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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
1章 とある運命の巧詐<コウサ>
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【回想】犠牲の上に立つ剣

 

 十五歳の少女リッカにとって、剣とは犠牲の上に立っているモノだった。



 幼少期、ただの村娘だったリッカは父親とのチャンバラ遊びの最中に天賦の才が目覚めた。

 五歳の娘が持った玩具の剣に、村の大人は誰一人として敵わなかったのだ。


 平凡な農家だった両親は、きっと神の思し召しに違いないと歓んでリッカを近隣の街の剣術道場に通わせ始めた。少女だったリッカは、人形やお花で遊んでいるほうが好きだったのだが、あまり自分の主張が得意な子ではなかった。

 しかし、やる気と結果は比例しなかった。たった一年程度で師範の腕を抜いてしまったリッカは、師範のすすめで王都の騎士養成学校へと通うことになった。


 そこでもリッカの実力はあまりにも群を抜いていた。

 たった一年ほどの期間で、十歳年上の学校の騎士生たちにも勝つほどの力を手にしていた。八歳にも満たない娘の鬼神のごとき強さに恐れをなした教師たちは、リッカを【剣の神子】にするという名目で学校から『試練の地』――凍てつく霊峰へと遠ざけたのだった。


 リッカは自分の強さに自信があった。大人より強いという奢りもあった。しかし、どれだけ強くてもまだ子ども。自分の道を大人たちに言われるがまま決め、自分にしかできないことだと諭されて山に籠った。親も友達も心許せる相手が誰も近くにいないなか、望まぬままに修行の日々を送った。

 十歳になった頃、ついに試練を踏破したリッカは【剣の神子】としての力を手にする。

 それは王国史上、かつてない快挙でもあった。


 しかしわずか十歳で霊峰から帰還した天才少女を受け入れる度量が、彼女を追い出した騎士学校にあるはずもなかった。得意げな顔をして人を斬ることができる少女は、故郷に帰ることを余儀なくされてしまった。

 しかたなく村へ帰ったリッカを待っていたのは、よそよそしくなってしまった両親と村の人々だった。


 表向きはとても優しい。だが、どこか距離を感じてしまう。しばらく暮らしてその違和感に気付いたリッカは、言い知れぬ寂しさを抱えたまま、誰にもそれを言えずに時を過ごしていった。

 剣しか教えられてこなかったリッカは、剣を振ること以外知らなかった。村を野獣や野盗たちから守るのはリッカの役目になった。剣を振る度、昔友達だったはずの子どもたちはリッカを怖がり、さらにリッカは孤立していくのだった。


 リッカが十二歳の頃、とある王宮騎士がリッカを迎えにきた。その強さを活かし、佳境に入った戦争をその手で終わらせてみないか、ということだった。

 さすがに戦争という言葉がまだ怖かった。万が一があれば死んでしまうのだ。誰かに負けるという想像はできないが、死ぬ想像は難しくなかった。霊峰では何度も寒さや飢えで死にかけていたからだ。

 不安になるリッカを、しかし村の人々は誰も引き留めてはくれなかった。

 自分の居場所がないことを悟った彼女は、王宮騎士の申し出を承諾した。

 こうして魔族との戦争へと足を踏み入れたリッカは、三年間で数々の武勲を手にして、やがて勇者と呼ばれるようになった。そして十五歳になった頃、二千名の兵を率いて魔王城へと進軍する。


 ……ずっと、剣に生きてきた。


 村娘としての生活も、来るはずだった青春も、乙女としての時間も、すべてを犠牲にして剣の申し子となった。

 剣とは犠牲だった。リッカにとって剣は体の一部であり、なによりも嫌いな道具でもある。

 この戦争さえ終われば、もう戦う必要はない。剣を捨てて生きられるはずだった。ふつうの娘としての人生を送れるかもしれない、と。

 そう思って三年間戦い続けてきた。


「この、魔族風情め!」


 魔王城の戦いもすでに最終局面を迎えていた。

 目の前の扉を抜ければ魔王が待つ玉座のはずだった。

 さっきまでどこからか感じていた視線の気配は消えている。リッカでさえもその気配の居場所を掴み切れないなんて、恐ろしいほどに卓越した気配遮断の技術だった。どこかで襲ってくるかと警戒して走っていたが、結局何事もなく最後の扉に辿り着いた。

 いよいよ最後の敵、魔王。

 だがその扉の前で待っていたのは魔王の娘、ネムセフィアだった。

 その自分と年端も変わらない少女は、隙だらけで叫んでいた。


「待って! 話を聞いて!」


「いまさら話すことなんて!」


「きゃあっ!」


 ネムセフィアが構えた盾を弾き飛ばした。

 話し合いなど言語道断。

 ここまで出会った魔族はすべて殺してきた。魔王の娘にも手心を加えるつもりなどまったくない。これは戦争だ。戦意のない者も、子どもや女も関係なくすべて敵は殺してきた。


「もう、これ以上戦わないで!」


「ふざけたことを……ッ!」


 リッカは頭に血が上る。

 ここまで辿り着くために、あらゆるものを犠牲にしてきた。

 もちろん、仲間の命もだ。

 二千人いた討伐軍も、生き残っていたのはリッカと王宮騎士ひとりだけだ。たった二人だけを残して仲間はみんな殉死していった。彼らの死を悼む時間も弔う手立てもなく、断腸の思いで彼らの死を踏み越え、ここまでやってきたのだ。

