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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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81話 それぞれの祭り

「くそっ!! くそがっ!!」


 闘技場の片隅。舞台から遠く離れた裏手に悪態が響き渡る。

 男、ブーラス=バイドッグは内臓が煮え滾るかの様な憎悪を持て余す様に拳を握り唸り声を溢す。


「あんのガキィっ!!」


 奥歯が軋む程に顎を食いしばり、衝動のままにその辺に置かれた机を叩き壊した。

 屈辱、羞恥、憎悪───幾多の黒い感情を織り混ぜた怒りの矛先は白衣に身を包んだあの少年に向けられる。

 身長、体重、階級。あらゆる面でブーラスは少年よりも上だった。負ける要素は皆無だった。

 だが、いざ蓋を開ければどうだ。

 ブーラスの渾身の一撃は片手で軽くいなされ、次に感じたのは顎への軽い衝撃と唐突な平行感覚の欠落、そして意識の混濁。

 そしてその直後にはとてつもない衝撃が顎と頭頂部を襲い。

 そこでブーラスの意識は完全に途切れた。

 後になって組合の者から聞かされたのは無様としか言い様の無い戦いの結果。否、あれは到底戦い等と呼べる物ではない。

 あの少年は対峙してから一度足りとも、ブーラスの目を見ていなかった。

 その行動が意味するのは、少年にとってブーラスは見る価値が無い、敵と認識する必要すらない、他愛無い存在だったという事に他ならない。

 その事実がブーラスの自尊心(プライド)を容赦なく破砕する。

 遣りきれない怒りを吐き出そうと目に付く物を片っ端から叩き壊すが、憤怒の波は収まるどころかより大きな憤怒を招く呼び水となるばかりだった。

 

「──荒れてるますね」


 唐突に、背後で声がした。

 やけに愉しげで、どことなく小馬鹿にした様な声。

 ブーラスが振り替えると、そこには人影が一つ。

 簡素なローブのフードを目深に被っており、その素顔を伺う事は出来ない。


「なんだてめぇ?」

「良い目だ。扱い切れない怒りに染まった目だ」


 男とも女とも、子供とも大人ともつかない声。

 何らかの魔法或いは魔術による物か。口調も含めて目の前の人物からは一切の特徴を掴む事が出来ない。


「聞こえねぇのか? てめえは何だ?」

「何、名乗る程の者でもない。貴方の手助けがしたくて出しゃばって来ただけの通りすがりですよ」

「手助けだと?」


 ローブの人物は「ええ」と頷く。


「不服なのでしょう? 不満なのでしょう? 許し難い相手が居るのでしょう?」


 言いながら一歩ずつ歩み寄って来る。

 軈ては手を伸ばせば届く距離へ。


「そんな貴方に授けましょう」


 ゆるりとローブの中から腕が伸びる。

 その手に握られていたのは、赤黒い水晶の欠片。


「な、何を……」


 得体の知れないそれにブーラスが声を溢す。

 がローブの人物はそんな事はお構い無しに、その水晶をブーラスの胸に突き立てた。


「がっ!」


 呻きが溢れる。

 直後、強烈な激痛がブーラスの全身を駆け巡った。

 

「あ、がっ……があああああ!!!!」


 絶叫が響き、ブーラスはその場に倒れ込んだ。

 胸元に目を遣れば、突き立てられた水晶からは、何やら赤い管、或いは植物の根の様な物が伸び、ブーラスの全身に広がって行く。

 「何だかこれは!」。そう叫ぼうとする思考すら激痛の中に呑まれて行く。

 

「時間は掛かるでしょうけど、次に目覚めた時に貴方は生まれ変わっていますよ。望みを叶える為の力を持った新しい貴方へ」


 薄れ行く意識の中でブーラスは最後にフードの下から小さく笑い声が溢れるのを聞いた。


 ◆

 

