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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
三章 聖魔闘争都市《クロンヴァレン》〜囚われのフィーム・シュヴァリエ〜
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92話 迷宮の洗礼

 直径三メートル程の入り口から螺旋状に続く階段には、一切の照明が存在しない。

 暗闇に呑み込まれるかの様に下へと延びる道のりを魔術ランプの明かりを頼りに、五分程を掛けて踏破した先には薄ら寒い空間が広がっていた。

 造りは地上のピラミッドと同種の石材を使った石造りで横幅は七、八メートルあり、九人+一匹の大所帯でも楽に進む事が出来そうだ。

 階段と同じく周囲に光源は無く、視覚で奥行を測る事は愚か、横道や障害物の有無すら判らない。

 

「随分長い階段だったな」

「歩いた時間からして、地上部分の高さと同じくらいの深度だと思うよ。…………うーん、これっぽっちの明かりじゃ心もと無いなぁ」


 暗闇に目を凝らすカインに応じながら、クレハは周囲をランプの明かりで照らす。

 確かに、ランプが照らす距離は精々数メートル程。

 頼り切るには些か以上に不足だ。

 そう判断し、詩音は《STORAEG》を開く。

 取り出したのは六つの氷の塊。

 正八面体形の氷塊は六つ合わせても片手にぎりぎり納まる程度の大きさで、傍から見ればアクセサリーやオブジェの類にしか見えないだろう。


起動(エルキス)


 一節の詠唱とともに詩音は六つの氷塊を投げ捨てた。

 と、氷塊達は地面に落ちる事無く空中に留まり、次いでそれぞれが柔らかい白色(はくしょく)の光を放ち始めた。

 一つ一つがランプを上回る光量を放つそれ等は、そのまま一同の周囲を取り囲む様に一定の間隔を空けた陣形を形成する。

 六つの新たな光源が詩音達の周辺から闇を払い、視界が大幅に改善された。

 

「わぁお。シオン、これ何?」

「すごく綺麗」


 まるで玩具を見つけた子どもの様な表情でシャルロットとクレハが声を上げる。

 それに続く様に、氷塊の一つをまじまじと煮詰めながらアリスが訊ねてきた。


「これってギール魔術?」

「うん。簡単な物だけど、ヴィクターに教わったヤツを使って作ったんだ。商品化すれば一儲け出来るかなって思って。まあ、まだ初期段階で売り物にはならないけど」


 氷塊、仮に《ラデウス》とでも名付けるが、これは基本のギール魔術である灯火(レイリス)を持ちいた遠隔照明装置である。

 構造は非常に単純で、灯火のギール文字を刻んだベリドットを核としてその周りを魔水晶(マナ・クリスタル)で囲み、更にその表面を詩音のスキルで生成した氷で囲んだ三重構造になっている。

 ギール魔術で触媒のベリドットが発光し、魔水晶に蓄えられた魔力で文字の効力を持続させた状態で、詩音が表面の氷を遠隔操作で誘導する、と言った仕組みだ。

 構造自体が簡単なため生産も難しくなく、内部のギール文字を変更すれば様々な効果を発揮するなど汎用性も高い。

 が、魔水晶と言う一般的に貴重な鉱石を使用している上に、遠隔での誘導は完全に詩音のスキルに依存している為、現段階では詩音しか使えないとても商品として成り立たない物だ。

 視界が確保された所で、詩音は早速周囲の走査を行う事にした。

 ブーツの踵で二、三度床の石材を叩き、感覚を鋭敏化させて発生した音の反響を拾う。


「おい、奴は何をしているんだ?」


 詩音の左後方でカドニエルがシーナに尋ねる。

 

「…………《反響定位》。シオンは音の反響で周囲の状況を探るスキルを持っているの。だから、静かにしてて」


 ぶっきら棒な口調でシーナは応じるが、カドニエルとウルタースはいまいち理解出来ていない様だった。

 そんな騎士二人を余所に、周辺の構造把握に専念する詩音。

 

「····よし」


 数秒、音に集中していた詩音は術式を展開した。

 上に向けた左の掌に光が灯る。

 それは、光で構成された精緻かつ複雑な立体構造物。

 《想像(イマジナリ)投影式(ィ・ソリッド)》。

 詩音が認識し、脳内で構成した図形を《HAL》のシステムを一部利用する事で立体映像として現実に投影するオリジナルの術式。

 今表示されているのは、反響定位で得た地質情報をその術式を用いて精密に投影したこの遺跡の立体構造図である。

 

