誤算
まさか、と気づいた時には手遅れだった。
こんな辺境の街の小さな武闘大会など、王都でも注目されていないはずだった。参加者は周辺の地域の者くらいで、優勝賞金だって高額というわけでもない。
だからこそ、少年――セイシンは参加を申し込んだのだ。
傭兵崩れの生活も限界が近かった。三年前までの戦争時ならまだしも、いまは平和と復興の時代だ。需要はみるみる減っていき所持金も底をついてしまった。
あまり目立ちたくはなかったが、生活費を稼ぐためにと一度限りのつもりで出場した。辺鄙な地域ゆえそれほど猛者も多くなく、予定通り難なく勝ち進んではやくも準決勝。そこで対峙したのはセイシンと同じ十八歳ほどの少女だった。
予想に反して、少女は恐ろしく強かった。身のこなし、剣の筋、そして斬り合いの経験値。少なくともかつての戦争に参加していたであろうことに思い当たらなかったのは、セイシンにとってかなり痛手だった。
三年前、まだ十五歳ほどの少女がその強さをすでに持っていたとして、そして戦列に加わっていたことに考えが至っていたなら。
同じく戦争を見てきたセイシンには彼女が偽名を使っていたことにも、その正体にも気づけただろうに。
「勝者、セイシン=ステイルス!」
少女の怒涛の剣閃をすべて捌ききり組み伏せたとき、煙立つ地面から少女がセイシンを驚愕の表情で見つめていたことに気づく。
それは憎悪が籠るほどに熱い視線。
少女の瞳の奥で、蒼い炎が揺らめいていた。
セイシンの耳には試合終了の鐘の音も、観客たちの歓声も入ってこなかった。この日一番の激闘に対する観客たちの万雷の拍手はすべて意識の外で鳴り響き、唯一セイシンの鼓膜を震わせたのは少女のつぶやきだけだった。
「あなたは、誰ですか……?」
少女の質問に、セイシンは答えることができなかった。
正面から彼女の顔を見て、その真意に気付いたときには手遅れだったから。
髪を伸ばし美しい少女へと成長を遂げた彼女からは、三年前の活発な幼い面影はとうに消えてしまっていたけれど、その瞳に宿る炎だけはそのままだった。
彼女はかつて、剣神の子と呼ばれていた。
戦争で二千名の兵を率いて魔族の国に攻め入り、そして仲間を失い、それでもなお初めて魔王城に到達した若き勇者、その名をリッカ。
戦争後に行方をくらませその名前だけを残した英雄だった。
王国中の誰よりも強く可憐だった剣の勇者。三年経ったいまもその実力は劣ることなく健在だったのに。
そんな勇者の剣を、ただの傭兵まがいの無名の少年が圧倒してしまったのだから。
「あなたは一体、何者なんですか……?」
だからこそセイシンは、少女の質問に答えられずにいたのだった。