闇の壱
懲りずに新作です。
目の前の出来事は俺の想像を超えていた。そう、人には決して計れない世界の波に押し流されたのだ。そうとしか表現出来なかった。
「な、何よここ!?どういうことなの!?」
「どどど、どこなのですか?ここは!?」
「さすがのわたしもびっくりしたよ」
目の前の3人の女子が騒いでいる。正直な所、俺が一人だったらもっと騒ぎ立てていた事だろうな。しかし、女子に情けない姿を晒させない都合、本当は内心焦ってはいるけど、それを表に出さないようにしているわけだ。ただの格好つけですよ、分かります?
「落ち着いてくれ、まずは状況を確認しよう」
ニヒルな感じで女子に落ち着けと言う俺、カッコイイ。と、自分では思って見ても女子受けするかは顔次第?なようで
「何格好つけているのよ!あんたが追いかけてきたせいでこうなったんじゃないの!?」
「え?そうなのですか!?」
「そうだったらわたしもびっくりするよ」
「なぬっ!?俺にそんなこと出来るわけないだろ!?」
女子の一言で化けの皮が剥がれる俺。目の前の光景より、女子にあらぬ疑いをかけられることに動揺するとかマジでキテますね、俺ってば。
「そりゃそうよね、あんた何かにこんなこと出来るわけがない…そうだったら、簡単に解決出来ると思っただけよ」
「そ、そうですよね?そんな事をする怖い人なのかと少しだけ思ってしまいました…」
「なんか面白くない展開だね、もうちょっと弄れば面白そうなのに」
さっきから思ったけど、一人だけ何か反応が可笑しい気がするな?現状を楽しんでないか?気のせいか?
「と、とにかく、これからどうしたら良いか考えないか?」
「どうするもこうするも…本当にどこなのここ?」
「そ、そうですよ!それをまず確認しないといけません!!」
「確認も何も、誰もここがどこだか分かってない感じ?そこがまた面白くなりそうだけど」
話をまとめると、出しゃばるな男子?いや、まだだ…まだいけるはずだ!
「とりあえずさ、慌てても何も好転しないだろうからさ?まずは、深呼吸して落ち着いてみないか?」
「それもそうね…分かったわ、まずは落ち着いてからよね」
「そ、そうですよね!落ち着きましょう!!」
「そう言いつつ興奮しすぎ。落ち着いても何も変わらないと思うけど、一応分かった」
三者三様ながら、俺の意見を取り入れてくれた模様。それぞれ落ち着こうとしてくれている。その間に俺は、現状を把握しようと思う。
まずは…今日までの俺を振り返って見よう。・・・俺が落ち着いていないのが白日の下にさらされたな!?しかし、何か分かるかもしれない!さくっと、これまでの経緯を思い出してみようじゃないか!!
俺の名前は河北海。女みたいな名前だと言って来る奴を一睨みで黙らせるイケメンだ。・・・嘘つきました、ちょっとつり目なだけの平凡顔です。
これまで何気なく生きて来たと思う。何を頑張るでもなく、中学の頃はみんながかかる病気にばっちりなっていた。…黒歴史は少ない方だと思いたい。
しかし、心機一転高校デビューを狙った俺は、春休みから腕立て腹筋背筋を毎日50回こなして肉体改造に励んだのだ!いや、少ないと思うなかれ、継続は力なりなんですよ。実際、前より体格良くなったし?まあ、しっかり着こんでいる現在は変化は分かり難いけど…
そんなこんなで入学した高校で、水泳の授業のおりに、女子から意外といい身体してるじゃん!とか言われたかったのだが…何と!我が高校は、男女別だったのだ!男には言われたが、全然響かなかった。むしろ、そっちの人じゃないよね?と引いたくらいだった。
俺は困った。このままでは、俺の女子にモテると言う野望が潰えてしまう!しかし、俺の野望に対する想いは自分が思う以上だったようで、自身も驚く様な行動に出た。それは…
クラスのイケメンの谷口君が、大勢を集めて海へ遊びに行くと言う話に我先にと参加を表明した事だ!自分でもびっくりした。どちらかと言うと内向的な俺が、周りも驚くほどの勢いで行く!と言ったのだから。
そうして、谷口君の呼びかけで集まったのはやはり女子が多かった。当たり前だ、ほとんどはイケメン狙いなのだろう、イケメンは氏ね。おっと、話が逸れた。
