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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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73話 戦う理由

 全身を優しく包み込む光が霞む様に消えた時、詩音達の視界には正常な世界が映っていた。

 周囲は色彩を取り戻し、踏み締める地面は花畑から乾いた岩に変わっている。


「空間跳躍……」


 ぽつりと呟き、シーナは周囲を見渡す。

 今居る場所は赤く染まった花畑では無く、森の中から突き出した小高い岩山の上だった。

 視線を背後に向けると、直ぐ側で双子が先程までと同じ様に眠り込んでいる。

 そして、恐らくこの現象を起こした張本人であろう黒い子狼は、シーナの腕の中で疲労した様子で項垂れていた。


「…………」


 唐突な事に思考が追い付かず、シーナは半ば呆然としながら視線を前に向け。

 ───目の前に立つ、血まみれの詩音の姿を目にした。


「シオンっ!」


 悲鳴が口を吐く。

 

「ああシーナ。無事みたいだね、よかった」


 振り返り安堵する詩音はボロボロだった。

 白い外套は六割近く吹き飛び、右半身全域に酷い傷を負っている。

 特に右腕は指先から肩に掛けて皮膚は弾け、肉は裂け、見るに堪えない酷い有り様だ。

 右手の雪姫には目立った損傷は無いが、正直何故握っていられるのかが分からない。


「よかったじゃ無いわよ!」


 慌てて子狼を地面に下ろし、身体を支え様と手を伸ばすが詩音はそれを左手で制する。


「なんで……こんな……?」

「空間跳躍が、ギリギリ間に合いそうに無かったから、咄嗟に盾で受けたんだけど……。どうやら、皆怪我は無いようだね」


 今一度、シーナと子狼、双子が無事であること確認し、詩音は息を吐いた。

 

「と、とにかく手当てしないと………!」


 シーナは慌てて腰のポーチに手を伸ばす。

 そして、フックを外し、中に納まった回復薬(ポーション)の小瓶を掴んだ所で数刻前の詩音の発言を思い出す。

 詩音に回復薬や魔法による治癒は効かない。竜の耐性がそれらの回復手段を遮断してしまう。


「あ、大丈夫大丈夫。再生は機能してるから」


 シーナの内心を読み取ったか、詩音は宥める様に告げる。

 先刻同様にその言葉に流されそうになったが、なんとかシーナは食い下がる。

 

「…………それでも、せめて止血くらいはさせて」


 それは半ば懇願に近かった。

 先刻から、シーナは詩音に守られてばかりで、何も出来ずにいた。

 だからせめて、治療くらいはさせて欲しい。

 そう言った意味合いの籠った願望。

 弱々しい声音ではあったが、それを口に出来たのは精神干渉から回復してきた証拠か。

 一瞬、詩音は尚も断ろうとする様な表情を浮かべたが、先の発言の時同様にシーナの内心の願望を察し、素直に頷いた。

 詩音は膝を着き、同じくしゃがんだシーナはガーゼ代わりの布切れで詩音の腕の血を拭い、包帯を巻く。

 その手つきは冒険者をしているだけあり、中々に手慣れている。


「…………」

 

 手当てする間、詩音は何を言うでも無くシーナが包帯を巻く動作を眺めていた。

 その沈黙がシーナには少しばかり辛かった。

 それは、一見すると同性にしか見えないこのか細い少年を一人で戦わせ、負傷させ、自身はその様を見ている事しか出来なかったという負い目からくる心苦しさか。


「………さっきの光は、あの子が?」


 苦心を沸き起こす沈黙に堪えかね、シーナは口を開いた。


「多分ね」


 短く応え、詩音は視線を傍らで怠そうに項垂れる子狼に向ける。


「無茶させてごめんね。おかげで助かったよ」


 頭を撫でると小狼は小さく「クゥ……」と鳴いた。

 エイシェント・ウルフは空間を操る古代種。

 あの時。光の雨が着弾する直前に、子狼は空間転移を用いて詩音達をこの場へと待避させたのだ。

 だが、その代償は少なくない。

 空間系の魔法は数ある魔力属性の中でも取り分け魔力の消耗が激しいジャンルだ。

 世界の法則に割り込み、その構造を作り替える異端の力。

 回復したとはいえ、今の状態での使用はかなりの負担を強いた事だろう。


「きっとあの結界の中に入れたのも、この空間跳躍のおかげなんだろうね」

「そう………」

 

