類は恋を呼ぶ
「拓哉くーん、ナンパしに行こうZE☆」
「………光司」
……またか。
光司は幼稚園からの親友だ。
しかし、性格好き嫌いは真逆と言ってもいい。
拓哉がアウトドア派なのに対し、俺は専らインドア派。
辛党に対して甘党。
右利きに対して左利き。
と、例を挙げればキリがない程に真逆。
それでも俺たちが親友である事は周知の事実で、高校生になってからは『学校の七不思議』として数えられてしまう始末だ。
そんな我が親友光司くんは、最近になってから二言目には『ナンパしに行こう』と誘ってくるようになった。
半年前、同じ中学校だった山本さんと付き合い始めてからと言うもの、以前より俺と一緒にいる時間が少なくなったのだが………。
「いーじゃんいーじゃん!お前、こうでもしないと女子と話そうともしないじゃん?」
「話すことなんかないよ。どうせゲームや漫画の話ししたってわかりっこないんだから」
「俺もちょうど女の子と遊びたかったからよぉ、なぁ行こうぜ?」
「…………」
何故かこうやって半ば強引に連れて行きたがるのだ。
山本さんと上手くいっていないのだろうか?
俺は山本さんとは面識があるくらいであまり話した事はないのだが、光司と同じくアクティブでコミュ力も高かった記憶がある。
別々の高校に通っている今でも頻繁に連絡しているし会ってもいると言うし。
二人の仲も、光司から話を聞いた限りではお似合いのカップルだと思っていたんだが……。
やはり、恋人同士になると上手くいかなくなる時期もあるのだろうか?
誰かと恋仲になった事がない俺からすれば全く未知の世界である。
気に入らなければ別れりゃいいのに。
「お前、陰キャだけど顔はいいから、一緒にいれば俺も御相伴に預かれるってワケよ」
「親友をダシに使うなよ」
「持ちつ持たれつ、だろ、兄弟?」
「いつも俺が持ってるだけだし、お前に何かを持たせた覚えもない」
「って事で早速駅前でナンパしようぜ!」
「どう言う事だってばよ…」
いつもなら冷たくあしらえば諦めて他の話に切り替えていたが、何故か今日の光司はいつも以上に手強い。
「お前だって彼女欲しいだろ?近頃はゲーマーやオタクな女子だって多くなってるしさ、運命の出会いって奴があるかもよ?」
一回やってみようぜ?
ちょっとだけだから!
と、イケナイ取引を持ちかけるようにグイグイくる。
まぁ、正直彼女が欲しくないわけではないし、恋人がいたらいたで、それからの日々が楽しくなりそうだとは思うのだが……
俺は一度、それで失敗しているのだ。
あれは確か小学生の頃、図書室でコッソリお気に入りの漫画を読んでいた時。
それに興味を示した名も知らぬ女子に、その漫画の事を熱く語ってしまい………結果、ドン引きされた。
その子は間も無くして転校して行ったので、喧嘩に発展したわけでもないのだが、俺は金輪際、女子に自分の趣味は話さないと決めたのだ。
「ナンパなんてしたことないし、知らない女子に話しかけるとか、迷惑でしかないだろ」
「そこは俺様がフォローしてやるよ。なに、俺様ほどになれば、一目みりゃあナンパ待ちしているか否か見抜けられるからな!」
どうやら今日という今日は逃す気はないらしい。
「……今日だけだぞ」
「ぃよっしゃあっ、んじゃ善は急げだぜ!」
渋々頷いた俺とは真逆に、最高の笑顔で俺の腕を引っ張り上げる光司。
ホント、どこまで行っても真逆な二人だ。
駅前のショッピング街は今日も学校と言う名の堅苦しい世界から解放された学生達で賑わっている。
