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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
4章 彼と彼女の奸計<カンケイ>・上
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バーラクの策略


「セイシン=ステイルス、放火殺人の嫌疑で拘束させてもらう」


 衛兵の駐在所の一室でセイシンに告げられたのはその一言だった。

 燃えた男は当然死亡。近くにいたセイシンや他の目撃者たちは、駐在所で順番に取り調べを受けた。目撃情報やセイシン自身の証言から情報整理した衛兵たちは、ひとまずセイシンを拘束することに決めたのだった。

 セイシン自身、その対応に不満はなかった。何が起こったのかわかっていないのはセイシンも同じだったが、燃えた男と同じ場所に三十分以上も留まっていたのだ。これで疑われないほうがおかしい。

 ただ、あの場所にいた理由の裏付けが取れればすぐに解放されるだろうとは考えていた。王宮騎士との約束で待っていただけで、その約束を聞いていた証人もいる。もしこれがバーラクの目論見どおりの展開だったとしても、リッカの証言を無視はできないはずだ。


 セイシンが理解を示したことに安心した衛兵たちは、拘束といっても腕や足を縛ることはなく、駐在所の小さな部屋に軟禁するだけにとどめておいてくれるようだった。ただし短剣は没収されてしまったので少しだけ腰が寂しい。

 衛兵に宿にいるリッカを呼ぶように頼んだあとは、他にすることもなく手持ち無沙汰になってしまった。

 待たされている間、部屋にごろんと寝転がって脳を回転させる。


「……バーラク、か」


 あそこで長時間待たされたことを考えると、十中八九バーラクの思惑通りの展開だと思ってよさそうだ。

 先手を打たれてしまったことは悔しいが、疑問点はいくつかある。

 セイシンのことを気に食わないと思っていただろうが、果たしてそれだけでこんなことをするだろうか。

 もし貶めるためだとしても、人がひとり焼け死んでいるのだ。いくら傍若無人な王宮騎士とはいえ、必要のない死者を出すほどに性根が腐っているなんてことがあるのか?

 ない、とは言い切れないのがバーラクに対する印象だが、その可能性が限りなく低いと思いたい。


「それに、どうやって燃やしたか、だな」


 焼死体は、故郷で嫌というほどこの手で弔った経験がある。

 しかし今回のような焼け方は初めて見た。人体そのものが猛々しく燃えたのにも関わらず、膝から下は火傷の痕ひとつなく残っていたのだ。しかも上半身はわずかな時間で炭と灰になるまで焼き尽くされていた。何か薬品でもかかっていなければ考えられないような状態だ。

 それほど不可解な焼死体だが、一番の問題は近くにセイシン以外いなかったということだ。入口近くの壁にかかった松明が唯一の火種だったが、男がいたのは待合所のかなり奥。松明を投げてようやく届くほどの距離で、火の粉が届いたなんて考えるのは現実的じゃないだろう。出入り口はひとつしかなく、その手前の軒下にセイシンがずっと立っていたから、第三者がいたとは考えにくい。

 外は雨が降っていて湿気があったから、自然発火は考えづらい。待合所の中で動いていた者は誰もいない。焼けた本人は深い眠りだったのか微動だにしなかったうえに、焼けてもうめき声ひとつあげなかった。燃え尽きる勢いも考えると、火はあっというまに体を包んだはずだ。


「……わからねえ……」


 あまりに情報が足りない。

 どの部分を考えても、想像するしか推論を進められなさそうだった。

 そうして答えの出ない思考を一時間ほど続けていると、ようやく扉が叩かれた。


「セイシンさん、無事ですか?」


 兵士たちに連れられてきたのは、リッカとネムだった。

 起きあがったセイシンの顔を見てほっと息をつく彼女たちに、軽く手をかざして頷いた。


「おう。俺は問題ないけど、聞いたか?」


「ええ。バーラクさんに嵌められましたね」


 苦虫を噛んだような顔をしたリッカ。


「これはさすがに予想できなかった」


「当然ですよ、常人の発想じゃありません。セイシンさんの身の潔白はわたしたちが証明してみせます!」


 意気込むリッカだった。


「でもセイシンさん、ひとつだけ残念なお知らせが……」


「なんだ? 金でも失くしたか?」


「いえ。ここに来る道中で兵士の方々に聞いたんですけど、殺人容疑の一時拘留は三日間行う規定があるらしいんです。その間に調査をして、罪の疑いが強まればさらに裁判まで拘留しておくらしいでんすけど……」


「え、じゃあ三日間、自由になれないのか?」


「そうみたいです。無罪かどうかも三日間の調査後の判断になるらしいので」


 それは寝耳に水だった。

 普段なら三日間の拘束くらいはどうってことないが、いまはタイミングが悪い。【暗殺教団】のアジトへの襲撃は参加できないだろうし、ネムのこともある。リッカはもちろん【暗殺教団】へ向かうだろうが、ネムは行く必要はない。かといって一人で留守番させるのは心配だった。