正確な参加人数は、男子3名に対し、女子が12名と比率が可笑しい事になっていた。これも、イケメンの人徳(男子に嫌われ、女子に好かれるの図)の賜物であった。因みに、俺以外のもう一人は、イケメンのおこぼれ狙いの太鼓持ちと言う事実も語っておこう。
それでも…ああ、それでも!俺は、女子から良い体してるじゃん!の一言を貰うと言うただ一つの目的のために参加する事にしたのだ。多少、後からくるであろうクラスの男子からの摩擦が怖かったりもしたが、それはそれ、これはこれである。
そんなこんなで参加した海水浴当日、思う以上に面倒な事態になった。原因はもちろん、イケメン谷口君だ。
流石に、12人もの女の子を同時に相手取るのは億劫だと思ったのだろうか?男子の人数3グループに分けないか?とか言い出しおったのだ。当然、女子一同からは不満の声が上がる。理由は勿論、イケメン谷口君目当てで来た女子ばかりだからだろう。
しかし、その女子一同の不満を上手くかわしながら巧みな話術でなし崩しに納得させたのだ、あの顔面だけ男は。おっと、少し私情が出てしまったようだ。
そんなわけで、電車、バスと乗り継ぐ中で、流石に無言はどうだろうと俺は一緒のグループになった3人の女子と頑張って会話していたわけだ。あ、何故か女子が6:3:3になったのだ。誰が6人請け負ったかは言うまでもないよね?しかし、谷口君は6人なら相手に出来ると思っているらしいな…不慮の事故に遭ってしまえ!おっと、また脱線してしまった。
とにかく、頑張って会話した結果、おっとりおかっぱ頭の可愛いらしい女の子、加納美乃梨さんが谷口く…面倒だから谷口で良いか?谷口狙いで参加。
それの付き添い感覚で、175ある俺と身長差が余りないから170はあるであろう、長身美女の栗川真美。さらに、ちみっ子で一部からの絶大な人気がありそうな少女、副島ぱいんの両名が参加したとう事らしい。
これだけ聞き出すのに、俺はとても四苦八苦した。原因は、栗川さんの存在だった。一番人当たりの良さそうな加納さんに声を掛けると必ずと言って良いほど割って入って来るのだ。そして、俺を友人に害する存在と決めつけるようにキツイ口調で攻撃してきたのだ。正直、折れそうになった…精神強い方じゃないので!
しかし、目的のためには見てくれる人が必要だと言う自己中心的な考えの元、くじけずに頑張った結果が、この少ない情報だけだったという事だ…。
とにかく、そんなこんなで穴場だと言う海水浴場に到着した時、今度は予期せぬ事故が起こったのだ。楽し気に女の子と話しながら先を行く谷口、そして、それについていく金魚のフン君。さらに、そこに続こうと俺が歩き出した時、「あっ!?」と言う声が聞こえ振り向くと
「ま、待って!」
と声を上げる加納さんがいた。その視線を追ってみると、何かを加えて走り去る犬が見て取れた。状況把握、犬に荷物を持ち逃げされたようだ。
ここは俺がと言う間もなく、まず栗川さんが走り出し、その後を追うように加納さん、副島さんがついて行ったと言う図が完成した。俺は、しばし呆然とした後、すぐに後を追ったのだった。
で、現在に繋がったわけだ。これはあれだな…
「どうやら、俺たちは神隠しにあったようだな」
「・・・バカじゃないの?」
「え?わ、私もそうじゃないかと思ったのですが…」
「それはそれで面白そうだからありかも」
うん、どうやら加納さんは天然が入っているようだな。人の事は言えないが…ほら?人間には不可能だと思われる領域の出来事って、神と言う存在のせいにしたくなるじゃん?そう言う事さ…
「とにかく、訳は分からないが…どう見ても、さっきまでの場所とは違う所に迷い込んで…いや、飛ばされてしまったみたいだな」
「確かに…犬を追いかけてただけなのに、急に視界が切り替わったとしか思えないのよね。しかも、4人同時に…見落として、何処かの森に迷い込んだとかじゃなさそうね…」
「はい、そうだと思います。私は、真美を追いかけていたのですが、急に切り替わったとしか思えない変化でした…」
