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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
4章 彼と彼女の奸計<カンケイ>・上
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杞憂と進展

 


 久しぶりに何も予定のない日を迎えたセイシンたち。


 バーラクたち遊撃隊の調査結果を待つというだけの時間は、いつまで続くかはわからない。

 あまり長居するのも宿屋に悪いと思いつつ、かといって別の宿に移るわけにもいかなかった。勇者特権で宿泊費等は支払わなくてもいいという状況に甘えることに申し訳なさを感じているセイシンは、ベル爺を呼んで本当にそれでいいのか尋ねていた。


「もちろん構いません。リッカ様の御意向は、王家の御意向と同等の価値を持ちますゆえ」


「でも、金には変えられないんじゃ」


「セイシン殿は経済的に苦労なされているご様子。ですが、御心配には及びません。あまり大きな声では言えませんが、普段この部屋は空いていることのほうが多いのです。それが、リッカ様がご宿泊なされていることが知れ渡ったため、すでに予約が殺到しておりまして。しかも半年先まで埋まりそうな勢いで御座います」


「マジで!?」


 リッカが冗談交じりで言っていたことが本当になっていたとは。

 ベル爺は我が子のことのように喜んでいた。

「リッカ様は憧れの象徴なのです。同じ部屋に泊まりたいと思うのは至極当然のこと。それにこの部屋だけでなく、現在空いている部屋は御座いません。もちろん昨日までは半数ほどの部屋は空いておりましたが……同じ屋根の下で寝るということですら、街の人々にとっては大変名誉なことですから」


「勇者ってすごいんだな……」


「ですので、セイシン様が杞憂される必要はございません。我々、すでに大黒字で御座います」


 正直に言うベル爺だった。

 改めてリッカの影響力を認識したセイシン。その勇者は、予定がなければ昼過ぎまで寝ているような寝坊助だけど。


「それ、リッカには教えないで下さいよ」


「なぜでしょうか」


「すぐ調子に乗るから、あの勇者」


 あまり嫌味を感じないのが凄いところだが、リッカは自慢と優越感に浸るのが大好きなのだ。この一か月の付き合いでよくわかっている。

 ベル爺は唇を尖らせたセイシンを見て、少し驚いた表情を見せた。


「……リッカ様にそう言えるのも、セイシン様くらいでしょう」


「そうですか? ベル爺さんも言えばいいのに」


「私にとっては孫のようなものですから。……失礼。これは私が勝手に抱いている想いですから、差し出がましいので内密にお願いいたします」


「言ってもいいんじゃないですか? リッカもベル爺さんを慕ってるみたいですし喜びますよ」


「いえ。本来、私は旧知の爺としてではなく客室係としてお世話する身です。こうしてお客様とお茶を飲んで語りあうことすら、あってはならないこと」

「俺が誘ったんですし、それくらい良いのでは?」


「セイシン様は本当にお優しい。私も、それに甘えてしまいます」


 紅茶を飲み干して立ち上がったベル爺。

 上着を羽織り、頭を下げる。


「そろそろ戻らねば。楽しい時間を過ごさせて頂きました。紅茶もご馳走さまでございました。使わせて頂いた食器は昼食のときにお持ちします。替えのカップは、戸棚の中にご用意しておりますので」


「また誘っても?」


「それはもちろんセイシン様の自由で御座います。本来はお断りするべき事柄ですが、私もなるべくお客様のご希望にはお答え致しましょう」


 口の端を幽かに曲げて微笑んだベル爺。

 そのまま部屋を出ていく。

 この宿にいる間、なるべく語り合いたい爺さんだった。


「リッカのやつ、なんであんな良い人を忘れるかなあ」


 仕事熱心で優しく、剣だけでなく様々なことに見地がある。

 まああの年季の魅力は、幼い子どもでは気づけないのも無理はないけれど。


「あの執事、もう帰った?」


 テーブルを片付けていると、奥から顔を出したのはネム。

 起きていてわざとこっちに来なかったのは知っていた。どうやらネムはベル爺が苦手なようだった。


「おまえも一緒に話せばよかったのに」


「……嫌よ。知らない人は苦手」


 ぷい、と顔を背ける人見知りの魔王の娘だった。


「それより、紅茶でも飲んでいたかしら」


「わかる? ベル爺さんからもらった茶葉だけど」


「良い香りね。まだ残ってるの?」


「一杯分だけな。飲むか?」


「頂くわ」


 ネムの分の朝食を用意しつつ、紅茶の準備を進めるセイシン。

 太陽はちょうど地平線と頂上の半分くらいまで昇っている。朝食にしては少し遅いが、昼食まではまだ時間がある微妙な時間帯。あまりたくさん食べないネムだから、昼が食べられなくならなければいいが。

