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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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89話 旅路

 命の気配に溢れた草原の中を貫く様に伸びた土の道に薄っすらと轍を残しながら馬車が進む。

 空は良く晴れ、日差しは強いが吹き抜ける風がそれ等の煩わしさを一掃する。

 時折、茂みの中や木の上から小動物が顔を覗かせると、その度に人型状態のミユは開け離しの後戸から顔を覗かせる。


「ミユ、落ちないように気を付けてね」


 眼前に開いたウィンドウから視線を離す事も無くミユの行動を察知して都度注意する詩音。

 ミユが「うん」と空返事気味に返すのを聞きながら、詩音は膝元に展開したホロキーボードを叩き続ける。

 非実体のウィンドウ内には六芒星を中心に幾多の幾何学線が重ねられた陣が表示されており、詩音の操作に合わせてそれは幾つかの部品に解体され、そしてまた組み上がるという動作を繰り返す。

 ギルの森に有った小屋で見つけたこの陣こそが、今こうして非実体のウィンドウやキーボードを展開している《HL(ハル)》システムの本体とも言える術式構図だ。

 

────やっぱり、何度端から解体しても直ぐに元の形に再構成される。決められた手順で解体しないと駄目そうだけど、一度再構成する度に手順が入れ替わってる。そう簡単に構造(中身)は見せてくれないか。

 おまけに、この式自体が法則性や脈絡を無視した趣向や気分で組まれてるって感じだな。先にある程度答えを予想して、結果有りきで解いていかないと駄目か。

 全く、このシステムを作った奴は化け物みたいに頭の出来してる様だけど、同時にとんでもない気分屋だな…………


「さっきから何してるの?」

「また変なの出してるわね」


 数時間ほど前からウィンドウと睨めっこしている詩音に、クレハとシーナが興味を引かれたのか問いかけてきた。

 二人が画面を覗き込もうとしたので、詩音は瞬時に《HL》システムのタブを閉じて別の物を展開する。


「ああ、ちょっと今魔術具作ってて、その術式を組んでるんだ」

 

 答えながら詩音は視線をそのままに右腕を横へ伸ばす。

 その腕の先では身体を乗り出し過ぎたミユが後戸から転げ落ちそうになっていた。

 見向きもしないで落ちそうなミユの身体を抱き込むと、そのまま自分の膝の上に座らせる。

 馬車の速度大した事無く、ミユの身体能力と運動神経ならば例え落ちてもまず怪我する事は無いが、落ちないに越した事は無い。

 外が見えず不服そうなミユだが、すぐに詩音の前に展開されたウィンドウに映る様々な陣や術式に興味を示したらしく、大人しく膝上に納まった。

 クレハとシーナも左右に腰掛け、ウィンドウ覗き込む。


「これで術式が組めるの?」 


 シーナの質問に頷きながら、詩音はキーを操作する。

 本来、魔術の陣や術式は特殊な加工がされた羊皮紙に血液系の素材を混ぜたインクで式を描くことで作成されるが、先日解放された《HAL》システムの機能を使えばこうしてディスプレイ上での製作や編集が可能なのだ。

 本来の紙とインクによる方法よりも、プログラミング感覚で作成できるこちらの方が詩音には遣り易い。


「で、どんなのを作ってるの?」

「通信………離れた相手と会話ができる魔具をね。遺跡調査の時にあったら便利だと思って。ほら、これ」


 そう言って詩音は《STORAGE》からある物を取り出してクレハに手渡す。

 クレハ、シーナ、ミユの三人が覗き込むそれは、指先程の大きさの丸みを帯びた本体から細いアームが伸びた端末。

 外見的にはワイヤレスイヤホンを参考にしている。


「それを耳に着けておけば、着けた人同士離れていても話しができる、様にする予定」

「へぇ。便利そうね」

「だね。《遠距離(ロングカン)念思話(バセーション)》で似た様な事できるけど、あれは中位(Bランク)で魔力消費が凄い上に十秒位しか話せないもんね」


 端末を受け取り、詩音は再びウィンドウに向き合う。


「そうそう。そこがネックなんだよね。だから会話の対象を同じ端末同士の間に限定すれば魔力消費を抑えれて長時間の会話もできる様になるかと思って。で、今その為の専用術式を作れないか色々試してるんだ」

「へぇ、どんな術式?」

 

 シーナはウィンドウを覗き込んだまま興味本意であろう質問を投げ掛けてくる。


『《遠距離念思話(あれ)》の効率と安定性が悪いのは、法式がそもそも二次元領域下での情報伝達を前提とした構造になってるからなんだ。でも実際は通信者間のズレは前後左右に加えて上下の差異が存在する三次元領域下で使用する場合が殆ど。それを平面的な公式で無理矢理に処理しようとするから情報の伝達も継続時間も酷く不安定になる。だから、その問題を解消する為に通信端末間に三次元対応に対応させた法式を専用の術式回線として再構築しちゃおうと思って。ただそうすると術式自体が大型になるから、ある程度は多重兼用(マルチワーク)化してそれを防ぎつつ、各部の精度のバランスをある程度保てる様にするって方向で進めてる。式の再構築と機能の兼用化は大体形になってるんだけど、欲を言えばもう少し遊びを持たせたいから―――――――』