「私もそう思う。いや、もしかしてこれは…」
そう言って言葉を切り、俺の方を見て来た副島さん。意図を察した俺は、大きく頷き彼女と一緒に言葉を放った。
「「異世界転移だな」」
俺たちの言葉に対し、栗川さんは「は?」と疑問の声を上げ、加納さんは、「あっ!?」と理解したような声を上げた。これにより、俺は悟った。異世界と言う概念に基づく理解度は、副島>加納>>>栗川と言う感じだろう。思ったよりは、やりやすいかもしれない。
「確かに、あり得ない話かも知れない。他から聞いた話なら、そんなことあるわけないだろ!と一蹴するかもしれない。だが!現状を見てくれ!急に視界が切り替わったんだぞ?こんな、薄暗いくらい深い森の中に!!」
そう言って、俺が手を広げて示した通り、深い深い森が広がっていた。しかも、俺の知識不足なのかもしれないが、みたこともない植物ばかりが目についたのだ。
「そうだけど…あ!スマホ!!」
そう言って、思い出したとばかりにスマホを取り出して手にする栗川さん。同時に、思い至ったのか加納さんも取り出そうとするが、がっかりと項垂れた。どうやら、犬に奪われた荷物の中に入っていたようだ。副島さんは、スマホが壊れて買い替えたのがまだ届いていないらしい。
俺は…ふっ、無駄にアクティブに弄った結果、架空請求などの憂き目に遭い、取り上げられている現状だ!・・・反省しております。
つまり、現状スマホを持っているのは彼女だけなのだ。これは、みんなの期待を一身に背負って頂きたい。
「ど、どう言う事?全く反応しないんだけど…?」
そう言って、栗川さんが見せて来たのでみんなで覗き込むと…
「真っ暗?」
「そうですね…電池が切れてしまったのでは?」
「ないわよ、バスの中でも使ってたし…どういうことなの…」
一番頼りになりそうなスマホがダメだと悟ったせいだろう、栗川さんはとても沈んだ表情をした。考えられるのは、異世界だから電波が届かない?いや、それだと電源も入らないのは…異世界に移動した際に壊れた?それが一番有力か?まあ、よく分からないって事が分かったな。
それよりも問題がある…何故か、俺は昔を思い出してハッスルしたくなっているのだ…何だこの謎現象は…意味が分からないだろう?俺も分からない…右手の封印を解きたくなると言えば解るか?何か、そう言う衝動にめっちゃ駆られるんだ…再発とかあるはずないですよね…?
「ダメ…本当にどうしたら良いの…」
どうやら、スマホが役に立たない事は彼女にとってかなりのダメージだったようだ。一番メンタル強そうな栗川さんが、泣き出してしまった。・・・ここは、つけい…男として優しく接するしかないな、うん。
俺は、栗川さんが泣き出してアワアワしている加納さんの肩に、優しく手を置いて代わると合図を出した。すると、彼女は俺に場所を譲ってからお願いの合図を返されたので、栗川さんに優しく声を掛けた。
「栗川さん…」
「何でこんなことになるのよ…みんなで楽しく海水浴するだけのはずだったのに…」
ポロポロと涙を流す彼女は、どうやら自分でもこらえきれない位の衝動に襲われているようだった。・・・どうしたら良いんだ!?こ、こんな経験したことないんぞ!?い、勢いで近くに来て慰めるつもりだったけど…どうしたら良いか分からないんですが!?
お、落ち着け!そして、素早く考えろ!考えろ…考えるんだ!!・・・ええい!もう、勢いで行くしかない!!
「俺が…お前を、お前たちを守ってやる!!」
イケメンになり切って適当なカッコイイセリフを言う!これしかない!!もう、イケメンじゃない俺が言ってもネタだろうけど…何も浮かばないんだから仕方ないんだ!!
「・・・いきなり何言ってるの?アンタ何かに…何が出来るって言うのよ!!」
うん、俺もそう思う。でも、ここで引いたらかっこ悪すぎだろ?行くしかないんだ!
「確かに、何もできないかもしれない!でも…たまたまだろうと、この場に男は俺しかいないだろ?なら…男として格好つけるしかないだろ!!」
と、身も蓋もない事を言ってみる。いや、もう良いよ…笑いたければ笑えよ!
