78話 喧闘祭
───術式起動。
『承認。試作応用式、《構想投影式》、起動。対象を思考領域より読み取り……。出力開始』
機械的な声が脳内で響き、それが途切れると同時に詩音の掌の上に青白い光が灯った。
掌から少し浮かんで停滞するそれは、一辺が五センチ程の立方体の形をした立体映像。
詩音が掌を回すと立方体はそれに合わせて回転し、腕を動かせばそれに合わせて移動する。
『新規術式、正常に稼働。思考領域内の構想形状との投影誤差は0.18%。予定値を0.16%下回ります』
再びの音声。
先日行った結界の小屋での一件以降、詩音が保有するサポート式《HAL》システムには明確な変化があった。
応答システムの更新や提示情報の詳細化等、変化自体は幾つかあり、今詩音が活用しているのは、その中の一つ、「収集情報の視覚化及び介入権限の解放」である。
今まで外界から収集した情報類の解析は《HAL》システムがその権限を独占していたが、この解放により詩音にもシステムと同様の権限が与えられた。
具体的には、《HAL》システムが取り込んだ情報をウィンドウに表示し閲覧したり、紙等に描かれた魔術式をデータ化して取り込み詩音の意思で解析や改変が行える様になったのだ。
今、掌上に浮かぶ立方映像、《構想投影式》はその権限を使い幾つかの魔術式を改造し、システムの一部機能と組み合わせる事で製作した詩音の独自術式である。
元よりプログラム言語に近い性質を有していた魔術という分野は詩音にとって扱い易い物だったが、この機能はそれを更に詩音にとって扱い易い形へと変化させる。
そうなれば、既存の術式を解析する事は勿論、改造や新規に製作する事もさして難しくはない。
───読み取りから出力まで問題無し。続いて形状情報の更新。
『更新、確認。現投影物に適用』
再びの音声。そして、掌上の光塊が変化する。
立方体は一度更に細かな立方体へと分割され霧散したかと思うと、詩音の思考領域に思い浮かべられたイメージに従って違う形で再構築される。
より複雑に、より精密に。
形成されたのは一丁の拳銃。詩音の持つ双銃、《ヴォルフレクス》の片割れだった。
詩音が掌を大きく広げる仕草をすると、それに合わせて映像は実物大へと拡大される。
そして、詩音が銃の分解の手順を思い描けば、それに倣う様にして映像上の銃もパーツ毎に分解されていく。
「────うーん……やっぱり複雑化させると、その分精度が落ちるなぁ」
『現在の投影誤差、0.22%。許容範囲内です』
「それはそうだけど………。これ以上は高望みかな。時間を掛けて調整するしかないか」
そう結論付けた時。
「シオン、良い?」
軽やかなノックと共に扉の向こうからクレハの声が飛ぶ。
「あ、はいはーい」
投影映像を消し、返事をしながら扉を開ける。
そこには当然クレハが立っており、その腕には紅白姿のミユが抱かれている。
「ミュッ」
腕に抱かれた状態から、ミユは器用に詩音へと飛び付く。
それを危なげもなく受け止め、横抱きに抱え直す。
「準備はもう良いの?」
訪ねるとクレハは元気よく頷く。
「うん。ごめんね、待たせちゃって」
「気にしないで。それじゃ、行こっか」
「うん」
◆
冒険者の街ことユリウスは普段から活気に溢れた街だが、今は平時を更に上回る喧騒さに満ちている。
円形の街を北から南に貫く中央通りには所狭しと屋台や出店、路上販売店が犇めき、流れる人混みの密度も普段の比ではない。
「凄いね」
そのあまりの賑わいに、詩音は自然とそう溢した
「ミユ、危ないから離れちゃ駄目だよ」
そう言って詩音は、見たこともない様な人混みを前に今にも目を回しそうなミユを抱き上げる。
「なんたって三年に一度の《喧戦祭》だからね。ユリウスが開催地になるのは三十年ぶり位だし」
そう言うクレハの声音も、普段以上に元気一杯と言った様子だった。
冒険者組合は大小様々な催し事を開催するが、中でも最も有名かつ盛り上がるのが今回の祭り、《喧戦祭》らしい。
