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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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82話 相対する刃

 舞台を目指して詩音は石造の通路を進む。

 開戦の時間は既に近く、耳を済ませば観客達の先走った歓声が微かに聞こえてくる。

 不意に、詩音は脚を止めた。


「────何か用、ベネフィリー?」

 

 そう訪ねながら振り替える。

 すると、通路の壁際に並んだ石柱の影から、赤毛の少女は躊躇がちに姿を現した。


「何時から気付いてたの?」

「客席を離れた時から」

「さ、最初からじゃん。気付いてたなら言ってよ」

「隠れてたから、何か事情があるのかと思って」


 そう応じながら、詩音は重ねて訪ねる。


「で、どうして此処に?」

「あ、えーと、その……」


 質問に答えかねる様子でベネフィリーは言いよどむ。

 その様子を見て詩音は「ああ、もしかして」と呟いた。


「え?」

「ヴィクターに伝言頼まれたとか?」

「あ、いや、そう言う訳じゃ無いんだけど………」

「じゃあ、どうして?」


 再び質問する。

 道を間違えたのでは無いなら、ベネフィリーがこの場を訪れる理由はそれくらいしか思い付かなかった。


「あの、えっと……」

「?」


 要領を得無い様子のベネフィリーだがやがて、意を決したかの様な表情で「あのね、」と口を開いた。

 その時だった。


「シオーン」


 ベネフィリーの背後から聞き馴染んだ声が飛ぶ。

 詩音は姿を見るまでも無く声の主が誰かを認識しながら呼ばれた方に視線を向け、ベネフィリーもそれに続いて振り替える。

 視線の先には此方に向かって小走りで駆け寄って来るクレハの姿があった。

 

