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ウソカタルシス ~魔王暗殺の虚飾~  作者: 裏山おもて
2章 絶望の中の鬼謀<キボウ>
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静かな夜

 

 それまで静かに見守っていた群衆が、ざわつき始めた。

 ネムの叫びは響き、誰の耳にも届いただろう。あらゆる視線がリッカへと集まり、その様子を眺めていた。


「リッカ様、なのですか……?」


 一番驚いていたのはディルだった。


「本当に、あのリッカ様なのですか?」


 彼の口ぶりから察するに、ディルはリッカを知っていた。その剣の強さを認め、憧れているような様子でもあった。

 ディルの知るリッカは十五歳の少女だったはずだ。そのときから髪も伸ばし、可憐というより美しく変わったリッカに気づかないのも無理はない。その瞳に揺れている青い炎のような煌めきを見なければ、セイシンだってわからなかった。

 リッカは唇を噛んでネムを睨んでいた。まさかリッカも、ここで露見するとは思っていなかったのだろう。


「リッカさま……?」

「リッカ様」

「勇者様?」

「勇者リッカ……」

「おお、勇者様だ」


 群衆は口々にリッカを呼ぶ。

 もう隠せないことは明らかだった。

 リッカは大きく息を吸って天を仰ぎ、それから三年間隠していた真実をため息とともに吐き出した。


「……ええ、そうです。いままで隠していてすみませんでした。わたしはリッカ。【剣の神子】にして勇者の称号を持つ者です」


「リッカ様……ッ!」


 ディルは歓びに震えながら、リッカのそばでかしずいた。


「僕のことなど貴女はお忘れでしょうが、僕は忘れたことなどありません。あなたが勇者となる前の最後の夜、王宮騎士候補生全員を同時に一人で相手にして、かすり傷ひとつ負わずに叩き伏せたあの夜、最後まであなたの前に立っていた男はこの僕でした。ディルヘイムでした」


「そうだったんですね。あの時の男性が、あなただったと」


「ええ。あの時から僕は、貴女の剣を目指して精進して参りました。王宮騎士となったいまでもそれは変わりません」


「そう……それはなによりです」


 少し悲しそうな顔で微笑んだリッカ。

 それよりも、だ。


「ネムセフィア」


「なによ、勇者」


「あなたの言い分は理解しました。たしかに、あなたにはわたしを怖れる理由があります。魔族をもっとも多く殺した人間は、間違いなくわたしですから」


「……そうね」


「なので今回は納得しておきます。ここも少し騒がしくなってきましたので、尋問も時間を置いてから行うほうがいいでしょう」


 そう言ってリッカはすぐに背を向けて去っていく。

 この場に留まり群衆の熱気を向けられるのが苦痛で仕方ないと、ハッキリとその背中が語っていた。


「リッカ様、どこへ……?」


「宿です。一応、リカーナとしてとってありますから。さすがに色々あって疲れたので、今日は休ませてもらいます。何かあればすぐに呼んでください」


「左様でしたか。失礼しました」


 ディルは深々と頭を下げてリッカを見送ってからこっちに振り返った。

 その表情は少しだけ誇らしげだった。


「リッカ様が休まれるということで議論はここまでだ。続きは明日にしよう」


「おいおい、二人一組はどうしたんじゃが。監視は」


「勇者様が王子を毒殺などするわけがないだろう。必要ないさ。僕も王子の騎士ゆえ同じくだ。つまり、監視が必要なのは君たち二人だけだということだ。君たちは君たち同士で監視し合って行動していたまえ。万が一、どちらかが正体を現わしたら斬っても構わん。そうすれば僕とリッカ様で、残った方を斬り捨てるだけのことさ」


 自信満々に言い放ったディルは、領長を従えて歩いていく。

 その背中を見送ったセイシンとフレイは、大きくため息をついた。


「自分勝手じゃのう」


「まったくだ」


 顔を見合わせると、お互いの疲れた表情に少し笑えてきた。

 まさか三人だけ残されるとは思ってもみなかったが、動揺したリッカはしばらく冷静な判断ができないだろう。こちらも有り難く休ませてもらおう。


「ワイらはどうするか。オメェ、宿はとってるじゃか?」


「とってる。でも、戻るつもりはない」


「なんでじゃ」


「こんな状態のネムを置いていけるわけないだろう」


 広場の真ん中で、縄でぶら下げられているネム。群衆たちは彼女を指さして、なにやらコソコソと耳打ちを繰り広げていた。

 ここで見張りつつ寝るとしよう。


「……そうじゃか。なら、今夜はここで夜を過ごすかのう。オイそこのガキンチョ……そう、オメェじゃオメェ、これで酒と肉を二人分買ってくるじゃが。釣りはとっとけ」


 フレイはどっかりと地面に座り込んで、近くで見ていた少年に紙幣を放り投げた。少年は驚いていたが、すぐに酒場のほうへと走りだしていった。


「いいのか? 俺に付き合わせて」


「二人一組っちゅうのは悪くない案じゃ。互いの監視もそうじゃが、互いの証明にもなる。今夜のうちに事が動いても、ワイらは証人がおるからのう」


 と、フレイは牙を見せて笑った。


「それに、ワイは宿が嫌いでのう。どの街でも常に野宿じゃが。土でも石でも、どこで寝てもさほど変わりはせん」


 なんて豪快なやつだと、セイシンは苦笑するのだった。






 この街の酒は果実酒が主流なのか、夜になれば甘い匂いが酒場から漂ってくる。

 肉と酒を揃えたフレイだったが、彼は祝賀会でもかなり飲んでいた上に一度ディルに叩きのめされている。追加の酒を飲んでいたところで、疲れに勝てず眠ってしまった。

 いびきをかいて転がるフレイを尻目に、セイシンは周囲を観察していた。さっきまで大勢いた領民たちも、さすがに深夜まで見学している暇はないのだろう。夜通し飲むつもりの酔いどれたちの喧騒と、かぐわしい酒の匂いだけが、夜風に乗って流れてくる。