「ちっ、バーラクの狙いはこれか……」


 本気でセイシンを殺人犯に仕立て上げるつもりはなかっただろう。ただ三日間拘束させることにより、バーラクたちが動きやすくする。あるいは他の目的があるのかもしれないが、そこまでは想像できない。


「それと、本来はわたしたちとの面会もできないらしいんです。今回は許して下さいましたが、次に会えるのは三日後のようでして」


「それは……まあ、そうだろうな」


 いまでも衛兵が後ろで見守っている。もしセイシンが犯人だとしたら、証拠の隠滅などを頼んだりしないように防止するためだろう。


「セイシンさんがいないのは少し寂しいですが、バーラクさんとの作戦のほうはわたしだけでもなんとかなりますから」


「ああ。そっちは頼む。ただその間ネムはどうするか」


「あたしは平気よ」


 ネムは毅然として答えた。


「あなたは心配しないで大人しくしてて。誰かに守ってもらわないと生きられないほど、あたしは弱くないわ」


「そうか。なら、心配以外のことでネムのこと考えておくぜ」


「ばか」


 軽く言葉を交わしただけで、少し胸のつっかえが取れた気がした。

 衛兵がリッカに「勇者様、そろそろ」と言葉を投げた。本来はダメなはずの面会を許可してもらっているのだ。彼らにも許せる時間があるのだろう。

 リッカは頷いて、


「あとセイシンさん、ひとつだけ聞かせてもらってもいいですか?」


「なんだ?」


「アスニーク、という家名に聞き覚えはありませんか?」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 口の中が一気に乾いた。リッカが、なぜ、その名を知っている。

 動揺が顔に出ないように取り繕いながら、セイシンはしばし思い出すような素振りを見せる。


「そうだな……聞いたことあるようなないような。その名前がどうしたんだ?」


「実はセイシンさんが宿を出てから、バーラクさんが訪ねてきたんですよ。その時点でセイシンさんとの約束が嘘だとわかったので、連れ戻そうかと思ったんですけど……でも、大事な話を聞いていたので」


「……どんな話だ?」


「例の組織の情報です。頭首の名に聞き覚えがないか、わたしやネムセフィアに聞いてきました。頭首はT・アスニークと名乗っているようでして。傭兵時代に聞いたことはありませんか? 仮にも大きな組織の頭首なので、それなりに力はあると思うんですけど」


 首をかしげるリッカ。純粋に情報が欲しいようだった。

 一瞬ひやりとしたが、嘘はついていなさそうだったので内心安堵する。


「どうだったかな。三日間思い出してみる……っても、その間に終わってるかもしれんか」


「知らないならいいんです」


 とはいえ、これでわかったことがひとつある。

 アスニーク家の名を騙る【暗殺教団】。十中八九、故郷のことを詳しく知る者で間違いはなさそうだった。故郷の生き残りか、あるいはそれ以外の者かはわからないが、そうなってくるとやはり直接確かめたい問題だった。


「バーラクめ……」


 つくづく間の悪いことをするやつだった。


「じゃあ、わたしたちはこれで。三日後までゆっくりしていてくださいね」


「お前らも気を付けてな」


「ええ。それではまた」


 リッカが部屋を出ていく。

 しかしなぜかネムは動かずに、フードの下から片目を出してセイシンを見つめている。後ろで兵士たちが怪訝な顔をしていた。


「どうした? まだなんか用か?」


「……あなたにとっては不本意でしょうけど」


 と、ネムはようやく背を向けながら言い残した。


「久々に、誰かの視線を気にせずゆっくり寝るのよ」


 それは慈愛か、あるいは皮肉か。

 ネムの本意はわからなかったが、セイシンは少し呆けたまま扉が閉まるのを見送った。


「バレてたか」


 鍵が閉まり、気配が遠ざかっていくのを感じながら苦笑する。

 考えてみれば、武闘大会からひと月近い時間をずっと共に過ごしているのだ。戦ったり、命の危機もあったり、くだらないことで口論したりと、短いながらも濃密な時間を過ごしてきた。

 ネムだってぼんやりとしている少女じゃない。セイシンのことを観察していたのだろう。

 いつから気づかれていたのかわからないが。


「……あれ?」


 誰かを観察するってことは、観察されることもあるということだ。

 それくらい昔から覚悟していた。

 幼馴染のレナや、あるいは豪気な傭兵フレイなんかも観察眼には長けていた。いままで見られていることを意識したことなんていくらでもあるのに。


「なんで恥ずかしいんだ……?」


 こんなにむず痒い気持ちになるのは初めてだった。

 覚えのない感情に戸惑いを隠せないまま、セイシンは三日間をひとり過ごすのだった。



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