70話 虚空の獣
先の部屋と同じく三つ目の部屋もまた、家具の類いが一切ない空き部屋だった。
しかし、今までとは異なり最奥の室内には灯光があった。
それは、ランプや蝋燭と言った通常の照明類ではない。
生活用品、装飾品の一切が無いがらんどう。その床には魔術用の陣らしき物が描かれており、その中央に淡く光るドーム状の何かが存在していた。
透明な泡の様なそれは極僅かに明滅しており、その光が室内をうっすらと照らしていた。
そして、その泡の内部には黒い獣が転がっていた。
「あ、あの子、あの子よ! 私とレオルが見たの」
獣の姿を光越しに見ながらレイナが声を上げ、レオルも間違いないと同意する。
詩音が先頭を切って室内に足を踏み入れ、残る三人もそれに続く。
近くで見ると獣は全身が柔らかそうな純黒と濃紫の毛で覆われた狼の子供のようだった。
瞼を閉ざして横たわるその子狼は見るからに弱っている。床に伏した身体は苦しそうに痙攣しており、呼吸も目に見えて荒い。
不調の原因は明らかだった。
黒と紫の身体。横腹に刻まれた深い傷が子狼を苦しめる元凶だ。
「内臓は無事みたいだけど、結構深いね」
その様子を見ながら詩音はいた。
そして、その隣でレオルが恐る恐る子狼に触れようと光のドームに手を伸ばそうとした。
「待って」
詩音は直ぐに制止の声と共にレオルの手を掴んで引き留める。
「え………?」
困惑しながら視線を向けて来る呼吸レオルに詩音は「触っちゃ駄目だよ」と言ってから手を離した。
そして、腰のポーチから適当に小さな鉱石を掴み出すと、それを無造作に光のドームへと放り投げた。
ふわりと放られたそれが光の壁に触れた瞬間、バチッ!と大きな破裂音が鳴り響き鉱石が粉々に弾け飛んだ。
衝撃と音で三人が声を上げその場からは少し退いた。
「結界だね。この子の能力かな。外部からの干渉は全部弾き返す様に出来てるみたい」
「え、それじゃあこの子はどうなるの?」
詩音の説明にレイナが不安そうな声を上げる。
手当てしようにも子狼が結界の中にいる限りは触れる事が出来ない。
なんとかして結界を排除しなければならない。
「こんな怪我したまま放ってたら、死んじゃうかも…………」
レオルがそう呟くとレイナはますます表情を曇らせた。
「なんとかならないんですか?」
「シオン、さっき森でやったみたいに剣でズバっと出来ないの?」
双子の言葉に詩音は少し困った様に指先で頬を掻く。
「スバッとって言ったもねぇ。出来るには出来るだろうけど、反動で中の子吹き飛んじゃうと思うよ」
「え?」
「おまけに掛かった負荷が陣に逆流すれば、魔力が暴走して部屋全体が吹き飛ぶかも」
そう説明するとレイナは、慌てふためきながら首を横に振った。
「駄目駄目駄目、絶対駄目! その案は無し! 他、他の方法で!」
「その方がいいだろうね」
詩音は小さく笑い視線を結界に戻した。
「でもそれじゃあ、どうすれば………」
レオルが結界の中の子狼に憂虞の視線を送る。
どうした物かと悩みながら、詩音は脳内のサポーターに問い掛ける。
───うーん…………《HAL》、結界から構造式に割り込んで操作系に接続出来ない?
『解析中………固有スキルの存在を確認。介入には時間が掛かります。解析所要時間、推定9時間38分』
───結構掛かるなぁ。それじゃあ中の狼が持たないかなぁ。他に何か無い?
『……部分竜化》で竜の耐魔力をぶつけて結界を相殺すれば対象を無力化できます』
───…………で、それだと中はどうなる?
