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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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69話 慰撫の手

 扉を開けると、それに気付いて階段に腰掛けていた双子が揃って此方を振り向いた。


「お待たせ、二人共」

「もう、遅いわよ」


 待ちくたびれとぼやくレイナに詩音は「ごめんごめん」と平謝るする。


「二人共、本当に無事みたいですね。よかった」


 交互にシーナと詩音に視線を渡しながらレオルが安堵の息を吐く。

 シーナに噛まれた傷跡は、《超回復》のスキルによって既に跡形も無く再生している。

 傍目には本当に何事も無かった様に見えるだろう。

 

「さてと。中はもう特に仕掛けも無いみたいだし、少し奥の方を見て見ようか」

「もう変なトラップに引っ掛かるないでね。シオン」


 レイナの軽口に苦笑を浮かべながら詩音は「善処するよ」と応じてから、二人を小屋の中に招いた。

 

「殺風景な部屋ね」

「もう誰も住んで無いみたいだね」


 双子はキョロキョロと部屋の中を見渡しながら奥へと進んで行く。


「さ、僕達も行こうか」

「…………えぇ」


 シーナは小さく頷くと、詩音のコートの袖を掴んだ。


「ん?」

「あっ……ご、ごめんなさい」


 慌てて袖から手が離れる。

 行き場を失った手を引き戻しながら、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 しかし、離れようとする手を、今度は詩音の手が掴んだ。


「え?」

「ごめん。少し貧血気味みたい。ほんの少しの間で良いから手、貸して」


 そう言う詩音の様子は言葉とは裏腹に平時と変わらない。

 シーナは声は出さず、こくっと小さく頷いた。

 「ありがと」と、微笑みながら詩音が礼を言ったその時だった。


「ねぇ、二人共ー」

「ちょっと来て下さい」


 部屋の奥から双子が呼ぶ声がした。


「何か見つけたのかな。それじゃあ行こっか」


 そう言って詩音はシーナの手を引いて歩調で歩き始めた。その歩調は普段に比べると随分とゆっくりだ。まるで少しでも長くシーナの手を握っていようと言っているかの様に。

 繋いだ手は双子には見えない様に隠されており、その歩幅はシーナのそれにぴったりと合わされていた。

 それは数分、或いは数秒の本当に短い、一時の温もり。

 直ぐに離れる事になるであろう手をシーナはぎゅうっと握り返した。

 

「ねぇ、これ見て」


 レイナの指差す方を見ると、薄暗い部屋の奥にひっそりと扉が設けられていた。


「なんか、如何にもって感じの怪しげな扉だね」


 呟きながら詩音はコツンコツンとブーツの踵を鳴らした。


───……特に危な気な物は無さそうだな。

「入ってみよっか」


 そう言うとレイナが少し警戒しながら扉に手を掛ける。

 軽そうな見た目の木製の扉は、見た目通りの軽量さで開く。

 扉の向こうは、最初の部屋以上のがらんどうだった。

 家具や置物の類いは一切無い。

 ただ部屋の中央の床に、正八面体の水晶の様な物が納められた小さなオブジェの様な物がぽつんと置かれていた。


「……少し待ってて」


 そう言って三人をその場に待機させて、詩音は部屋の中心部へと踏み込む。

 膝を付いて部屋の真ん中に鎮座する水晶体を覗き込むと、どうやら何かの魔術道具らしいく、研磨された水晶の表面に魔術式とおぼしき図式が描かれていた。


────素材は魔水晶(マナ・クリスタル)か。術式自体は攻撃的な物じゃ無いみたいだな。《HAL》、解析できる?


 脳内で告げると、直ぐに無機質な機械音で返答が来る。


『解析完了。搭載された術式は循環型と判明。現在の残存魔力が零。起動しません』

───循環型術式か。って事は魔力を外界に事象として発現させるんじゃ無くて、魔力を特定の形に固定して出力するタイプか。

『種類としては魔力ランプの類いに近いかと。構造解析の結果攻撃的機能は搭載されていません』

 

 どうやら、危ない物では無いらしい。であれば、一度起動させて見ても良いだろう。


───起動方法は? 

『…………術式に破損は確認できません。魔力を通せば、再起動します』


 「なんだそれだけか」と思い、詩音は手の平から水晶体に魔力を流した。

 瞬間、室内の空気が振動する。

 流し込んだ魔力が循環し、術式が起動する。

 水晶が一度発光したかと思うと、次いでその直上辺りに巨大な長方形の光ウィンドウが数枚展開された。


「何!?」


 背後でレイナの驚いた声が聞こえる。


「心配無いよ。おいで、危ない物じゃ無いみたい」


 詩音がそう言うと、シーナがゆっくりとウィンドウの側に歩み寄って来て、その後ろに双子が続いて来る。

 淡く発光するホログラフィック体のウィンドウには、六芒星を中心に無数の直線と曲線、そして幾つかの記号の様な模様で構成された非常に複雑かつ緻密な魔術式が表示されており、その下には同じくホログラフィックのキーボードらしきコンソールが表示されている。

 

「………」


 詩音は数秒程無言でホロウィンドウを眺めてから、目の前のキーボードに手を伸ばした。

 

───キーの配置は向こうと同じか。

 

 実体の無いキーを叩くと、眼前のメインウィンドウの中に更に小さなウィンドウが複数展開され、高速でスクロールされる文字列の光が薄暗い室内を照らした。

 