「うわ、また何か出た」

「これは、地図か?」


 立体映像を覗き込みながらシャルロットとエリックが声を上げる。


「うん。僕が把握したこの遺跡の構造をそのまま映し出した物だよ」

「えらく複雑な上に広いな。こりゃ遺跡って言うより迷宮だな」


 複雑な道行きに目を通しながら唸るカイン。

 その隣でシーナが立体映像の上の方を指差しながら訊ねて来た。


「この上の方の点は?」

「その点は僕達の現在地を表してるものだよ。どうやらこの遺跡、って言うか迷宮は下に向かって長く伸びる塔みたいな構造をしてるみたいだね。それと、所々で動いてる物がある。多分魔物か、自立人形(ゴーレム)の類いだと思う。極力接敵しないルートを選んで進んだ方が良さそう」

「それじゃあシオン君、先頭は任せてもいいかな?」


 アリスの言葉に「任せて」と応じてから、詩音は会話から外れている騎士二人の方に声を掛けた。


「と、言う訳なので、カドニエル殿、ウルタース殿両名には最後尾で後方の警戒をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」


 何処と無く、有無を言わせない雰囲気を含んだ声音で告げる。

 先の威圧が余程効いたのか、騎士達は不服そうながらも文句を言わずに了承した。

 

 ■


 詩音を先頭にして、一同は地下の探索を開始した。

 広大な迷宮は別れ道や横道、得体の知れない部屋などが頻繁現れるが詩音はそれ等を悉く無視して正解の通路のみを突き進む。

 詩音の走査と周囲を浮遊する《ラデウス》の明かりのお陰で探査は非常に順調に進んで行き、現在は長い下り道を進んでいた。

 

「カドニエル殿、ウルタース殿、危険ですので他から遅れない様に」


 詩音は前を向いたまま告げる。

 クレハ達が振り返ると、最後尾に配置されていた騎士ニ名は体力的問題か或いは迷宮の雰囲気に二の足を踏んだのか、一度よりも少し遅れて着いて来ていた。

 詩音の見向きもしない注意に二人は小走りに隊に合流する。

 

「くそっ、我らに命令とは」

「平民の分際で」


 ぼそぼそと不服の声が聞こえて来るが、詩音はそれを無視して歩を進める。

 後方でカイン達が物言いた気な表情を浮かべるが、詩音はそれを「気にしないで」と小声で制する。

 飄々としたその態度すら気に食わないらしく、カドニエルとウルタースは更に不機嫌そうに表情を歪めて悪態を吐く。

 と、そればかりに気を取られたのか、カドニエルは床の僅かに隆起した石材に足を取られた。

 倒れ込む身体を支えようと反射的に右側の壁に手を伸ばす。

 何とか転倒を防ぎ、一安心したカドニエルだったが次の瞬間。

 右側の壁面。右手を着いた丁度その場所の石材ががくん、という音を立てて陥没した。


「なんだ?」


 そう、カドニエルが呟く。

 動きを止めたカドニエルの気配を察したのか、詩音が振り返り、それに続いて妖精達も二人の方に視線を向けた。

 その直後。

 盛大な崩壊音を響かせながら、一同の十メートル程後方の天井が崩れ落ちた。

 瓦礫が降り注ぐ。だがそれだけでは無い。

 石片や土煙と共に巨大な石球が一同のいる通路へと落ちて来た。


「マジかよ·····」

 

 カインが呆然と呟く。

 直径五メートル程の巨石は、地響きを鳴らして着地すると同時に一同の方へと転がり出す。

 

「走って!」


 クレハが声を上げる。

 言われるまでも無く全員が地面を蹴った。

 下り坂を猛烈な速度で転がる石球。

 巻き込まれれば万に一つの生存も有り得ない。

 速力に秀でたアリスとシーナ、詩音を先頭に、カイン、エリック、クレハの三人が並走して、その後ろをシャルロットが追走する。

 そしてその更に後方を叫び声を上げながら遁走する騎士二人。

 

「この先に曲がり角がある。そこまで逃げ切るんだ!」


 アリス、シーナと並びながら詩音は叫ぶ。

 だが、その直後、


「きゃっ!」

 

 短い悲鳴と共に床石の凹凸に足を取られたシャルロットが前のめりに転倒した。


「シャルロット!」

 