買い食いを楽しむ女子の集団や、コンビニの成人向け雑誌コーナーで一喜一憂するスケベ男子共。
一番多く目に映ったのは……カップル、及び男女のグループが仲睦まじくお喋りしながら街を歩く姿だった。
「いやぁ、今日もラブが蔓延るいい街じゃないか」
「……理解できん。目的もなくブラブラするなんて……目当ての物を手に入れたらさっさと帰ればいいのに」
「ばっかお前っ……奴らにとっては『お互いに一緒にいること』が目的なのさ」
そんなもんかねぇ。
俺ならゲームや漫画をさっさと買って急いで自宅に帰って開封した方がよっぽど有意義なんだが。
「………で、どうすんだ?」
「おっ、なんだかんだで乗り気じゃん?」
早く終わらせて帰りたいだけだ。
そもそもナンパなんて成功するワケがない。
ナンパする奴もおかしいと思うが、ホイホイ付いていく相手も大概だと思う。
ビッチ……とまでは言わないが、ちょっと尻が軽いんじゃない?くらいは思ってしまうのだ。
「そうさなぁ…………おっ、あの子なんていい感じじゃないか?」
木陰から気持ち良い溢れ日が差し込むベンチに座ってボーッとしていると、光司は早速獲物を捕らえたようだ。
「おう、頑張ってくれ光司クン」
「いやお前が行くんだって」
「………マジかぁ」
このまま相手が見つからない事に僅かな希望を抱いていたが、流石はアクティブ、行動が早い。
さて、光司がチョイチョイと指差す方へ視線をやると。
そこには妙に周りを気にしながらオロオロしている女子学生がいた。
サラリと長い黒髪。
改造もストラップもしていない鞄。
身嗜みは一切崩れておらず、遠目から見ても真面目そうな印象を持つ女の子だった。
「……おいおい、ありゃ明らかにミスチョイスだろ。とても男を待ってるとは思えんぞ?」
「わかってねぇなぁ兄弟。あれは道に迷ってるんだ。そこで、地元民であるお前は声をかけるのさ。何かお困りですか?ってね」
「見ず知らずの男に喋りかけられたら警戒するだろ……それに、今時スマホなんて便利なもんがあるんだから……」
「っせーな、彼女はスマホを忘れてきちまったんだよ!」
テキトーなこと抜かしよって……。
まぁいい。
声を掛けた時点で失敗するのは目に見えてる。
一度失敗するところを見せりゃ、光司も今日の様に強引に誘ってくることもなくなるだろう。
「わかった……一回だけだからな」
「おぅ、頑張ってくれ、拓哉クン!」
最後に念を押した俺は、決意を固めて彼女の元にゆっくりと歩み寄り……
どうやって声を掛けようかと頭の中で考えていると。
「………っ!?」
目標まで5mの地点で、彼女と目が合ってしまった!
バッチリとお互いの目を見てしまっているし、距離もそこそこ近いし、俺は真っ直ぐ彼女の方へ歩んでいた為、最早偶然では済まされない。
くっ……こうなってしまえば先手必勝っ!
先に声を掛ければ逃げたり無視したりしてくれるだろう。
「……あのさ」 「……あのっ!」
二人の声が重なる。
一つはもちろん俺。
もう一つは……驚く事に、彼女の方だった。
「あっ、いや、どうしたの?」
「えっと……なんでしょうか?」
また重なってしまう。
なんだこれは。
思い描いていたシナリオと全く違うっ!
「いや、さっき偶然君が目に入ったんだけど……何か困ってそうだったから、さ」
「そっ、そうですか……」
そう言って彼女は俯いてしまった。
まずい、怖がらせてしまったか?