 短く相づつ。

 恐らく子狼自身、出来れば能力を使いたくは無かったのだろう。

 そうでなければ、もっと早くに全員を、或いは自身のみを安全な場所まで跳ばしていた筈だ。

 そうしなかったのは、能力の使用が自身に多大な負荷をもたらすと理解していたからだ。

 だが子狼は自らその能力を行使し、結果疲弊している。

 シーナ達を救うには、それこそが最善の選択だと判断したからだ。

 それは即ち、今のシーナはこの小さな獣にそれだけの無茶を強いてしまう程の足手纏いだったという事だ。

 戦う力も経験も少ない双子ならばまだしも、仮にも金剛(アダマス)の階級を持つ冒険者ともあろう者がなんと無様な有り様か。

 

「…………出来たわ。なんとか格好くらいはつけられたと思う」


 自身の不甲斐なさに対する自己嫌悪を胸に抱きながらシーナは詩音の腕を離した。


「うん。大分楽になった。ありがとう」


 軽く腕を動かしながら礼を言った詩音は次いで腰を上げて周囲を見渡した。

 それに続く様にシーナも立ち上がる。


「………ここは? ギルの森の中?」

「うん。場所的には森の南東側、第六層辺りみたいだね。ほら、彼処見て」

 

 そう言いながら詩音は眼下に広がる森の一点を指差した。

 シーナは細く白い指先を追って視線を動かし、


「!?」


 そして絶句した。

 この場より二キロ程離れた森の真っ只中。その一点が黒い影の様な物に覆われて変色していた。

 それは酷く不気味な光景だ。

 影は地図上の焦げ目の様に徐々にその範囲を広げて行く。

 

「あの黒い影の中心が、さっきまで僕達がいた場所だよ」


 異様な光景に言葉を失うシーナと、同じ方向を見ながら詩音は黒点の中心を指差し告げる。

 

「まさか……吸ってる…?」

「みたいだね」

 

 唖然とした呟きを肯定しながら詩音は指を下した。


「あれだけの結界、何らかの方法で外部から魔力を補填しないと維持できない。だから周りから吸上げているんだ。効果範囲から消えた僕達の代わりに、森を殺して、その生命力を魔力に変換してるんだろうね」


 そこまで言うと詩音は右手の雪姫を鞘に納めると、《STORAGE》から一対の黒銃、《ヴォルフレクス》を引き抜いた。


「さてと………」


 零れた気だるげな呟きにシーナが視線を向ける

 見ると詩音は半分以上を消費した弾倉(マガジン)を新しい物に換装していた。


「戻るの? まだ、戦う気?」

「ん? ああ、放っておくと何処まで広がるか判らないからね。ここは(ユリウス)からもそう離れてないし。街に被害が出ても困るから」


 驚愕しながらの問いにそう応えながら詩音は両銃のハンマーを起こす。


「この場も何時までも安全って訳じゃない。シーナは出来るだけ早く皆と一緒に森を出て」

「で、でも、その傷じゃあ無茶よ。今は一度此処を離れて体勢を立て直した方が」

「いや、あの結界の魔力吸収能力は並みじゃない。逃げてる最中にあの影に追い付かれたら、此方の間合いの外から一方的に魔力を吸われ続ける事になる。

 僕がさっきの場所に戻れば、外側から魔力を吸い上げる必要も無くなって、あの影も止まる筈だから、その間に森を出て」


 そう告げて歩き始めた詩音の腕を、シーナは慌てて捕まえる。


「ちょっと待って!」


 焦りからか、掛けた制止の声は思いの他大きく、振り替えった詩音の顔にも僅かな驚きの色が浮かんでいた。

 しかし、当のシーナにはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 

「自分が囮になるから、その間に逃げろって、そう言う事?」

「うん」

「分かってるの? あなた、酷い怪我してるのよ。血も沢山流してるし、傷口だって塞がってない。そんな状態で戦ったら、死んだっておかしくないのよ」


 シーナの言う通り、今の詩音はかなり酷い有り様だ。

 平然と立っているが、本来なら戦う所か意識を保っているのも難しい筈。

 

「うん、まぁ、そうだね」


 何の躊躇も無く自身の戦死の可能性を肯定した詩音に、シーナは一瞬言葉を失い、次いで呆れを含みながらの言葉を発する。


「そうだねって……じゃあ」


 一緒に逃げるべきだ、という結論を叩きつけ様としたが、その前に詩音が口を開いた。


「でも、(それ)は、逃げる理由にはならないからさ」


 返答に、シーナは再び言葉を失う。


「……死ぬのが怖くないって事?」

 