「何それ…格好つけたいだけって事?馬鹿みたい…でも、少し気がまぎれた…ありがと」
「あ、ああ…それなら良かった」
どうやら、勢い作戦は上手くいったようだ。しかし、笑われずに済んだのに、何となく不完全燃焼と言うか、やるせないと言うか…
「うわぁ、なにあれ?」
「へ?なっ!?」
誰もが息を飲んでそれを見つめた。第一発見者が、副島さんだったせいで緊張感がない声が発せられたが、非現実的な…生物がそこに居た。
知っている生物で一番近いのは犬…だろうか?正直、目を赤く光らせている時点でやばいのに、足が俺の知っている犬とは太さが違う。そして、一番の違いが背中に生えている角と言うか…枝の様なものが異様さを際立てていた。どう見ても、友好的には見えなかった。
「な、何あれ!?何なの!?」
「お、落ち着け…大声を出して刺激するな」
「落ち着けるわけないじゃない!何なのよ、あれは!!」
栗川さんは、半ばパニックを起こしていた、気持ちは分かる。俺も、一人だったら叫びながら逃げていたかもしれない。それほど、異質な存在感があった。だが…なんだ?さらにこう…俺の暗黒面が疼くと言うか・・・
「ひっ!?」
一言も発していなかった加納さんが、小さな悲鳴と共に後ずさった。どうやら、彼女は余りの恐怖に言葉を失っていただけで冷静だったわけではないようだ。そして、その悲鳴を上げた原因は…
「犬と言うより狼か?群れで行動しているとはな…」
「何冷静になっているのよ!あんなにいるのよ!?」
自分でも不思議だが、狼モドキが増えた絶望的な状況のはずなのに、妙に冷静な俺がいる。何だろうな?これは…
周りを見渡せば、栗川さんは完全にパニック状態で泣き叫んでいる。加納さんは、余りの恐怖のためかへたり込んでしまった。一人だけ冷静だと思っていた副島さんでさえ、よく見れば顔面を蒼白にして震えていた。
俺は、徐々に近づいて来る狼モドキを見据えながら…ある事をやろうと決意した。しかし、その前に
「落ち着け」
「な、何を…しているのよ…」
俺は、パニックを起こしている栗川さんを抱き締めて落ち着けと言った。栗川さんは、俺をいきなりの行動に俺の顔を見て講義しようとしたが、俺の決意に満ちた自信あふれる顔を見たせいだろうか?その声は、尻すぼみになって行った。
「俺が、何とかしてやる」
そう言って、抱き締めていた腕を放して栗川さんの頭に手を置いて笑いかけた。彼女は、唖然とした表情をしていたが、俺は構わずに狼モドキに向き直った。
さて…良く分からないが、やるしかないな。俺は、軽く深呼吸をしてから狼モドキを睨みつけて言葉を放つ。
「お前たちに恨みはないが、彼女たちが怖がっているんだ。悪いが…彼女たちの視界から消えてもらうぞ!!」
その言葉が合図になったのだろうか?8匹居た狼モドキは一斉に俺めがけて向かって来た。しかし、俺の心は波風一つ立たずに冷静なまま
「ダークウォール」
自分でも訳の分からない声を発していた。しかし、その効果は絶大だった。
「え?」
恐らく栗川さんが発した声だと思うが、俺も同じ気持ちだった。派手な何かが起こったわけではない。ただ、突然現れた闇のように真っ黒な壁に、狼モドキたちがぶつかり…そして、消えてしまったのだ。まるで、吸い込まれてしまったかのように…
俺は少しの間、この非常識な現実に呆然としたのちにダークウォールとやらを消した。消し方は何となく分かったのだ。そして、呆然としていたが彼女たちからは見えない方を向いていたために、俺が俺自身の力?に驚いていた事実は伝わらなかったようで
「な、何をしたの…?」
さっきまでとは違い、恐る恐ると言う感じで、栗川さんが質問をして来た。それは良い、しかし…俺にも分からないのが問題だ…
俺は、演出のようにゆっくりと栗川さんがいる方に向き直る。もちろん、何か言葉を考えなければならないからだ。しかし、そんな短時間で俺が何か都合の良い言葉を考え付くわけもなく…
