12・来歴
「私が最初に死んだのは、確か三歳か四歳の頃でした」
明るい陽光の差し込む長閑な部屋で紡がれるには、それはあまりにも不釣り合いな言葉だった。
閉じていた瞼を薄く開き、寝台に横たわったまま静かに口を開いた娘の面差しはやつれてこそいるものの、確かな生気を感じさせる。過日の襲撃によって甚だしく負傷した姿を思えば、そのように喋ることができるだけでも驚愕に値した。
件の貴族――コンドレン家の末娘であるダルシー・コンドレンは腕の良い薬師であり、同時に治癒魔術にも秀でた魔術師でもあるという。既に一度フェランは彼女によって命を救われたと聞くが、さもあらん。再び身柄を預けて治療を頼んだのも、どうやら間違った判断ではなかったらしい。
「死んだ、とは」
尋ね返しながら、俺は寝台の傍らに置かれた椅子に腰かけ、探るともつかない心境で怪我人と部屋の様子を眺めていた。この部屋も時たま訪ねてくる傷病者を留め置く際に用いるものであると聞いたが、辺りは綺麗に整頓されており、寝台に用いられている敷布や布団も乾いて清潔なものと見える。ダルシー・コンドレンは、随分と手厚くこれの面倒を見ているようだ。
ジスァザ村の襲撃から、早いもので三日になる。本音を言うのならば、今少し早くに追究に来たかったところだが、煩雑な事後処理がそれを阻んだ。村を襲わんとした賊の始末に加え、軍に巣食っていた害悪の告発。負傷したフェランを預けている間にそれらの事後処理に奔走し、ようやっとその寝床を訪ねることができたのが今日だった。
「その言葉の通りに。……詳細な状況まではよく覚えていないのですが、私は母の目が離れた隙に勝手に動いて、転んで、ひどく頭を打ったんです」
淡々とした風で語る声を聞いていれば、図らずも眉間に皺が寄った。
頭部の強打。まだ三、四の幼子とあれば、それだけで命に関わる傷となるだろう。――否、だからこそ「最初に死んだ」などという信じがたい形容になるのか。
「すうっと気が遠くなって……それから、身体の中で脈打つものを感じたのを、今でもよく覚えています。どくどくと、心臓がもう一つ降ってきたみたいに」
「それも『呪い』の効果か」
「そうなのだと思います。たぶん、それが私の異能が発現した最初の機会で――その時点で、私は死にかけていた。だから、私を生かす為に、私の異能はおそらく限界を超えて作用した。……少佐は、そもそも『呪い子』の『呪い』とはどのようなものか、詳しくご存じですか」
まだ青い顔をしたフェランが、かすかに顔を傾けて俺を見つめる。
その琥珀の眼を見返し、改めて問われると些か答えに窮することを自覚した。否、この国の誰がその問いに正確な答えを返すことができるというのか。
「呪い子」は、その身に受けた「呪い」ゆえに過酷な生を余儀なくされる。しかし、その「呪い」が如何様にして発生し、どのような仕組みによって生まれてくる赤子らに付与されるかについて、詳しく調査がなされたことは未だかつてない。
……考えてみれば、ひどくおかしな話だった。
誰もが忌み嫌う「呪い」と、それに侵された「呪い子」。国が組織的に排斥しているといっても過言ではないにもかかわらず、その本質を詳しく知る者はいない。正体も、来歴も、何もかもが判然としないのだ。ただ厳然と忌避される現実だけが、確固として存在している。
「血統や環境に関係なく、無作為に生まれ来る子供に付与され、異能を与えるもの」
思考の傍らで答え、我ながら陳腐な説明だと思わざるを得なかった。
その「付与」を行っているのは、一体どこの何だというのか。奇妙なことに、俺の頭の中でさえ、これまでその問いは根本的に抜け落ちていたように思う。振り返ってみれば、軍学校でも、それ以外のありとあらゆる場所でも、その問いが発されることはなく、それについて語った書物を見た覚えがなかった。
