
「分かりますよ。きっと古今軍曹のことを考えたらそうなる」
「俺のことか?」
古今が怪訝そうにする。
「古今軍曹は私のお兄ちゃんみたいな人で、モテそうな振りしておいて実はモテてなくて、最近本気で結婚しなくちゃって焦ってて、そのくせに私のことばかり考えている。私はそんな古今軍曹のことが好き。大好き。愛している。言葉で言い尽くせぐらいに、言葉では表現しようがないほどに、言葉が纏まらないぐらいに愛してる」
そして、スミレが上目遣いに古今を見る。
「古今軍曹は私のこと、どう思ってるんですか?」
「守るべきものだと。愛すべきものだと思っているよ、スミレ」
「それが聞きたかったんです。それさえ聞ければ言葉なんて……」
本当に言葉があふれ出してくる。
言葉が洪水を起こすという波こういうことだったのかとスミレが思うほどに言葉で満ちていく。演算ではなく、本能が、心の中から生み出される言葉の列。
何から喋っていいのか分からない。何を喋ればいいのか分からない。今の演算能力では処理しきれない。それほどまでに言葉が、言葉が、言葉が、あふれでて止まらない。スミレは自分がその事実を前に泣いていることにすら気づかず、微笑む。
「古今軍曹。これからもよろしくお願いします」
「どうして泣いてるんだよ……」
ほら、ティッシュと古今が差し出す。
そして、彼女を魂を得た。
こうして、全てのミミックが魂を得た。
それが本当に正しいことなのか、それとも間違いだったのか分かることもないままに。彼女たちは魂を手に入れていた。
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