「良かった間に合った、ってあれ?」


 目の前まで来たクレハは、詩音と共に居るベネフィリーを見て溢した。


「シオンのお友達?」

「ベネフィリーだよ。ほら、ヴィクターの妹さん」

「ああ、シオンが最初の依頼の時に一緒になったって言ってた。初めまして、ボクはクレハ。よろしくね」


 クレハが自己紹介するとベネフィリーも慌ててそれに応じた。


「は、初めまして。ベネフィリー=ウォルドベガス、です」

「クレハ、間に合ったって言ってたけど、どうかしたの?」

「あ、そうだったそうだった。はい、これ」


 そう言ってクレハが差し出して来たのは、詩音の冒険者カードだった。


「座席の所に落ちてたよ」

「え、うそ。ありがとう、態々ごめんね」

「ミユが見つけてくれたんだよ。シオンって意外とおっちょこちょいだよね」


 クスリと笑うクレハからカードを受け取る。

 舞台に上がる際、係の者に身分証明書代わりに冒険者カードを提示する必要がある為、クレハが届けてくれなければ一度観客席まで戻る事になっていた。


「所で、さっき二人で何か話してた?」

「ああ、そう言えばさっき何か言おうとしてなかった、ベネフィリー?」

「え、もしかしてボク邪魔しちゃった? ごめんね」

「あ、いえ、邪魔だなんてとんでもない。大した事じゃ無くてね」

「うん」


 促す意図を込めて詩音が頷くと、ベネフィリーは数秒黙り込んでから言った。


「───次の戦い、頑張ってね。言っとくけど、いくらシオンが強いからって、今回はそう簡単にはいかないわよ。お兄ちゃんだって滅茶苦茶強いんだから」

「ああ、うん。ありがとう。確かに、今までみたいにはいかないだろうね。ヴィクターは並の冒険者とは訳が違うから」

「そう………ただ、それが言いたかっただけ、だから………。それじゃ、頑張ってね」


 そう言い残すと、ベネフィリーは踵を返して走り去って行った。


「シオン、あの子と何かあったの? 何か、様子が変だったけど」


 その背中が姿が見えなくなると、クレハはそう訊ねる。

 それに対して詩音は、一度ベネフィリーが走り去った方に視線を向けた。

 最後に見せた表情。

 あれは、感情を無理に抑え込んでいる者のそれである。

 恐らく、彼女の心底には詩音に対して口にした物とは別の言葉があったのだろう。

 しかし、何かの理由でそれを呑み込み、ああして当たり障りの無い言葉だけを残した。

 あの様な表情を浮かべる程だ。それなりの理由が彼女にはあったのだろう。

 だが、彼女が何を思い、どのような考えの元本心を偽ったのか。

 それは詩音の預かり知らない事である。

 故に、詩音はクレハの問いに対して、


「さあ?」 


 と、小首を傾げて返した。


「まあ、何かあるなら後でまた話しに来るでしょ。僕はそろそろ舞台の方に上がるよ。クレハ、カード届けてくれてありがとう」

「うん。頑張ってね、シオン」


 そう言ってクレハは自身の拳を詩音の方に突き出した。


「ふふ、君に言われたんじゃ、頑張らない訳にはいかないな」


 笑みと共にそう返し、詩音も自身の拳を持ち上げてクレハの拳にこつんと当てた。


 ◆

 


『さあ、興奮冷めやらぬ激戦生まれる喧闘祭! 続く一戦も注目必至! 片や組合(ギルド)が誇る金剛級(アダマスランク)、中でも槍の冴えに於いては並ぶ者無しと名高き紅槍士ヴィクター=ウォルドベガス!』


 レンレンのハイテンションな紹介と同時に、擂り鉢状の観客席からそれまで以上の熱気が迸る。

 戦闘の熱に浮かれた男達の歓声とそれに混じる様な女性達の声援が舞台の中央に立つヴィクターに送られる。


『対峙するは水晶級(クリスタルランク)ながら金剛級を圧倒! 更には今祭り中一度も剣を抜かず全てを無手のままに相手を屠り上がって来た大番狂わせの大型ルーキー、キリサキ=シオン!』


 ヴィクターのそれに対して、詩音に向かって飛んでくるのはその多くが罵詈雑言のブーイング。

 祭りの進行的には面白いが、個人的には下位の冒険者が活躍する事を良く思っていない連中が思いの他多いという事だろう。

 そんな事を詩音が考えると、眼前のヴィクターが口を開いた。


「なぁシオン。お前さんの方にベネの奴居なかったか? 待ち時間の時に急に何処か行っちまってよ」

「ああ、来たよ。何か、頑張ってって言われた」

「マジか。実の兄放っぽって相手の応援に行くたぁ我が妹ながら冷てぇなぁ」


 借り物の槍を肩に担ぎ、ヴィクターはやれやれと言った感じで首を振る。


「良いんじゃない。信頼されてるって事だよ。応援するまでも無いって」

「だと良いんだがなぁ」


 がしかしと髪を掻き上げながらぼやくヴィクター。

 そして、場違いな雑談の最中開戦を告げる鐘が鳴り響いた。


『さあさあ、開戦の火蓋が切って落とされました! 両者向かい合い、果たしてどの様な戦いを見せてくれるのでしょうか! っと、忘れてた。解説のバザルさん。今回はどの様な戦いになると思いますか?』

『やっと喋る機会回って来た………まあ、そうですね。はっきり言って何とも言えません。通常ならばランク、体格共に勝るウォルドベガス氏の勝ちの線が強い所ですが、シオン氏はこれまでランク的不利、体格的不利を無視する様に勝ち上がって来てますから』

『───ナンダ、ツマンナ』

『今小声で「つまんない」って言った!?』


 実況席から聞こえて来る自由なやり取りに詩音はそれで良いのか?と言いたげな苦笑を溢す。

 と、


「ったく。もう少し此方の都合に合わせて始めてくれよ」

「まぁまぁ、あんまり無駄話してると、観客から声以外の物が飛んでくるかもよ」

「まあ、それもそうか。んじゃそろそろ始めるとすっかな。…………あ、そうだ、その前にシオン」

「ん?」


 唐突に、ヴィクターは何かを思い出した様に赤い外套のポケットに手を突っ込んだ。

 一、二秒してから抜き出された手には何か小さな物が握られていた。

 

