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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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86話 殺意の十牙

「すまない。少し外に出ていたせいで遅くなった」


 背中越しにそう言って、アルトは剣に纏わり着いた血液を払う。


「父さん、何で此処に?」

「何でって、前にクレハ、今年の喧闘祭に出ると言っていただろう。だから見に来たんだ」

「そ、それだけの為に………」


 クレハは呆れた様に溢す。

 そんな理由でフェルヴェーンの最高権力者が、護衛の一人も付けずに出向くとは。

 その場の、アルトの立場を知る者が全員一様にそう思った。

 しかし、当のアルト本人は、そんな事は全く気にしていない様子で怪物の群れへと視線を向ける。

 漆黒の双瞳が向かうその先では、先ほど切り捨てた個体達が、既に再生を終えて身を起こしていた。


「再生持ちか。真っ当な生き物では無いな」


 怪物達の様を見てそう呟くと、次いで目線を動かす事なくクレハ達が言った。


「あのデッカイのから分裂したんだ。頭を跳ねてもまだ動く」

「成る程。では四肢を狙おう。手足を落とし続ければ一先ずは何もできまい。皆、悪いが手を貸してくれ。何、シオン君があのデカ物の相手をしているのなら事は直ぐに終わるだろう。この手の化物(けしょう)は大元を潰せば止まると相場が決まっているからな」


 妖精達は全員息お揃えて「了解」と頷く。


「では、皆は四体程頼むよ。残りは私が引き受けよう」


 そう言い残し、アルトは地を蹴った。

 疾走する黒色(こくしょく)

 その速さは尋常では無い。クレハ達の目には僅かに霞んだ残像が映る程度だった。

 瞬速を以て怪物の群れへと踏み込んだアルトは、手にする業物(長剣)を振るう。

 走る切っ先は、其れこそ残像すらも見せない。

 無数の閃跡を描きながら、容易く怪物達の手足に喰らいつく。

 異形達は、地に伏してから漸く斬られたという事実を認識する事だろう。


「▣◇▣▣───!!!」


 咆哮が数多。

 切り捨てられた怪物達は、即座に手足を再生させて立ち上がろうと試みる。

 が、再び二脚が大地を踏み締める事は無く。

 再生させた矢先に、アルトの剣閃が再びその四肢を切り跳ばす。

 圧倒する。

 金剛級(アダマスランク)の上位冒険者ですら屠りかねない狂獣。それを都合十一体相手取りながらも、アルトは圧倒していた。

 何も出来ない。

 いかな再生能力を持っていようと、矢先から切り刻まれたのでは動くに動けない。

 

 ■


「なんだ、あの兄ちゃん。馬鹿見てぇに強ぇな」


 ただ一人で怪物達を封殺するアルトの姿に、ヴィクターは声を上げる。


「クレハの御父上だよ。あの人が居れば向こうは何も心配無い」


 そう、詩音は言ってから眼前の魔物に向けて両手の武器を構える。


「僕らはあれの対処に専念しよう」


 銃口と切っ先。二つの凶器を魔物へと向ける詩音の声音にはアルトに対する絶対的な信用が込められている。

 

「そうかい。お前さんがそこまで言うなら問題ねぇんだろうな。んじゃ、気兼ね無くやるとしようか」


 不敵な笑みを称え、ヴィクターも同じ様に手にする魔槍を眼前の敵に向ける。

 魔物は最早、詩音とヴィクター以外は眼中に無いらしく、白面越しにも向けられる敵意がありありと伝わって来る。

 不意に、その巨体が気味悪く蠢く。

 青紫の体表に幾本かの線が走ったかと思うと、その線に沿って肉が裂ける様に分裂する。

 そして、裂けた部分が形を変え、細長い鞭の様な触手を形成した。

 

「うわ、気持ち悪っ」


 その異形さに詩音はそう零した。

 左右、肩周りに三対形成された触手の先端には手の爪と同質の長大な刃が備わっており、それらはうねうねと蠢きながら詩音達へと先端を向ける。


「向こうも本気って事か」

「ヘ、上等」


 それだけ交わすと、何の掛け声も無しに二人は同時に魔物へと走り出した。

 対して、六本の触手は蛇の様にうねりながら凶刃を向けて迫る。

 それを、

 

「オラァァ!!」


 気合いの声と共にヴィクターの魔槍が迎え打った。

 穂先を肉厚の血刃へと変え、迫る六手の全てを切り払う。

 そして、その横脇から詩音が飛び出した。

 地を滑る様な低い姿勢のままに、風すらも追い越さんばかりの速さで触手の下を潜り抜け魔物へと肉薄する。

 

