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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
終章 彼と彼女の奸計<カンケイ>・下
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勇者 VS 暗殺者

 

 夜明けだ。

 遥か上空を鳥が飛んでいた。朝陽に向かって、風に乗ってあっという間に過ぎ去っていった。

 もしかしたら、これが最後に拝む空になるかもしれない。

 セイシンは目を細める。


「準備はできたじゃか?」

「ああ。よろしく頼む」


 キッシュ領長の邸宅。

 リッカに刻まれて修復中の壁や邸宅を越えることは容易いが、今回の目的は侵入することだけじゃない。セイシンが来たことを、リッカに知らせる必要がある。


 門の前で大剣を担いだフレイ。セイシンと頷き合うと、その巨大な鉄塊を振り下ろした。


「るああっ!」


 フレイの渾身の一撃は、門を吹き飛ばした。

 豪快な音を立てて弾け飛んだ門は、残骸となって前庭に転がっていく。これだけ派手にすれば、いくら寝坊助のリッカでも気づくだろう。

 セイシンは門があった境界線を跨ぎながら、礼を言う。


「じゃあ、頼んだぜフレイ」

「気ぃつけろよセイシン」


 フレイはすぐさま振り返って、来た道を走っていった。

 ここからは別行動だ。

 一歩、二歩、と慎重に歩いていく。前方の屋敷の中では、慌ただしくいくつも気配が動くのを感じた。窓からの視線も、セイシンに張りつくようになっていく。

 警戒していたのは剣の結界だ。ウルスの街で発動した無数の剣が待ち構えていたら、ここを抜けることすら命懸けになってしまう。

 しばらく歩いて察知を続ける。結界の気配はなさそうだった。


「まあ、あいつの性格を考えたらそれはねえか」


 リッカがセイシンを殺すとするなら、自らの手でやるつもりだろう。

 だとするなら。


「……来る」


 直後、屋敷の奥から凄まじいほどの圧を感じた。

 剣気だ。殺意を持った勇者が、近づいてくる。

 セイシンはその気配が生まれた場所を記憶する。リッカのことだ。ネムの近くで見張っていたのだろう。つまりネムはそこに閉じ込められているに違いない。

 あとは、リッカを出し抜けるかどうか。


「勝負だリッカ」


 セイシンは呼吸を浅く、余計な力を抜き、地を蹴った。屋敷の壁に張りつくように、足跡も残さず駆けた。リッカが庭に出てくるまえに、屋敷を大きく迂回する。

 最初から剣と剣で戦っても、勝ち目はないだろう。

 それは一か月リッカと過ごして確信が持てた。

 ならセイシンは裏をかくだけだ。正面に誘き出し、その隙にネムを救出する。ネムさえ助け出しさえすれば、リッカと決闘して戦って負けてもいい。


 死んでしまえば、すべては闇の中に消えるのだから。


 セイシンはあらゆる死角を使い、痕跡を残さないように屋敷の中へと忍び込む。おそらくどこかに地下があるはずだ。見当をつけていた方角に進みながら、屋敷の構造を把握していく。

 途中で数人、使用人のような者たちとすれ違う。天井や壁、家具の裏などを駆使して見つからないように進む。一般人相手ならそれほど苦労することはない。問題はここにいるであろう【鎖の神子】だ。リッカとは違い、その気配を探ることはできない。

 慎重に、かつリッカがセイシンの狙いに気付く前に迅速に、セイシンは奥へ奥へと進んだ。

 さほど時間をかけることもなく、地下への入口を見つけた。跳ね上げ式の扉が開いたままになっている。扉を開けっ放しにするのはリッカの悪い癖だ。


「念のため……」


 懐からなんの変哲もない小石を出して、地下へ放り投げる。

 カラン、と階段を転がっていく石。


「罠はなし、と」


 とはいえ油断はできない。セイシンは息を吸い込んで止め、階段を一歩も踏まないよう壁を使って階段を駆け下りた。

 瞬く間に、地下へと到達する。

 顔を上げたセイシンは舌打ちをした。

 一本道の廊下だ。しかも、かなり長い。

 その向こうには部屋があるようで、おそらくネムがいる。縛られているのか、あるいは眠っているのか。微動だにすることなく弱々しい気配を放っている。

 なら悠長にしている暇はない。即座に判断し、全力で廊下を駆けようとして――


「やっぱり、そんなことだろうと思いましたよ」


 廊下の奥――扉の手前の壁に飾られてあった剣が、唐突に動き出した。

 しかも数十本。この通路を埋め尽くすように、部屋を守るように結界が出現する。


「……バレてたか」

「ええ。セイシンさんの考えることくらい、そろそろわかってきましたから」


 後ろの階段をゆっくりと降りてくるリッカ。

 リッカの間合いに入らないよう、後ずさる。

 地下に降りてきたリッカは、距離を開けて対峙するセイシンを見てにっこりと笑った。


「もしかして、と思うんですよね。わたしが一番、セイシンさんのことを理解してるんじゃないですかね?」

「……そうかもしれないな」


 一か月も寝食を共にしたことなんて、もはや生きている相手では一人もいない(・・・・・・)