《喧戦祭》は三年に一度の頻度で開催される冒険者達の祭典なのだそう。
その内容は、一言で言えば《喧嘩祭り》だ。
ランクを問わず、性別を問わず。数多の冒険者達が互いに己の力をぶつけ合う豪快豪傑な闘争の祭り。
「クレハ達も参加するの?」
「出るよ。前は依頼が重なって出られなかったからね。今回は皆で予定調整頑張ったんだ」
「そっか。なら存分に楽しまないとね」
「勿論、そのつもりだよ! シオンは出ないの? 冒険者ならランク関係無しに出れるし、シオンなら他の金剛級にも負けないでしょ?」
「うーん……いや、やめとくよ。特に参加する理由もないし。喧闘祭りには賭けもあるって言うから、クレハ達の活躍を見ながらそっちで楽しむ事にするよ」
「そっか……」
呟くクレハは何処か不服気だった。
「不満そうだね?」
「…………ボクは、シオンはもっと評価されていいと思う。ボク達の中の誰よりも強いし、色んな事知ってるし」
「そんな事無いよ」
「あるよ。それにシオン、よくボク達の依頼を手伝ってくれるでしょ? お陰でボク達皆、前よりも楽に依頼をこなせる様になった。その事を組合に報告すれば、階級なんて直ぐに上がるのに、何時も口止めしてきてさ」
日頃から余程詩音の現状が気に入らないのか、クレハは拗ねる様に不満を溢す。
他人の事だと言うのに、自分の事の様に不平不満を溢せる辺り、この少女は本当に他者に優しいのだと再認識する。
詩音はフードの下で自然と小さく笑みを溢した。
「クレハ、怒ってる?」
詩音の腕の中で、ミユが不安そうに首を傾げた。
するとクレハは慌てた様子で首を振る。
「あ、違う違う。怒ってる訳じゃないよ」
そう言って安心させる様に笑顔を浮かべながらミユを抱き上げる。
「ごめんね、急に愚痴っちゃって」
謝罪に詩音は「気にしないで」と返し、笑みを浮かべて言った。
「さ、せっかくのお祭りだし、色々見て回ろっか」
「うん」
◆
詩音とクレハ、そして詩音と手を繋ぐミユの三人は、暫く所狭しと屋台が並ぶ街道をほつき歩きながら、気になった店を片っ端から覗き込んでいた。
怪しげな魔道具や魔書を広げた店、珍しい異国の菓子の香りを漂わせる店など、主にクレハとミユが興味を抱いた店を覗き、詩音はそれに着いて行く。
十軒近く回って冷やかし混じりに歩いていると、不意にクレハが足を止めた。
「何か面白そうなの見つけた?」
訪ねながら詩音とミユはクレハと同じ方向に視線をやった。
そこに在ったのは小さな雑貨露店。
支柱に布を張っただけの簡易的なその露店には、櫛等の日用品や指輪やネックレス等の装飾品が並べられていた。
「ちょっと見ていこうよ」
「あぁ……うん」
先導するクレハに続いてミユを抱えた詩音は雑貨屋を覗き込んだ。
「おう、らっしゃい!」
店頭を覗くと、店主らしき小太りの中年男が威勢の良い声で出迎えて来た。
「うちは下手な専門店よりも珍しい物揃ってるぞ」
人当たりの良さ気な笑みで男はそう言って来る。
確かに、並べられている雑貨品からは微力の魔力が感じられ、その傍らには一つ一つ説明書きが添えられており、それによれば魔力回復の魔術を施した指輪や、解くだけで髪の艶が良くなる魔法の櫛など、様々な特殊効果が付与されている様だ。
並べられている説明書に書かれた内容は、そこら辺の道具屋では中々お目に掛かれない便利効果ばかりだ。
「……………」
「へぇー、色々なのがあるね」
「お嬢ちゃん、どんなのが欲しい? うちなら大抵の要望に答えられるぜ」
自信あり店主に尋ねられ、クレハは少し考えてから口を開いた。
「身体能力強化系の指輪や腕輪ってあります?」
「おう、在るよ」
店主は一瞬露店の裏手に引っ込むと、その手に装飾の施された小さな箱を握って戻って来た。
「お嬢ちゃん、運が良いなぁ。丁度此奴が最後の一個だったんだ」
そう言いながら開かれた箱の中には細身なシルバーの腕輪が収まっていた。
銀光を反射するその表面には植物の蔦を模した装飾が掘られている。