「■□□■──!!」


 咆哮。

 魔物は触手をすり抜けて迫って来た詩音に、怪腕を振り翳す。

 地面を抉る怪力を以て振り下ろされる拳。

 それを跳躍で回避した詩音は、そのまま地面にめり込んだ拳の甲を足場に駆け上がると、その太い首筋に向かって氷剣を振り抜いた。

 だが、直後に硬質な悲鳴が上がる。

 首を跳ねる勢いで叩きつけた刀身が、破砕音と共に砕け散ったのだ。


「っち!」


 舌を打ち、飛び退いて地面に着地する詩音。

 先程まで、何の問題も無くその肉体を切り裂いていた氷剣の刃。

 それが砕けた理由を詩音の眼は捉えていた。

 氷剣の刃が魔物の首筋に触れる刹那、弾性のある表皮が瞬間的に超圧縮する事で鋼以上に硬度を高めたのだ。


────学習してるな


 砕けた氷剣を放棄しながら、詩音は内心で呟いた。

 そこに、再生した魔物の触手が群れながら迫る。

 詩音はそれに向けて左手のヴォルフ・レクスの引き金を引き、撃ち落とす。

 そして、それに続けて魔物の顔、白面に覆われたそれの眉間に向けて一発弾丸を放った。

 鉄板を撃ち抜く様な音と共に火花が散り、着弾点を中心に白面に亀裂が走る。

 殻が割れる様に白面が砕け、地面に落ちる。 


 そして、


 白面の下から現れた顔を見て詩音は落ち着いた口調で呟く。


「やっぱり貴方だったか。ブーラス・バイドック」

 

 現れたのは、既に知っている顔。

 色こそ体同様に青紫色に変色しているが、その目鼻立ち、僅かに残る嘗てそれであったという面影を詩音の眼は見逃さなかった。

 間違い無く前喧闘祭優勝者にして今祭りでの詩音の最初の相手だったブーラス・バイドックだ。


「ブーラスだと? どういう事だ?」


 その名を聞いたヴィクターが信じられないと言う様に溢す。

 その顔を見ても、ヴィクターはこの怪物と彼の冒険者を結び付けられない。

 当然だ。

 異形、異常。

 正常とは凡そかけ離れた異形の怪物。

 だが、その正体が人間などと。

 変わった等では済まされないレベルの変化、否変質だ。

 人間がこの様な化け物に変わり果てるなどと言う事実はそう易々と受け入れられる物では無い。

 

「何があったか何て、今この場で考えても分かりはしないよ。分かっているのはただ一つ。彼は最早、身体は人間では無いという事だけだ」


 酷く冷静に、詩音はそう言い放つ。

 詩音にヴィクター程の動揺が無いのは、最初に魔物の姿を目にした瞬間からある程度その正体について予想していたからである。

 姿形が跡形も無く変わり果てようと、僅かに残った人間だった頃の無意識の挙動を詩音の眼は見落とさなかったのだ。

 