「前にジルドの奴呼ぶのに魔水晶借りただろ。前々から返しさねぇとって思ってたんだ」


 言葉と共に、取り出した物を晒す。

 極僅かに魔力の光を溢すそれは、確かに魔水晶の様だった。

 大きさも、詩音がギールの触媒にとヴィクターに渡した物と大差無い。


「随分日ぃ跨いじまったが、ほれ」


 そう言ってヴィクターは小さな水晶片を詩音に投げて寄越した。


「え、何も今返さなくても」


 詩音がそう言いながら投げられた水晶片を右手で掴み取った。

 瞬間、詩音の心臓目掛けて鋭い槍突が飛来した。

 物に意識を向けさせ、同時に片手を封じ、その上で放つ一撃。

 清々しい程に完全な不意打ちだった。

 だが、直後に響いたのは、人体を打ち付ける鈍い音ではなく、甲高い金属音だった。

 心臓を狙い突き出された瞬槍。

 しかしその穂先は飾り気の無い剣の鍔に阻まれて止まっていた。

 ヴィクターが放った奇襲の一撃を、詩音は空いていた左手で腰の剣を逆手に引き抜き、受け止めたのだ。

 

「今の良いね。今度使ってみよ」


 何て事無い様に溢す詩音に、ヴィクターは何時もの不敵な笑みを浮かべる。


「余裕ってか。良いねぇ、そうでなくちゃなぁ!」 


 獣の如き獰猛さをその瞳に宿し、紅の槍兵はこれから始まる宴に歓喜する様に吠えた。


 ◆


「気持ち良いくらい堂々とした不意打ちかますわね、ヴィクターの奴」


 客席から両者の初動を眺めながらシャルロットが楽しそうに言った。

 と、その隣から戸惑う様な声が上がる。


「あの、私本当に此処に居て良いんですか?」


 声の主はベネフィリー。

 彼女は丁度詩音が舞台に上がった事で空席となった椅子に収まっていた。


「勿論よ。此処の方が良く見えるでしょ?」


 柔らかな声音でアリスが頷く。 

 ベネフィリーがこの場に居るのは、アリスを挟んで右側に座るクレハが彼女を招いたからである。

 クレハは詩音と別れた後に自分の席に戻らず遠巻きに舞台を眺めていたベネフィリーに声を掛け、皆の元に案内したのである。


「それにしても、上手い手ね。相手がシオンじゃ無ければ終わってでしょうに。良くあんなの思い付くものだわ」

「まあ、それに反応しちゃうシオンもシオンだけどね」


 一連の光景に観客の一部からヴィクターの不意打ちに対する苦言が飛ぶ中、シーナはヴィクターへの称賛を、クレハは詩音への呆れの言葉をそれぞれ溢す。

 と、再びベネフィリーは遠慮気味に口を開いた。


「あ、あの、お兄……兄は戦いになれば何でも有りって感じの性格で、結構平気でああいう事やっちゃうんですけど、皆さんは気になさらないんですか?」

「あはは、不意打ちくらいでとやかく言ったりしないわよ」


 ヴィクターの初手を気にするベネフィリーにシャルロットが笑いながら応じる。

 と、端の方に腰掛けたエリックがそれに続く。


「不意打ちや奇襲ってのは、何も悪い事じゃ無い。寧ろそれらは上手くいけば敵味方双方の被害を最小限に抑える事もできる。俺達も状況や相手の数次第じゃ待ち伏せや罠を張ったりする事も良くある」

「そ、そうなんですか?」


 エリックの言葉に意外そうな表情を浮かべるベネフィリー。

 そして、エリックの台詞を受け継ぐ様にカインも口を開く。


「ある程度戦い慣れた冒険者(連中)からすれば、不意打ちするもされるも日常茶飯事だからな。現に野次飛ばしてるのは、殆ど冒険者以外の奴だろ」


 言われてみればとベネフィリーは周囲の観客達に目を配る。

 確かにヴィクターに苦言を飛ばすのはどう見ても冒険者ではない人や子供ばかりだ。


「それに、戦いになれば何でも有りって考えは多分シオンも同じよ。………っと、何て言ってるうちに本格的に始まりそうね」


 シャルロットがそう言った直後、舞台の上で二つの人影がぶつかった。

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