俄かに空寒い感慨を覚えつつ口を閉じれば、フェランが俺に向けていた視線を天井へと向け、浅く頷くのが目に入る。
「そう、一般的にはそのように言われていますね。確かに、それは『呪い』の一面を正しく形容している」
「それだけではない、と」
「ないのだと、思います」
迷いのない断言。
まさか、と思わないでもなかったが、こと「呪い子」の「呪い」についてならば、俺は全くもっての部外者である。安易な否定なぞできるようはずもなく、ただ黙することで先を促すほかに返せる反応もなかった。
「……あの日、私が初めて死んだ時、二つ目の脈打つものを感じながら、何かが流れて込んでくるのが分かりました」
ぽつりぽつりと娘は語る。ぼんやりと見上げる目は頭上を塞ぐものではなく、その向こうのどこか遥か遠いところを見ているようでもあった。
「頭を打った私は、三日三晩寝込みました。父母は、それは驚き慌てたそうで――医者に連れていく訳にもいきませんでしたから」
「何故」
短く問うと、フェランは皮肉げに口角を吊り上げた。
「私の両親は古馴染みの産婆と結託して、私が『呪い子』であることを隠していたんです。私の呪印は心臓の上にある。……普通に暮らしていれば、そう目に付くものでもありませんから」
馬鹿な、と半ば反射で言いかけ、辛うじて声に出す寸前で呑み込んだ。
この国では年に一度、その年に六歳を迎える全ての子供に対して「呪い」の有無を問う検査を実施する。それはいかなる身分であろうと回避の許されぬ強制的なものであり、例えそれまで「呪い子」であることを上手く隠しおおせたとしても、その検査をもって必ず露見する。だが、生まれてくる子供を愛していればこそ、どうにかして真っ当な生涯を歩ませてやりたいと思うのも親心なのだろう。
だとしても、フェランの両親の行ったことは、ただ決定的な瞬間を先延ばしにしていただけでしかない。それどころか世間では「呪い」のもたらす異能が暴走することのないよう、「呪い子」は早いうちから親元から引き離し監視下に置く扱いが主流となっている。その風潮に真っ向から反した格好になれば、周囲からの誹りは免れ得まい。
そこまで考え、ああ、と胸の奥で嘆息した。……なるほど。だから、この娘は故郷に金を送り続けていたのか。自分を庇ったがゆえ、窮地に陥っているであろう両親を助ける為に。
「それで――そう、その三日三晩で、私の頭の中は随分と書き換えられたんです」
「何だと?」
知らず、上げた声は剣呑な響きを帯びていた。頭の中を書き換えるとは、どうにも穏便でない。
「寝込み続けて目を覚ました私は、それまでの私とすっかり変わってしまっていた。たくさんのことが頭の中に詰まっていた。どうすれば戦場で生き延びられるのか、どうすれば効率よく殺せるのか。練兵所で習った全てより尚多くのことが、いつしか押し込まれていた。……そのお陰で、両親が何をしているのか、その為にどんな未来を得ることになるだろうかということも、分かっていました」
「それゆえ苦境に喘いでいるであろう父母を支える為に、お前は他の全てを犠牲にすることにした」
天井を見つめたまま、フェランが頷く。その面差しに表情らしい表情はなく、ただひたすらな疲労だけが浮かんでいた。それが軍でも指折りの兵士を作り上げた代償なのだと思うと、妙に釈然としないものを覚える。
考えれば考えるほど、奇妙な話だった。
この国では「呪い」を受けた「呪い子」を忌み嫌い、人としての扱いをしない。例え貴族の子息として生まれた子供であろうと目こぼしはされず、病的なまでに徹底した対処を行う。だが、その酷遇に反し、その「呪い」を解明する動きは不自然なほど乏しかった。――それが、解せない。これほどまでに忌み嫌うものならば、根絶する為の研究なりが行われていてもいいはずだ。
