反論しました。
「お母さん、どうして此処に――――っていうか、どこまで聞いてたの!?」
扉に背を向ける形でたたずんでいるアルパカの獣人、アムールの現在母をしているラマルパカにアムールが驚愕の表情を浮かべる。
ついでに僕も表情では驚いていないが、結構驚いてる。ぶっちゃけ、気づかなさ過ぎて表情にまで反応が行かなかった。
アムールがラマルパカに詰め寄ると、あっさりと口を開いた。
「アムールが私に『じゃぁ、仕事行ってくるから。安静にしててよね!!』から今の『―――っていうか、どこまで聞いてたの!?』まで全部よ♡」
「ヤベェ奴の予感・・・・」
罪の意識の一片たりとも感じさせない物言いに僕はなんとなく察する。
「それ一日の初めから終わりまでじゃない!!え、ええ!?どういう事??」
アムールが目を白黒させながら僕の方を向いて助け舟を出してくる。
なので僕はその助け舟を魚雷で沈めつつ、「何か言ってるぞ」と目でラマルパカに訴える。
僕の眼の訴えが届いただろう問題の原因そのものはまたもや爆弾発言をする。
「私、アムールがどこかに行っちゃわないか心配で心配で、毎日仕事場まで付いて行ってるのよ♡」
イケ顔ピースをキメつつなぜか僕の方を見てくる。やめてくださいこっち見ないでください。
「―――――――」
目が「?」になっているアムール。完全に混乱状態だ。
・・・・一体僕はどうすればいいのだろうか。
とりあえず僕は邪魔者な気がするので外に出ようと思う。
「あの、・・・・なんかあんまり関わりたくない空気なので外出てもいいですかね?」
「関わりたくない空気?今更でしょ」
「それ自覚して言ってるんでしたら改善する努力をしてくださいよ・・・」
やっぱモブも変人なのか、・・・・運営は何を血迷ってこのゲーム作ったんだろうな。なんにせよ僕の逃走は却下されてしまった。僕は親子のいざこざなんて見たくないんですが。
完全に脱出の機会を失ってしまった僕は仕方なくテーブルの席に戻る。
すると、ほとんど存在を忘れられていたアムールが母親に食って掛かる。
「お母さん、どういう事!?病気じゃないの!?」
「えぇ~と、まぁそうかなぁ。嘘ついててゴメンね」
もじもじと照れるアムール母。照れる時じゃねぇぞ今。
「何でそんなに他人事なの!?お母さんのために頑張ってたのに!!」
アムールが母の態度に激昂する。まぁ妥当な判断だ。僕がアムールでもそういう反応になる。
その後はアムール主催の愚痴大会が始まった。
「それに何で今更になってそんなこと言うの!?それならもうずっと病気のフリしてくれればいいのに!!」
「それは・・・・」
「お母さんの馬鹿!!何で嘘ついてたの!?」
「お母さんは馬でも鹿でもなくアルパカよ!!そこは譲らないわ!!!」
何に重きを置いてんだこのアルパカ・・・。ったく・・・・面倒くせぇなこの母子。話が通じてるのか通じてねぇのかよくわからねぇ。
愚痴は苛烈さを増していき、アムールの母に向ける目がどんどん鋭くなっていく。人を殺しそうな目だ。登山中に出会うイノシシみたいな怖さがある。
そして不意に彼女の声が上澄み喉が小さく鳴って、アムールの目端から小粒の涙がこぼれた。
「うぅ、ぁ、良かったよぉ、お母さんが元気で、良かったぁ・・・・」
「!!」
驚いたのはどちらだっただろうか。気づけばアムール母はアムールを胸に抱いていた。
正直僕は驚いた。今まで関わってきた内の人間は大体が憤怒した後荷物まとめて家を出るパターンが多かったのに、泣いてしまうなんて。正直僕には意味が理解できなかった。母子揃って喜怒哀楽の変化が激しすぎる。本当に親子なんじゃないか?
