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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
2章 絶望の中の鬼謀<キボウ>
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激昂と冷静

「魔王の娘、ネムセフィア!」


 リッカの叫びが反響する。

 間違いなく、魔王の娘その本人だ。

 セイシンもそう確信した。三年前、魔王城に潜入したときにちらりと顔を見たことがある。記憶力に自信があるわけじゃなかったけど、これほど美しい娘を見間違えるはずがない。


 生きていたか。

 魔王城から脱出した魔族の娘。戦争が終わり、他の魔族ともども大陸の北へ追われたはずだった。

 それがなぜこんなところに。顔を隠して武闘大会に参加した目的はなんだ。

 聞きたいことはたくさんあるが、そんな余裕はなさそうだった。

 黙り込んだネムを見下ろし、ディルが声を震わせる。


「魔王の、娘……?」


 そのときのディルの顔は、なんと形容したらいいのかわからなかった。

 戸惑いと、驚愕と、そして歓びが入り混じったような表情だった。なぜそんな顔をしたのかはわからない。だがセイシンが確信したのは、彼がネムに向けた感情だった。


「そうか、魔王の娘……貴様が、貴様が王子をおおおおおッ!」


 魂を削ったような激昂だった。

 ディルが全身の力で剣を叩きつけた。斬るというより破壊する意図があったのか、それとも冷静さを失ってしまったからか、その剣は小刻みにブレながらネムの脳天へと迫り、


「うらあ!」


 横から飛び出てきたセイシン蹴りが剣の胴を叩き、落下点をずらした。

 ネムのすぐそばの床が轟音を立てて砕け散る。


「貴様、何をッ」


「落ち着けディル!」


「貴様も仲間かああ!」


 怒号とともに剣を薙ぐディル。

 ダメだ。完全に血が上っている。

 いくら話しかけても無駄だろう。さっきよりも明らかに理性が外れていて、話を聞く耳を持たなさそうだった。

 しかたない。


「ディル、すまん」


 セイシンは迫りくる剣を落ちていたフォークで下からかち上げ、ディルの体勢を崩した。そのままディルの懐に潜り、鎧が守っていないアゴを拳の裏で弾くように殴った。

 脳を揺らされたディルは、くるんと白目を剥いて倒れ込む。

 完全に意識を失った。

 これでひとまず。あとは、


「あんたも動くなよ」


 そのままフォークを投げる。

 リッカの踏み出そうとしていた足のすぐ先にフォークが突き刺さった。とっさに体重を戻したリッカは、セイシンを強く睨む。


「なにをするのですか!」


「だから、落ち着けって」


「なにがですか! そこにいるのは魔王の娘ですよ!? いるはずのない魔族が、こんなところにいるんですよ!」


 信じられない、という目で見てくるリッカ。


「わかってるよ。だからこそだ」


「なにが――」


「俺たちはいま、何をしていた?」


 セイシンは静かに、しかし力強く問いかけた。


「俺たちが探しているのは王子に毒を盛った犯人だ。魔族じゃない。この状況、たしかにネムは怪しい。怪しいけど、魔王の娘だという理由(・・・・・・・・・・)で犯人になるわけじゃないだろ」


「それは……そうですが」


「リカーナ。あんたがネムに剣を振るおうとする理由はなんだ? ネムが犯人だからか? 違うだろ。あんたが個人的にネムを嫌いだからだろ? 嫌いだから斬る……それはここでやるべきことなのか? いま必要なのは、冷静に犯人を探すことだ」


「……。」


「そいつの言うとおりじゃが」


 なんとかリッカをなだめようとしていたら、思わぬところから助け舟が入った。

 フレイが鼻を鳴らして言い捨てる。


「ワイらは全員、王子に毒を盛った容疑者になっとるんじゃ。容疑者同士、誰が犯人か捜している最中じゃ。それなんにオメェら、怒りに任せて暴力じゃか? それは人間でも獣でもねえ。ただの餓鬼じゃ。オメェが恥も外聞も捨て去って餓鬼になるっちゅうならそのまま剣を抜くじゃが。そんときはワイも相手んなる」


