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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
81/120

77話 安息

 ユリウス東区の商店街通りには食料品や生活雑貨は勿論、武器屋や宿等の冒険者にとって不可欠な物までが揃っている。

 そんな街並の中を詩音はアリスと共に歩く。

 普段通り、目深く被ったフードで素顔を隠した詩音の腕の中では狼姿に戻ったミユがきょろきょろと周囲を見渡している。


「やっぱり目立つね」

「……うん」


 アリスの苦笑混じりの言葉に詩音は小さく頷く。

 滞る事なく流れる人の波。しかしすれ違う人々は皆一様に物珍し気な表情で詩音に、正確にはその腕に抱かれた黒い子狼に目線を向ける。

 冒険者の中には使い魔を従えている者が居るため動物連れは珍しくないが、その殆どが小鳥やリス等の小動物である。子供とは言え狼の類いを連れている者などそう見掛けるものではない。

 視線が集まるのは仕方ない事だろう。

 流石に希少な古代種であるエイシェント・ウルフと気付く者は居ないだろうが。

 ちらちらと向けられる視線を流し、人混みを掻き分けしながら詩音達が最初に辿り着いたのはアリスの行き付けだと言う衣類品店。

 騒がしい商店街の中では少しばかり上品気な雰囲気を醸し出す外見の店先には、小洒落た筆使いの文字で《エディタニー》と書かれた看板が掲げられている。

 ガラス張りのスイングドアを押し開け入店すると、瀟洒な内装の店内には他の客はおらず、奥の方から一人の女性がすっと現れた。

 二十代後半らしきその女性はアリスの姿を見るなり親しげな笑みを浮かべて話し掛けて来た。


「アリスちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、アシュリーさん」


 アシュリーと呼ばれた女性は朗らかにアリスと挨拶を交わすと、次いでシオンの方を見た。


「あら、お連れさんは初めましてね。私はアシュリー。この店の店主よ」

「どうも。シオンです」

「珍しい使い魔()を連れてるわね。狼?」


 そう言ったアシュリー店主の目線は詩音の腕の中で、少しばかり警戒する様に丸まったミユに向けられる。

 

「ええ、まあ。使い魔は連れ込み禁止だったらしますか、やっぱり?」


 訪ねるとアシュリー店主はもう一度ミユの顔を覗き込み様に目線を落とす。

 若干怯える様に詩音の方に身を寄せるミユを数秒程黙り込みながら眺めると、


「本当は遠慮して欲しい所だけど、大人しい子みたいだし特別にどうぞ。今の時間はほとんどお客さん来ないし。でも、イタズラしちゃ駄目よ」


 指先でミユの額を軽く弾きながら、笑みと共にそう言った。

 思いの他あっさりと許可が出た事に内心で安堵しながら詩音は礼を言うと、アリスもそれに続いた。


「ありがとうございます、アシュリーさん。実は今日はその子の服が欲しくて寄らせて貰ったんです」

「あらそうなの? でもうちは使い魔用の服はあんまり置いてないのよねぇ。新規で仕立てる事はできるけど」

 

 「生地の見本(サンプル)とか持ってきましょうか?」と訊ねてくるアシュリー店主。

 

「あ、いえ、そうじゃ無くてですね。ミユ」


 説明するより見せた方が早いと思い、詩音はミユにスキルを使う様に促す。

 と、ミユは直ぐに黒い子狼の姿から人型へと変化した。

 それを見た店主は先程以上に驚いた表情を浮かべた。


「あらまっ」

「見ての通り、この子ちょっと珍しいスキルを持ってるんです」

「まあまあ、可愛いわねぇ。ミユちゃんって言うの? よろしくね」


 朗らかに笑うアシュリー店主。

 ミユは警戒して、というより恥ずかしがっている様で、詩音の後ろに隠れながら顔だけを覗かせてか細く「こ、こんにちは……」と挨拶する。

 どうもミユは初見の相手には人見知りする性格らしい。


「ふふ、恥ずかしがり屋さんなのね。事情は分かったわ。子供服は此方よ、着いて来て」


 そう言って踵を返し、店の奥へと進むアシュリー店主と慣れた様子でその後に続くアリスを詩音はミユを抱き上げて追う。

 案内された店内の一角には、子供サイズの多種多様な系統の衣服やブーツ、ヒール等の靴類がずらりと並べられていた。

 どれも素材は勿論服その物の仕上がりも一級品と言って差し支えない。出来に比例して値段もその辺の衣服店や雑貨屋に比べると数段上である。

 そこからはもうミユの単独ファッションショーとでも言うべき状態となった。

 ワンピースにオーバーオール、ニットにジャケット…………。

 アリスとアシュリー店主はお互いが選んだ服をミユに試着させては称賛し、一頻り誉めたら直ぐに次の服を着せる。それの繰り返しだ。

 人型のミユは幼いながらも端正な整った容姿をしている為、誇張無しに何を着せても似合うというのも二人のテンションを上げる要因となっているのだろう。

 当然、そんな女性二人の間に割り込む隙などある筈もなく。

 詩音は少し下がった位置で専ら着せ替え人形の如く装いを変えるミユを観賞する事に勤めた。

 試着数が三十に近づいた頃だろうか。アリスとアシュリー店主両名の熱は収まる事がなく。ミユもミユでコロコロと変わる自らの服装に楽しげな笑みを浮かべている。

 と、不意にアリスが視線を詩音へと向けた。

 