僕がその光景の理解に遅れを取っているとアムール母がアムールを両腕に抱きとめつつ掌で彼女の頭を撫でる。
「ごめんね、アムール。心配かけちゃって、嘘ついちゃって、こんな傷まで作らせちゃって・・・」
アムールを自身の顔まで引き寄せ、彼女の目元を指でなぞる。そこには何日も寝ていない隈がくっきりと染みついていた。
「お母さんがアルパカでごめんね。寂しがり屋でごめんね。お父さんの遺伝子を継いじゃってごめんね。アムールが大好きで、心配かけて欲しくて、迷惑かけちゃって、本当にごめんね」
喜怒哀楽の激しい母親だがそれでもアムールに掛ける言葉はどれも芯のは言った言葉だと思える。
アムールは母の言葉を最後まで聞き届け、口を開く。怒りは涙に濡れて鎮火したのか、声音は怒気を孕んでいない。
「何で、・・・・」
「うん」
「何で、嘘をついたの?」
「私はね、アムール。とても寂しがり屋なの。すごく孤独感を感じちゃって、アムールが仕事中は家に居るんだけど、それでも寂しくって、誰かと居ないととても不安で落ち着かなくて・・・」
一旦言葉を区切り、より一層アムールを強く抱きしめる。
「アムールだってもうお年頃だし、このまま外の世界に行って働いて、誰か素敵なお婿さんに出会って結婚して、・・・・二度と帰ってくなくなるんじゃないかと思うと怖くなって、恐くなって、安心したくなって。・・・・・でも、そんなの・・・・」
そして、何かを決めたようにアムールをそっと自身から遠ざける。
「・・・そんなの、傲慢よね」
「―――――」
アムールが頬の筋肉を固くする。母の力を抜いたような声音と共に出てきた言葉は感傷的だった。
その言葉が、僕にとっては非常に不愉快だった。
「・・・・ずっと考えてきたの。最初は、アムールが真剣に私を手伝ってくれて、嬉しかった。すごく安心した。依存しちゃいけないって分かってて、それでもその優しさと自分の不安に抗えなくて、それがアムールの人生に蓋をするのも、分かってた。でも、コレでいいや、って思っちゃって、・・・」
「お母さん・・・・・」
「でも最近は、違う」
「」
「―――見ちゃったから。アムールの傷を」
「!」
「頑張ってくれるのが嬉しくて、でも体質だとしても一人立ちできないのが嫌で、少しだけ、少しだけ、アムールの目の前で元気な姿を見せたいなって思って、帰ってきたアムールを待ち伏せたの。いつもは目を閉じてたから、今回は少し開けてみようと思って・・・・・・後悔した」
その言葉に母はギリッと歯を噛む。それは自信に対しての嫌悪の表れか、アムールを向いていない。
「いつもの野性的な笑顔、その目元の隈と腕に巻かれた包帯を見たわ」
「――――ッ!!」
アムールはすぐさま自身の目元を指でなぞる。長袖だったため包帯は見えなかったがあるのだろう。
「髪や頬は水で洗ってるからぱっと見、分からなかったけど、あからさまに隠していた包帯は良く見えた。化粧で隠していたその隈も」
そう言って、ティーポットのココナシアの茶を空のグラスに注ぐ。茶を注ぐ音が空虚な空間ではよく響いた。
「嫌になった。私自身の事が。アムールを傷つけて、その傷に浸って安心していたのを。ずっと目を閉じて傷さえ見ようとしなかったのを。その傷を見て安心した自分が居ることが、嫌になっちゃった。・・・・・でも逃れられなくて、一度浸かったぬるま湯の味が忘れられなくて、悩んできた。だから、考えてきたの。ずっと、ずっと、・・・・・」
グラスに注いだ茶を少し煽り、アムールに向き直る。
そして、その場で膝をつき、頭を垂れた。
「ごめんね。ずっと私の都合でアムールを縛り付けて、悦に浸っててごめんね。アムールの人生で不安を拭っててごめんね。―――全部、全部ごめんね」
「そんな、別n」
「許してくれなくていいから。許して欲しくて謝るんじゃないから。それくらいひどいこと、しちゃったから。最初から、最後までアムールを私のために利用してきたから。私は、―――そう」
アムール母は前を向いてアムールを見据える。
そして、言葉を放った。否、ソレは言葉ではなく、れっきとした凶器である。その凶器が、アムールの心の臓を抉り取らんと牙を剥く。
「私は、アムールの本当のお母さんじゃないから」
S S S S
私は目の前の状況を、お母さんが言ってる言葉を理解できなかった。いや、言葉は分かる。意味も分かる。でも脳が理解を拒んでいるんだ。