「どうでい、この精緻な装飾。央都の腕利き職人に直接発注して仕入れた限定品だ」
「ヘ、へぇ」
そう返すクレハだが、その声は何処か空返事ぽい。
――――うーん、確かに綺麗だけど。でもなぁ……ちょっと見た目が厳ついかなぁ。
だが、そんなクレハの反応などお構いなしと言った様子で店主は続けた。
「外見だけじゃねぇぞ。こいつは希少な《魔鉱銀》を使っていてな、身につけてるだけでちゃちな呪いやら何やらは勝手に弾かれる。その上一流の魔術師が魔術を彫り込んでいてな、付ければ小さな子供でも楽々と大の大人を投げ飛ばせるし、馬に追いつくくらい足も速くなるって代物だ」
「え、そんなに効果があるの!?」
今度のクレハの返事は先程と違い、確かな興味を含んだ物だった。
「どうでい、さっきも言ったが、こいつは職人の手で作られた限定品。この機を逃したら今後手に入らねぇぜ。本当なら八万フレイなんだが、嬢ちゃん可愛いからなぁ。今なら五万で良いぜ」
クレハが興味を惹かれた事を察知した様で、店主はそう畳み掛けて来る。
「五万かぁ。うーん………」
悩ましげに暫し唸るクレハ。
すると、
「いっよし、解った。なら四万、いや三万五千でどうだ! 半値以下だぜ」
「え、そこまでマケてくれるの?」
「応よ! せっかくの祭りだからな。此処は景気よくいかねぇとな!」
ニヒッと笑いながらそう言って来る店主。
そして、暫く悩んだ末にクレハは顔を上げ、
「良し! おじさん、それ買」
「クレハ」
言葉が終わる前にそれまで傍観していた詩音は突然呼び止めた。
「そんな物止めといた方がいいよ」
そう口を挟むと、店主は見るからに不機嫌そうに詩音の方を見る。
「おう坊主。そんな物とは失礼だな。此方はこんだけの一品を破格の値段で売ってやろうってのによ」
言いながら、店主の視線が刺さる。
フードの下からその視線を見据え返しながら、詩音は淡白な声音で言った。
「だってそれ盗品でしょ」
「え?」
「な、なんだと! 言い掛かり付けてんじゃんねぇぞ坊主! 何を根拠に!」
語気を強める店主に、詩音は変わらずの声で返す。
「その腕輪、誤魔化してるつもりみたいだけど、内側の一部分だけ光の屈折角が違ってるね。大方そこに名前でも彫ってたから盗んでから磨いて消したんでしょ」
「なっ!」
「それに輪の形も普通の物と違って僅かに潰れた楕円形。つまりは特定の人の腕に合わせて造った一品物。造られてから腕を形跡も見られないし、職人の所から出荷される前に盗ってきたんでしょ」
「っぐ………」
淡々と語りながら、詩音は店先に並んだ商品を一瞥する。
「此方のも同じだね。中には普通の商品もあるけど、七割方はその腕輪と同じ様に仕入れた物でしょ。
全く、憲兵に報告すれば拘束待った無しの阿漕な商売だ」
最後にそう言うと、店主は顔を青ざめるながら小さく唸り声を零した。
「そう言う訳だから、クレハ。此処で買うのは辞めといた方が良いね」
「ッチ! 《鑑定眼》持ちかよ。面倒な」
鑑定眼では無く、単純な観察による推理なのだが、態々訂正する必要もあるまい。
睨みつけてくる店主の悪態を無視して、詩音はクレハの手を取って店を離れた。
「――――ごめんね、クレハ。横から水を差して。黙っていれば良いかなとも思ったけど、あれ、付与されてる魔術の話も出鱈目だったから、どの道それでシャルやエリックが気付いただろうから」
人混みの中を歩きながら詩音は謝罪した。
「あ、それも嘘だったんだ。って、シオンが謝る必要ないでしょ。寧ろ助けてくれてありがとう。あのままだったらボク、危うく盗品買わされてたよ」
その言葉に、「そっか」と短く返す。
先程通りすがりの憲兵に先の店の事を話したので、今頃は店仕舞いを余儀なくされている事だろう。
「さてと、午後からは皆と合流しないといけないし、早い所他を回ろうか」
詩音がそう切り出すとクレハも頷き同意する。
「ミユ、次は何か甘い物でも食べよっか」
「うん」
ミユの返事を合図に、詩音とクレハは再び屋台の並ぶ大通りを歩き始めた。