これでは拉致があかないし……何より、彼女が不憫でならない。
雰囲気や声色だけでわかる。
多分、彼女は人見知りでナンパとかされてもキッパリ拒絶できないタイプだ。
だから、俺は助け舟を出した。
「………ごめん。俺、今さ、友人に無理やりナンパする様に言われてて……付き合わせてホント申し訳ないんだけど、追い払うフリをしてくれないか?何なら一発ぶん殴ってくれてもいいから」
後ろから見ているであろう光司に悟られない様、声を潜めて彼女に言った。
これで彼女は何らかのアクションを取ってくれると思うし、動けないのであれば俺がフラれたフリをして退散すれば良い。
人間追い詰められるとなんでもできると言うが、この瞬間の俺は冴に冴え渡っている。
隙がない。
完璧だ!
が。
「あのっ…………私も、友達から男の子に声をかける様に言われてて………一番最初に声を掛けてくれた人に助けて貰おうと………」
………………
「お前もかいっ!?」 「あなたもっ!?」
やばっ、初対面の女の子に『お前』って言ってしまった!
「す、すまない、つい勢いでお前なんて言っちゃって…」
「いえ、私こそ……大声で………は、恥ずかしぃ……」
彼女はそう言って真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
か、かわっ……
不覚にも『キュン』としてしまった俺の心に欲が出てきてしまい……
「そっか……た、助けてもらおうって、ホントに何か困ってるのかい?」
会話を続けてしまった。
「はい……そのっ、本屋さんを探してて……」
「本屋さんか……」
彼女からの救援要請は思いの外簡単なものだった。
そして幸運な事に、それは俺の得意分野である。
この辺の本屋なら、漫画やゲームを買い漁る俺からすれば目を瞑ってでも渡り歩ける程通い詰めているからだ。
しかしここで問題が発生する。
俺が網羅している本屋はあくまでもゲームや漫画に特化した場所であって、参考書や文庫本などが豊富かはわからない。
いや、知らない訳ではないが、いかんせんそちら側には興味がないので、店内の様子がわからないのだ。
「参考書でも探しているのかい?」
「いえ……お恥ずかしながら……漫画本を……」
なんと言うことでしょう。
俺の心配は一瞬にして杞憂に終わったではありませんか。
しかし意外だ。
こんな真面目そうで……いかにも委員長って子が漫画本を読むなんて。
光司が言っていたことも、強ちウソではなかったのか。
「それならよかった……実は俺も今日発売の漫画を買いに行く予定があったから、良ければ案内するよ」
「ホントですか?ありがとうございます!私、この街に引っ越してきたばかりで……スマホを見てもどの建物に入れば良いか迷ってしまっていたんです」
「あーわかる、俺はずっとこの街にいるんだけど、ここ最近で駅前が賑やかになってきてさ、日に日に新しい店が出来るもんだから一々覚えるのも大変だよ」
俺と彼女は自然と一緒に歩き出しながら会話を交わす。
おいおいマジかよ……俺、さっき出会ったばかりの女の子とお喋りしちゃってるよ……
当初のシナリオは何処へやら。
すっかり乗り気になってしまった俺は、このナンパを失敗させるどころか、少しでも彼女に気に入られたいと思うようになってしまっていた。
「そう言えば……ごめんね、急に声を掛けちゃって」
「そ、そんなとんでもない!私もあのままだとその場から動けなかったですし………それに、声を掛けてくださった方が優しい人で安心しましたっ」
そう言って彼女は少しぎこちなく微笑んだ。
天使かっ!?