「ねえ、シオン君」

「ん、何?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「お願い? まあ僕に出来る事なら」


 「なんでもするよ」と答えると同時にふと、以前にも似た様な事があった様な気がした。


「あのね───」


 そして、次のアリスの言葉を聞いた瞬間、それが気のせいなどでは無かった事を理解した。


「ぇ───」


 ◆


「シオンくーん、開けていい?」

「う、うん……」


 弱々しい返事の後でアリスは試着室のカーテンを開けた。

 外界からの視線を遮断する幕の向こうで、等身大の三面鏡をバックに立っていた。

 気恥ずかしそうに身を寄せる詩音が身に付けているのは普段のコートでは無く

今の時期にぴったりなベージュのキャミソールワンピースと白いブラウスだった。


「まあまあまあっ! すっごく可愛いじゃないの!」


 アシュリーの黄色い声が店内に響く。

 その隣ではアリスが満足気な笑みを浮かべる。


「やっぱりシオン君はワンピース系の服が良く似合うわね」

「うぅ……夏の海以来だったから油断してた……」

「私とした事が、こんな最高の素材に気付かなかったなんて。不覚だわ」

「仕方ないですよ。シオン君フード被ってる時と脱いでる時で雰囲気が全然違いますから」

「シオン、かわいい」

 

 行き場の無い羞恥心に頬を赤らめて詩音は唸る。

 

「海で水着着てって頼んだ時に気付いたんだけど、シオン君は案外押せばイケるタイプだよね」

「ち、違うよっ! アリスが強引なの!」


 「えー、そんな事ないけどなぁ」と楽しげに笑むアリス。

 と、その横から今度はアシュリー店主が棚から別の服を取り出して言った。


「アリスちゃん、次はこんなのはどう? 髪の色に映えるわよ、絶対」

「あ、いいですね! それじゃシオン君、今度はこれね」

「え、まだ着るの?」

「「勿論!」」


 ◆


「じゃあ次はこのブラウスね」

「あ、それならこのカーディガンを合わせましょうか」


 二人が差し出してくる女性物の服を次々と着せられ、詩音は先程までのミユ同様に着せ替え人形状態となった。

 そろそろミユの着せ替え回数を越えたのではないかという頃、詩音はふと、先程までアリスとアシュリー店主と一緒になって絶賛していたミユの視線が一着の服に注がれている事に気付いた。


「ミユ、何見てるの?」


 声を掛けるとアリスとアシュリー店主もミユの方へと振り替える。

 

「あれ」


 ミユは壁に懸けられた一着の服を指差した。

 それは長く幅広い袖を持つ白い上着と、緋色のゆったりとしたスカートとズボンの中間の様な形状の下衣で構成された紅白一式の服。

 詩音は他の物とは明らかに系統の異なるその服に見覚えがあった。

 枯暦の故郷、日本(ニホン)固有の宗教《神道》に於て神に仕える女性が身に付ける装束、俗に《巫女装束》と呼ばれる物に良く似ている。

 

「ああ、あれはホーエンの方の服よ。確か、お祭りの時か何かに着る物だったかしら? 以前一度だけ目にした事があって、可愛いかったから作ったのよ。まあ、所々手を加えてるから、原型とは少し違ってるけど。着てみる、ミユちゃん?」

「うん!」


 「少し待っててね」と言ってアシュリー店主は早足に店の裏手へと向かう。

 やがて、戻ってきたその手には壁に懸けらた物と同じデザインの衣装一式があった。

 

「いらっしゃい。着付けてあげる」


 連れられてミユは試着室へと引っ込む。

 一分程してから内と外を遮蔽するカーテンが開かれると、そこには紅白の装いに身を包んだミユの姿があった。

 

「シオン、どお?」

「うん、似合ってる。可愛いよ、ミユ」


 褒めるとミユは嬉し恥ずかし気に微笑んだ。

 と、


「それじゃ次ね」


 背後から声が飛ぶ。

 振り替えると、アリスがミユの着ている物より大きなサイズの同じデザインの服をちらつかせていた。


「あの……これは……」

「サイズはシオン君にぴったりの筈だから」


 さも当然と言わんばかりにその服を差し出され、詩音は後退る。

 後退する詩音に合わせ、アリスとアシュリー店主がじりじりと歩み寄り追い込み漁の様に詩音は更衣室前まで追いやられた。


「もう勘弁してください……」

「「無理」」


 声を揃えた二人の顔には、いっそ憎い程に良い笑顔が張り付いていた。


 ◆


「疲れた…………」


 街道を歩きながら、普段通りのコート姿に戻った詩音が吐き出す様に呟いた。

 