「栗川が、いや、お前たちが怖がるから彼らには消えて貰っただけだ。気にすることはない」
「き、消えて貰ったって…」
「ああ、どうやら俺たちを食べようとしていたみたいだしな?因果応報だろう?」
俺は、自分でもこの力について何も分かっていない。だから、とりあえずはぐらかす事に決めた。姑息だろうとなんだろうと決めたのだ!そして、患っている事もキニシナイ。何か、こうしないといけない気がするんだ…漠然と力を使うための生贄?的な何かのような感じがする…と言うか、自然と出過ぎて俺が言葉を発してないんじゃないかと疑いたくなるほどだ。
そして、俺は昔の後遺症だろうか?余計な事をする。意味もなく右手を封印せよと念じると、思い描いた通りに、右手に包帯と鎖が出現して巻き付いた。
「そ、それって…?」
「俺にもこの力の出所は分からないが、何となくこの力は危険だと感じた。暴走すれば、俺自身はおろか、お前たちも傷つけてしまうかもしれないような感じだ。だから、封印した」
「だ、大丈夫なの?」
「問題ないさ、この状態でも栗川たちを守る事は十分に出来る。だが…この力については俺にも分からない。思う所はあるだろうが、深くは聞かないでくれ…」
そう言って顔を逸らす俺。深い理由がある様に見えるだろう?何かカッコイイだろう!!もちろん、力について分からないから適当に言っているだけだ。でも、何かカッコイイだろ!?
「ま、まあ、助けてもらったみたいだし深くは聞かないけど…」
「か、格好良い♪」
「ん?」
物凄く可愛らしい声が聞こえて、声の方を見てみると副島さんがいた。え?今の声彼女?いつもは、無感嘆な平たい声ばかり出していたが…今のはとても可愛らしい声だったぞ?しかも、何か目がキラキラしていると言うか…俺、凄く見つめられてません?
女の子…それも、美少女から見つめられると言う経験の無い事態に直面し、内心タジタジになりつつ見つめ合っていると…彼女がつかつかと俺に歩み寄って来てちょいちょいと頭を下げろ的なジェスチャーをして来た。
表向きは平然としつつも、内心何なん?と疑問視を浮かべている俺だが、仕方なく要望に応えてみると…
「!?」
いきなり、俺の唇が柔らかいもので塞がれたのだ。信じられないかもしれないが、いや、俺が一番信じられないんだが…その柔らかいものは、副島さんの唇だった。
ここで、普段の俺なら慌てて離れて「な、なにすんねん!?」的な反応をしたのだろう。だが、現在の俺は謎の力のせいなのか、かなり患っている。いや、酔っている?どちらでも良いが、そんな感じだ。そんな俺が、普段の俺の行動を取るわけもなく…
「んぅ…」
口の塞がった彼女から驚きの声が上がるくらい、激しいキスをしていた。具体的には、彼女を抱き寄せ、頭を固定してむさぼるように…何してんだぁ!俺は!?と、平凡な俺は驚きの悲鳴を上げているが、ついには…
「んふぅ…」
彼女をノックアウト寸前まで追い詰めていた。言い訳をさせてくれ、俺、さっきの不意打ちのキスが初めてなんだよ?なのに、むさぼるようにキスするだけじゃ飽き足らず、舌まで入れたんだよ?此奴。まあ、俺なんだけどさ…
くたぁと全身の力が抜けて倒れそうになった副島さんを背後に回って支えるイケメン、それが俺。嘘です、支えているけどイケメンには進化していません…それにしても、俺…日本なら捕まるレベルじゃない?これ…
「い・・・いきなり激しすぎだよ…」
トロンとした表情で俺を見上げて来る副島さん。いや、此奴が悪いんだ。俺だけど、俺じゃない闇の部分が暴走しやがったんだ!すっごく良かったけど…はっ!?まだだ、まだ闇堕ちはせんぞ!?
「お前から求めて来たんだろ?良い女から求められたら、必要以上に応えてやるのが男と言うものなのさ」
何言っているんだ?この阿呆は…俺だけどな!
