不測の登場
「それでは授与式を執り行う」
そういって壇上に集められたのは、五人の大会参加者だった。
優勝・ディルヘイム=リテイン。
準優勝・セイシン=ステイルス。
三位・リカーナ(もとい勇者リッカ)。
同三位・ネム。
五位・フレイ=フレム。
順番に紹介された彼らは、他の参加者や主催者たちの拍手を浴びながら壇上へ登った。
優勝したディルはとりわけ拍手が多かった。優勝したこともそうだが、王宮騎士として名を馳せていることもあるだろう。人気が高いようだった。
他のメンツはかなりまばらな拍手を受けていたが、気になったのは五位のフレイ=フレムという男だった。ほとんど拍手をされず、むしろどこか敬遠されるような仕草が聴衆に見て取れた。
五人が並ぶと、司会をしていたこの街の領長がまた口を開いた。
「他にも同五位が三名おりますが、残念ながら彼らは準々決勝での怪我が治っておらず、祝賀会自体への参加を辞退しております。もちろん、賞金は平等に与えますので、みなさんご安心を」
その三人のうち一人を再起不能にしてしまったセイシンは、少しバツの悪い気持ちになった。手加減を誤ったわけじゃなく、単にそういう試合だったから仕方ないのだが。
「それでは賞金を用意いたします。しばらくお待ちを」
領長が近くの扉へ入っていく。
あまり目立ちたくないセイシンは、少し顔を背けて待っていた。セイシンの右にはディル、左には順位通りにリッカたちが並んでいる。
準決勝でディルに敗退したネムという人物は、頭からフードを深く被ってその顔をきちんと拝むことはできなかった。大会中も祝賀会中も、一度も外さずに表情を隠している。見えている白い肌と小さな唇、それと透き通った声だけでも少女だということはわかる。
かなり若そうだったがその腕は確かで、王宮騎士であるディルの剣を何度も受け流していた。力と速度は明らかな差があり、押し切られ剣を肩に叩き込まれ敗北していたけど。
しかし刃を間引きした模擬剣とはいえ、わりと強烈な一撃だったはずだ。骨が折れていてもおかしくなかったが、打たれ強いのかたいした怪我もなさそうだった。
その向こうにいるのはフレイ=フレムという青年だった。
さきほど、ほとんど拍手が起こらなかった男だ。
彼は熊のような体格に燃えるような赤毛を逆立て、周囲を睨みつけていた。近くにいる開催者側の大男が怖れて近づかないほど、フレイ=フレムは殺気立っていた。負けたことが悔しいのか、それとも常にそういう態度なのかはわからない。ただ、その殺気は誰か特定にというより、この空間そのものに放っているようでもあった。
嫌われ者なのだろうか。
どっちにしろ関わらないほうが身のためだろう。
「お待たせしました。では、まずはフレイ=フレム氏から」
準備が整い、賞金が順番に手渡しされていく。
フレイ=フレムはまるで牙でかっさらうかのように。
フード姿のネムは、恐る恐るといった様子で。
リッカは不満そうに。
そしてセイシンは、目立たないように礼儀正しく。
つぎはディルの番、というところで領長は腕を広げて観衆の注目を集めた。
「さて、ここで今回の優勝者、ディルヘイム=リテイン騎士からひと言頂戴いたしましょう」
そういうのはいいから、早く帰らせてくれ。
セイシンは内心で毒づいた。賞金はもうこの手にある。
用は済んだからあとはこの街から出ていくだけだった。
そんな心境をよそに、ディルは仰々しく一礼して、
「恐悦ながら、この場で言葉を述べることをお許しください。この度は関係者の皆様、並びに参加者の皆様、そして無事に大会を開催することをお許しくださった神々へ、深く感謝の意を表したいと存じます」
これから長々と講釈を垂れるのだろう、と思ったセイシンの予想は、しかし思わぬ形で裏切られることになった。
それも不測の方向に。
「さて、僕がここで騎士としての想いを馳せるのも悪くはありませんが、しかし今回は皆様にこれ以上ない驚きを与えることにいたしましょう。皆様、後ろをご覧ください」
そういってディルが指し示したのは会場の一番後ろ――大扉だった。
何事だ、とざわつきながら観衆が振り返る。
全員の視線が集まるまで待つと、扉はゆっくりと開いた。
「壇上よりお許しを。皆様方も、畏敬の念と、平伏を」
ディルは扉へ向かって膝を折り、頭を垂れた。
そこにいたのは一人の青年だった。
目が覚めるような輝かしい男だった。宝石のような濃い青色の髪に、日に焼けたような褐色の肌。襟が整った白さにまばゆい服と、高級そうな革の靴。腰には装飾が施された細剣、頭には小さな黄金の冠。左右には若い騎士がふたり、後ろに壮年の女性が付き添っていた。
その姿を見た途端、周囲の者が慌てて一斉にひれ伏した。
壇上にいたセイシンと、フード姿のネムだけが困惑して棒立ちになっている。
「なにしてるんですか! あなたたちも早く!」
かしずいたリッカが、小声でセイシンとネムに話しかける。
「なにって……あれ、誰?」
「はあ!? あなたバカなんですか!? 王族ですよ! カーキン第一王子です! 不敬罪で投獄されたいんですか!?」