 

――――――って事細かに説明してもアレだよなぁ…………


 詳細を具体的に説明すれば、何処か遠い世界を眺める様な表情を浮かべるであろう二人の姿が目に浮かぶ。


「えーっとねぇ…………元の術式の一部を単純化して、不適切な式を適切な物に作り直して、機能を限定する代わりに小型化と効率化を目指してる、って感じかな」


 極めて大雑把かつ語弊有りまくりに説明し直すと今度は二人ともそれぞれの言葉で「成る程」と理解の意を示した。

 詩音が再びキーの操作を開始すると、それに従って幾つもの術式(資料)がウィンドウ内に表示されては消えてを繰り返す。

 それが面白いのか、ミユは時折非実体のウィンドウに手を伸ばしたりしながらも大人しく詩音の膝上に収まり続けた。


 ■


 特に問題も無く馬車は目標にしていた距離を走り切り、夜営が出来そうな開けた場所に留まった。

 既に空は僅かに赤み掛かり、太陽も山の方へと大分に傾いている。


「や、やっと降りれたぁ…………」


 クレハに支えられながらシャルロットはふらふらと馬車を降りた。

 顔色は青く、足取りは覚束無い。


「シャルって乗り物に弱いんだね」

「うん。でも今回は何時も以上に辛そう」


 詩音の声に答えながらアリスは慣れた様子で完全にグロッキー状態なシャルロットの為に地面に布を引いて寝そべられる場所を作っていた。

 

「あぁ…………うっ………」


 クレハの肩を借りて歩くシャルロットは、今にも身体の中身をぶち撒けてしまいそうな雰囲気だ。

 支えられながら、敷布の上に腰を下ろして項垂れる。

 確かに酷い酔い様だ

 横になったとて、早々に回復はしまい。

 そう判断した詩音は、シャルロットの前で膝を曲げ視線の高さを合わせた。


「シャル」

「……あぁ?」


 名を呼ばれ、気怠そうに顔を上げるシャルロット。

 その眼前に、詩音は中指と親指の指先を砂を摘まむ様に合わせて上へと向けた掌を差し出した。

 そして、意図が解らないと言った表情のシャルロットの眼前で合わせた指先を勢い良く弾く。

 良く響く、乾いた音が発せられ、眼前でそれを聞いたシャルロットは身体をびくりと跳ねさせた。


「び、びっくりしたー。いきなり何よ」


 突然の悪戯じみた行動に抗議の声が上がる。

 それに対して詩音は平然のままに返す。


「気分、マシになったでしょ?」

「え?……………………あ、本当だ! 何で?」


 強烈な陶酔感は消え去ったらしく、シャルロットは意味は無いが自身の首筋や頭を撫で回す。


「今の何の魔法?」

 

 少々滑稽な動きをするシャルロットから視線を移し訊ねてくるアリスに、「いいや」と小さく笑みを浮かべる。


「魔法じゃ無いよ。乗り物酔いは自立神経の乱れからくるからね。今の音の刺激でその乱れを正したんだ。ただ寝てるよりは楽になったでしょ」

「あぁ、うん。もう全然平気だわ」

「ふふ。それは良かった。まぁでも、無理はしない様にね」


 そう付け加えてから、詩音は腰を上げる。

 と、不意にシーナが眉間に指先を当てて唸った。


「うーん………理屈は何と無く分かるけど、実際出来る物なのかしら?」

「まぁ、実際出来てる訳だからね」

 

 ひょいと肩を竦めてそう言ってから、詩音は《STORAGE》を開いた。

 幾つか浮かび上がった陣からテントや調理器具の類いが引き抜かれる。

 