 いまさら、振るった剣は止められない。


 武器もなくなったネムセフィアに、慈悲を捨てた剣を振り下ろす。

 殺意を込めた必殺の剣。

 しかし、それは寸でのところで防がれた。


 ネムセフィアの影から音もなく伸びていたのは一本の細い腕だった。

 その腕が握った短剣が、勇者リッカの剣を受け止めていた。力は拮抗したまま、ゆっくりとそいつの全身が影から這い出てくる。

 黒い布で全身が覆われたその姿は、不吉そのものだった。


「また、ですか――影縫いの魔人ッ!」


 出会うのは二度目。

 かなり厄介な敵だった。

 一度目は魔王城の外で出会った。兵糧の補給を絶つために給仕塔を急襲したとき、影縫いの魔人が現われて足止めをされ、給仕たちをほとんど逃がされたのだ。

 そのとき影縫い自身にも逃げられてしまい、煮え湯を飲まされていた。いままでも逃げられることは多少あったが、ほとんど誰も殺せずに終わったのは初めてだったのだ。


 しかし、すでに手の内はわかっている。

 リッカは懐から火打石と木屑を取り出すと、真上に投げて斬りつけた。激しい火花が散って火の粉が飛び跳ね、木屑が燃えながらゆらゆら落ちてくる。

 こうして少しでも影が揺らいでいる間は、魔人は影に潜ることはできない。わずかな時間だが力は封じた。


 あともうひとつ彼が持っている力は、相手の影に剣を刺すことで動きを止めるというものだ。リッカが彼を影縫いと呼んでいる由縁はそっちの厄介な力があるからこそだったが、仲間がいない状況――リッカひとりだけなら、自分の影さえ守りながら戦えばいいまでのことだ。

 簡単ではないが、できないこともない。


「影縫い、覚悟!」


「ちっ」


 影縫いはネムセフィアを抱えて後ろに跳躍した。影縫いの力だけでなく、俊敏性もかなり高い。その力といい能力といい、今まで聞いたことのない魔人だった。明らかに王宮騎士以上の強さだ。リッカでなければ勝てない相手だろう。

 影縫いはネムセフィアを腕から放した。


「話は通じない。逃げろ」


 驚いた顔で影縫いの魔人を見上げるネムセフィアを、影縫いはもう一度走れと促した。

 少し逡巡したネムセフィアは悔しそうに服を握りしめてから、踵を返して駆けだした。


「逃がしません!」


「させるか!」


 リッカの追撃は影縫いが防ぐ。何度か斬り合い、鍔を競り合う。そうしている間に、ネムセフィアの姿は見えなくなった。


「一度ならず二度までも……邪魔をしないでください!」


「邪魔しに来てんだよ」


 あと少しなのに。リッカは歯噛みする。

 影縫いの背後の扉を抜ければ、あとは魔王だけなのだ。

 魔王を倒せば魔族の指揮は一気に崩れる。そうすれば戦争は終わるはずだ。百年続いた戦争も、あと数分で決着がつく。そのためにはこの魔人を斬らなければならないが、そう一筋縄ではいかないようだった。


「魔族のくせに……ッ!」


 剣を握り直し、奥の手を使おうかと踏み込んだその瞬間だった。

 扉の向こうから、かすかに呻くような声が聞こえてきた。


「ッ!?」


 影縫いもその気配を感じたのか、勢いよく振り返る。

 ――好機。

 隙だらけになった影縫いの背中を斬りつけた。


「ぐっ!」


 倒れる影縫い。血が舞った。

 追い打ちをかけようと手首を返して振りかぶったが、影縫いはとっさに自分の影に溶けて地面へ潜ってしまった。気配も跡形もなく、影縫いの姿が消える。

 逃げられてしまった。しかし致命傷を与えた手応えはあったので、しばらくは襲ってくる心配はないだろう。

 不意打ちに近かったことに文句は言っていられない。

 それよりも、だ。


「いまの気配は……?」


 誰もいなくなった通路の先にある、ひときわ存在感を放つ扉に手をかけるリッカ。

 この向こうにすべての元凶――魔王がいる。

 しかし、リッカの胸にざわつく予感が、背中に流れる汗を止めていた。

 さっきまで壁越しに感じていた魔王の威圧感がいつのまにか消えているのだ。


 困惑するまま扉を開けた。

 その目に飛び込んできたのは――


「…………え?」


 玉座に腰かける魔王だった。

 話に聞いていたとおり、その巨体は人間よりはるかに大きく筋肉質だった。腕はリッカの胴と同じ太さで、拳は頭蓋骨ほどもあった。百年間、魔族の王として君臨していたその姿は畏怖を感じるほどのもの……の、はずだった。


 その魔王の心臓を、後ろから剣が貫いてなければ。


 眼球から少しずつ光が失われていくのを、リッカは見た。

 まだわずかに生きている――だが、明らかに手遅れだった。魔王は腰かけたまま唇を震わせている。その口の端から血が流れ落ちてゆき、胸に刺さった剣に落ちた。剣は魔王の腰にあったものだろう。人の手に持つには大きすぎる。


「なにが……一体、なにが……?」


 玉座ごと貫かれ、魔王は絶命した。

 リッカは呆然としたまま、その光景を眺めていた。

 あらゆるものを犠牲にしてここまできた。魔王と対峙するためだけに、すべてを捨て去ってここまで戦ってきた。

 自分の青春。

 親や友達との絆。

 大事な仲間の命すら、投げ捨てて。


 それなのに辿り着いた結末が――暗殺された魔王との、対面だったなんて。


 勇者リッカ、十五歳。

 彼女は喉が裂けるまで絶叫した。


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