「ごめんごめん。シオン君何着ても似合うからつい楽しくて」


 謝りながらもアリスの顔には「満喫しました」とでかでかと書いている。


「でもまさか、ミユちゃんが試着した服全部買っちゃうとは思わなかったよ」


 言いながらアリスは詩音と手を繋ぎ、もう片方の手に屋台で買った甘い香りのする焼き菓子を握り締めた紅白姿のミユに視線を向ける。


「露骨に話題逸らしたね……。まあ、どれも似合ってたし。《STORAGE》あるから荷物にもなるないし」

「でも三十着位あったし、結構高かったでしょ?」

「最近纏まった収入があったからね」


 確かに今回の買い物の総額は優に六桁に上ったが、先日の《グリズリー・ハング》討伐及び捕縛の報酬によって懐が温かい詩音にとっては大した額ではない。

 三人は暫く商店街をぶらぶらと歩き回り、ミユの日用品を買い集めながらぶらぶらと歩き回った。

 焼き菓子を完食し、満足したらしいミユはいつの間にか詩音に肩車して貰い、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。

 

「──♪──♪」


 詩音もアリスも聞き覚えのない優しい曲だ。


「上手だね誰かに教わったの?」


 詩音が訊ねるとミユは上機嫌な声のまま答えた。


「まえに森でみた人間()が歌ってたのきいておぼえた」


 暫くの間ミユの歌声に耳を傾けて歩いていたが、不意にそれが途切れた。

 

「ミユ、どうかした?」


 詩音が訊ねるとミユは「あれ」と言って一件の雑貨屋を指差した。

 二人が揃って指先を追って視線を動かすと、そこには店先のショーウィンドウに飾られた一挺のヴァイオリンがあった。

 決して特別な代物ではなく、然りとて玩具扱いする程ちゃちくもない極々平凡な弦楽器だ。


「あれがどうしたの?」

「歌ってた人間()がこれ持ってた」


 何処か懐かしむ様にミユは言う。

 

人間()は怖かったから隠れてみてたけど、これの音はきいてて楽しかった」

「ミユは歌や音楽が好きなんだね」

「うん。きくのも歌うのもすき。あとね、ききながら寝るとすっごく気持ちいいの」


 ガラス越しのヴァイオリンを眺めながら、ミユは「また聴きたいなぁ」と呟く。

 それを聞いて詩音は数秒程ヴァイオリンを凝視してから口を開いた。


「アリス、少しミユと待ってて貰っていい?」

「え、良いけど……」


 アリスが了承するや否や、詩音は肩上のミユをアリスへと預け足早に目の前の雑貨屋へと入店した。

 数分程経っただろうか。

 入店時と同じような足取りで、詩音は店を出た。ただ入る時と違うのは、その手に長方形のケースが下がっているという点だ。

 革製のそれはちょうど先程のヴァイオリンが入る大きさをしている。


「買ったの?」


 アリスの問いに詩音は「うん」と頷いた。


「シオン君、弾けるの?」

「まあ、人並みには」


 短く答えてから、詩音はアリスに手を繋がれたミユに視線を向けた。

 膝を折り、視線を合わせながら口を開く。


「ミユの歌聴いてたら、僕も弾いてみたくなっちゃった。聴いてくれる?」

「うん!」


 目を輝かせ、嬉しそうに頷くミユを見て、詩音は自然と笑みが浮かぶのを感じた。


 ◆



「───よし、こんな物かな」


 (ホーム)のリビング。椅子に腰掛けて弦の調律(チューニング)を行っていた詩音はぽつりと呟いた。

 多くの場合、ヴァイオリンの調弦にはチューナーや音叉などの専用の器具を用いるのだが、詩音の場合は自分の耳で判断した方がやり易く正確に調整できる。

 

「できた?」


 椅子から立ち上がると、アリスと共にソファーに腰掛けたミユは待かねたと言う様に訪ねてきた。


「うん、出来たよ。お待たせ」

「道具無しで調律できるって、シオン君絶対音感持ってるの?」

「まあね。昔やらされた訓練の賜物だよ。それではお二方、暫しの間お耳を拝借」


 そう言って詩音は手にしたヴァイオリンを構え、弦に弓を当てた。

 ────旋律が流れる。

 微風の様に軽やかな音色で奏でられるのは、先程までミユが歌っていた耳に優しく馴染む四季の歌。

 詩音自身、この歌を知ったのは今日が初めてだが、先程まで特等席で聴いていたのだ。

 耳で覚え、奏でる事くらいはできる。

 ミユとアリスは暫くの間、流れる演奏に聞き入る様に瞼を閉じていた。

 やがて、ミユが色の薄い唇を小さく開き、詩音の演奏に合わせて鈴の鳴る様な歌声を溢す。

 室内を歌声と音色が満たす。

 それは聴いているだけで目に見えない羽毛に包まれる様な心地よさを感じさせる安らぎの帳。

 奏で、歌われるそれは、言ってしまえば只のお遊びの様な物。

 しかしそれでも、三者はその遊戯の中で確かな安寧を感じていた。

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