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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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79話 犬猿の二人

 太陽が南中を過ぎた頃。

 それまで街中に散らばっていた人々が一斉にある場所へと脚を運ぶ。

 人混みが目指すのは、街の中央に設けられた建築物。

 開けた平地に造り上げられた円形の闘技場(コロッセオ)

 普段から組合主催の様々な催しに活用されているその闘技場こそ、冒険者達が三年に一度、己の力を周囲に誇示する武力の祭典、《喧闘祭》の舞台である。

 滞る事無く流れる人の波に乗り、詩音とクレハ、そしてミユはその巨大な建物へと脚を運ぶ。

 事前に決めていた待ち合わせ場所である闘技場裏門前に到着すると、そこにはアリスとシーナ、そしてカインの姿があった。


「あ、来たわね」


 最初にシーナが此方の存在に気づき声を溢した。

 

「ごめん、待たしちゃった?」

「ううん、皆今来た所だよ」


 軽く謝罪するクレハにアリスが「気にしないで」と返す。

 詩音達とは別行動で屋台通りを回っていた三人だが、どうやらめぼしい物はあまり無かったらしく、荷物の類いはほとんど見当たらない。

 

「シャルとエリックは?」


 未だに姿が見えない二人について詩音が訪ねる。


「ああ、さっき出店の前通ったら丁度店仕舞いしてたから直ぐ来ると思うぜ、っと話をすれば」


 そう言ってカインが視線を東通りの方に向けた。

 それに倣って詩音も同じ方向を見ると、言葉の通り此方に近付いて来るエリックとシャルロットの姿があった。


「オース、お待たせー」

「悪い、遅くなった」


 先のクレハ達と同じようなやり取りが交わされ、次いでエリックが詩音に言った。


「全員揃ったね。それじゃ、中に入ろっか」


 ミユを抱えたクレハの声に全員が賛成し、揃って闘技場の内部に通じる門へと向かう。

 この裏門は一般の観客向けの正門と違い、《喧闘祭》に参加する冒険者の中でも金剛級(アダマスクラス)の者のみが使える物で正門に比べると人の通りが殆ど無い。

 今回、喧闘祭に参加するのは仲間内ではクレハ、カイン、エリックの三名。

 シャルロットとシーナは元々真っ向からの一対一(タイマン)が得意で無いという理由で、アリスの方は中位の光属性回復魔法が扱える為、万が一の事態に備えての救護要員として組合から依頼されている為、それぞれ不参加を決めているらしい。