「なあ、ネム」


 誰も会話を聞いていないことを確認して、セイシンは視線を上げた。

 吊り下げられたネムが視線だけで反応した。


「今なら誰も見てないし、下ろそうか?」


「やめて。これ以上あたしの立場を悪くさせるつもりなの?」


「そういうつもりじゃねえんだけど」


「なら余計にやめて。迷惑よ」


 強い口調で拒絶された。

 体を吊られて自由が利かず休むこともままならないはずだ。

 強情なのか、それとも心配性なのか。

 どちらかはわからないが、決して楽な体勢ではあるまいに。


「でもその姿勢じゃ寝れないだろ」


「あなた、あたしが高級ベッドじゃなきゃ寝れないとでも思ってるの?」


「そこまでは言ってないけど」


「じゃあ話しかけないで。あなたと話しているとイライラするわ」


 それだけは虚飾もない、本心からの言葉に思えた。

 なんでこうも嫌われているのだろう。

 ネムとは面識があったわけでもなく、ただの同じ大会出場者なだけのはずだった。犯人探しを始めてからは、むしろ味方になっているはずのなのに。


「じゃあどうすればいいんだよ」


「寝てなさい。そこの駄犬と一緒に」


 駄犬とな。

 フレイが聞いていたら殺しにかかってきそうなセリフだった。


「わかった。でも、最後にひとつだけ聞いていいか?」


「……まあ、ひとつだけなら」


 意外にもうなずいてくれたので、セイシンはずっと気になっていたことを口に出した。


「あの時、なんで飛び出したんだ?」


「いつ?」


「王子の提案のあと、フレイが俺たちにキレた時だ」


 セイシンたちが祝賀会場を去ろうとしたとき、フレイの癇癪が爆発した。そのときセイシンとフレイの間に割って入ったのはネムだった。

 ネムはそのときすでに、リッカの正体に気付いていたはずだ。逃げ出すのが怖かったとしても、わざわざフレイのことを止める必要もなかった。勇者が動けば誰が襲って来たとしても問題はないことを知っていて、それでもなおネムは動いた。

 必要なかったはずだ。


「……もし」


 ネムは言う。


「あなたがそこに立てば誰も傷つかないで済むかもしれないって思ったとき、あなたはそこに立つのを躊躇うかしら」


「それは……」


 セイシンは答えられなかった。

 たしかに傷つくのが大切な人だったら、躊躇わないだろう。


 だけどそれが知らない人だったら?

 あるいは、憎み合っている相手だったら?

 きっと、答えは違うはずだ。


「あいつらはみんなお前のことを嫌ってる……魔族を憎んでるんだぞ。リッカやディルだけじゃなくて、たぶん街の人たちも」


 さっきネムを見ていた群衆たちの視線も、同じようにひどく歪んでいた。セイシンがここに残ったのは彼らの反応を見ていたからだ。

 ネムはそんなセイシンを鼻で笑い飛ばした。


「そうかもしれないわね。でも、嫌われてるからなんなの? 憎まれてるからなんなの? あたしが……あたし自身があの人たちに何をしたの? 魔族だからとか、魔王の娘だからとか、そんな理由で身に覚えのない感情を持たれたからって、なんであたしがわざわざあなたたちを嫌わないとダメなの? そっちの都合で勝手にあたしの好き嫌いを決めないで。あたしの感情は(・・・・・・・)あたしのモノよ(・・・・・・・)


「ネム……」


「だからあたしはあたしが嫌いな相手だけを嫌うし、好きな相手だけを好きになるって決めてるの。守る相手だって、自分で決めるわ。あなたたちがいくらあたしを嫌いでも、何をされても、あたしはあなたたちを人間だからっていう理由なんかじゃ嫌ってやらないわ」


 ああ、そうか。

 セイシンはようやく理解した。


 なぜ、ネムの味方であろうとするのか。セイシンの目的は、なるべく穏健にこの街を脱出することだ。誰が傷つこうが誰が疑われようが関係ないはずだ。手に入れた報酬を持ってこの街を出ることが目的のはずだったのに、とっさにネムの味方について勇者(リッカ)騎士(ディル)と敵対しているのか。

 ようやくわかった。

 それはひどく単純なことだった。


「……ちゃんと答えたわ。余計なことまで話して悪かったわね。あたし、もう寝るから」


 セイシンが何も言わないのを、自分が語りすぎたと思ったのだろうか。少し恥ずかしそうに視線を逸らしたネムだった。


「ああ……おやすみ」


 言葉のやりとりを終え、セイシンは硬い石畳の上に座りながら目を閉じる。

 確信するには十分なやりとりだった。もしこれが嘘なら、騙されても仕方がないと思えるくらいの言葉だった。

 

 ネムは、犯人じゃない。


 ならば夜が明けたら、今度こそネムの疑いを晴らさなければならない。そのために何をすればいいのか、考えなければならない。まだまだはっきりしていないことは多いけど、あらゆる可能性を検証して、彼らを説得しなければならない。

 そのために必要なことを考えろ。

 考えて、把握しておけ。


 セイシンは思考に没頭する。

 やがて睡魔が訪れまどろみに揺られるまで、考え続けるのだった。



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