「──ォ──マ───」


 不意に魔物、ブーラスの口元が動き、僅かに声が漏れた。

 その変色し、血走った両眼を限界まで見開き、詩音を睨みつける。


「───ォマ─ぇ──オ─ま───ぇ────」


 要領を得ない途切れ途切れの言葉。


「お前? 何を言ってるんだ?」


 理解不能な言葉の羅列に、ヴィクターは気味悪気な表情を浮かべる。

 だが、他でも無いその言葉の矛先である詩音は何かを察したかの様に「そっか」と小さく呟いた。

 その囁きに、ヴィクターが視線を向けて来る。


「どうやら、彼がこうなった原因の一端は僕にあるみたい」

「何?」


 向けられる憎悪に満ちた視線を正面から受け止めながら、詩音は《STORAGE》を開いた。

 星を称えた陣が浮かび、その中心から出現したのは純白の刀。

 竜刀 《雪姫》。

 左手のヴォルフ・レクスをホルスターに納め、竜鱗から造り出された白刀を腰に挿す。


「その姿は、あなたの僕へ対する怨嗟の具現。今のあなたを、あなたという怪物を産み出したのは、他でも無い僕なんだね」


 ブーラスの眼は暗い奈落の底の様な暗闇に埋め尽くされている。

 到底抱えきれない程に増大した怨念は、既にその精神その物を呑み込み、最早彼自身、自分が何者であるか、何の為に詩音を怨んでいるのかさえ分からなくなっているのだろう。


「ヴィクター、後は僕がやるよ」

「あぁ? 何言ってやがる」


 唐突にそう告げた詩音に、ヴィクターは制止を掛けようとした。

 が、


「ッーーー!?」


 覗く様にして、僅かに見えた詩音の横顔。

 余りにも冷たく、鋭く、しかし欠片の悪意も宿っていない表情。

 瞬間、ヴィクターの背筋に強烈な悪寒が走った。

 自分達とはまるで違う、異質な何かの片鱗を見てしまったかの様な恐怖が、ヴィクターの全身を貫いた。


「彼は僕が殺す。彼の恨みは、僕だけが受け止めればいい」


 そう言ってブーラスの方へと歩み寄る詩音。

 その瞳には嫌悪も拒絶も、哀れみすらも無く、まるで凪いだ水面の様に静かに真っ直ぐと、嘗ては同じ人間だった物を見詰めている。

 その様に、自分の言葉は彼には届かない事を理解したヴィクターは最早何も言わずに詩音を見送った。

 

「□■■────」


 対峙する。


 異形の巨人までの距離は僅かに十メートル。 

 今のブーラスならば一息の間に詰める距離。

 ならば、此方も一息の間に全てを終わらせよう。

 唸る魔物の専心は詩音にのみ向けられている。


 元よりそうだった。 


 詩音の姿を認知したその瞬間から、ブーラスは詩音以外を見てはいない。   

 群がる冒険者を蹴散らし、ヴィクターを退けながらも、その意識は常に詩音を睨み続けていた。

 当然だ。今のブーラスの有り様は彼自身の憤怒と憎悪の具現。

 ならばその源泉たる詩音以外に、彼が求める物などありはしない。 

 視線から伝わって来る膨大な悪意。

 詩音はそれを真正面から受け止める。

 例えその怒りが不条理な物であったとしても、例えその憎悪が理不尽な物だったとしても。

 例え今の彼の存在自体が、道理に沿わない八つ当たりの化身だったとしても、その根源にあるのが自分であるならば、詩音は何の躊躇いも無くそれらを受け入れる。


「□■□■■■──────!!!!!!!」


 あの怪物を産み出したのは紛れも無い詩音自身だ。

 巨人は断末魔にも思える絶哮を上げ、漆黒の風とになって渇望し続けた敵を屠りに来る。

 肉体を人外の物へと売り払い、精神を腐敗させながら、ブーラスはただ詩音を殺す為の存在へとなり果てて迫る。

 

「──────」


 詩音は無言だった。

 最早、詩音がやるべき事は明確だ。

 狂気に囚われた巨人を、己の狂気を以て打倒する。

 覚悟は疾うに。殺意は常に。

 肉体を再生させる彼の物を殺すには、体内に点在する十の心臓を再生の時間を与えずに潰す事こそが最善。

 それを成す為に必要な物は既に詩音の中にあった。

 記憶を翻し、最奥を召喚する。

 技創理念、構成理論、構成定理、行動仕様、蓄積経験────

 構成する全てを認識し、理解し、その根底真理を暴き出す。


「────」


 雪姫の柄に手を添える。

 迫る巨人は止まらず、二秒後には詩音を捉える。

 十分だ。それだけあれば事を成すのは容易過ぎる。

 記録し、経験し、検証、模倣し、到達した彼の絶技。

 後はそれを詩音自身の肉体を以て現実へと投影するのみ。

 鞘に納まった雪姫に手を添えたまま、詩音は左脚を引き、身を落とす。


―――――姿勢は深く。 

  

―――――呼吸は細く。 


―――――踏み込みは重く。


 魔物の間合いまで、後一歩。


―――――そして視線は、


 瞬間、ブーラスが間合いに到達した。

  

―――――血肉貪る牙狼の如く


 唸る怪腕。

 人間など容易く肉片へと変える凶器を振り翳す。

 だが、それを遥か追い抜かし、詩音は魔物を迎え討った。

 巻き起こる風圧が、フードを捲り、白銀の髪が靡き広がる。

 疾る剣閃。

 都合十の剣撃を一閃に重ね、巨人の肉体を斬り穿つ。


 《偽・狼王(ヴェルズ・ルプス・)の十牙(イミテーションズ)

 

 それは彼の槍兵の絶技を写した鏡像。

 彼との戦い中で見た技、聞いた声、認識した呼吸────

 全てを見通す魔眼を以て成す視覚の極地 《観識(アブソリュー)・先視の魔眼(ト・ヴィジョン)》は、拾い上げた断片を繋ぎ合わせ、既存の技からまだ見せぬ技術を逆算し、彼の思考を暴き尽くした末に、未だ槍士の見せていない絶技(未来)を読み取った。

