議論
「僕は君を見誤っていたようだ」
赤くなったアゴをさすりつつ、顔をしかめたディルがセイシンに向かって吐き捨てた。-
「冷静さを失ってはいたが、全身全霊を込めて剣を振ったはずだった。でも、君が僕になにをしたのかまったく見えなかったよ。決勝戦では手を抜いていたのか」
「ディル……」
「その実力を隠して僕の話を黙って聞いていたわけだ。偉そうに講釈を垂れる僕はさぞかし滑稽だっただろう? 君はそれを腹の底で嗤っていたのか。そうだろう、セイシン」
ディルは屈辱に湧き上がる怒りを必死に抑えているようだった。
「信頼すべき相手を間違ったようだ。友人になりたいなど、僕の思い上がりだった」
背を向けたディル。
じっと見つめる四人から顔を隠した彼は、落ちていた剣を拾って鞘にしまう。
「それで、話は進んだのか。僕が寝ている間に」
「現状の整理くらいじゃのう。目下の問題はこれからどうするかじゃ。まさかひとまず解散っちゅうわけにはいかんじゃが」
「当然だ。まだ犯人が誰だかわかっていない」
そう言いつつ、ディルが厳しい視線を送るのはネムだった。
「セイシン、僕の早計と愚行を止めてくれたことには感謝する。魔王の娘を殺すのはいますべきことじゃない」
「……そうか」
「しかし、彼女には怪しい点が多い。聞きたいこともね。そしてなにより、王子を殺す動機がハッキリとある」
「復讐、じゃか」
戦争で殺された父の仇を討つために、王族を殺す。
わかりやすい動機だ。
ネムもそこを否定はしなかった。
「でもネムが犯人だとしたら、毒を盛った方法が不明のままだ」
「そうだ。その方法さえわかれば即座に彼女を斬り捨てるのだが」
「遅効性の毒っていう可能性はありませんか?」
「いや、それはないかと。王子に限らず、王族の方々は幼い頃から暗殺対策として訓練し、毒性物質にある程度の免疫を持っている。病原菌なども同じくだ」
「毒に? そんなことできるのか」
「あえて弱めた毒を摂取し、抗体をつくっているようだ。毒の作用法にもよるが、遅効性毒物に対してはかなりの対応力だと聞いたことがある。体内の免疫が毒素を感知したら、完全に吸収される前に排出できるような体質にしていると。もしなにかしらの毒素が体に入れば抗体が即座に反応しているはずさ」
「ほう。王族も大変じゃが」
「しかし王子にそのような兆候はなかった。毒は即効性のものとみていいだろう」
「毒の種類はわかったのでしょうか」
「それがわかれば、すぐに知らせてもらえる手筈になっている。それがまだということは、特定できていないのだろう。王子の救命が最優先だから当然だ」
考え込む一同。
やはりこの場では結論は出せないようだった。
「だが、まだやるべきことは山積みだ」
ディルがネムを指さした。
「まずは魔王の娘を拘束すべきだと思う」
「どうしてだよ。ネムが犯人だと決まったわけじゃないだろ」
「確かにそうだ。しかし現状では可能性がもっとも高く、答えてもらっていない質問も多くある。尋問するにせよ、自由にしておく理由はないと思う」
「わたしも同意見です。ネムセフィアは危険です」
「だが――」
「ワイも賛成じゃが。犯人にしろそうでないにしろ、この状況で自由にさせておいても話が先に進まんじゃか」
フレイにまで賛同されて、ネムを援護する味方がいなくなってしまった。
なにか反論できる要素を探そうと考えるセイシンだったが、なぜか膨れ面になったリッカが言う。
「それともセイシンさん、ネムセフィアに肩入れする理由があるのですか? さっきから庇ってばかりですけれど」
そう言われれば黙り込むしかない。
さらに追い打ちをかけるように、ネム自身がため息まじりに言った。
「あたしも議論が進むなら拘束されてもいいわ。でも、乱暴にだけはしないで」
「本人も認めて多数決は四対一だ。これでも不満かな?」
「……いや、それでいいよ」
白旗を上げたセイシン。
何を言っても覆りそうにはなかった。
「では拘束させてもらう。それと諸君らにもひとつ、協力して頂きたい」
「なんじゃか?」
「犯人がわかるまでこの街に残ること。もし一歩でも街から出た場合、犯人と断定して即座に指名手配をかけさせてもらう。そしてもうひとつは、決して単独では動かないこと」
前者は警告。
後者はおそらく監視のためだろう。犯人がこの五人のなかにいる場合、自由に行動されてはまた王子を狙われる。お互いを監視し、ある意味では拘束しているようなものだ。
「なるほどのう。そりゃあいい」
「わかりました。ですがお願いがあります。わたし、セイシンさんと行動させてもらってもいいですか?」
「それはなぜかな。セイシンがもし犯人だった場合、それを止められるとすれば王宮騎士としての僕の役目かと。多少実力では劣るかもしれないが、今度は誇りに賭けてやられはしない」
「その意気込みは素敵ですが」
リッカはにっこりと微笑んだ。
さも当然といわんばかりに。
「セイシンさんを抑えられるとすれば、本気のわたしくらいだと思いますから」
「…………。」
唖然とするディルだった。
リッカは準決勝でセイシンに負けたが、たしかにあのときは本気じゃなかった。彼女が勇者だとバレる覚悟があれば、【剣の神子】としての力を使ってもいいのだ。
しかしそんな事実を知らないディルですら、そのリッカの自信に満ちた言葉にうなずくしかなかったようで。
「承知した。では、セイシンはお任せしよう」
「ならワイは騎士様とじゃか。オメェ、油断してたら背中から斬るからのう」
「もちろん受けて立とう〝狂犬〟。あなたも容疑者だということをお忘れのようなのでね」
「そっくりそのまま言葉を返すじゃが」
話は決まったようだ。
だがひとつ気になることが。
「なあ、ディル」
「なんだい。これでもまだ魔王の娘を庇うようなら、君の意見は通らないと思った方がいい」
「そうじゃねえよ。まあ、もしかしたらそうかもしれんが……。ネムを拘束するって、どこかに監禁しておくのか?」
「もちろんさ。この街にも地下牢くらいはあるだろう。そろそろ部屋の外にいる領主官たちも不安だろうし、事情を説明するついでに案内してもらおう。君たちはここでしばらく待ちたまえ。僕が先に行って、便宜を図ってもらってくる」
ディルは冷ややかに言い、扉へと歩いていく。
ネムの監禁と、二人一組での行動。
これは理に適った選択肢なのか?
セイシンは、客観的に考える。
もしこの中に犯人がいるとすれば、つぎはどう動くのが自然だろうか。再び王子を狙うのか、それとも逃げるのか。いや、逃げる一手だけは選ぶのは不自然だ。殺し損ねて逃亡するようなら、もっと早い段階でここから去っているだろう。
ならばここは、潜むか、あるいは犠牲を増やすかのどちらだろう。
二人一組なら不意打ちはしやすい。
セイシンは、もしリッカが犯人だとした場合を想定し始める。
……いや、犯人じゃなくても危険性はさほど変わらない。疑心暗鬼に陥ってしまうと、どれほど毅然と振舞っていた人でも容易く誰かを傷つけてしまう。
それにリッカは、戦争で女も子供も関係なくあらゆる魔族を殺して回った人間側の英雄だ。
殺すことにかけては誰よりも優れている。
それを知っているセイシンは、リッカの挙動へ警戒を強めるのだった。