 セイシンが首肯すると、リッカは嬉しそうな表情を浮かべる。


「なんだかいいですね、理解し合うっていうのは。セイシンさんもわたしのことずっと見てきたわけじゃないですか。この一か月、旅をしてて思いました。こんなに楽しかったのは初めてです」

「でも、俺を殺すんだろ?」


 リッカに漲る殺意は、紛うことなく本物だった。

 油断すれば、瞬きの間に首が離れているかもしれないと思えるほどの殺意。

 リッカは当たり前のように頷いた。


「そうですね。殺します。覚悟はよろしいですか?」

「いいわけ――ねえだろ!」


 嘘だ。覚悟は、とっくにできていた。

 もし正面から戦うことになった以上、セイシンは死ぬ可能性が高い。ゆえにもしリッカを退けるのであれば、正面から堂々と不意打ちをしなければならない。

 セイシンは自分から最大速度でリッカの懐に飛び込む。

 ほとんどの相手なら、反応できない速度とタイミングだ。


「じゃあ、始めましょうか」


 しかしセイシンの短剣の一撃を、鞘から抜くことなく剣で弾いたリッカ。

 朗らかにすら思えるほどの口調で、腕力だけでセイシンを押し返す。

 後ろに飛びずさったセイシンは、着地と同時に袖の下に隠してあった針を投擲する。


「いいですね、そうこなくては」


 いつの間にか抜剣していたリッカは、軽く振るうその風圧だけで針を落とした。

 そのまま一歩踏み込んで、横薙ぎに剣を振るう。

 しかしあきらかに間合いの外だ。いくらリッカといえど、届かない剣で攻撃はできない。

 そう思ったセイシンだったが、脳裏に嫌な予感がして短剣を盾のように構える。

 直後、衝撃が来た。


「――ッ!」


 手首が痺れるほどの斬撃が、短剣を襲った。

 とっさに体を逸らして衝撃を逃がす。

 慌てて体勢を整えたセイシンは、その場から動いていないリッカに叫ぶ。


「おまえ、斬撃を飛ばしたのか!?」

「ええ。よく防ぎましたね」


 あっけらかんと言うリッカ。

 さすがのセイシンも閉口する。


「これ、すっごく地味ですけどわたしの秘奥義なんで、他の人には教えたくなかったんですけど……わたしの本当の間合いって、目に見える範囲全部(・・・・)なんですよね。視認できるところなら、どこでも自由に斬れます」

「なんだよ、それ」


 いくらなんでも卑怯すぎる。だがその言葉を信じるしかないのは、身をもって体感したセイシン自身がよくわかっている。さっきのは、空気が乱されたわけでも衝撃波を飛ばしたわけでもない。剣の延長線上に見えない刃が存在しているようだった。


「わたし【剣の神子】ですから。『斬る』ことにかけて常識なんて通じませんよ」


 目を細めて剣を構えるリッカ。

 なんてやつだ。

 ウルスの街でリッカの本気を見た、と思っていた。だがそれすらもまだまだ手を隠していたなんて。あるいはこの自在の間合いですらも、まだまだ力の一端なのかもしれない。

 いよいよ勝てるイメージがわかない。


「さあ、もう少しは踏ん張ってくださいね!」


 リッカが縦横無尽に剣を振るう。

 間合いが意味を成さないとわかった以上、防ぐばかりに徹していても意味がない。不可視の斬撃を剣で防ぎ、あるいは天井や壁を蹴って避け、少しずつリッカに近づいていく。俊敏性に特化させた肉体のおかげで、スピードだけはリッカに勝る。


「さすが、セイシンさんです!」


 ただ、一撃を叩き込むことはできない。

 どれだけの速度を持っていても、防御に回ったリッカの剣を弾くことなどできない。せっかく苦労して詰めた間合いも、鍔迫り合いすらすることなく力で押されて、また距離を開けるしかなくなる。避ける合間に投擲していた針や痺れ薬も、すべて風圧だけで叩き落されていた。