 喧闘祭り二日目。

 初日同様に円を描いて舞台を囲み席は満員の観客で埋め尽くされていた。

 飛び交う無数の声援。その中心には二つの人影。

 一つは巨影。巨大な体躯に巨大な戦斧を携えた大男。

 名前をディガンと言う金剛級(アダマスランク)の冒険者。

 対するは同じく金剛級冒険者の少女、クレハ。見るからに華奢な体躯を黒衣で包んだ小影。

 その対峙は先日の詩音とブーラスの相対に似ている。


「やっぱり金剛級同士となると、盛りがりも一入だね」


 観客の湧き具合に詩音がそう溢す。

 周囲の喧騒さはそれまで普通に席についていたミユが、怯えて詩音の膝の上に逃げ込んで来る程である。


「同じ金剛級でも実力はピンキリだがな」


 右隣のエリックが視線を舞台に向けたまま言う。


「ディガンは確か西の方で活動してる奴だったか?」


 その問いに応えたのはシャルロットだった。

 エリックと同じ様に視線を舞台から外さずに応じる。


「ええ、《国一の怪力冒険者》を自称してるそうよ」

「それは……何とか言うか気の毒だね」


 シャルロットからの情報に詩音が苦笑を溢した時、戦闘開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 それと同時にディガンは両手で握った戦斧を全力でクレハへと振り下ろした。

 確かに、ディガンの身体は全体的に良く鍛え上げられている。

 詩音の見立てでも、事筋力の一点に限って言えば先日の相手、前祭の優勝者であるブーラスを上回るだろう。

 そんな者が全霊を込めて叩き降ろす一撃。

 並の者が防ごうと思っても止める事は叶わずに、防御の上から叩き潰されるのが道理だ。

 だが─── 

 その道理に反して、ディガンの一撃は盛大な激突音と共に停止した。


「ッッ!!!!????」


 詩音達の居る位置からでもザンガンの表情が驚愕に塗り潰されるのが見て取れた。

 ディガン本人も当たれば必勝を確信していたであろう大振りな一撃を、クレハは真正面から己の剣で受け止めて見せたのだ。

 それだけに止まらず、振り下ろされた刃を下から迎え打ち静止させたクレハは、片頬に不敵な笑みを浮かべたままザンガンの斧を力任せに押し返し、弾き飛ばした。

 戦斧はディガンの手を離れて宙を舞い、重々しい音を立てて背後の地面へと転がった。

 その結果は、クレハを知る面々からすれば初めから分かっていた事だった。

 何の魔法、魔術の補助無しに力でクレハに挑むなど、無謀と言う他にない。

 無手となったザンガンの顔にクレハは切っ先を向ける。

 ディガンは何とか対抗策を捻り出そうとする様に数秒間唸るが、やがて心底悔し気に「参った」と宣言した。

 瞬間、戦闘の終わりを告げる鐘が鳴り、クレハの勝利を告げる。

 沸き上がる歓声の中、悠々と舞台を後にするクレハは、最後に詩音達に小さく手を振った。

 

「ありゃディガンの野郎暫くは立ち直れねぇだろうな」


 ヴィクターが呟き、詩音も「だろうね」と頷いた。


 ◆


 クレハと入れ替わる様にして舞台上にはエリックが上がる。

 対峙する相手は鋭い三白眼が印象的な痩せ型の男、紅玉級(ルビーランク)冒険者ザカン。

 窶れてすら見える顔の割りに引き締まった腕には黒鉄の鎖を巻いており、先端に分銅を着けたそれを、まるで威嚇するかの様に振り回している。

 対して、エリックが構えるのは彼の身長を越える斧槍(ハルバード)

 自然な構えで相手の出方を窺う。

 攻めるタイミングを見計らうザカンと攻める気の無いエリックとの間に幾拍かの硬直が流れる。

 軈て、緊張に耐えかねたか、ザカンが動いた。

 振り回し、遠心力を蓄えた鎖分銅を投げ放つ。

 狙いは眉間。

 思いの外正確なコントロールで放たれた分銅はまっすぐにエリックの顔面目掛けて飛来する。

 それを。

 エリックは右手一本で持った斧槍を軽く回し、柄で容易く弾き飛ばした。

 それだけで無く、防ぎ弾いた鎖の先端を器用に斧頭で巻き取ると、そのまま自身の方へと強く引き寄せる。

 まるで一本釣りの様に、ザカンの身体はエリックの方へ飛び込む様に引き込まれた。

 そして、飛び込んできたザカンの胴をエリックは斧槍の柄で強打する。

 引き寄せられた時の軌道を遡る様に打ち返されたザカンの身体はゴロゴロと地面を転がり、鎖を全身に絡ませて停止した。

 その時点で既にザカンの意識は途切れていた。

 