「これ以上キュンとさせることを言わないで…」
濡れた瞳と言ったらよいのだろうか?そんな瞳で俺を見つめて来る副島さん。あれ?これ、俺が暴走したらやばいんじゃ…
「なななな、何しているのよ!?あんたたちは!?」
栗川さんの悲鳴のような声が上がった。当然と言えば、当然だな。いきなり、目の前で友人のディープなキスを目撃させられたんだから…本当に、何してんだ、俺は…?
「何って…キスだけど?」
すげぇぜ、副島さん。この状況で、いつもの抑揚のない声で何事もなかったように切り替えしおった。これは、彼女しか出来ない芸当…
「ああ、キスだが?」
もう一人いたー!?平然と返す馬鹿が!俺だけど!!あれだけの事をしておいて、悪びれもしない奴が!俺だけどぉ!!!
「ななななな!?」
二人で平然とキスと返したせいだろうか?栗川さんが固まってしまった。恐らくだが、俺たちが余りにも平然としているから、指摘した自分が可笑しいのでは?と思ってしまったのかもしれない。いえ、貴女は正しいですよ?
「続きは…流石にみんなから見えないところが良いな♪初めてだから、なるべく優しくして欲しいかも…」
「分かった、なるべく善処しよう」
そう言って、髪を撫でるイケメンではなく俺。何してんだ!?お前ら!?状況分かってますか!?異世界?だよ!?いちゃついている場合かぁ!!?一人は俺だけどぉ!!
ついでに、二人の状態を説明すると、未だに副島さんが俺に寄り添っている格好のままだったりする。いや、柔らかいし文句はないんだけど…状況を考えません?未知の生物に襲われたばかりだと言うのに、危機感無さすぎだろ?俺もだけどさ・・・
「ま、まさか…二人は…元々恋人同士だったの…?」
どうやら、俺たちのいちゃつき具合を見て、栗川さんは元々恋人だったのでは?と思ったようだ。当然そんな事実はなく…
「「違うぞ(よ)」」
即答したのだった。彼女の心の安定を考えるなら、肯定した方が良かったかもしれないが…
「まあ、今から俺の女になったが」
「されました」
彼女の心の安定を求める所か、余計な事を言いやがったよこの二人は!?一人は俺なんだけどね!いい加減考え疲れるわ!このセリフ!!しかも、しっかり抱き寄せていますしね!!俺なんだけどさぁ!!柔らかいし素晴らしいんだけどさあ!!!
最早、声を出す事すら出来ずにパクパクと口を動かす栗川さん。哀れとしか思えない状態だった。原因の一端は俺だけど!俺なんですけどね!!
「それなら!私も、愛して頂けるのでしょうか!?」
しばらく消えたように大人しかった加納さんが、いきなり自身の存在をあらわにしたと思ったら面白い事を言い出した。この状況で冗談を言うとは、中々に愉快なお嬢さんではないか…
「もちろんだろ?お前たち3人は、もう俺の女だ。だからこそ、これから如何なることが起ころうとも、絶対に守ってやる、絶対だ」
わーい、俺の方が面白い事を言い出したぞ!って、バカじゃねぇの!?何血迷った事を発言してやがるんですかね、此奴は!!俺ですけどねぇ!!?
「私の王子様…」
イカレタ発言をした俺に対し、何やら訳の分からない反応をする加納さん。なるほど、異世界に来てからみんな精神がやられたんじゃないか?栗川さん以外…
「その通りだ。俺は闇を操る暗黒王子、河北海だ!!」
俺が!間違いなく!!一番正気じゃねぇ!!!何言ってんの此奴!俺だけどさぁ!!こんなツッコミもうやらせるなよぉ!!?
しかも此奴、バサッとマントを翻してそんな事を言っているんだぜぇ!?ていうか、いつの間にマント何て身に着けていたんだよぉ!?その事実にもびっくりしたわ!!!更に、片手に副島さんを抱き寄せているから、まるで彼女をさらっているように見えるんだよ!!実際、犯罪者みたいなことを言っているから似合ってますけどねぇ!?