多分、彼女は男と二人きりで歩いた事がないのだろう。
歩いている時の距離感や言葉の端々からそれが伝わってくる。
にも関わらず俺の詰まらない話しに対して、丁寧に相槌を打ってくれる。
「ご友人からのお頼みを無碍にできなかったんですよね?」
「そんな大層なものじゃないよ。アイツとは小さい頃からの腐れ縁でね、親友なんだけど俺とは何もかも真逆って言うか……」
「わ、分かりますっ!今回私にあの場で待つよう言ってきた友達も……私はこんなにも内気なのに、あっちは誰に対しても明るく元気で……」
「お前もかいっ!?」 「あなたも!?」
「す、すまん、またお前って…」
「き、気にしないでくださいっ!友達からもそう呼ばれていますし……お、男の子に呼ばれた事はありませんけど……」
と、また顔を覆ってしまう。
あっ………すっ。
本屋さんに向かう道中。
俺たちの会話が途切れることはなかった。
「さて、本屋さんに着いたけど、お目当ての本はなんだい?」
外が暑かったのか、或いは自分がこれ以上無いまでに高揚していたのか。
店内のヒンヤリした空気は予想以上に心地よかった。
「決まっているならある程度は案内できるはずだよ」
ここ『マウンテン⭐︎ブックス』はこの街でも1.2を争う程品揃えが良い店だ。
故に、店内は広く扱っている本の数や種類も膨大な為、初見では先ずどこに何があるのか分からないだろう。
が、俺はこの本屋に通い詰めている常連。
エキスパート。
本のタイトルだけではわからないが、出版社や系列を聞けばある程度の場所までは案内できるだろう。
しかし、彼女は中々答えなかった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、その………読んでいる本を知られるのが、は、恥ずかしくて……」
……なるほど、それは気が回らなかった。
確かにさっき出会ったばかりの男の前で趣味を曝け出そうとしているのも同然だからなぁ。
俺だって彼女の前でちょっとエッチな漫画を手に取るのは気まずい。
うーむ、どうするか……
「……それなら俺に付いてきて、最初は俺から買わせてくれよ。他にも欲しい本があるし、あちこち見て回るつもりだから……その間に欲しい本を探すといいよ」
「い、いいんですか?」
「もちろん。漫画ってジャンルは同じだから、きっと見て回っている内に見つかるよ。あっ、俺はずっと前を向いているから、もし見つけたら手に取っちゃって!」
「……はいっ、何から何までありがとうございます!」
出会ったばかりの時よりも自然な笑みを向けてくれた。
なんてこった、こんな事でお礼を言われるだなんて……。
ってかコレって本屋さんデートなんじゃね!?
思いの外自然に一緒にいるからきがつかなかったけど……うわっ、今更ながら緊張してきた。
俺は胸を強く撃つ鼓動を悟られない様に先に歩く。
すると、後ろからトコトコと彼女が着いてくる気配。
俺が右に曲がれば一拍置いて彼女も右に。
左に寄れば彼女も左に。
気になる本を見つけて立ち止まり棚を見上げれば、彼女も立ち止まって上を見る。
ドラ○エかっ!
かわゆすぎるだろっ……。
にやけそうになる口元を手で抑える。
なんだこの状況は。
チョー楽しいっ…!
「……あっ、これだ」
だが、そんな時間も長くは続かず、俺は目的の本を見つけてしまう。
それが最後の一冊である事が不幸中の幸いだったと言えよう。
この漫画は月刊青年誌の作品で、笑いあり涙ありのスポーツ漫画だ。
特に主人公とチームメイトの熱い友情やむず痒くなるほど初々しいラブコメシーンが大好きだったりする。
ただ、絵柄もそうだが台詞の言い回しや展開などが少し古臭い為、あまり人気がない作品……。
だが、『みんなが知らない名作を知っている』と言う特別感もあり、俺はこの漫画を集めているのだ!
「あっ………私も……その本が欲しかったんです」
「お前もかいっ!?」 「あなたも!?」
なんて偶然だっ!?
しかし困った事に、在庫は俺が持っている一冊だけ。
いや、希望を捨ててはいけない。
店員さんに確認すれば、まだ裏に在庫があるかも!
と、思っていた正にその時。
後ろから店員さんが近づいてくるではありませんか。
黒縁メガネとマスクで顔は覆われている。
花粉症か、はたまた埃対策なのだろうが、エプロンは間違いなくこの店のもの!