『相殺時の負荷が内部の生物の生命活動を停止させる可能性があります』
───駄目じゃん。
沈黙を挟み、詩音は他の方法を模索する。
正攻法では内部の子狼に多少なりとも負荷が掛かる様だ。そして、その負荷は衰弱した子狼には耐え難い物になるだろう。
故に、結界を排除するのなら耐魔力などの高い負荷を掛ける力を使わずに突破するしかない。
「………仕方ない」
暫しの間を開けて詩音は少し億劫気に呟いた。
そして、救出の方法を模索する三人に呼び掛ける。
「皆、少し離れてて」
「シオン、何か思いついたの?」
「うん、まあ。危ないから少し退ってて」
曖昧に返事して、シーナを下がらせるとレイナとレオルもそれに続いて数歩退いた。
全員が充分に距離を取った事を確認してから、詩音は片膝を着き結界とその中の子狼に向き直る。
「さてと………」
呟き、スキルを操作する。
両腕部の《竜凱》の耐物理と耐魔力を限定的に解除。
詩音の両腕から竜の防御が消失し、その鎧は何の効果も持たないハリボテの布へとなり果てる。
そして詩音は、防御を失い只人の物へと戻った両手で躊躇う事無く結界に触れた。
瞬間、大きな音と共に結界の光が強まった。
淡く発光する程度だった光は外部からの干渉に拒絶反応を起こし、部屋全体を照らし尽くす閃光へと変わる。
そして、聞こえて来る音は先の破裂音を上回る騒音───
破損する。
結界に触れる詩音の両手は強烈な抵抗力に耐え切れず出血する。
「シオン!」
背後でシーナが悲鳴にも似た声を上げる。
「危ないから離れてて」
詩音は平然とした声音でそれだけ言って更に結界に両腕を捩じ込む。
無理矢理に侵入してくる異物を弾き飛ばさんと結界の抵抗力は更に上昇する。
「シオン、腕、腕千切れちゃう……!」
レイナが叫ぶ。
詩音の両腕は既に激しく損傷している。指先から爪は剥げ、皮膚は吹き飛び、その下の肉が裂け飛んで行く。
大袈裟ではなく、このままでは両の腕が千切れ飛ぶ事もあり得る。
「───」
それだけの損傷を受けながらも詩音は腕を止めない。
ゆっくりと、だが確実に結界の内部へと突き進む。進む毎に損傷は酷くなり吹き出した鮮血が結界に弾かれて床を赤く染める。
そして、血まみれの腕が肘の近くまで結界に潜り込んだ時、指先が子狼の黒い毛に触れた。
外の様子に気付いていないのか、子狼に反応は無い。相も変わらず苦し気に丸まるだけ。
だが、気が付いて暴れられるよりはこの方が良い。
あと少し。
損壊を無視して腕を伸ばす。
そして、血まみれの両手で子狼の身体を掴み取った時────
今まで以上の破砕音を上げて子狼を囲んでいた結界が粉々に砕け散った。
「ふぅ……」
光源を失い、薄暗くなった部屋の中央で詩音は一つ息をつく。
「シオン、大丈夫!」
シーナが詩音の側に歩み寄り同じように膝を就いて視線を合わせて来る。
その左右に双子が続く。
「………うん、腹部の傷以外は目立った外傷はないみたい」
子狼を床に下ろしながら診断する。
「そうじゃ無くて、腕がっ!」
叱責する様な声音でそう言われて、詩音は思い出した様に自身の腕に視線を向ける。
詩音の両腕は肘から先が血で赤く染まり、無数に刻まれた裂傷は骨まで見えているのでは無いかと思える程に深い。いや、もしかしたら場所によっては本当に骨まで達しているのかもしれない。
それだけの重症を負いながらも、返る詩音の声は平時と変わらない。
「ああ……まあ、大丈夫だよ」
軽く己の腕を見渡しながら短く応じと、
「大丈夫じゃ無いわよ!」
そう言うなりシーナは詩音のズタズタの手を取った。
「触ると血で汚れるよシーナ」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょっ。早く回復薬飲んで」