 エリックが叫び、踵を返してシャルロットへと駆け寄る。

 その両脇を騎士二人が手を貸す素振りを一切見せる事無く走り抜けた。

 シャルロットを抱え起こすエリックだが、既に石球が目と鼻の先に迫っていた。

 他の妖精達も二人の元に駆け寄ろうとするが、それより速く詩音が声を上げた。


「カイン、ミユをお願い」

「え、お、おいシオン!」


 カインに狼形態のミユを押し付けて巨石へと走る。

 エリックとシャルロットの両脇を走り抜け、地響きを立てて迫る巨石に向けて左腕を叩き付けた。

 高速回転する岩表に触れた左手から青い魔光が迸った直後、爆発にも似た炸裂音を立てて巨石は粉々に砕け散った。

 


「四葉の琥珀、白羽の衣、陽光の帳が爪をなぞる」 


 アリスの軽やかな詠唱が響き、ついでその掌に光が灯る。

 淡い翠色の魔光をたたえたその手を翳すと、途端にシャルロットの全身を同色の光が覆い転んだ際に負った傷が塞がって行く。


「ありがとう、アリス」


 シャルロットは自身の身体を眺めて傷が全快した事を確認する。

 その一方、先の事態の発端であるカドニエルはウルタースと共に壁際で座り込んでいた。

 疲弊からか焦りからか額に汗を浮かべ、肩で息をする。

 ふと、俯いていたウルタースが自身の座り込む直ぐ側の床にキラリと赤く光る物を見つけた。

 よくよく見ると、それは床石に埋め込めれた大振りのルビーだった。

 どう見ても装飾の類いでは無い場違いなそれをウルタースは指先で軽く触れた。

 瞬間、赤い鉱石に光が灯り、それと同時に石造りの床全体が小刻みに震え始めた。


「こ、今度は何!?」


 石球に続く異変にシーナが声を上げたその瞬間、ピシリと嫌な音が響き石畳みの床全体に亀裂が走った。

 全員が背筋を走る嫌な悪寒を感じたのと同時に、幅広の通路が端から端まで一息に崩落した。

 そして不運にも、崩落したのはクレハ、アリス、シーナ、そしてシャルロットの四人が立つ丁度その場所だった。


「うそ······」


 誰が零したか、そんな悲鳴の声。

 運良く崩落の範囲から逃れていたエリックとカインが咄嗟に四人へと駆け寄ろうとしたが、数歩遠い。

 四人の身体は重力に従順に落下を始める。

 

「クッ!」


 反射的にクレハが側にいたアリスの腕を掴み強引に投げ飛ばす。

 不安定な足場から強引に投げ出したにも関わらず、クレハの高い膂力によりアリスは穴の外へと投げ出された。

 エリックとカインも残る三人に手を伸ばすがとても間に合わない。その二人の間を抜けて詩音が飛び出した。

 間に合わない両名を追い抜いてシーナとシャルロットの腕を掴みエリック達の方へと投げ、次いでクレハに腕を伸ばすが、僅かに届かない。

 指先同士が掠め、そのままクレハの身体は暗い闇の底へと落ちて行く。


「ッチ!」


 舌打ちと共に、詩音は一切の躊躇無く穴の中へと頭から飛び込んだ。

 落下しながら壁を蹴って加速し、クレハとの距離を縮め、目一杯に伸ばした右腕でクレハの腰を巻き込む様に抱き抱える。

 それと同時に左手と両足を側面の石壁に着いて減速する。

 軈て、壁面に僅かに刻まれた傷の凹みに指先が掛かり二人の身体が停止した。


「シオン」


 抱えられた状態から不安気に名前を呼ぶクレハ。

 だが、見上げた詩音は苦々しい表情で自身等を支える左手、それが掴む壁画の凹みを睨み付けていた。

 直後、唯一の支えと言える壁画がぼこっと音を立てて崩れ、二人の身体が再び落下を始めた。

 もう一度壁に手を伸ばそうとする詩音だったがその直前、自身等の向かう穴の下方で四方の壁から幾本もの錆び付いた刀身が突き出て、荒々しい刃を向けているのが目に入る。

 

「ッチ!」


 二度(にたび)、舌打ちを零しながら詩音はクレハを両腕で抱き抱えると、そのまま自身の身体が下になる様に身を捩った。

 連なる刀身が詩音の背中を打ち付ける。

 竜の耐性によってダメージは全て弾かれ、古びた刀身は二人の落下の衝撃に耐えきれず破壊音を立てて砕け散る。

 何層にも渡る刀身の柵を折り砕きながら、二人の身体は暗い闇の底へと呑み込まれて行った。


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