ティル・シグラー共和国で新しいビジネスを
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──ティル・シグラー共和国で新しいビジネスを
ティル・アンジェル王国での活動が困難と見るや、ビッグシックスは速やかに別の手段を取り始めた。すなわち、ティル・シグラー共和国でのビジネスに。
あらゆる政府に不満を持った人間に武器が与えられ、軍閥が完成する。ティル・シグラー共和国は瞬く間に内戦状態に突入し、希少資源のある鉱山を有する軍閥には多大な兵器が与えられる。その希少資源と引き換えに。
これがビッグシックスのやり方だ、とでもいうようにティル・シグラー共和国は一瞬で内戦状態に突入した。
その内戦状態に陥ったティル・シグラー共和国の空軍基地に羽地たちはC-2輸送機で舞い降りる。空軍基地では戦闘機や戦闘ヘリが山ほど集まっており、ティル・アンジェル王国で取り損ねた利益を取り返そうという企業の努力が見て取れた。
だが、いつもの企業の動きにしては遅い。
というのも3発目の戦術核のせいだ。
あれがどこで炸裂するのか分からないのに企業は戦々恐々としている。
それでいてティル・シグラー共和国でのビジネスが始まってしまうという事態を迎えたために、企業たちはリスクを犯しながら部分的にビジネスを始めた。
どこかの軍閥が戦術核を使うのではないか。
そのリスクを誰もが恐れていた。
それでいて企業は完全にビジネスからは撤退できず、民間軍事企業と一部の職員を残してビジネスを続けているのだから逞しいというより他ない。
ただ、本格的なビジネスは行われていないようだ。企業は鉱山を軍閥を使って確保したものの、そこから採掘を始めるのを戸惑っている。採掘を始めた途端、核攻撃を受けるのではないかと恐れているかのように。
事実、恐れているのだろう。核攻撃されるという事態を。
空軍基地から出る検問所にはNBC防護装備のついた戦車が配置されていて、あちこちにチェックポイントがある。まるで空軍基地から戦術核が輸送されることを想定しているかのごとく。だが、確かに戦術核を運び込むならば、この空軍基地しかないティル・シグラー共和国ではここか陸路かしかルートはないだろう。
だが、今では軍閥が跋扈し、陸路での輸送も難しい。やはり空路で輸送するのが当然のように思われた。
そして、イドリースもまたこの空軍基地を経由してティル・シグラー共和国に入ったのだろう。偽装IDを使って、何食わぬ顔をして、多数の武器と死を売るために、この国を訪れたのだろう。
幸いにしてイドリースの生体情報は入手出来ている。大井が入手していた。正確に言えば大井の情報保全部が。
その生体情報を生体認証スキャナーにかけて、分析AIを通し、羽地たちにイドリースの居場所の情報が送られてくる。
羽地たちの他に動員された1個小隊の特別情報軍団のチームも、この戦時下のティル・シグラー共和国で作戦を始めている。
目標は全員、イドリースの確保。
絶対殺してはならない。生きたまま捕まえなければならない。そうしなければ戦術核がどこに消えたかが永遠に分からなくなる。
いや、永遠ではないか。いずれどこかできのこ雲が立ち上り、黙示録の訪れを告げるのだ。それを阻止するためにイドリースを確保する。
『タイタンよりレオパード。目標は建物の中に入ったままでてこない。外からでは中の様子は分からないとの報告が上がっている。目標の通信記録は現在のところなし。死んだみたいに静かにしている』
『了解、タイタン』
兵器ブローカーが紛争地帯にやってきて、大人しくしているというのも妙な話だ。
何かを待ってるのか? それとも電子情報軍団に傍受されない回線を使っているのか? あらゆる可能性が羽地の頭に浮かんでは消えていく。
そもそもイドリースという男についての把握ができていない。分かっているのは、トルコの兵器ブローカーで超国家主義ロシア軍とかかわりがある。それぐらいのものである。情報が少なすぎて、相手の行動を予想できない。
何かが致命的に欠けている。意図的に情報が外されてる感じがする。
だが、何のために与える情報を制限する必要が?
日本情報軍はイドリースを拘束したがっている。こいつが拘束できれば、行方不明の戦術核の居場所が明らかになる。そのはずだ。わざわざ、イドリースを拘束させない意味はない。今のポータル・ゲートのこちら側には戦力も情報も不足しているのだ。
しかし、それでも何かがおかしい。どういうわけか日本情報軍は与える情報を制限している節がある。決定的な情報に欠け、イドリースという男をイメージすることができない。いや、違う。羽地がこれまで想像してきた“ウルバン”という人間とイドリースという男が噛み合わないのだ。
イドリースには“ウルバン”が持っていたような神秘性がない。“ウルバン”のように謎めいた雰囲気がない。“ウルバン”の持っていたような負のカリスマを感じられない。こいつはただの小悪党に過ぎないという思いがある。
いや、“ウルバン”だってただの小悪党かもしれないじゃないか。羽地は自分がどうして“ウルバン”を神格化するような思いを抱いているかに疑問を覚える。それはこれまでの“ウルバン”の仕事を見てきたためだろうか。
日本情報軍の追跡から悠々と逃げ出し、あちこちに死を振りまく“ウルバン”という人間。それに羽地は神秘を感じたのだろうか?
だとしたら、自分は相当“ウルバン”に毒されているなと羽地は思う。所詮相手は姑息な兵器ブローカーに過ぎない。戦術核を得たせいで大物に見えたかもしれないが、それはただの幻影だ。核を手に入れるまでは、こそこそと超国家主義ロシア軍とつるんでいただけの人間に過ぎないのだ。
そう、ただの人間。ただの人間だ。
アメリカ合衆国大統領だって、日本情報軍参謀総長だって、羽地だって、ただの仕事をする人間だ。神秘性など何もない。仕事があり、それを行う人間がいて、世界は回っていくのである。
“ウルバン”の神秘性なんて馬鹿なことを考えるな。奴もただの人間だ。仕事があり、仕事をする人間だ。ただ、それだけの人間だ。
この世界の全ての人間がそうであるように、やるべきことがあり、それを行う。大人ならば仕事があり、仕事を行う。ただ、それだけ。ただ、それだけなのだ。そこに神秘性などない。聖人にだって神秘性などない。彼らは宗教という仕事があって、宗教という仕事をしていただけの、ただの人間だ。
羽地は自分をそう納得させる。
「先輩?」
「ああ。アリス。準備しよう」
イドリースという男のイメージと“ウルバン”という人間のイメージは未だに噛み合わない。だが、気にすることはない。イドリースを捕まえて、歌わせれば、“ウルバン”という人間のイメージも更新されるだろう。
“ウルバン”もただの仕事を持った人間であるということが分かる。“ウルバン”もただの人間であることが分かる。そうすれば、羽地が抱いていた“ウルバン”の幻影も消えてなくなるはずだ。
「全員、装備チェック。作戦オプションは隠密だ。イドリースとの商談を試みている企業がいないという保障はない。なるべく、密かに作戦は実行する」
「了解」
さあ、“ウルバン”の化けの皮を剥してやる。
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