そう言ってシーナは腰のポーチから回復薬の小瓶を掴んで押し付けて来る。
「あ、いや。回復薬、効かないんだ。耐性のせいでね」
そう言って詩音は差し出された小瓶を押し返す。
竜の耐性は詩音に破格の耐久力を与えている。しかし、その拒絶性は回復薬の様な有益な干渉までも無効にしてしまうのだ。
「え? で、でも、それじゃあ……」
「直ぐ治るから平気だよ」
竜種の再生スキルならばこれ程の傷でも数時間程度で完治させるだろう。
だが、詩音の両腕の有り様を見た双子は心穏やかではいられない様で、
「へ、平気って、血、血がこんなに出てるんだよ……?」
「い、痛く無いん……ですか……?」
心なしか血の気の引けた顔で詩音の両腕と顔を交互に見る。
「ん、痛いよ。物凄く痛い。まあ、そんな事はいいとして」
子狼に視線を戻す。
シーナ達の「良くない!」という叱咤を「まあまあ」と流しながら詩音は今一度傷口を調べる。
「あぁ、これは回復薬だけじゃどうにもならないな。あと、ニミル深かったら内臓が溢れ出てるよ」
そう言うと、シーナ達の関心は一時的に子狼に向き、詩音への叱咤が鳴り止んだ。
「た、助からないの?」
再びレイナの不安の声。
「いや、助けるよ」
そう返して、詩音は子狼をそっと床に降ろすと、血塗れの自身の腕をスキルで創り出した手袋で覆う。
そして、細い氷の針を創ると、それに竜線を繋げた。
「縫合して薬を併用すればどうにかなるよ」
そう言って手早く傷口辺りの毛を取り除き、氷針と竜線で大きく開いた傷を縫い始める。
細かい作業だが、詩音の縫合速度は非常に速く、子狼も苦痛を感じている様子は無かった。
そして、瞬く間に傷を縫い止めると、今度は《STORAGE》を開いて回復薬ともう一つ小瓶を取り出した。
回復薬の栓を抜き、もう一つの小瓶の中身と混ぜ合わせる。
「シオン、何混ぜたの?」
「痛み止め」
レイナの質問に短く答え、詩音は痛み止め入りの回復薬を個狼の口にそっと流し込む。
――――――抗生物質も打っとこうかな
抵抗も無く子狼が薬を飲み込んだのを確認すると、新たに注射器ともう一つ小瓶を取り出す。
注射器のシリンダにもう片方の小瓶の中身を装填し、手早く子狼の首筋に針を指して中身を注入した。
「これで良し」
傷口をガーゼで保護し一通りの処置を終えて、詩音が使用済みの注射器等をしまった時、ゆっくりと子狼の瞼が上がる。
紫色の左目、|濡羽の右目。異なる色の双眼が詩音達に向けられる。
二色の瞳は最初、現状の理解が追い付かないと言った様子で呆けた視線を送り、次いで大きく見開かれる。
黒い身体が跳ねる。
子狼は驚愕した様に飛び跳ね、詩音達から距離を取った。
「うわっ!」
「きゃっ!」
双子が驚きの声を上げる。
黒紫の毛を逆立て、唸り声を上げて威嚇してくる子狼が向けて来るのは明確な拒絶の意思表示。近付くなという警告だ。
双子はその意図を察して歩み寄るのを躊躇する。
その後ろ。詩音の隣に立つシーナも似た様な様子だ。
だが、その拒絶を受け入れてはここまで来た意味が無い。
一間の躊躇いの後、レイナがゆっくりと足を踏み出した。
「だ、大丈夫だよー。怖くないよ」
猫撫で声というか、甘い声音と共にレイナは一歩子狼に歩み寄る。
瞬間、子狼は一際大きな唸り声を上げる。
それと同時に───
「え?」
レイナに向かって何かが飛んで来た。
飛来するそれが、何か、暗い塊である事をかろうじてレイナは認識する。
「───、レイ」
レオルが声を上げる。
だが躱せない。思考も反射も追い付かない。
当たる。反射的思考の中でレイナはそれを確信する。
その隣で、咄嗟にシーナは床を蹴り、レイナの前に踊り出ようとしたが、それよりも速く詩音が動いた。
高速で迫る塊と二人の間に、同じく高速で詩音が割り込んだ。