「あの、すみません!この新刊なんですけど……」
「ああっ、売れてしまったんですね……コレ、普段はあまり売れないんですけど、今巻は名シーンがあるとかですぐに売れてしまったんですよー」
「なん……っ」
「他の書店でも同様みたいでして……お客様からの問い合わせで、周囲の店舗さんにもお伺いしたのですが……残念ながら」
「……ですって…っ」
「はい……誠に申し訳ありません。入荷も未定となっておりますので……では」
そう言って、予め用意していたのか、『売り切れ』の札をこの漫画があった場所に張って、そそくさとバックヤードに引っ込んでしまった。
「………ど、どうぞ」
「……いえ、お先に手にしたのはあなたですし」
気まずい空気が流れてしまう。
ここに来て雰囲気が悪くなるなんて……神様と言うヤツは残酷である。
「でも……名シーンが掲載されてる」
「み、見たいですけど……それではどちらかが……」
お互い譲る気はある。
しかし見たい気持ちも同じだろう。
それに、前回は良いところで終わってしまっていたこともあり、続きが気になるところ。
それは彼女も同じだった様で、仕切りに俺が握りしめている漫画をチラチラ見ている。
「な、なんなら………一緒に見る?」
な〜んちゃって⭐︎
と、空気に耐えきれずにセンスのかけらもないジョークを…
「良いのですか!?名案です、是非そうしましょう!」
彼女はあっさりと受け入れたのだった。
駅前から少し外れた小さな公園にあるベンチに二人並んで座る。
手に持っているのはもちろん先程購入した一冊の漫画。
「ささ、早く読みましょう!」
袖をくいくいと引いてくる彼女の目線には、最早漫画本しか写っていない様で、今俺たちが置かれているシチュエーションに気がついていない。
マジか……これ、ナンパ成功したと言っても良いのでは!?
最初はナンパなんて彼女が欲しいだけのウェイ系がやる迷惑行為とばかり思っていたが……
まさか、この様な展開になろうとは。
「わ、わかった……読み終わったら捲るから早かったら止めてくれ」
「了解です」
俺は最初のページを捲る。
パラリ、パラリ。
聞こえるのはページを捲る音と、公園で遊ぶ子供たちの声。
そして、日傘になっている青々と生い茂った葉桜が擦れる音色。
そして……
「ふーん…」
「ほぁ…」
「えぇ…」
彼女がリアクションをする度に零す吐息。
もしかすると、それに加えて俺の心音も聞こえているのかもしれん。
いかん、集中だ。
漫画に集中するのだ!
俺は更にページを捲る。
彼女は何も言わない。
多分、ほとんど同じペースで読んでいるのだ。
チラッと漫画から目を外し、彼女を見る。
「………っ!?」
すると彼女も同じタイミングでコチラを見ていた!
「……お前もかい」 「……あなたも」
ははっ……と二人苦笑いして再び漫画に目を落とす。
次のページから、主人公の親友である『タクヤ』にフォーカスを当てた回。
実はこの主人公の親友が俺と同じ名前だと言うところもお気に入りポイントだ。
そんなサブキャラ回があるとは……正に神回である。
流行る気持ちを抑えてページを巡っていく。
生真面目なタクヤは部活に熱心なあまり、部活のこと以外の会話について行けない傾向があった。
ある日、タクヤは主人公にこう言われる。
『部活もいいけど、たまには息抜きしろよな』
その日は学校の都合で部活は中止、部室にも入れない日。
タクヤは、密かに集めていた漫画本があったが、昔女の子からそれをからかわれて以来、みんなに隠す様になった。
今日がその漫画の発売日だと言うことを思い出し、商店街にある本屋さんに行こうとする。
その道中、前巻で主人公の学校に転校して来たサブヒロイン『カエデ』が道に迷っていて………
(……お前もかいっ)
自然だけ横にやると、彼女もまた口に手を添えて目を開いている。