 そんな心配もしつつ暖炉にかけた薬缶の様子を見ていると、ネムが欠伸を噛みながら言った。


「ねえ、この旅が終われば、あなたは妹のところに帰るの?」


「全部終わったら、な」


「……そう」


 手元のコップを見つめ、何か言いたげな反応だった。


「ネムは魔族の国に帰るのか?」


「わからないわ。あたし、一応捕虜扱いだもの。大人しく帰してくれるのかしら」


「どうだろうな。ディルとカーキン王子なら、きっと無茶なことはしないと思うけど」


 あの二人なら、政治的に利用したり非道な扱いをしたりすることはないだろう。

 そう信じられるが、しかし。


「魔王の娘だもんな。魔族たちも今ごろ血眼になって探してるんじゃないか?」


 そういえば考えたことはなかったが、ネムは魔王の最後の肉親だ。人間の国へ消えたことで、騒ぎになっていても不思議じゃない。

 しかしネムは首を振った。


「……魔族の文化は、弱肉強食なの」


 どこか寂しそうに言う。


「あたしは確かに魔王の娘よ。天性の肉体と魔法に恵まれ、誰も寄せ付けないほどの強さを持っていた父の血を継いだ娘のひとり。幼い頃からなんの訓練もせずとも、たしかに魔族のなかでは身体能力は高いわ。でも、戦う力はほとんどないの。いままでは、人間たちは血統を重視するから、人間たちとの交渉に利用されていただけよ。停戦協定も領土決定も国境交渉も、父の名を背負わされていたからあたしが受け持っただけ。魔族たちの中での権力は何もないわ。もはや利用価値のない娘なんて、誰も心配していないでしょうね」


「ネム……」


「パルテナが目論んでいた戦争再開も、あたしが殺されたからって感情的に起こるわけじゃないの。あたしの死はただの口実でしかない。新しい魔王もそろそろ決まるでしょうから、そしたらあたしは完全にお払い箱よ。戦争の理由にすらならない」


 魔王の娘ということ。

 それはネムにとって重荷で、価値そのものでもあったのだろう。

 自嘲するように彼女はつぶやく。


「あたしは何の役にも立たないただの魔族。すぐに誰にとってもそんな無価値な存在になるわ。そしたら無事に帰れるかしら。人間からすると、殺してもいい相手なのよ」


「帰れるさ。俺が、最後まで送ってやる」


 もし新しい魔王が生まれても、セイシンにとってネムはネムだった。


「あなたがあたしを守る理由もなくなるわ。リッカだって、喜んで殺しにかかってくるかもしれない。それでもあたしを守るなんて言えるかしら」


「ふざけんな」


 セイシンは笑った。

 自信を失い消え入りそうな声で話すネムの額を指先で弾いて、


「俺がおまえを守ったのは、魔王の娘だからって理由じゃねえよ。利用価値とか存在意義とか、そんなもののために命を懸けたわけじゃねえ」


「じゃあ、あなたはどうして、ずっとあたしを――」


 ネムがどこか縋るような表情で、その問いかけを口にした時だった。

 しかし扉を叩かれる音が会話を遮った。

 セイシンが立ちあがり、返事をすると聞こえてきたのはベル爺の声。


「皆様、王宮騎士バーラク卿より言伝が届きました」


「本当ですか!?」


 扉を開ると、ベル爺が便箋を差し出してくる。


「蝋印も間違いなく遊撃騎士隊のものですゆえ、間違いはないかと」


 セイシンはその場で開封した。

 中に入っていたのは二枚の紙。


『【暗殺教団】の頭首が逃げ込んだ場所を特定。至急来られたし』


 短い文章と共に入れられていたのは地図。

 この街から南西に進んだ場所にある、山の中だった。

 意外と早くに突き止めたようだった。

 手紙をテーブルに置き、踵を返す。


「リッカを起こしてくる」


「起きてますよ」


 丁度部屋に入ってきたリッカ。

 セイシンは感心する。


「お、早く起きたな。寝起きもよさそうだし」


「でしょう? なんだか今日は良い日になりそうな予感がしまして。もっと褒めていいんですよ」


「もう昼前よ」


 ネムがまともなことを言って呆れていた。


「それでセイシンさん、バーラクさんから連絡ですか?」


「ああ。場所がわかったからすぐに来いって」


「わかりました。じゃあ顔を洗ってくるんで、朝ごはんの用意お願いしますね」


「話聞いてたか!?」


 マイペースな勇者だった。

「わたしがお腹空いて力出なくなっても困りますよね?」


「おまえ三日間飲まず食わずでも戦えるんじゃなかったのか」


「わたしがお腹空いて(機嫌が悪くなって)力(を)出(す気分じゃ)なくなっても困りますよね?」


「それはマズい。すぐにパンを焼いてやる」


 どのみち、それほど性急に向かわなくても大丈夫だろう。

 遊撃隊の戦闘能力がどれほどのものかはわからないが、少なくとも王宮騎士が率いる一個小隊だ。【暗殺教団】の人数は不明といえど無理に仕掛けたり、後れを取ったりはしないだろう。

 リッカが優雅に朝食を終え、準備を整えて宿を発ったのはちょうど正午の鐘が街に響いたときだった。

 分厚い雲が強い風に吹かれ、空を覆い始めていた。


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