氷の短剣が飛来物を迎え打つ。
淡青の刃が暗い塊を弾いた。瞬間、グブッという鈍い音と共に詩音の握る短剣の刀身が消失した。
折れた訳でも砕けた訳でも無い。ただ弾いた瞬間、塊に触れた刃部分が呑み込まれる様にして消え去ったのだ。
「な、何?」
レイナが震えた声を溢し、シーナ、レオルと共に視線を前に向けた。
三つの視線の先では、異様な事が起こっていた。
暗い何かが子狼の周囲に現れる。
まるで水中に立つ泡の様に浮かび上がって来た二つの拳大のそれは濃紫一色に染まった立方体。
先の飛来物と同じ物だと、全員が理解する。
はっきりと目で見えているのに、酷く現実味が無い。
確かにそこにあるのに、まるで何も無いかの様に希薄な存在感。
「な、何に、あれ……」
シーナが呟く。
一目でその正体に気付ける者はこの場にはいない。
辛うじて詩音だけは、それが非常に特殊かつ危険な『空間』系の魔法であると察する事ができた。
それは虚空。
虚空界と呼ばれる魔法、魔術の分野に於いて決して観測される事の無い、しかしそれ故に存在が確定しているという曖昧かつ矛盾した次元。
その空虚な存在こそがあの紫塊だ。
「ウゥゥゥッ」
小さな牙を剥き、子狼が唸る。それが合図だったのか、二つの虚塊が同時に動いた。
暗い室内より尚暗い立方体が詩音目掛けて飛来する。
直後、純白の刃が宙を疾る。
右と左。
二方から襲来する虚空の弾丸は抜き様に振るわれた雪姫の一閃を以て斬り払われた。
竜鱗の刀剣はあらゆる魔を斬り裂く破魔の刃。
それはいかに触れる物の悉くを虚空の世界へと飲み込む立体と謂えど例外ではない。
二弾を刈られた子狼は一際強く唸りを上げる。
だが、それだけだ。
魔力切れかその他の制約か、新たな虚空は現れない。
「────」
雪姫を携えた詩音の背後からレイナは恐る恐る歩み出る。
「お、落ち着いてー、暴れないでー」
再び手を伸ばす。
だが、後数歩という距離まで近づいた時、
「ガアッ!!」
子狼が小さな顎を限界まで開いて飛び掛かった。
「きゃっ!!」
驚きの悲鳴と共に尻餅をつくレイナに黒い矮躯が再び襲い掛かる。
しかし、その間に再び詩音が割り込んだ。
ぐちゅっと、嫌な音が響く。
血に塗れた詩音の左手には子狼が喰らい付く。
先の結界の影響で魔力が飛散してしまっており、外見的にしか竜鎧が編めていない手甲と手底に白い牙が深々と突き立ち、新たな血液が流れ出す。
「グルゥゥゥッ!」
喰らい付いたまま子狼が唸り全身を攀じる。
その度に牙が肉を裂き、血がしたり落ちる。
「ちょ、シオンッ!」
「な、何してんのシオン」
二度、シーナとレイナが悲鳴じみた声音で叫ぶ。
「なにしてるの! 只でさえ重症なのに!」
「まあまあ。この際傷が一つ二つ増えた所で大差無いでしょ」
「大有りよ、バカ!!」
右手の雪姫を床に突き立てながら言い放つ詩音を、愚かな後輩を叱る様な声音で叱咤しながら子狼を剥がそうとシーナは手を伸ばす。
が、詩音は右手を翳してそれを制すると、その手を唸る子狼の頭に乗せる。
「ちょっと、吃驚させちゃったかな」
言いながら、子狼を撫でる。
その行為に驚いた様に子狼は顎の力を強め、より深く詩音の手に牙を突き込む。
しかし、そんな事は一切気にしていない様に詩音は穏やかな口調で語りかける。
「見つけるのが遅くなってごめんね。でも、もう大丈夫だよ」
その声はどうしようもなく柔らかで心地よく。
獣の全霊の警戒心を溶かしていく。
やがて、ゆっくりと子狼は詩音の手を離すと、まるで謝罪するかの様に「クゥ……」と短く鳴いて傷を舐める。
その様に全員が安堵の息を吐いた。
「傷の方は大丈夫みたいだね」
そう言いながら詩音は子狼を下し、その身体を注視する。
――――見た目は少し変わった狼だけど………《HAL》、種族分かる?
