90話 王都 クロンヴァレン
それは、酷く壮重で生彩に溢れた光景だった。
立ち並ぶ建物はどれも美麗な程に作り込まれた外観で、少し視線を動かせば煌びやかな装飾を施した武具を並べる場、希少な鉱物素材を売りさばく場。
様々に物を商う大店が活気を放っているのが目に入る。
そして、その間を着く抜ける石畳の大通りには大小厚薄様々な人々が行きかっている。
人も、外観も、聞こえて来る喧騒すらも。
全てがユリウスとは全く異なる壮大な都。
「此処が王都───」
膨大な情報が入り組む都の光景をフードの下から目に焼き付けながら、詩音はぽつりと呟いた。
「そう。此処がオルネクライブ王国の中心都市、王都 《クロンヴァレン》。そしてあれが」
そう言ってアリスは積層構造的に作られた家々の遥か奥を指指した。
細い指先を追って視線をやれば、遠く、円環状に広がる建物達の中心で都全体を見下ろす様にして聳える城が目に着く。
豪華絢爛と言う言葉を具現化した様な雄大で精緻極まる白亜の巨城。
「国王陛下の居る 《クロンヴァレン城》。旅人の中には、あのお城を一目見る為だけにこの街に来る人もいるわ」
その言葉にも頷ける。
それほどまでに、遥かに聳える王城は見応えのある存在だった。
王城から視線を戻した詩音は、ふとあることに気が付いた。
人混みの中に同じデザインの鎧を身に付けた者が所々散在している。
見た目自体はそれほど豪奢では無いが、しっかりと作り込まれた金属製の装甲と白地に赤い逆十字を中心としたエンブレムが刻まれたマントを身に付けたその見てくれが、冒険者とは異質な存在である事を表している
────ああ、あれが騎士って奴か
声に出さず、自身の中で答えを見つける。
《騎士》。それは冒険者とは違って国その物に仕える直属の兵士の事を言う。
彼らは主に国王や国の重要人物が住む都市等を警備し、治安維持や防衛に務める軍人である。
その為、言ってしまえば傭兵の様な立場である冒険者とは色々と折り合いが悪いらしく、騎士の中には露骨に冒険者を見下す者もいるのだとか。
彼らの上には、《聖騎士》という上位存在的な者達が居るらしいがこうして街を巡回するのは専ら一般兵士である騎士の仕事らしく、《聖騎士》は余程の大事か重要任務の時にしか姿を見せないらしい。
外観も活気も、体制すらもユリウスとはまるで違う王都の喧騒に詩音がしばしの間身を浸していルと、人混みの向こうから此方に近づいて来る一台の馬車の姿があった。
旅路に使った物よりも簡素なそれは、詩音達の前に停車すると、中から人影が一つ降りて来る。
事前にクレハ達が言っていた組合本部の組合員だ。
定例的な挨拶の後、役員の案内に従って全員本部へと向かう。
冒険者組合の本部施設は、ユリウス支部の規模を優に越える物だった。
単純な大きさだけでも二倍以上あり、設けられた設備の質も遥かに高い。
利用する冒険者達も心なしか高価な装備を纏った上級者が多い様に思える。
到着して直ぐにここまでの案内をしていた者とは別の組合員がやって来て、施設の奥へと案内される。
組合員と慣れた様子の妖精達に詩音も続いて建物の奥へと進む。
案内されたのは中央に長テーブルとそれに沿う革貼りの椅子が並んだ会議室の様な部屋だった。
全員が促されるままに椅子に腰掛けると、テーブルの上に紅茶の入ったカップと書類らしき紙の束が人数分差し出された。
「どうぞ、お飲みになりながらお聞き下さい」
組合員はそう前置きしてから、自分用の書類の束を取り出して今回の依頼の詳細を説明し始めた。
現場となる遺跡の場所、外観、現在分かっている情報など、丁寧に話される説明を聞きながら詩音は書類に目を通す。
そして、一時間程続いた説明も終盤に差し掛かった時、
「最後になりましたが、本日の依頼に際し、もう二名程皆様とは別の方に出動していただく事になりました」
全員がその言葉に一斉に役員の方を見た。
「大変申し訳御座いません。諸事情でその方々とは現地にて合流していただく事になっております。組合側の勝手事ではありますが、どうかご容赦下さいませ」
決まった台詞を読み上げる様にしながら頭を下げる役員。
妖精達もこれと言って不満は無いとの事で了承の意を返した。
「以上が、冒険者組合王都本部からの情報提示になります。冒険者の皆様、此度は宜しくお願い致します。どうか御武運を」
■
説明を受け終え、本部を後にした詩音達は一度組合が準備した宿へと向かった。
流石は金剛級冒険者に用意されているだけあって、宿はかなりランクの高い所で一人一人に宛がわれた部屋も広く備え付けも一級品ばかりだった。
「ふぅ……」
息を吐き、詩音は革張りのソファーヘ深く腰掛けた。
ミユはクレハの部屋に遊びに行っており、室内は詩音一人。
────外に四人。中には五人、か
内心でそう呟きながら、先程配られた書類を眼前に持って来る。
十枚以上ある紙束の内容は、既に暗唱できる程度には把握しているのだが、
────これ、どうにもきな臭い話だよなぁ…………
嫌な予感が胸の中で渦巻く。
先と同じく声に出さずにぼやきながら、詩音は紙束を側の机に放り投げた。
────出発は明日。期間は最大で四日間。事が起こるとすればその間、か
「一荒れ来るかな、これは」
汚れ一つ無く磨かれた硝子が嵌められた窓の枠を軽く撫で、詩音は一つ深い溜め息を吐いた。




