そして、得たものは
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──そして、得たものは
アリスはそれから真島の検診を受けた。
真島は呆然としていた。
「羽地君。一体どうやったのだ? 何をしたんだ?」
「ただ、お互いの胸の内を吐き出し合っただけです」
「そんな馬鹿な。そんなことで? いや、しかし、それこそが重要だったのか……」
真島は真剣に悩んでいた。
「真島さん。教えてください。アリスは魂を得たのですか?」
「……ああ。得ている。彼女は魂を得た。間違いなくこの凝集性エネルギーフィールドは魂だ。魂に他ならない。彼女は人類が工学的に生み出した存在の中で、初めて魂を得た存在になった」
真島はようやく落ち着いてゆっくりとそう言葉を吐き出した。
「真島さんが望んだ通りの結果になったわけですね」
「いや、私はもっと理論的に魂は得られると思っていた。我々がカウンセリングを続けて、彼女たちの言語野の発達を分析していき、彼女たちに進化を促すことで魂が得られるものだと思っていた」
だが、と真島は言う。
「だが、君たちはとんでもない方法で魂を手に入れた。お互いの胸の内を打ち明けあったから魂を得られた? そんなことがありえるのか? それを科学的にどう証明すればいい? 学術誌に何と書いて投稿すればいい?」
「真島さん。この研究は決して公にはできませんよ」
「分かっている。分かっているとも。だが、私の困惑も理解してくれ。君たちは思いもよらぬ手段で魂を得たんだ。これが他のミミックたちにどのような影響を及ぼすのか。ポジティブな反応ばかりではないぞ。中には魂を得ることを拒絶しているミミックもいるんだ。それがこうも簡単に魂が手に入ると分かってしまったら!」
これをどうやって説明すればいい? 科学的に何と表現すればいい? 言語の発達がいきなり起きるなんてことは全く想定していなかったと真島は再び困惑し続けていた。
「真島さん的にはどうなんです。これはやはり起こるべきことではなかったと?}」
「無論、歓迎する。私の幸福はミミックたちの幸福の中にこそある。彼女たちの幸福なくして私の幸福はあり得ない。素直に喜び、そして歓迎しよう。君はよくやった。君は科学を、彼女たちを、次の世代へと進歩させる切っ掛けを作った」
「それならばよかったです」
羽地は今、穏やかな気分だった。
「おっと。診断が完全に終わった。診断記録を見て、またゆっくりと話そう。君からは聞きたいことがいろいろとある」
君はもしかするとアンドロイドのカウンセラーとして最高の存在かもしれないと真島は言っていた。
「羽地少佐、羽地少佐!」
真島の研究室の外ではスミレ、七海、リリスが揃っていた。
「アリスっちが魂を得たのってマジですか?」
「ああ。真島さんはそう言っている」
「どうやったんです!? どうやったのか教えてください!」
「真島さんの許可を得てからな」
「ぶー! アリスっちだけずるい!」
スミレは不満そうにそう言った。
「少佐。これだけは教えてください。それが起こる可能性は我々にもありますか?」
リリスが冷静に尋ねる。
「あり得る。恐らくは、だが」
ミミックたちは三者三様の反応を示した。
満面の笑みを浮かべるスミレ、考え込むリリス、恐怖している七海。
「さあ、それぞれのバディのところに戻った、戻った。いつ作戦が始まるか分からないからな。バディといつでも組めるようにしておいてくれ。もし、バディが自由行動を許可したら、談話室でアニメ見ていてもいいぞ」
「了解!」
スミレたちはそう言って駆けだしていった。
「少佐」
「八木大尉。どうした?」
「アリスが魂を得たと聞きました」
「ああ。その通りだ」
最初に話を聞きに来るのは古今辺りだろうと予想していただけに羽地はやや戸惑った。八木は七海の魂のことなど気にしていないとこれまで羽地は思っていただけに。、
「それは七海にも起こり得ますか?」
「起こり得る。不安か?」
「いいえ。七海は俺のことを怖がっています。本当はもっと優しくしてやるべきだったのでしょうが、他のオペレーターたちが甘やかすものだから、叱る役目は自分にあると思っていました。軍人を甘やかした結果としてあるのは、死だけですから」
「そうだな」
八木は常に集団のことを考えている。軍隊という集団のことを。
だが、七海のためを思ってのことでもあったのだ。
「自分も七海に魂を得てほしいと思っています。ですが、彼女が怖がっている。魂を得た途端、俺が彼女をお払い箱にするんじゃないかと。その誤解を解きたいのですが、いい機会がなくて。羽地少佐はどのようにアリスと?」
「ただ、話し続けた。それだけさ」
「話し続けるですか。確かに俺と七海の間には欠けているものです。どうにかして取り戻しましょう。俺は七海のことをただの機械だとは思っていない。ただの機械に、冒険し、成長する物語の少女の名前をつけたりしない」
八木がつけた七海という名前は、八木がリハビリ中に読んでいた本の主人公の名前だった。その少女は世界中を旅し、様々な体験をし、立派な大人へと成長していく。そういう物語の主人公だった。
時に困難にぶつかることもある。それでもその少女は乗り越えていった。その少女のバイタリティに励まされて、八木はリハビリを乗り切ったのだ。
確かにただの機械だと思っていれば、そんな名前を付けたりしないだろう。
「羽地君! 来てくれ!」
「すまない。八木大尉。行ってくる」
真島が呼ぶのに羽地がそう言う。
「ええ。自分も七海との関係の改善を努力してみます」
「頑張ってくれ。きっと上手くいくはずだ」
「そう願いたいです」
八木はそう言って去った。
羽地は真島のところに戻る。
それからは質問攻めだった。
いつからアリスと恋人ごっこを始めたのか。いつからそれが本物になったのか。一体アリスに何を学習させたのか。戦場でのアリスの役割はどういうものだったのか。アリスはどのように成長してきたと羽地は見ているのか。
ありとあらゆるアリスのことについて羽地は質問された。
まるで大井の情報保全部に受けた尋問並みだと羽地は思う。
だが、羽地は可能な限り真島に協力した。アリスとの会話を伝え、関係を伝え、アリスが自分にとってかけがえのない存在であることを伝えた。
真島は唸りながら、羽地の言葉を聞いていた。
「やはり科学的に説明できるものではない。なんだろうか。今の科学では表現できないものだ。我々は化学式や数式、あらゆる科学の言葉で表現し得ないものを表現しなければいけなくなってきたぞ」
真島はそう言った。
「それを考えるのは真島さんの仕事ですよ。いずれ我々は科学的な地獄と天国について証明するかもしれない。その時にも科学の言葉では表現できない何かがあるかもしれない。そうではないですか?」
「私は天国も地獄も信じてはいない。シジウィック発火現象は確かに魂だが、失われるときはエネルギーを放出しながら失われて行く。エントロピーの法則に従って。秩序は無秩序へと変化する。魂という秩序は無という無秩序になるだけだ」
そうかもしれない。
だが、羽地にはどうしても科学的な地獄と天国があってほしかった。
そうでないと自分の殺してきたものたちがあまりにも哀れだ。
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