 理論を読み取り、理念を真似、全てを模倣した張りぼての贋作。

 技を構成する悉くは紛い物。

 しかし、宿る殺意だけは詩音自身の生み出す確かな本物である。


「□■◾◾◾───…………!!!!!」


 巨体が止まる。

 何も無い空を振り抜いた巨腕をそのままに、ブーラスの身体は崩壊する。

 全ての心臓を斬り刻まれ、不死すらも予感させた魔物は何を言い残すでも無く絶命した。

 そして、後方では魔物の肉片から生まれた怪物達も母体の死と共にその無尽蔵の生命を停止させ、肉片へと還った。

 死んで行くブーラスを背に、刀を納めた詩音は静かに口を開く。


「心は未だ人であるなら、そのまま人として眠るといい。そして人のままに、僕を憎み続けてくれ。あなたにはその権利がある」

 

 ■


「─────」


 紅の槍兵は魔槍を手にしたまま、素顔を晒した眼前の少年を見やる。

 先程の剣は、間違い無くヴィクターの技だ。

 槍が剣へと置き換わってはいたが、間違い無い。

 先刻の戦いで、詩音がヴィクターの絶技を迎え打った時点で彼はヴィクターの最奥を己が物としていたのだ。

 それは到底信じられる所業では無い。

 常人ならば見切るどころか、見る事すらも不可能な絶技。

 それを彼は、見る前から知っており、かつ技術として修めていた。

 有り得ない。そう思いながらも、心の何処かでは「彼ならば」という考えが居座っている。


「ったく。これじゃあどっちが怪物か分かんねぇな」

「何が?」


 踵を返し、歩みよりながら詩音は小首を傾げる。

 その様に、先程感じた異質感は消えていた。

 否、鳴りを潜めた、と言うべきか。

 だが、一目見てしまえば、忘れる事など出来ない。

 それほどまでに異様で、異常で、狂気的な《何か》の発露。

 

――――――チッ。やっぱり、根本から壊れてやがるのか………


 垣間見た詩音の内側の、その有様に内心で舌打ちをこぼし、


「何でもねぇよ。気にすんな───」


 そう、ヴィクターが言い終えた直後だった。

 周囲の魔力が、ブーラスの死体に収束する気配があった。

 慌ててヴィクターは視線を向けると、死体は魔力をかき集める様に吸収しながら腐肉を膨張させる。


「おいおい、これは!」


 思わず叫ぶヴィクター。

 その様には見覚えがある。

 以前、詩音と共に討伐した合成魔獣、その死体の最後と全く同じ光景だ。

 ならば、この後起こる事は容易に想像できる。

 吸い込んだ魔力を火薬として、死体は暴風を伴って炸裂する。

 この場には、未だに冒険者達が残っている。

 仮にあの時と同等の爆発が起きれば、被害は決して少なく無いだろう。

 即座に注意を呼び掛けようとするヴィクター。

 だが、退避の勧告を叫ぶより先に。


「それは前に見た」


 と、詩音が口走る。

 再び、鞘に納まった雪姫の柄に手が掛かる。

 淡く透き通る刀身を抜き放つと、その切っ先を地面へと突き立てた。


凍権、解放(セット)──────凍れ、《雪姫》」


 詠唱と同時に硝子が砕ける様な音が鳴り響いた。。

 氷が地面を覆う。まるで水面に波紋が広がる様にして氷の波が膨張する死体に向けて走る。

 魔力の爆弾と化し、爆ぜる寸前の死体は、寸前のままに凍結する。

 表面を氷が伝い、内部に残った僅かな水分は瞬時に凍結し、瞬きの間に爆弾は氷像へと姿を変えてその機能を停止した。


「何度も爆発(それ)で逃がす訳無いじゃん」


 誰に向けてか、詩音はそう言い放った。


 ■

 

 暗い、人気とは程遠い裏手で、それは一人佇んでいた。


────想定外だ

 

 ブーラスを寄代としたあれならば、もう少し面白い見世物になると踏んで無断で行動に出たが、妖精王という想定外の役者の登場と詳細の知れぬ白衣の少女によって、その期待は物の見事に打ち砕かれた。