「本当にシオンが居ると助かる。俺達だけでは持てる荷物も限られるからな」


 取り出した道具や荷物を持ち上げながらエリックが言う。

 これだけの大所帯での旅となると必然荷物も多くなる。

 だが、それらを馬車に積み込むしてもスペースは有限だ。

 その点、詩音の《STORAGE》ならばそんな制限は無く、更には傷みやすい食材や清潔な水も問題無く持ち出せる。

 旅に於てこれ程都合の良い能力はそう無い。

 全ての道具を出し終えると、各々役割を分担して夜営の準備を始める。

 テントや焚き火等の設置を詩音、カイン、エリックの男性勢が行い、残る女性勢が調理器具を広げて食事の用意を担当する。

 妖精達は流石に旅慣れしているだけあり、詩音の方も野営野宿に関しては十分な経験、知識を持っているので事は非常にスムーズに進んだ。

 日が暮れ切る前にテントを二つ設置し、火を起こし、夕食を作り終えた。

 太陽が山の向こうに沈み切り、西の空に僅かに残った陽光と夜の闇が溶け混ざる空の下で、全員で焚き火を囲むながらアリス達が腕に寄りを掛けて拵えた夕餉にありつく。

 詩音がその輪の中で、過去に何度も王都に足を運んでいる妖精達から様々な体験や名所の話を聞いている内にすっかり空は夜闇一色に染まり切っていた。


 ■


 食事を終え、片付けを済ました詩音は焚き火の前でまたもキーボードを叩いていた。


「はい、シオン君」


 片脇から顔を覗かせながら、アリスが紅茶の入ったカップを差し出して来る。

 「ありがとう」とお礼を言って受け取ったカップを傾け、唇を濡らしながら詩音は片手で操作を続ける。


「どう? 新しい術式、出来そう?」

「うん。多分王都に着くまでには形になると思う」

「そう」


 アリスが「でも、無理しないようにね」と念を押した時だった。


「おーい、シオン」


 名前を呼びながら、エリックが歩み寄って来た。

 首に手拭い(タオル)を掛け、楽そうな服装に身を改めたエリックは詩音達の所まで来ると軽く周囲を見渡す。


「カインの奴は?」

「馬車の方で馬の世話して来るって言ってたよ」

「そうか。なら、先にシオンが汗流して来るか?」


 エリックの提案に詩音は数瞬だけ考え込むと、「じゃあ、そうさせて貰うよ」と頷いた。

 二、三口かけてカップを空にし、詩音はその場を後にすると、入れ替わる様にエリックが来た方に歩を進める。

 

 ■


 焚き火から少し離れた場所には大きなテントが二つ並んでいる。

 一つは女性陣用。四人が寝泊まりするのには充分なサイズだ。

 もう片方は男性陣用。女性用に比べると一回り小さい。元はカインとエリックの二人用らしいが、小柄な詩音一人が加わっても何ら問題無い程度の大きさだ。

 そして、そのテントの裏手に、更にある物が二つ設置されている。 

 四方を布で囲い中が見えなくしてあるそれは、テントよりも幅と奥行が僅かに小さく、その分上に長い。

 詩音は勿論、エリックやカインでも充分直立できる程。

 男性陣のテント側に立つそれの布壁を一面捲り、詩音は中に入る。

 天井が吹き抜けになった内部は更に大小の二つに分割されており、小さい方には手拭い(タオル)と服を入れる籠が置いてある。

 此処は、浴室だ。

 テントと同じ要領で建てられた簡易式のシャワールーム。

 本来、旅では水は食料以上に気を使う代物だ。

 定期的に清潔な水が、充分な量補給できるとは限らない。

 かと言って、事前に持参しようにもその量には限度がある。

 魔法や魔術で生み出した水を使おうにも、それらは発動者の魔力が形を変えた物であり、他の者が体内に取り込んだり、長時間触れていると魔力の性質の違いにより体調不良を引き起こす事がある為、気軽に代用品にする訳にもいかない。

 それらの理由から、冒険者達は多少遠回りになろうとも、水を補給できるポイントを旅の経路に組み込みながら計画を立てるのが一般的だ。

 だが、詩音のスキル《氷雪の支配者》ならば、それらの問題は全て解決できる。

 詩音のスキルで生み出す水は、空気中に散在する水分を集約した物。つまり、余程の乾燥地帯でも無い限りは自由に大量の水を生成できるという事だ。加えてその構成の殆どが純粋な水であり、魔力をそのまま変換した魔水に比べ、人体への影響が極端に少ないのだ。

 故に、今回の様に水を大量に必要とする浴室を設置する事もできる。

  

────まだカインが入って無いし、さっさと出て替わってあげないと


 そう思いながら、詩音は脱衣場で魔力を編んだ衣服を解いていく。

 純白のコートが消え、それに続いてシャツとジーンズが消失する。

 一瞬で下着一枚となった、その時だった。


「あーあー、この泥落ちっかなぁ」


 という一人言と共に入り口のカーテンが開いた。

 一人言の主は、服に泥が跳ねた痕跡を着けたカインだった。


「あ、カイン」

「ん? ぬぅお!! シ、シオンっ!?」


 詩音の存在に気付いた瞬間カインは声を上げ、見るからに狼狽する。

 が、詩音の方は然して気にした様子も無く。


「うわ、結構派手に泥浴びてるね。カイン、先に入りなよ」


 歩み寄ってカインの汚れ具合を見ながら言う。

 だが、カインの方はまともな声が出せないでいた。


 眼前にある少年の裸体は、正常な判断力を喪失させるには充分過ぎる程に蠱惑的だった。

 視線が自然と流れる。

 容易く押さえられそうな程に細い腕。白銀の糸の様な髪が掛かる薄い胸。女性の様に細く括れた腰。そして────────


「カイン?」


 名を呼ばれ、カインはハッとして下に向けようとしていた視線を詩音の顔へと戻した。

 黙り込むカインをか訝しむ様に、蒼い瞳が見つめていた。

 それで我に帰ったカインは、


「す、すまんっ!!!!」


 叫び声を上げながら踵を返し、全速力でその場から走り去った。

 残された詩音は唖然として遠退いて行く背中を見送りながら、


「何だったんだろ、今の」


 ぽつりと、一人呟いた。

  

 ─────────────その後、何かに取り憑かれた様に素振り稽古をするカインの姿が他の妖精達によって確認された。

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