 それでも、金剛級の参加者であるクレハ達の権限で裏門からの入場や観客席の優先権等が与えられているらしい。

 詩音もまた、参加者では無いが妖精達の好意でその権限に肖っているという訳だ。

 続々と入場していく妖精達に続き、最後に門を潜ろうとする詩音。

 だが、


「おー、相変わらず良い尻してるな」


 軽快な声と共に誰かに臀部を撫でられた事で、その歩みは止まった。


「ひゃあっ!?」


 突然の事で驚いたのと、下半身から這い上がってくるすぐったさで思わず声が上がる。

 それとほぼ同時に、詩音は背後の人物に向けて鋭い蹴りを放った。


「ゴファッ!」


 苦悶の声。

 繰り出した蹴りは背後の人物の腹を捉えた。

 詩音は唸りながら廊下にしゃがみ込む犯人を見下ろす。


「ヴィ、ヴィクター」


 背中に紅の槍を携えた、見知った槍使いの顔が其処にはあった。


「よ、よう、何日かぶりだなぁシオン。尻と同じくれぇ良い蹴りだな」


 腹部を押さえながらヴィクターは引き攣り気味の笑みで軽口を叩く。

 だが直ぐに、


「あ、やべ、意識飛ぶ………」


 そう言い残して黙りこんでしまった。


「ご、ごめん。急に触られたら遠慮なく蹴り飛ばせって親に言われてたから」  


 急いで歩み寄り、膝を着いてヴィクターに視線を合わせる。 

 蹴りが当たる直前に相手がヴィクターだと気付き、咄嗟に加減をしたのだが、当たりどころが悪かったのかヴィクターは立ち上がる様子を見せない。


「え、えっと、取り敢えず座れる場所まで運ぶよ」


 そう言ってヴィクターの身体を支えようとより詰め寄った時だった。


「掛かったな」


 そんな言葉と共に、ヴィクターは詩音の体に腕を回して抱き込んで立ち上がった。


「わっ!」


 二度目の驚愕の声が詩音の口をつく。


「ニッシッシッ。捕まえた」


 何処か野性的、というか獣的な鋭さを備えたその顔に悪戯地味た笑みを浮かべ、ヴィクターはぬいぐるみを抱える様に詩音を抱き上げたまま見下ろしてくる。


「騙したねヴィクター」

「良い反応だったぜ、シオン。まぁ、効いたのは本当だけどな。お前が咄嗟に加減して無かったらマジで意識飛んでたろうよ」

「もう」

「そう不貞腐れんなって。怒った所で可愛いだけだからよ」


 騙された事に拗ねる様に唸る詩音の額に己の額を軽く当てながら、そうヴィクターはほざいた。


「相変わらずお尋ね者みてぇに顔隠してんのか。邪魔くさぇだろうによぉ」


 詩音のフードを外しながらそう続ける。


「お尋ね者って、もうちょっと他に言い方あるでしょ」


 宙吊りにされながらも詩音は対して気にせずに、苦笑顔でヴィクターを見上げ返す。


「此処で何して、って訊くまでもないか」

「応よ。お察しの通り、俺も祭りに参加するって事だ。前回は野望用で観るだけだったんでな。それはそうと、シオンお前ぇ」


 と、ヴィクターがそのままの状態で話を進め様とすると、


「おいこら槍野郎」


 その言葉を遮る様に、そんな声が割り込んできた。

 詩音とヴィクターが揃って視線を声の方に向けると、眼前の正門の方からカインが睨み付ける様な視線を此方に送っていた。

 他の皆の姿は無い。察するに入場したは良いが詩音が着いて来ていない事に気付き、カインが様子を見に戻って来た、と言った所か。


「シオンに何してんだ。とっとと離しやがれ」


 見掛け上は普段通りだが、ほんの少し力の入った語気で詩音を解放する様に言い寄る。 

 カインのその態度に一瞬訝かしむ様に眉をひそめるが、直ぐに何かを察したのか「なるほどねぇ」と呟いた。


「別に良いじゃねぇかよ。シオンも嫌がってねぇし」


 と、何処か面白そうに不敵な笑みを片頬に浮かべて言った。

 実際、詩音も別に離せだ何だと喚いてはおらず、嫌がったり迷惑がったりしている様子もない。

 ただ平然とヴィクターに抱えられている。

 「それに」と、挑発的に笑みながら、器用に詩音の顎に指を添えてくいっと顔を上げさせる。

 まるで口付けをするかの様に。


「俺がシオンと何をどうしようが、お前さんには関係無いだろう、カインよう」

「なっ、手前ぇっ!」


 カインは明らかに怒りを露にして槍使い睨み付け、詰め寄る。

 その眼光を涼し気に受け流し、尚も不敵な笑みを浮かべるヴィクター。

 そんな、穏やかで無い雰囲気の中、一人訳が分からず詩音は口を開いた。


「こーら、二人共喧嘩しない」


 まるで小さい子供を叱る様にそう言って、するりといとも容易くヴィクターの腕から抜け出すと、腰に手を当てて両者を見やる。


「二人して顔合わせるなり何で喧嘩になってるのさ?」

「い、いや、その……」


 バツが悪そうに言い淀むカイン。

 対してヴィクターの方は尚も不敵な笑みを崩す事は無く。


「はは。なぁに、別に喧嘩してる訳じゃねぇよ。悪かったな、シオン。カインも、少しばかり悪ふざけが過ぎたよ」


 先までの言い合いが嘘の様に、あっさりと引き下がり謝罪するヴィクターに、カインは「チッ」と不機嫌そうに舌打ちしてから詩音に言った。


「シオン、皆が待ってる。早く行くぞ」

「え? ああ、うん」


 唐突に始まった喧嘩が同じく唐突に終わった理由を一人理解できずに困惑する詩音をカインは促す。

  

「っと悪い、シオン。ちょいとこいつ借りていいか? 少し話がしたくてな」

「え、でも」


 さっきの今で再び口喧嘩が始まらないかを危惧する詩音にヴィクターはニカッと笑って言った。


「大丈夫だって、時間は取らせないからよ。な、いいだろカイン」


 友好的な気配を全身から醸し出すヴィクターをカインは横目で睨み付ける様に見る。


「───悪いシオン。先行っててくれ」


 やがてカインはそう言って先に行く様に促して来た。

 