「そう、ですね……すみません」


「わかったらええじゃが」


 ひとつ深呼吸をしてから、剣を納めるリッカ。

 その様子にセイシンはほっと息をつく。


「ありがとう。助かったよ」


「フン。ワイはワイが思うままにしたまでじゃ」


 そっぽを向いたフレイだった。


「ネム、あんたは大丈夫か?」


「……べつに、助けてなんて頼んでないわ」


 顔を逸らしたまま答えたネム。差し出した手は払いのけられた。

 さっきディルが襲いかかってきたときは怯えていたが、いまは少し安心したのか震えはおさまっている。礼を言わないのは相手が人間だから、ではなく性格の問題だろう。

 素直じゃないやつだ。セイシンは少し笑みを浮かべた。

 その様子を見ていたリッカは、大きくため息をついて腰に手を当てた。


「それで、どうするんですか? そこの魔王の娘が怪しいのは変わらないんですよね。ならさっさと自白させればいいじゃないですか。自白剤とかないんですか?」


「あたしはやってないわ」


「しらばっくれても時間の問題ですよ。大人しく白状してください」


 リッカはネムが犯人だと決めてかかっているようだった。

 たしかに状況としては圧倒的に怪しい。

 ディルとネムを除いた三人には事前に毒を盛るような時間はなく、彼女だけが何かを隠している。

 しかし、考えるべきはそれだけじゃないはずだった。


「協議すべき点はまだあるだろ」


「なんですか?」


「まず、犯人は王子がこの街にいることを知っていたとしても、あの地下室を使うことをどうやって知ったのか。これはディルと王子だけの秘密だったはずだ。つぎに、水差しに毒を盛ったのはいつか。ディルが飲んでから王子が飲むまで一時間もないはずだ。俺たちが犯人だとしてもそうじゃなかったとしても、毒を入れるのはかなり厳しいだろう。それと最後は、どうやって毒を盛ったか。言うまでもなくこれが一番重要だ。もし授与式までに盛っていたとすればディルが持つ鍵と錠をどうやって破ったか。もし俺たちが部屋に入ってからだとすれば、誰にも気づかれずにどうやったのか」


「それはワイも真っ先に考えた疑問じゃが」


 フレイが腕を組む。


「さっきも言うたが、地下室でワイら四人は誰も水差しには触れとらんじゃが。触れずに水のなかに毒を混ぜる手段っちゅうのはあるもんじゃか?」


「そうですね……たとえば、水の魔法などが使えれば可能ですかね?」


 明らかに疑いの視線をネムに向けるリッカ。


「水の魔法っちゅうのはなんじゃ。ワイは魔族と戦ったことがのうて、魔法を見たことがないんじゃ。オメェ、魔王の娘なら詳しいんじゃか?」


「知らないわ。水の魔法を使えるわけじゃないもの」


「ふうん。どうですかね。信用なりませんが」


 水の魔法、か。

 セイシンは記憶を手繰る。魔族と戦ったことはほとんどないが、そもそも魔法はそこまで器用に操れるものではなかったはずだ。

 ネムも同じように否定気味な考えのようだった。 


「でも、水の魔法を使えたとしても難しいと思うわ」


「それはなんでじゃ」


「あそこの水が毒素を含んでいれば別だけど」


「……どういうことじゃか?」


 首をひねるフレイ。

 セイシンも同じ姿勢をとった。


「あらゆる要素に対して、無から有は生みだせないわ。いくら魔法でも水の中に毒を生むことはできない。水差しの中にもともと毒が入っていれば、それを増やすことはできるかもしれないけれど」


「ほう。魔法っちゅうのはそういうもんじゃか」


「その情報が本当だという証拠はあるんですか?」


 くってかかるリッカだった。

 ネムは首を横に振る。


「ないわ。でも、これだけはハッキリといえる。あの場所で誰にも知られずに毒を入れるのは、魔法では不可能よ。むしろあなたたち人間にも【神子】という人たちがいるんでしょう。その力があれば、それくらいできるんじゃないかしら」


「あり得ません」


【剣の神子】が断言する。


「わたしたち【神子】も、授かった力で操ったり増やしたりすることはできても、ゼロからイチを生み出すことはできません。万物創造は神自身にしかできないことです」


「そう。でもそれが本当だと言う証拠はないわ」


「そんなことができれば、わたしは今すぐあなたの首元に剣を生みだします」


 睨み合う勇者と魔王の娘だった。

 剣呑な空気が漂う中、セイシンは思考に没頭する。

 どのタイミングだったとしても毒を混ぜるのは難しい。だが、事実として王子は倒れてしまった。魔法や神子の力に頼らなくても混ぜられるとすれば、どういう力に頼ることになるだろうか。


「それに」


 と、ネムが言う。


「あなたたちは疑っていないけれど、あの騎士が毒を混ぜた可能性もあるわ。もしそうだとすれば、あたしたち四人にはその証明も自らの疑いを晴らすこともできない」


「それは……」


 リッカが反論しようとして、できずに黙り込む。

 考えづらいことではあるが、たしかにその可能性もある。


「あの忠義がぜんぶ演技だとしたら? あなたたち人間は嘘をつくのが得意でしょう。騙したり裏をかいたり……もっともあたしも、人のことは言えないけど……」


 表情を沈めるネムだった。

 あらゆる可能性がある。実際に王子が倒れた以上、どこかに正解の道筋があるはずだった。気付いていない事実がどこかにあるはず。

 あらゆることを考慮すれば、道の先はいくつか見えてきそうだった。


 だが、どうやってそれを絞ればいい?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が一番怪しく思えてしまうのですけれど笑 [一言] 次話を楽しみに応援しています。
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