 何とかぽつりと訊くと、詩音は数秒の沈黙を挟み、


「───一応、怖がる様に努力してるつもりなんだけどね」


 苦笑と共に態とらしく肩を竦めた。

 告げられたその答えに、シーナは言葉を詰まらせる。

 何の躊躇いも、欺瞞も、偽装や強がりの類いすら見せずに微笑む詩音の姿が、シーナには酷く歪に見えた。


「そんなの…………」

「おかしい、破綻してる………。うん、その通りだよ。どうも僕は昔っからこの様でね」


 自身の異常性を事もなさげに認めながら詩音は普段通り、薄い笑みを浮かべる。

 別に詩音が自身に関心と理解が無い、無自己な人間であるのなら只の欠陥品だったというだけの話だ。

 だが、詩音には自分がある。自身がある。確固たる自意識がある。

 その自意識を以て、自身が正常では無いと理解した上で、その在り方を良しとしている。

 故に異常。

 善性悪性の区別無く、人である以上は持っているべき『自己存続』の概念が詩音には欠落している。

 

「────」


 シーナは何故だか酷く泣きたくなった。

 眼前の壊れた少年は、壊れたままに、壊れた道を歩んでいる。

 そんな人生が報われる筈が無い。

 破綻と欠落が織り成す茨の道。

 その末に待ち受けるのは、言うまでも無く明確な───


「でも、正直な所、それは関係の無い事なんだ」

「え?」

「例え、人並みに死ぬのが怖くても、僕はさっきと同じ事を言った筈だ。だって僕は、死ぬのが怖く無いから戦えるって訳じゃ無いんだ。怖く無いってだけで剣を振れる程、僕は勇敢じゃないから」


 真意が読めない。

 恐怖が無いから戦える訳では無い?

 ならば、詩音が戦う理由とは一体なんだと言うのか。


「……じゃあ、どうして……?」

「簡単な事さ。ただ単に、死なれる怖さを知っているんだ」

「死なれる怖さ………?」


 瞬間、詩音の蒼い瞳の奥に何か、暗い影の様なものが射したのをシーナは目にした。

 だがそれも一瞬、瞳はすぐに普段通りの澄んだ色を取り戻し、それと同時に詩音は答えを口にした。


「うん。僕は死んだ事は無いけど、大事な人に死なれた事はあるんだ。怖かったよ、本当に。そして、怖かったから僕は誰かを死なせない為に何かを殺す。さっきも言ったけど、僕に出来るのはそれ(殺す事)だけだから」


 ちくっ、とシーナの胸に痛みが走る。

 自分よりも自分が知る誰かに死なれる方が怖い。

 その言葉が、シーナの中に溶ける様に染み込んでくる。

 正直、詩音の価値観がシーナには理解出来ない。

 当然だ。シーナは詩音の様に壊れた人間では無い。

 だがそれでも。その在り方が到底容認出来ないものだとしても────

 友達(大事な人)には生きていて欲しいという気持ち(願い)だけは、シーナにも理解出来た。

 あの結界は街にまで被害を及ぼすかもしれない。

 街にはクレハ達がいる。

 共に過ごし、共に笑い合う大切な人達が。

 そして、詩音はボロボロの身であの得体の知れない術式に挑むと言っている。

 多くの友の身が危険に晒され様としている。

 ならば、一人だけ怖じ気づいて逃げ仰せる事など出来ない。したくない。

 

「……私は………」


 声を紡ぐ。

 魔術によって無理矢理に引き摺り出された恐怖心は未だに癌の様にシーナの心の一角に居座っている。

 不本意な恐怖は未だに消えず、普段ならば有り得ない程にその心は弱く臆病になっている。 

 それでも────


「シーナ?」

「………私、逃げないっ」


 その宣言と共に、蠢く恐慌を抑え込む。

 

「私も戦う。此処で詩音を置いて逃げたくない」

「…………いいや、シーナ。今の君は万全な状態じゃない。気持ちは嬉しいけど、今は自分の事を最優先に考えるんだ」


 僅かな沈黙の後、シーナは思わず『どの口が言う』と言いたくなる様な言葉を囁く。


「万全じゃ無いのは詩音もでしょ。それに……」


 一度細く息を吐き、シーナはゆっくりと語りかける様に言った。


「私、さっき、すごく怖かった。昔の事を思い出して………弱くなって。………今だって、武器を取ろうとすると、()()()の景色が頭の中で何度も浮かんでくる」


 一度、傍らに転がる長弓に視線を落とす。

 