「あなたも?」
とでも言いたげた。
再びページを捲る。
………捲る度に既視感を覚える。
タクヤはカエデに声をかけ、本屋さんに案内する。
目当ての本が一緒で、売り切れてて………一緒に読む事になって。
「……………」
「……………」
ページを捲る。
本を読み終わった二人は、偶然通りかかった主人公とヒロインからこう聞かされるのだ。
『カエデは、一緒の小学生だったんだぞ?』
『あなたと見た漫画が今でも好きなんですって』
と。
タクヤとカエデは声を揃えて言った。
「もしかして、あの時の!?」 「もしかして、あの時の!?」
俺たちは同時に顔を上げて互いを見た。
その時。
公園の遊具から二つの影が飛び出した。
「「テッテレェェェン!!」」
光司と……山本さんだ。
山本さん?いや、中学校以来だから雰囲気が変わりまくっているけど、多分山本さんだ。
「「大成功っ!!」」
イェーイとハイタッチをする二人を他所に、俺と彼女はポカンとしていた。
まさか。
まさかまさか。
「ちゃ、茶番だったのか、光司ぃぃっ!?」
「いやぁ、美味い茶だったぜお前ら!」
これは……最初から仕組まれていたのだ。
思えば、ナンパする相手を決めたのも光司だし、決めるのも早かった。
更に言えば、相手も無理やりナンパ待ちさせられているなんて不自然すぎる。
他に不自然なところというと、安心と信頼の『マウンテン⭐︎ブック』に漫画が一冊しか残ってなかったことか。
いやそれは偶然……………
「山本さん、つかぬ事をお聞きしますが……ご両親のお仕事は?」
「はいっ、本屋さんでぇ〜っす!今後とも『マウンテン⭐︎ブックス』を宜しくぅっ!」
コイツっ、職権濫用じゃねぇか!
「因みに店員は俺だ」
そう言いながら光司が取り出したのは………黒縁メガネとマスク。
売り切れ宣言してきた店員か!!
「おっ、お前ら………き、キミ?からもなんか言ってやって!」
ツッコミが追いつけず彼女に助けを求める。
しかし……彼女はじっと漫画の最後のページを見つめたまま動かない。
後ろに回ってそのシーンを見ると……
『あの時はゴメンなさいっ!ずっと好きでした!お友達からでも構わないので、私の気持ちを受け取って下さい!』
カエデがタクヤに向かって握手を求め、タクヤが戸惑いの表情を見せるところでこの巻は終わっていた。
「さぁどーすんの、カエデ!」
「カエデちゃんファイトぉ…いっぱーつ♪」
ギャラリーは更に盛り上がっている。
いやいや、こんなに上手くいくはずないだろ、本人の気持ちも無視して!
俺は彼女の正面に回り込み、尋ねた。
「えっと………今更だけど、お名前は?」
「…………楓、です…っ」
………マジか。
すると、楓さんはいきなり立ち上がり………俺に手を伸ばした。
「あっ…あっ、あの時は、ごっゴメンなさいっ!すす好きでした!おとっ、お友達を前提に、つ、付き合いましょうっ!」
……………。
どうやら緊張してへんな言い回しになっちゃってる。
コレは夢か?
もしくは俺たちは漫画の中の住民なのか?
胡蝶の夢。
人が夢見て蝶になっているのか、蝶が夢見て人になっているのかはわからない。
ただ。
「ほらほら拓哉っ、早く漫画の続きを見せてくれよっ!」
「ページがないなら作るしかないわよねっ?」
楓さんの思いと外野からの声は……現実だ。
だから。
「ふ、不束者ですが……」
俺は夢を見るために。
差し出されたその白い手を、そっと、優しく拾い上げる様に包んだのだった。
「……ところでお前ら、なんでこの漫画の内容知ってんだ?今日が発売日だぞ?」
「「月刊誌で見たからこりゃ使えるなって⭐︎だって大ファンだから!」」
「お前らもかよっ!」 「あなたたちも!?」
こんな偶然ある訳ねぇんだよ!
コレは……『運命』って言うんだよ!