「どういう、・・・・・」
必死に言葉を探すが出てきたのはそんな弱々しい言葉だった。
私のお母さんが、お母さんじゃない?何を言ってるのだろうか。私の母親はお母さんだけだ。
「アムールはちっちゃい頃にここら辺に捨てられてあったのを私が見つけて、育てたの」
そういってお母さんは手でどれくらい小さかったのかを示す。ちょうど、私が赤子だった時だろうか。
「一人じゃ寂しくて、生きていけなかったからあなたを育てることにしたの。それで自身の不安をアムールと言う存在で打ち消そうとしたの・・・・・」
「―――――」
「私が悪かったのよ。アムールの人生も考えないで、自身の不安のためにこき使って、傷も見ないようにしていて―――――」
「それは・・・ッ!」
違う。そう言いたいのに、言葉が喉を抜けない。どうしてもお母さんの言葉を否定することが出来ない。何で急にこんなことになったのだろうか。私が捨てられてた?それで不安を拭っていた?そんなことはどうでもいいのだ。ただ、この激情をどう表現したものか―――。
私が何とか気を振り絞って声を出そうとしたその時だった。
「つまんねぇなぁ」
私の激情を、お母さんの告白を一蹴するような気だるげな声が響いた。
その声の主は今さっきまでの紳士的な喋り方とは、いや存在感も違う。野生の本能が一瞬にして警戒態勢を敷くほどに少年の声は黒かった。
「馬鹿みてぇだなぁ、ラマルパカぁ~」
そういって、少年はお母さんを見る。
お母さんはぴくッとモフモフの白い耳を反応させる。
「お前は何で自分を悪く言うんだぁ?そうやって逃げ道を用意するためかぁ?」
少年は一つ一つ言葉を区切りながら、お母さんを睨む。
「自分のために、見ず知らずの娘を拾って育てて、自分のために娘の人生使って安寧を得る。それが間違ってるだぁ?―――――冗談も大概にしとけよ」
「冗、談・・・・」
「赤の他人が何言ってんだ、って思うかも知れねぇが此処に居合わせられる以上は言わせてもらうぜ。他人を巻き込んで安寧を得る。――――僕はそれが悪いことだとは思わねぇ」
「・・・・・え?」
お母さんが困惑の声を漏らす。
「アルパカは体質上、一匹じゃ生きていけねぇんだ。それは仕方のないことで、決して責められる謂れは無ぇし責める必要も無ぇ。それはアルパカの獣人万人共通の弱点だ。遺伝子単位で刻まれた弱点は個人が変えることができるほど単純じゃぁねぇ。それを自身で責め立てることを僕は許さない」
「・・・・・・・・・」
「責め立てても意味ねぇんだ。自分が悪いんだっていくら言ってもなぁんにも変わらねぇ。かくいう僕だって体質上忘れたい思い出があっても忘れることが出来ねぇ」
少年は今度はゆっくりと諭すように言う。
「許す、許さねぇ、じゃぁねぇんだ。欲的な意味合いで他人を利用するのは別の問題だが、体質で刻まれた弱点は全員が許容すべきことなんだ。だから、自分の体質で他人を縛るのは、決して悪いことだとは思わねぇ。むしろ悪いことだと思うのが悪いんだ」
「でも・・・・・」
「でももむしろも無ぇよ。・・・・実際、お前が本当の母親じゃねぇとか関係ねぇ。アムール拾ったのも、今まで縛ってきたのも全部自分が孤独死しないための保険だ。体質上の生きる死ぬ関係で他人を巻き込むのは僕だって仕方のねぇことだと思ってる」
「」
「自身の体質の非難は自身の人格の否定だ。それは自分の存在価値の無さを意味する。そんなクソッタレ理論を聞かされている僕やアムールの気分はどうなっていると思う?絶対いい気分じゃねぇし責める気分にもなれやしねぇ」
お母さんは恐る恐る私を見る。私は今、どんな顔をしているのだろうか。
「―――――もういっそのこと、『私は孤独体質であなたがそばに居ないと生きていけない』と言ってくれた方が楽だ。そっちの方がこっちだって言いたいこと言えるし、こんなクソッタレな気分にならずに済む」
少年はそう言ってケッと私の顔を見て笑い飛ばす。
「自身の悲観論なんて言ってる側も聞いてる側も辛くなるだけだ。自身の懺悔は壁に向かってするもんだ。――――仮にも自身の娘に言うもんじゃねぇぞ?」
そして、席を立つと少年は扉の方へ向かう。何故かあれほど言われたのに、不思議と言い返す言葉もその歩みを止める手も出なかった。