「そんなの当然だよ。それがあれの効果だったんだから。人が人である以上、恐怖するのは当たり前の事なんだ。それを責める必要も気に病む必要も無い」


 落ち着いた声音で、詩音はシーナが抱く恐怖を肯定する。

 嘘偽りの情が欠片も感じれないその言葉は、詩音にその気が無かろうと今のシーナには酷く蠱惑的で、思わずその甘い誘惑の中に逃げてしまいそうになる。

 だがそれでも、シーナは踏み止まり、自らの中にある答えを口にする。


「違うの。責任だとか罪悪感とかは関係無い。私も貴方と同じなの。自分が知ってる誰かに死んで欲しくない。そしてその誰かにはきっと、シオンも含まれてる」

「…………」

「それに、今ここで逃げたら私はきっと、これから先、戦えなくなって、何時かは(クレハ達)を見殺しにして自分だけ逃げ出してしまう。そんなのは絶対に嫌なの。同じくらい怖いの」


 詩音は表情を僅かに曇らせる。

 何かを言いた気に小さく優美な唇を一度開き、しかし直ぐに何かを堪える様に閉じる。

 そして、小さく息を溢し、次いで呟いた。


「分かった。シーナ、一緒に行こうか」

「えぇ」


 小さく、だが確かにシーナは頷く。

 胸の底には未だに紛い物の恐怖がこびり着いている。

 だがそれでも、今のシーナにはその恐怖に抗う確かな覚悟があった。


 ■


 二人の背後で双子が身じろいだ。

 

「はい、おはよ」

「こ、こは?」


 詩音の声に、レオルが身をお越しながら周囲を見渡して呟く。それに続く様にレイナも顔を上げ、


「うっ……頭痛いっ……」


 諸手で頭を抱えた。

 

「魔力を吸われた後遺症だね。暫く安静にしてたら治るよ」

「あ、の……此処はいったい? 僕達、さっきまで……」


 状況が呑み込めないらしく、レオルはきょろきょろと辺りを見渡す。

 突然気を失い、目が覚めたら花畑から小高い丘ではそれも仕方ない。


「え、何あれ!?」


 声を零したのはレイナだった。

 その視線は件の変色した森に向けられている。

 

「森が真っ黒に……」


 同じように、視線を森へと向けたレオルも驚愕に目を見開く。


「悪いけど、詳しく説明している時間は無いんだ。二人とも、聞いて」

「「?」」


 双子の視線が詩音へと戻る。


「これから僕とシーナであの森を黒く染めてる原因を排除する。だから二人には、この子を見ていて欲しいんだ」

 

 言いながら、詩音は膝を着き、腕に抱えた子狼を見る。

 ぐったりとしたその様子に双子が心配気な表情を浮かべるのを見て詩音は補足する。


「大丈夫。疲れているだけで命に別状は無いよ。ただ僕達はこれから少し手が離せなくなる。その間だけ、代わりにこの子を守って上げて欲しい」

「ま、守るって……私達だけで……?」

「うん。──大丈夫。君達は組合が認めた冒険者だ。冒険者の本分は誰かを助け、誰かを守る事にある。そして君達にはその本分を全うするだけの力がある」


 不安の色を浮かべる双子に詩音は真っ直ぐに蒼い瞳を向けながら断言する。

 二人は尚も不安気に俯くが、軈てレオルが顔を上げる。


「分かりました。シオンさん達が戦っている間、僕がその子とレイナを守ります」

「レオル……」


 普段のレオルからは聞かない雄々しいその台詞にレイナが声を漏らした。


「元々この子を助けるって決めたのは僕達だ。だったら、出来る限りの事はやらないと」

「………ふふ。まったくレオル()のくせに格好つけた事言ってくれちゃって。でも、うん。そうね。その通りだわ」


 二人の決断に、詩音は小さく笑みを浮かべて言った。


「ありがとう。それじゃ、頼むよ」


 子狼をレイナへと明け渡し、詩音はもう一度二人の目を見据える。


「心配はいらないさ。二人はその子の側に着いててくれればいい。その他の事は任せて」


 二人が揃って頷くと、詩音は立ち上がる。

 この場の者全てが、己の役割を理解し、覚悟を決めた。

 ならば、最早躊躇いは必要無く。

 全員が己の決めた何かを守る為に前を見る。


「───さあ、勝とうか」

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