『検索中………判明。種族名、《エンシェント・ウルフ》』
《エンシェント・ウルフ》。それは神代より存在していると言われる黒狼型魔獣の古代種である。
彼の種は膨大な魔力と空間に干渉する魔法を操る能力を持つと言われており、その数は極めて少く、僅かな個体も普段は深い森の奥で暮らしており人里に現れる事は殆ど無い。
詩音もこの種の存在は本でしか知らず、実物を見た事など勿論無い。
――――でもさっきのは本で読んだエイシェント・ウルフの能力とは少し違う様な気が……
詩音の知るエンシェント・ウルフの空間干渉能力は座標認識による《空間転移》や空間歪曲による《干渉拒絶》などであり、先ほど見せた様な奇妙な立方体による攻撃手段を持つと言った記述の記憶は無い。
尤も、この世界に来たばかりの詩音の知識は、所詮書物文献を読み漁って得ただけのにわか知識。
それだけで事を断定するのは難しい。
声に出さず疑問を浮かべる詩音に、《HAL》システムが応じる。
『突然変異による特殊個体だと思われます。通常個体とは異なり空間干渉能力の一部が《虚空界》へと接続されています』
その報告に詩音は内心驚愕する。
虚空界への接続、虚空魔力の適合者は空間魔力の適合者よりも遥かに希有な存在であり、あまりに使える物が少なすぎて《ロスト・ソーサリー》=失われし魔法と呼ぶ者も居る程だ。
そんな物を、只でさえ希少な古代種であるエンシェント・ウルフが持っているなど、世に知られれば標本一直線間違いなしな案件である。
興味深く、暫く無言で子狼を眺める詩音に、背後からレオルが声を掛けた。
「あの、シオンさん、どうかしました?」
「ん、ああ、いや、なんでもないよ」
「何か分かったの?」
レオルに続きレイナが訪ねてくる。
それに詩音は一瞬間を開けて応じる。
「……この子ね、少し変わってるけど、エンシェント・ウルフみたいなんだ」
「エンシェント・ウルフ!?」
告げた名前にシーナが声を上げ、腰を曲げて子狼を注視する。
冒険者の間でもエンシェント・ウルフはレアな魔獣として名前だけは有名なのでシーナも知っているのだろう。
流石にレイナとレオルは聞き覚えが無い様で互いに顔を見合わせてる。
「初めて見たわ。見た目は普通の狼とそんなに変わらないのね」
シーナがそんな事を口にした、その時だった。
「ミュッ!!」
子狼が吠え、それと全く同時に詩音が身を翻す。
しゃがんだ状態から跳ねる様に身を上げて、そのまま体を捻り、シーナの背後に蹴りを放つ。
回し蹴りが双子の頭上を払い抜け、バキッと鈍く大きな破壊音が鳴り響く。
その音で漸くシーナと双子は己らの背後を見た。
視界に、ボロ切れを纏った首から上が無い無機質な人型が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる様が映る。
その人型には見覚えがあった。
つい数分前に小屋の外の花園で見た自動人形。
ならば、今起きた事は外での遣り取りの焼き戻しだ。
背後にいつの間にか迫っていた人形を子狼と詩音だけが察知し、回し蹴りの一撃でその頭部を砕き飛ばしたのだ。
だが、それで終わりでは無い。
崩れ落ちた人形の背後。部屋の扉から新たな自動人形が身を躍らせて入って来た。
詩音達の姿を認識すると、その右手に黒い投剣を構える。
しかし、黒い刃が投げ放たれるよりも速く。
「────」
詩音は一瞬の内に人形との距離を詰めた。
血と傷にまみれた右手で人形の仮面を掴む。
直後、《拍複魔導》の青い魔光が室内を照らし、同時に人形の身体が内部からの圧力に耐えかねて強烈な破裂音を立てて砕け散った。
「外に出よう。シーナ、その子お願い」
外敵二体を瞬く間に排除して、詩音は短く言った。。
その背に「分かった」とだけ応じてシーナは子狼を抱えた。
触れられることに対して、僅かに怯えを見せる子狼だが、生憎と今はそんな事を考慮している場合じゃない。
シーナの聴覚は微かな物音を捕らえていた。足音。複数の何かが歩み寄ってくる危険な音。
外から聞こえてくるそれは、小屋の前方から扇状に行進してきている様に聞こえる。
「急ごう。囲まれる」
同じく外界の様子を察しているらしく、詩音は急かす。
「二人とも、離れないでね」
シーナがそう念を入れると、背後の双子は異語同音の返事を返す。
「行こう」
詩音はその言葉と共に歩み出し、全員がそれに続いて外に繋がる扉を目指して駆け出した。