「危なげのあの字もなかったね」

「そりゃあね。あの程度に手間取る様な奴じゃ無いわよ、エリックは」 


 詩音の言葉にシャルロットが当然とばかりに応える。

 その表情と声音は何処か自慢気で、詩音には微笑ましく見えた。


「次はカインの出番ね。相手は誰?」

紅玉級(ルビーランク)の冒険者で名前は……アゼルか。聞かない名前だな」


 アリスの問いに冒険者カードの表示を見ながら応えるカイン。

 

階級(ランク)が下だからって油断して足元掬われるんじゃないわよ」


 シーナがからかい混じりに忠告を込めた声援を送るとカインは「分かってるよ」と返す。

 緊張の様子は無いが、同時に相手を侮っている様子も見られない。

 そんなカインに詩音も笑みと共に声援を送る。


「頑張ってね。応援してるから」

「おう。任せろ」


 油断はなく、しかし確かな自信を持った表示で応え、カインはクレハと入れ替わる様に舞台へと向かった。


 ◆


 剣閃が疾る。

 鋭く、眉間に向けて突き出された切っ先を僅かに上体を傾けて回避すると同時にカインは地を蹴って後退する。

 三歩掛けて大きく開いた間合いの外からカインは相手を見遣る。

 対峙するのは軽鎧に身を包んだ金髪(ブロンドヘア)の女性。

 外見年齢はカインとそう変わらず。

 右手にやや大きめの盾を、左手には細身の直剣を携えたその装備は典型的な剣使いのそれと言える。

 女性、紅玉級冒険者アゼルは、慎重に間合いを詰めながら剣の切っ先をカインへと向ける。

 再び繰り出される刺突。

 それを右手の剣で逸らしながら、カインは再度距離を取った。


「カインの野郎。随分と長引かせてやがるな」


 避けるばかりで一向に攻めに出ないカインの様子を見て、ヴィクターがまどろっこしいと言わんばかりにぼやく。

 と、クレハが見馴れたと言う様な表情で両者を見遣りながら言った。


「カインは実戦でも無ければボク達以外の女の人と戦う時は大体あんな感じだよ」

「女相手だから加減してるって事か?」

「うーん………間違いでは無いかな。極力一撃で終わらせて相手に負担を掛けない様にしてるみたい」


 「面倒な野郎だなぁ」とヴィクターは呆れたとばかりに息を吐く。


「別に戦い方は人それぞれだし別に良いんじゃない? 正しく手を抜くってのも実力の内だし。それにカインも実力に関係無く加減しても良い戦いとそうでない戦いは弁えてるだろうし」


 ミユを抱えながら、詩音は舞台から眼を外す事無くそう言ってから「それに」と続ける。


「どの道、後三手も打ち合えば終わるよ」


 

 切っ先が迫る。

 アゼルの剣技は切る為の「線」では無く刺す為の「点」。

 その小さな攻撃を、カインはアゼルの剣の横腹を正確に弾いて逸らす。

 

「──ッ」


 零れた声はアゼルの物。

 端から見ればアゼルが攻め、カインが防戦に徹する一方的な流れ。

 だと言うのに、焦りを抱いていたのはアゼルの方だった。

 今の一撃を含め、この戦いの最中必中を確信した攻撃は一つや二つでは無い。

 だが、その悉くはこうして弾かれ、躱され、必中所か掠りもしない。

 加えてカインは、アゼルの攻撃を遣り過ごした後は必ず後退して距離を取る。刺突を外した直後の隙を狙う事もせずに。

 明らかにカインは加減している。

 だが、その加減をされた状態でさえ、アゼルとカインの立場は互角とは言い難く。

 次の瞬間には、本気を出したカインに即座に切り捨てられるのではないか。

 その不安がアゼルの内心に焦りとなって降り積もる。

 そして、その焦りを押さえ込むのも、最早限界だった。

 無理矢理に息を吐き、地面を蹴る。

 

「──フッ!」

 