「おまえ、ほんとに強ぇな!」

「当然ですよ。勇者ですから」

「じゃあこっちも、本気で行くぞ!」


 セイシンは服の下に隠してあった道具をひとつ、地面に叩きつけた。

 廊下に一瞬で煙が充満する。


「またソレですか! そんなもの効かないですよ!」


 リッカが大きく剣を振るうだけで、空気が弾けて煙があっというまに晴れる。セイシンはその場からまだ動いていない。


「小細工は通じませんよ。だから諦めて――」

「通じさせるのが、俺のやり方だ!」


 煙玉は、自分の姿を隠すための物じゃなかった。

 セイシンが煙に紛れて投げたのはもうひとつ。リッカの後ろに向かって小瓶を投げていた。それが割れた音に、リッカはとっさに反応する。

 しかしその瓶は何の変哲もないただの空き瓶だ。

 セイシンはその一瞬の隙に、もう一度瓶を投げていた。煙や液体ではない、故郷の科学の力を注いで作った、防ぎようのない目くらまし。

 リッカは的確にその瓶を剣で叩く。

 瓶は割れると同時に、まばゆい閃光を爆発させた。


「なっ!?」


 どれほどの膂力をもってしても防げない光の爆弾。勇者も人間である以上、直視してしまえば影響を受ける。


「小癪な!」


 とっさに目を閉じたリッカだが、光は一瞬。その大きな隙を逃がす手はない。

 もう一度針を投げる。気配を感じて剣を振り上げたリッカ。

 腕が上に伸びた。さすがのリッカも、慣性の法則を無視はできないはずだ。振り切った腕を無理やり振り下ろすことは物理的に不可能。

 セイシンはリッカの懐に潜り込み、その胴を剣で叩こうとして――


「《剣舞》!」


 リッカの叫びとともに、上げられていた剣が腕力ではなく神子の力で即座に振り下ろされた。


「なっ!」


 とっさに横に飛ぶ。

 セイシンの首筋をかすった剣は、皮膚を一枚裂いていた。


「いまのも避けますか! なかなかやりますね!」

「そっちこそやるじゃねえか……ッ!」


 視界を潰してもなお、一撃を見舞うことすら許してくれないのか。

 セイシンはゴクリと唾を嚥下する。

 リッカは目を閉じたまま笑う。


「こんなもので終わりですか!?」

「まだまだ!」


 あらゆる道具を使い、牽制をしつつ、一撃離脱を試みるセイシン。

 その場から動かず、視覚以外を駆使してセイシンを退けるリッカ。

 斬撃が壁を抉り、天井を切り刻み、床を破壊していく。

 五感をひとつ奪ってなお、戦いは拮抗。

 勇者の凄まじいまでの力に、焦りを感じ始めたときだった。


「《剣舞》!」


 リッカが操った剣が、セイシンの体から僅かに逸れていた。

 視界のない中で操作を誤ったのか、あるいはセイシンの速度についていくことが難しくなったのか。

 いずれにしても、セイシンにとってはこれ以上ない好機だった。


 セイシンはあえて避けずに、一歩踏み込む。剣が腕を斬り血が舞うけれど、かすり傷程度だった。

 息と息が触れ合うほどに間合いを詰めたセイシン。ここまでくれば、リッカの剣も役に立たない。

 セイシンはリッカを抱えるようにして短剣の柄を首筋に叩き込もうとして――


「どうしてですか」


 リッカは、不意につぶやいた。

 直後、セイシンの腕がまるで凍ったかのように固まってしまった。

 一瞬、何が起こったのかわからなくて愕然とする。


「どうしてこの期に及んで、わたしを殺そうとしないんですか。斬ろうとしないんですか」


 セイシンの短剣は動かなかった。なぜか空中に繋ぎ止められたかのように、微動だにしなかったのだ。


「なんでだ!?」


 セイシンが手にしているはずなのに、短剣が動かない。言うことを聞いてくれない。

 わけがわからず困惑するセイシンに、リッカは耳元でつぶやいた。光で眩んでいた視界ももとに戻ってきたのか、ゆっくりと目を開く。


「わたし【剣の神子】なんですよ。ある一定条件を満たせば、すべての剣はわたしの手足になります」


 セイシンは息を呑む。

 もしそれが本当なら、すでにセイシンの短剣はリッカの支配下にあるということになる。

 その事実が意味することは――


「もう、セイシンさんはわたしに勝てません」


 持ってきた道具も底を尽きかけていた。武器と言える武器は、この短剣だけだった。それすらも封じられてしまえばもはやなす術はない。

 力の差は歴然。

 どう足掻いても勝てる見込みはなくなったのだった。




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