そもそも、フェランの言が真実であるのならば、我々がそうだと理解していた「呪い」の大前提が覆る。もしや、この国に蔓延る「呪い」とは無差別に異能を与えるものではなく、戦う術と知識を強制的に与えることで、即席の兵士を作り上げることを意図したものだったのではないか。そして、「呪い」に関する研究が、何らかの思惑によって人為的に封じられてきたのだとすれば……。
そこから走り出さんとした思考を、努めて押し留めた。今はまだ、この件について深く思考を泳がせる時ではない。
「フェラン」
「……はい」
改めて呼び掛けると、細い声が応じた。逸らされていた視線が、今一度俺に向けられる。
「傷が癒えたら、お前にはしばらく暇を取らせる」
「暇?」
きょとんとした目顔に、小さく頷き返す。
「一度故郷へ戻り、両親を説得した上で共にファリシゴへ帰還しろ」
「え?」
言葉を重ねるも、フェランはまだこちらの意図が掴めないようで目を白黒させていた。
「住み慣れた街を離れるには抵抗もあるだろうが、同時に要らぬしがらみからも解放されると思えば、悪いことばかりでもあるまい。マーヴィスの領地の東に、俺が管理している町と農園がある。仕事と住居は執事に都合させておくゆえ、移動の邪魔になるのならば身一つでも構わん」
そこまで語ると、娘もようやっと俺の言わんとすることを理解し始めたらしい。琥珀の眼を丸く見開き、青白かった頬にわずかな赤みが差す。
さりとて、その目顔にはわずかな戸惑いも見えた。無理もないと言えば、それもそうかもしれないが。
「少佐」
恐る恐るといった態で問う声に、何だ、と一言答える。
勢い些か素っ気のない返事になってしまったことは否定できないが、本来呆れるほどにふてぶてしいはずの娘が妙に怯んだような顔を見せるので、こちらまで調子の狂うような心持ちがした。フェランは何度か唇を開いては閉じ、煮え切らない態度を見せた後で、ようやっと二の句を継ぐ。
「そのお話は、本当に――?」
「嘘を言ってどうする」
「それは、そうですけれど……。でも、どうしてそこまで」
「どうしても何も。手駒が最も効果的に活きるよう計らうのは使用者の務めであり、加えてお前は先日の属の捕縛において多大なる功績を挙げた。功績に応じて対価を与えるとは、初めに約したはずだ」
今度こそ努めて事務的な口調を作ったつもりだったが、不思議なもので見る間にフェランの顔から強張りが抜けていく。はい、と頷いた時には、娘の顔はほのかに笑んでさえいたほどだった。
先刻とは違った意味で、どうにも座りが悪いような感慨に陥る。咳払いなどしてみはしたが、仕切り直しになったかは怪しい。
「ともかく……その後も、お前にはしばらく中隊とは別の任務を与える」
「何か、他のお役目が?」
「教師を宛がう。貴様には戦働き以外の多くが不足しているものを一気に叩き込んでやるから、覚悟しておけ」
おそらく「呪い」を介してフェランに与えたものは、徹頭徹尾ただの子供を有用な戦士として変化せしめる類のものだけだったのだ。今回騙されたのは、その知識の偏りも原因の一つと数えられよう。であれば、そこを補ってやれば、相当に化けるに違いない。
――と、それは純然たる計算による言葉でしかなかったが、
「何を間抜けな顔をしている」
俺を見上げる娘の顔は、いよいよぽかんとした様相を呈しつつあった。
その心情に想像がつかない訳ではないが、ここで同情だの共感だのを示すのは、俺の役回りではあるまい。意図して眉間に皺を寄せてみせれば、フェランは枕の上で小さく首を横に振った。
「いいえ、何でも」
答える声は平時とさして変わりのないように聞こえたが、その目に光るものが垣間見えたことには、敢えて気付かない振りをした。