 だが、ボロ布の様な外套を着込むそれは、事態の結果に対してそれほど気に止めている様子は無い。

 元より今回の騒ぎはただの余興。

 本来の目的とは殆ど無関の遊びに過ぎない。

 自爆による証拠隠滅を阻止されたのには少々焦ったが、それも裏から手を回せば計画に支障が出る様な事にはならないだろう。

 

「────今回はこれまでか」

  

 そう、諦め言葉を口にして、それはこの地を去ろうとする。

 だが、呟きの直後。


「急ぎの様だが、どちらまで?」


 不意に、影に覆われた暗がりの先から声が飛び、同時に漆黒の外套に身を包んだ人影が姿を表した。

 自棄に、印象が希薄だ。

 影とはいえ、黒一色のその人物からは外見的特徴が認識できない。

 その人影は、それと対峙すると頭部を覆うフードを外した。

 瞬間、それまで感じていた印象の希薄さが一掃される。

 フードの下から現れたのは、先程まで思考の中に思い浮かべていた人物。

 

「アルト=フェイ=グレイス」

「良い外套だろう? 身につける者の印象と存在感を薄め、外見的特徴を記憶させない機能がある。忍びで出掛けるのに持ってこいの代物だ。まぁ、彼には一瞬でバレたが」


 驚愕するそれとは対象的に、幼さの面影が僅かに残る顔に何処か少年じみた笑みを浮かべアルトは言う。


「何故此処が? 人払いの術式を張り巡らせた筈だが」


 即座に動揺を隠蔽し、冷静にそれは問う。


「知人に助力を頼んでな。直ぐに見つけてくれたよ」

「そう。子供騙しとはいえ、私の術を破るとは、中々に手練れの術者が居る様で。次はもう少しだけ本気を出してやるとするか」

「おや、逃げるのか?」


 退避の気配を察し、アルトは言う。


「あまり長居したい場では無いので」

「それは勝手だけど、その傀儡は置いて行って貰うよ」


 不意に、後ろから第三者の声がした。

 それと同時に、冷たい氷の刀身が背後からそれの身体を貫いた。


「────!?」


 声にならない声。

 先程とは桁違いの驚愕がそれの全身を駆け巡る。

 魔術によりBランク相当の《気配察知》スキルを付与していたそれは、例え暗闇であろうが背後であろうが、アルトの様に隠蔽能力のある魔具を使っていたとしても自身の周囲四メル以内の存在を正確に捕捉できる様になっている。

 だと言うのに、声を掛けられるまで、否、身体を貫かれるまで背後の存在に気が付かなかった。

 首の動きだけで背後を見る。

 最初に目に付いたのは、この暗がりでも煌びやかさを感じさせる長い白銀の髪。

 氷剣の柄を握るその子供は、アルト同様に先程まで思考の中に思い浮かべていた少女だった。


「言っただろう。友人に助力を頼んだと。何やら索敵の魔術を使っている様だが、彼には無意味だった様だな」


 対峙するアルトの声が聞こえる。

 身体が動かない。

 貫かれたその場所から、内部が凍って行くかの様に冷気が広がり、回路の接続が次々と断たれる。


「この身体は貰って行く。次は出来れば生身で対面願いたいな」


 詩音がそう言うと、それは小さく笑い声を漏らした。


「───ええ──是非。───綺麗な眼。楽しみにして──いますよ──。次は───その眼を───私の手で──汚しつくして───あげましょ────う────」


 人形の糸が切れたかの様に、それは力を失う。

 詩音が剣を引き抜くと、身体が倒れ地面へと転がった。

 拍子に、外套の中が露になる。

 それは骨だった。生命の気配など欠片も存在しない、無機質な人骨。

 

「───一先ず、今日の所はこれだけ持って帰りましょう」


 地面に伏す骨を一瞥し、詩音は口を開く。


「ああ。済まないね、さっきの今で頼み込んでしまって」

「問題ありません───と、言いたい所ですが、流石に疲れました。主に精神的に。やっぱり、お祭りっていうのは性に合わないみたいです」


 肩を竦め、苦笑と共にそう言う詩音に、アルトは笑みを返しながら応じた。


「ふっ。そうか。しかし、残念だがシオン君。まだ祭りは終わっていないぞ」

「え?」


 先程のブーラスによる騒ぎ。その被害によって喧闘祭は途中ながら中止の宣言が公式に知らされている。

 怪我人もおり、建物にも損傷があるので当然の処置と言える。

 その事はアルトも知っている筈だが、と小首を傾げる詩音。


「騒ぎは終息した。ならば、その後に冒険者達がやる事と言ったら一つ─────宴会だ」

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