「王子様!私も抱きしめて下さい!」
ててて~と走り寄って来る加納さんを、抱きしめようとしたら右腕がロックされたまま動かなかった。原因はもちろん、副島さんが腕を放してくれなかったからだ。ぎゅうっと右腕に抱き着くように離れない彼女の事は諦め、片腕で加納さんを抱き止めた流れで抱きしめた。
あ、うん…さらっとやったけど、この行動自体可笑しいよね?俺、間違ってないよね?現在の俺は、左腕だけで加納さんを抱きしめていて、その彼女は俺の胸に抱き着いている。
因みに、彼女とは今日初めてまともに話したと言えるくらいの間柄だ。そして、右腕に抱き着いている副島さんも、同じ感じなのだ。つまり、ただのクラスメートの女性二人と密着しているという事だ。しかも、二人とも俺の女とか宣言しているし…
今の状況異常ですよね?と言う確認のために、栗川さんに視線を送ると…
「わ、私は抱き着かないからね!!」
「それは残念だ」
残念なのはお前の頭の中だ!俺なんですけどね!!
「海は、浮気し過ぎだよ?まずは、私からだからね?」
抱きしめていた俺の腕を放し、両腕で俺の顔を挟んで視線を自身に向けさせる副島さん。うん、嫉妬ですね…こんな奴にする必要ないと思う。俺ですけどね!!
「もちろん、逃がさないぞ?」
そう言って徐に唇を奪おうと顔を動かす俺。おまっ!?いきなり副島さんのアップは緊張するだろうが!?
「ぱいんとは先ほどしたではないですか?次は、私にして下さい…」
抱き着いていた手を上にずらし、俺の肩を引き寄せる感じで自分の方へと向かせて来た加納さんは、そんな事を言って来た。二人とも、正気に戻れ!どう考えても、此奴は女たらしだ!!俺ですけどねぇ!!
しかし、俺が行動する前に加納さんの顔は遠ざかった、何故なら…
「私が先だと言ったはず」
「それはぱいんの都合ですよね?海さんの寵愛はみんなに与えられるべきものだと思います!私の王子様でもあるのですから!!」
俺をそっちのけで睨み合う二人…な、なんだかすごいバトルになる予感が…競うほどの相手じゃないと思うよ?ちゃんとコレ…俺を見て考えた方が良いって!!俺の何処をどう見たら王子様に見えるか疑問しかないですよ!?
「私の次でも良かったはず、何で邪魔した?」
加納さんの行動を阻止すべく、副島さんが俺を自分に引き寄せたからだ。二人とも意外とパワフルな…
「いつまでも譲ってくれる気がなさそうだったので…違いますか?」
バチバチと音がしそうなほど睨み合う二人。お二人さん、一度俺を放してくれない?避難出来ないではないか…冗談だけど。おい!お前何とかしろよ!お前のせいだろ!?はい、俺のせいですね…何とかしようとは思うんですが、嫌な予感しかしない…
俺は、ため息を一つついてから二人を止めるべく行動に移った。しかし、やはりと言うかなんというか、今の俺がまともな仲裁など出来るはずもなく…
「二人とも俺の大切な女だ、満足させてやるさ」
そんな気違いな事を宣った後、副島さん、加納さんと順番にキスをする犯罪者、それが俺。やばいぜ、此奴…俺だけど。欧米の挨拶くらい気軽にキスするとかマジやばいぜ…そりゃあ、幸せですけどね!?どう考えても、身分不相応だって話だろ!?
「み、美乃梨にまで何をしているのよ!?」
「キスだが?」
流石だぜ、海さん。平然と答えるその姿勢に、痺れる憧れる…わけないだろ!?通報事案だぞ!?
「二人に手を出す何て許されると思っているの!?」
「私は問題ない」
「私もです」
「へ?」
先程までの諍いは何処へ行ったのやら?俺の気違いキスの後は、二人とも大人しく?俺に左右からべったりと寄り添っている、副島加納ペア。この温もりのために生きて来たんだ…後が怖いんですが、大丈夫なんですか?海さんや?
それはともかく、肝心の二人が問題ないと答えてしまった都合、またもやフリーズする栗川さん。何と言うか…すっごく不憫なんだが…一番常識的な行動しているのに、非常識な方が多数のせいで物凄い気の毒な感じになっていると言うか…
「栗川、お前も来いよ?」
そう言って手を広げて待つ俺。言い訳をさせてくれ?俺は、仲間外れにしないって感じで言いたかったんだ。深い意味はなく、ボッチにさせないよ?的な?
しかし、現状はどうだろう?両側から少女たちに抱き着かれながらお前も来いよと両手を広げて迎え入れようと待つ図。・・・どう考えてもお前も抱き着いて来いって感じですね!とんでもないな、此奴!俺だけど!!