「あぁ、うん。分かった……」


 未だに納得いかない詩音だが、カイン本人が了承している以上口を出す権利は無い。

 ヴィクターの態度にやや不信感を抱きながらも、詩音は素直に二人より先に闘技場の門を潜った。

 

 ◆


 詩音の姿が見えなくなるのを確認すると、とたんにヴィクターは片頬にお得意の不敵な笑みを浮かべ、


「────悠長に構えてっと、横からかっ攫われるぞ」


 先程と同じ挑発する様な声音でカインに言い放った。


「何が言いたい?」

「そのままの意味だよ。あんまりのんびりしてると、俺があいつを頂いちまうって言ってんだ」

「なっ!?」


 その言葉に思わず声を上げて目を見開く。

 そんなカインの反応を面白がる様に見ながら、ヴィクターは続けて言った。


「あれだけの別嬪はそうは居ないからな。お前の連れの妖精達にも負けてねぇ。加えて肝も座ってて、頭も回る。とどめに馬鹿強ぇとくりゃあ、狙わない理由が無ぇ」


 隠す気など無いと言わんばかりに自身の胸中を述べるヴィクターにカインは目に見えて動揺したが、何とか平静を取り戻しながら向き直った。


「………勘違いしてる様だがな、シオンは男だぞ。まぁ、あの顔じゃ間違えても無理は」

「知ってるよ」

「っ!?」


 カインの言葉を遮り、ヴィクターは平然と言い切った。


「あいつの口から直接聞いてるよ。正直まだ信じ切れないでいたが、お前さんの反応を見るに、どうやら本当らしいな」

「……だったらっ」

「だがな」


 再び言葉を遮り、


「そんなのは別にどうでもいい。男だろうが女だろうがどっちでも。生憎、気にする程、俺は真面目じゃないんでな」

「…………」


 はっきり言い切ったヴィクターに対して、カインは目線を逸らして口を紡いだ。

 その様に、ヴィクターは今度は呆れた様に短く息を吐いた。


「どうもあいつが男だって事に高を括ってるみたいだがな、あまり当てにしない方がいいぞ。今は顔が知られてないから何とも無いだけで、一度あのフードを取れば例え男だと知っても言い寄ってくる野郎は五万と居るだろうからな」

「……………」


 そこまで言われても、カインは口を紡いだままだった。


「…………まぁ、俺には関係ねぇがな。お前がどうしようと」


 最後にそれだけ言い残すとヴィクターは話は終わりだと言う様にカインから視線を外し、詩音の後を追うように闘技場へと足を踏み入れた。


「………っくそ」


 残されたカインは、誰に言うでも無く悪態を吐く。

 

『――――――悠長に構えてっと、横から掻っ攫わられるぞ』


 先のヴィクターの発言が、脳裏で反響する。 

 ヴィクターの言う事は正しい。

 仮にシオンの顔が世間に広まれば、男という事実を伝えたとて、数多の男性が彼に近付こうとするだろう。

 性別という垣根を一切問題としない程に、あの少年は男の心を惹き寄せる。

 ヴィクターも、その一人だ。

 

 そして、――――――――


「……………っ!」


 無言で、壁を殴り付ける。

 浮かびかけた思考を強引に断ち切り、呑み込む。

 

 認めてはならない。

 

 この感情を受け入れてはならない。

 もし、この気持ちに屈すれば、カインはきっと過ちを犯す事になる。

 今もなお鮮明に、鮮烈に記憶に残っている、あの過去と同じ過ちを。


「……………ふぅ」


 小さく、息を吐く。

 感情に傾きかけた自身を、その一息で無理矢理に律する。

 

「……………同じ轍は、踏ま無い」


 それは、自身に言い聞かせる為に吐いた言葉。

 その一言を最後に、カインは顔を上げ、先に行ったヴィクターの跡を辿る様に、光指す出口に向けて歩き出した。

 いやぁ、イケメン二人が一人の女(の子にしか見えない可愛い男)子を取り合うってのはやっぱりいい物だなぁ。

 まぁ今回は詩音に対して基本ヘタレなカインが一方的にヴィクターに喰われてたけど………

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