 盾を前に、開いた間合いを最速で潰す。

 そして剣を握る左腕を限界まで絞り、狙うは全力の突き。

 外した際の隙を恐れて避けて来たが、このままではどの道相手のペースに呑まれるだけだ。

 盾でカインの反撃の軌道を潰し、間合いに捉えた瞬間に、アゼルは弓の様に引き絞った左腕を解き放つ─────

 直後、硬質な衝突音。

 同時にアゼルの腕を貫く衝撃。

 直剣が宙を舞い、アゼルの背後に転がった。

 事の内容は単純だ。

 カインは、アゼルが現状の打開を図り放とうとした突き、その初動、腕が動き始めた直後に同じく突きを放ったのだ。

 狙いはアゼルでは無く、その左手が握る剣の刃元。

 自身の動きを迎え打つ形で、剣を刺し打たれたアゼルの腕はその衝撃を押さえ切れずに本人の意思とは無関係に剣を手離した。

 衝撃と、予期せぬタイミングでの反撃に一瞬アゼルの全身が硬直する。

 対するカインは至って冷静に、一瞬の静止を目敏く捉えアゼルが右手に握る盾を己の剣で強く叩き上げた。

 直剣の後を追うように、盾もアゼルの手を離れて地面に転がる。

 カインが狙っていたのは、最初からこれだった。

 アゼルが焦りに負け、隙の生まれる大振りな攻撃に出た所を、同じ技で迎え打つ。

 それが一番確実に、そして安全にアゼル無力化する方法だと判断したのだ。


「カインらしいと言えばらしいかな」


 カインの勝利を告げる鐘の音が響く中で詩音はそっと溢す。


「その気になれば初撃で終わらせる事も出来ただろうに。戦いに関しても面倒くせぇ奴だな」

「まあまあ、勝ったんだし良いじゃない」


 どうにも戦いに対する姿勢が合わないらしくぼやくヴィクターに、シャルロットが言う。

 そんな二人のやり取りを聞き流しながら、詩音は舞台から去るカインを眼で追う。


「流石に三人とも圧倒的だったね」

「ハッ、お前がそれを言うかよシオン。昨日の四戦全部が一分掛からずの早勝だったじゃねぇか。目立ちたくないだの言ってた癖によ」


 ヴィクターの指摘に詩音は若干気だる気な表情を浮かべて応えた。


「初戦で早く終わらせ過ぎたからね。優勝候補相手にあれだったのに、その後で長引かせたりしてたら逆に目立つよ。初戦以外皆紅玉(ルビー)だったし」

「確かにそうかもな。ま、どっちにしろ後で多少騒がれる事に変わりは無いだろうがな」

「別にもう良いよ。騒がれるって言っても一過性のものだろうし。暫くしたら皆忘れて元通りになるさ」

「何でぇ、思ったより気にして無いのか。そう思うんだったらゴネずに最初から祭りに出ろよ」


 ヴィクターの指摘に詩音はぽすんとミユの頭に顎を置いて、諦めた様に言った。


「違うよ。そう思って気にしてない風を装わないとやってられないの」


 「ああ、なるほど」とヴィクターが苦笑を溢した時、

 

「ん?」


 詩音はコートの内ポケットで明滅する光に気付いた。

 光源は冒険者カード。出番と対戦相手が決まった事を告げる合図だ。

 カードの裏側には相手の番号と名前が表示されている筈だが、詩音はその表示を見るより先に自身が戦う相手が誰なのかを察した。

 その理由は、詩音の冒険者カードが明滅を起こすと同時に、直ぐ側にいる人物のカードもまた明滅を起こしていたからだ。


「───漸くか」


 ヴィクターが呟く。

 その表情からはそれまでの気の抜けた気配とは全く異なる真剣さと、押さえ切れない喜びが感じられた。

 その変化に妖精達も気付いたらしく、皆が視線をヴィクターに寄せる。

 だが、そんな物はどうでもいいとばかりに、ヴィクターは立ち上がり詩音へと向き直った。


「シオン、言っとくが加減は無しだ。お互いな」


 その言葉に、詩音も立ち上がり応じる。


「お生憎様。君相手に加減ができると考える程、自惚れてないよ」


 その返答に、ヴィクターは満足気に何時もの不敵な笑みを掲げた。


《6 シオン=キリサキ────308 ヴィクター・ウォルドベガス》

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