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家畜の涙

作者: 遠山枯野

 この地球に最も害を与えているものは何だろうか?


 生態系を破壊し、多くの種を絶滅に追いやってきた悪魔。自らの尽きることのない欲望を満たすために、森林を焼き尽くし、有害ガスをまき散らし、地球環境をめちゃくちゃにしてしまった。とんでもない殺人兵器を作り出し、地球が不毛の惑星になる危険性も生み出した。


 もちろん、人間だ。 


 我々、豚は15000年前の農業革命以来、人間の食料となり、その個体数を急増させられた。しかし、不幸な豚たちが増えただけだ。我々は、産まれると同時に親元から隔離され、成長すると身動きが取れないほど狭い柵の中に押し込まれ、人口の餌を無理やり食わされて、たっぷり太らされた後に、殺されて食料にされる。我々は、植物と同じだ。ただの食料だ。


 今こそ積年の恨みを晴らしてやろうではないか。地球上のすべての生物の苦悩を思い知るがよい。


 神様は私に一つのスイッチを与えてくれた。目の前にあるこの赤いボタンを踏みつけるだけで、地球上のすべての人間とすべての豚が入れ替わる。私は、蹄のついた前足を持ち上げた。


 いざそのときになると、少なからず迷いが生じる。果たして、我々に人間と同じように繁栄していけるだけの能力があるだろうか? 知能では劣る。しかし、我々は他の生物たちの気持ちがわかる。人間よりは地球にやさしい世の中を作れるだろう。きっとそれが宇宙にとってもベターなのだ。やるべきだ。なにより、永年の屈辱、地獄を見せらえた恨みを晴らす権利はあるはずだ。


 我々は草食だ。しかし、肉の味を覚えたら、人間を同じように食べるようになるかもしれない。よく太らせた人間を焼いたりして。楽しみじゃないか。


 私一人の判断で、これほどの大事を実行するのは気が重い。だが、私がやるしかないのだ。私は決意して前足に力を込めた。


 その時だった。久しぶりに聞く声だった。


「豚さん、こんにちは。」


 目の前に少年が立っていた。記憶が蘇った。私が子豚の時に檻の中で遊んでくれた少年ではないか。親から離されてしばらくは、広めの檻の中に他の子豚たちと一緒に放りこまれていた。その少年がよく檻に入ってきて、私たちと遊んでくれた。少年が私たちを追いかけて、つかもうとする。私たちはすばしっこいし、つかまれても激しくは暴れるから、少年はいつも苦戦していた。でも、それが楽しかったし、私たちも好奇心旺盛なので、ときどき歩み寄ってじゃれあっていた。私たちは心を通わせていた。親を知らない私にとっては、あの短いひと時がいちばん幸せだったと思う。


 気が付くと私は涙を流していた。神様、私にはできない。豚のみんなごめん、本当にごめん。といっても他のみんなは知能を与えられていないから、僕ほどの憎しみを人間に抱くことはないだろうし、今の境遇への苦しみも小さいだろう。それだけが救いだ。いろいろと、不公平だよな。


 落ちた涙が当たると、ボタンはお椀に変わった。そのお椀に少年がミルクを注いだ。それが私の最後の餌となった。

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