知らなかった。
王族なんて見たこともなかった。どんな姿で、どんな名前なのかすら。
興味がなかったわけではない。知りたくなかっただけだ。
とはいえ不敬罪なんぞで捕まるわけにはいかない。すぐに膝を折って、頭を下げる。
リッカの反対側で、ネムもまた同じように膝を曲げる。
彼女はなぜか、自分の服をシワがつくほど強く握り締めていた。
全員が首を垂れたのを確認してから、カーキン第一王子はやや困った表情で言った。
「皆の者、すまない。驚かせようと思って登場したが、あまり利口な手段ではなかったな。せっかくの祝賀会なのに、私のせいで堅苦しいものにしてしまっているようだ」
「いえ、決してそのようなことは」
「かしこまらなくてもよい、ディル。ここへは王族と騎士ではなく、友人として参ったのだからな。ディルもせっかくの舞台、私のために使わせてすまぬ」
「光栄に」
そう言って顔を上げたディル。その顔は満面の笑みだった。
「他の皆も顔を上げたまえ。不敬罪に問われるのは、一度も頭を垂れなかった者のみだ。これより先に不敬という概念はない! 主役は皆自身であろう、今宵は一切の無礼を許す!」
気前のいい王子の言葉に、恐る恐る顔を上げていく群衆。
王子というからには偉そうなやつかと思いきや、かなりの好青年っぷりだった。
「さあディル! 私の登場が終わったぞ。つぎはなんだ!」
「王子、そう焦らないで頂きたい。じつはまだ賞金を受け取っておりません。王子ばかりを相手にしていては、賞金がまだかまだかと待ちくたびれてしまいます」
「おお、それは失敬。権利を手にするのは義務である。はやく受け取らぬか」
「まだ差し出されておりません」
「じれったいやつだ。そういえば賞金は私に頭を垂れておらぬな。不敬罪であるぞ。逮捕する」
「恐れ入りますが、それは窃盗です」
随分と仲の良さそうな会話だった。
壇上に登ってきた王子は領長から賞金を受け取ると、さきほどの領長の真似事をしてディルに授与していた。主催者側の人々は気が気でないのか、冷や汗を浮かべながら様子を見守っている。
「……これ、俺たちって帰っていいのか?」
「さあ、どうでしょうか」
リッカも困った顔で愛想笑いを浮かべていた。
主催者側も王子が登壇することを知らされてなかった者も多いのか、慌ただしく走り回る者やどうしていいかわからずに立ち尽くす者もいるようだった。
かなり場が混乱してきた。
「……帰りてえ」
お忍びの旅なのか知らないが、王族がここにいてもセイシンにとって利点なんて一つたりとも思いつかない。
こっそり抜け出そうかと悩んでいると、隣にいるリッカが小声で話しかけてくる。
「でも、こんな辺鄙な街に王族がくるなんて珍しいですね」
「そうだな」
「何か用事でもあったのでしょうか」
「さあ、どうだろうな」
ただ武闘大会を観にきただけっていうのも、確かに不自然な気がする。
これくらいの規模の武闘大会なんて、この広い大陸にならザラにあるだろうし。
「でもこれでディルが参加してる理由はわかったな」
「ええ。王子の護衛だったんですね」
王宮騎士の参加という大きな伏線を見逃したのは痛い。
もっともこればかりは、気付いていても何も変わらなかっただろうけど。
「セイシンさん、今回ばかりは勝たなくてよかったかもしれませんよ。武器に感謝したほうがよかったかもしれませんよ」
「なんで?」
「だって王宮騎士に勝って王子に見初められてみてくださいよ。きっと拒否権なく騎士学校行きになってたかもしれないですから。『君は私の騎士になりたまえ!』って」
「……たしかに、あり得そうだ」
想像して身震いする。
ふつうはこれ以上ない名誉なことだろうが、セイシンと正体を隠しているリッカにとっては恐ろしい展開だった。
「わたしもセイシンさんに負けてよかったかもしれません。感謝すべきですね」
「そのわりには不服そうだな」
「ええ、まあ……負けたことに関しては納得できませんから」
唇を尖らせたリッカ。
こっちはこっちで禍根が残って面倒だった。
そんなふうに内緒話をしていると、それまでディルと楽しそうに話していた王子が、周囲に聞こえるようわざと声を張った。
「さて、ディルよ。私が与えた任務は覚えているか」
「もちろんでございます」
嫌な予感がした。
すぐにでもここから逃げ出したほうがいいと勘が告げている。
しかし王族を前にそんな大胆なことをすれば、最悪お尋ね者だ。セイシンにそんな度胸はなかった。
ディルは壇上の他の四人の大会参加者に笑みをたたえて言い放った。
「ここにいるあなたたちにささやかな副賞を捧げましょう。どうぞ、こちらへ」
壇上からさらに奥――そこに隠されていた扉の向こうには、通路があった。
通路の向こうにさらにいくつか扉があり、そのうちの一つが開いていた。
さらに地下へと降りていく階段だった。
「さあさあ。私に続くがよい!」
王子が先頭に立ち、上機嫌に階段を降りていく。
ディルに後ろからうながされ、セイシンたちは気が乗らないながらも進むしかなかったのだった。