───基礎は共通なんだよなぁ。


 魔術式とはプログラムに酷似している。

 描かれた陣は回路と魔力というシステムプログラムによって結果を示し出す。

 であれば、構造を理解するのはそう難しく無い。初見の物であろうと詩音が今まで培って来た経験が適用できるのなら、何の問題もない。

 共に《界意第二法則》と呼ばれる魔法と魔術の内、詩音が後者の方を得意とするのはその為だ。

 次々と新たなウィンドウが開いては、長い文字の羅列を表示しては消えて行く。

 背後から三人が詩音の手元とウィンドウを覗き込む。

 そして、その中からレオルが瞠目しながら訪ねてきた。


「何してるんですか?」

「んー、この魔術式、解体して構造を見えないかって思って。作成記録を辿って逆順に処理していけば、少しは見やすい形にまで戻れると思うんどけど」


 ウィンドウから目線を外さず詩音は答える。

 

「「「???」」」


 三人が揃って首を傾げる気配がしたが、詩音は操作を続ける。

 どうやら今メインウィンドウに表示されている魔術式は一つの図式という訳では無く、基盤となる術式に幾つもの別用途の術式を無理矢理重ねた複合型回路の様だ。

 

───って事は、一度それぞれの図式を独立させれば見えて来るかな

 

 再び詩音がキーを操作するとウィンドウ画面中央の複雑な術式図が幾つかの図式へと分離されて表示される。

 恐らくは基盤となるであろう大きな図式とその上に重ねられていた数十の小図式がウィンドウ一杯に欄列する。

 詩音はその中でも、一番大きな基盤図式に注目した。

 

───あれ? この基盤式の構造って………

 

「ああ、そうか──」

 

 我知らず、詩音は呟いた。


「何か分かったの?」


 シーナの言葉に首肯を返し、詩音は自身が知り得た事を口にした。


「これは頭脳だ」

「頭脳……?」


 シーナの反芻に首肯を返す。


「外に居た自動人形(オートマタ)の物と同系統の、だけど遥かに複雑かつ大容量の生体構造の再現。人の脳機構の二次元投影体、って所かな」


 要するに《人工知能》、AIだ。

 しかし、詩音の世界の物で普及している物とはまた違う構造の代物である。

 彼の世界では、基盤となるプログラムに数多の経験を積ませ、プログラムその物の《選択肢》を増やす事によって生物の持つ《知性》を再現しようとしていた。

 対して、今詩音達の前に表示されている物は、前者とは全く異なる、しかし多くの技術者が夢見た理論によって構成されている。

 その理論とは、分かり易く言えば『生命体の知性構造その物の模倣、再現』である。

 総数二千億個にも及ぶ膨大な数の細胞によって構成された『脳』と言う器官。それを生体物質に頼らず、人工的装置によって再現すると言う真の意味での《人が作りし知性(人工知能)》。

 それが目の前の構造体の正体である。


「人の、脳……」

「とは言え、まだ完成してはいないみたいだけどね。と言うよりこの構成方法じゃあどうやっても完成させる事は出来ないと思う」


 これを作った、或いは作ろうとしていた人物もこの構成方法の欠陥に気付いているのだろう。

 術式に術式を重ね、能力を拡張、向上させるやり方では、いずれは基盤となる式が増えすぎた機能を受け止めきれず瓦解する。

 

――――恐らくこれは試作品。この方法でどこまで行けるかを見る為のプロトタイプ。そうでしょ、《HAL》

『――――――』


 訪ねれば、脳裏に居座るサポーターは無機質な沈黙を返す。

 その反応にお構い無しと言った様に、詩音は内心で語りかける。


――――生半に知性を持ってるからかな。さっきこの魔術具の仕組みを訊いた時、一瞬答えるのを躊躇ったでしょ。

『――――』

―――――でも内容()を見てその反応の理由が分かったよ。《HAL》システム。これは、君だね

『そうです』


 先まで沈黙を貫いていたと言うのに、答えを告げると返答は意外とすんなりと返って来た。


『仮想知性更新。真体接触確認。指定封印領域、解錠。限定機能式、総体開放完了―――――試作思考構造体再現術式《HAL》。人類種の知性構造を模した魔術式、それが()です』

―――……誰が作った、何故作った、色々聞きたい事はあるけど、とりあえずそれは帰ってからね。今は元々の目的を優先する事にするよ

『了解』


 短い返答を受け取り、詩音は再びキーに指を走らせる。

 と、開いていたウィンドウが次々に消えていき、最後にメインの大型ウィンドウが閉じられると、それまで淡く発光していた水晶魔術具も光を失い停止する。

 起動していなければ少し変わったオブジェの様にも見えるそれを拾い上げると、詩音は《STORAGE》を開いてその中に放り込んだ。


―――帰ったら色々弄ってみるかな

「さてと、道草食っちゃったね。行こっか。多分この奥に居るよ」


 そう言って詩音が指さした先には、この部屋の物と同じ様な扉がひっそりと存在していた。

 当初の目的の存在が直ぐ側に居ると解ると、双子は頭からは先の魔術式の事など消え失せたらしく、急ぎ足で第三の扉へと駆け寄った。

 詩音とシーナもその後に続く。


「この部屋に?」

「うん。小屋の大きさ的にこの部屋が最後だろうからね」


 レオルにそう応じてから、詩音は扉に手を掛けた。

 

「開けるよ」

  

 三人が頷いたのを確認してから、ゆっくりと腕に力を込める。

 錆びた蝶番から鈍い音を響き、最奥の扉が開かれた。

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