「わ、私まで篭絡出来ると思わないでよね!!」
ぷぃっとそっぽを向く栗川さん。いや…何かもう段々ツンデレ娘にしか見えなくなって来たんだが…大丈夫か?君までつられてはダメだぞ?何も考えていないロクデナシ男に!俺だけど!!
「とりあえず、さっきみたいなのがまた襲って来ても面倒だ…人がいる場所をまずは探そうと思うが?」
「海に全部任せるよ!」
「私も!一生ついて行きます♪」
抱き着いている二人の頭に手を置きながら訪ねてみると、即答で肯定された。何かもう、何言っても受け入れます!的な勢いを感じて、内心は逆に引いている俺。今の外面はともかく、内面は結構小心者なんだぜ?俺ってば…
「栗川は?」
「現状、頼れるのは河北だけだし、仕方なくだけどついて行くわ!仕方なくだけど!!」
「強がっている栗川は可愛いなぁ」
「なななな、なんなのよ!?」
俺の漏れ出た声に対して警戒する栗川さん。もちろん、普段の俺ならこんな事は言わない。今はもう、病気なので気にしないで下さいとしか言えないが…
「それって、私よりも真美が可愛いって事なのかな?」
「私たちですよ!私たち!!どうなのですか?」
どうやら、俺が栗川さんを可愛いと言った事に対して嫉妬心を抱いてしまったらしい二人が詰め寄って来た。詰め寄ると言うか、すでに抱き着かれている状態なので見上げて来ているだけなのだが…その仕草が二人とも可愛いですよ!!と言うわけで、二人とも可愛いので全然問題ありません!と、普通に伝えたら良い事なのだが…今の俺はもちろん、そんな普通が出来るわけもなく…
「二人とも改めて言うまでもなく可愛いさ。今すぐに食べたくなるくらいにな?」
二人を抱き寄せて耳元でそんな事を言う馬鹿が一人、もちろん俺。食べるとか表現する阿呆が実在するとは…俺だけど!!
「わ、私は流石にここではちょっと…」
「わ、私は求められるなら、が、頑張ります!!」
うん、二人とも手遅れかも知れない。まず、副島さんだが…拒否しているように聞こえるだろ?でも、実際は、潤んだ瞳でこちらを襲われたら仕方ないよね?的な感じで、チラチラ見てくるんですよ…よくよく見れば、期待してます!って顔しているしな。
加納さんは言うまでもないよな?もう、頑張っちゃダメだろ!と、注意してあげたくなる…自分を大切にしなさいと…この最低野郎は止めておけと…俺だけど!!
「ふ、二人ともいい加減に離れなさいよ!そいつ、3人同時に相手にしようと言う最低野郎じゃない!何処が良いのよ!!」
うむ、全く以て言い返せないほどの正論だな。二人とも、栗川さんの言う通り目を覚ましなさい。
「嫉妬は見っともないよ?真美」
「そうですよ?海さんなら、3人くらい余裕だと思いますから、すぐにこっちに来た方が良いと思います」
だーかーらー!!二人して彼女を否定しないであげて!!友人でしょう!?また、栗川さんがショックで固まっちゃったじゃないか!?ど、どうする!俺!?
「おいで?」
おいで?じゃねぇえええええ!!?もっとまともな会話出来ないんですか!?馬鹿なんですか!?はい、俺は馬鹿でした!!!忘れていた事実を思い出したぞ…しかし、もう少しマシだった…はずなんだが?
「だ、だから!私はアンタ何かになびかないって言っているでしょ!!」
その時だった。何かが走って来る気配を感じた俺は、咄嗟に副島さんと、加納さんを後ろ手に隠すように前に出た。そして、森の木々から姿を現したのは…
「谷口…?」
「ハァハァ…!?河北!?」
息を切らせながら現れたのは、今回の事件?の元凶とも言える谷口だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。在り来たり感満載ですが、その分作者が悩まずに済む仕様となっております(ォィ)。
かなり先まで脳内では組みあがってますが、執筆速度が遅いので週一くらいのペースで書いて行こうと思っております。本当に遅くて申し訳ないですが、お付き合い頂けたら幸いです。