表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
71/120

68話 悪夢の部屋

 小屋に入った瞬間、何か来る、と直感が告げた。

 直後、背後で扉が閉まる乱暴な音が聞こえると同時に視覚情報の一切が消失した。

 詩音は視線だけをシーナの居た方に向ける。

 居ない。シーナの姿を見失った。視界から入って来るのは一色の闇だ。

 眼に問題は無い。視力の消失では無く、情報の遮断だ。

 

───干渉系の魔術式か


 先の直感の正体を悟り、詩音は視線を戻す。

 と、詩音の視界にそれは映った。


「─────」


 光の無い闇の中。そこで力無く横たわる六つの人影。


「皆………」

 

 クレハ、アリス、シーナ、シャルロット、カイン、エリック…………

 人影は、妖精達だった。

 無明の世界だと言うのに、その有り様がはっきりと認識出来る。

 全員が一様に、血にまみれて倒れている。開かれた瞳からは光が完全に失せ、一目で死んいると分かる。

 

「……………」


 言葉は無く、何も言わずに立ちつくす。


「悲惨だな」


 不意に声が聞こえ、詩音は顔を上げた。

 視線の先に女が立っていた。

 無造作に短く切られた黒髪、猫科の大型動物を思わせる鋭い眼。何処か中性的な顔立ちのその女の事を詩音は知っていた。

 その女の名は、霧咲怙暦。かつて詩音に名を与え、安らぎを与え、人の心を与えた詩音にとっての初めての愛情。

 しかし、その身体は酷く傷んでいた。

 身体は所々欠け、心臓に深い刺し傷が刻めれており、足取りは酷く重々しい。

 

「全員死んだ」


 嘲笑う様に、それは言った。


「お前が殺した。私と同じ様にな」


 欠けた身体のまま、ゆっくりと詩音の方に歩み寄って来る。

 嘲笑は消えず、愚者を蔑むかの様な目で、真っ直ぐ詩音を見据えている。


「お前と共に居たせいで、全員がこの有様だ」

「……………」

「やはり、お前が関わったのが間違いだったな」


 ふらっと、女の右腕が上がる。

 軽く、血に濡れた指先が詩音の頬に触れた。。

 まるで、詩音が殺したと言う事実を、当人に刻みつけるかの様に、女は死んだ掌で詩音の頬を撫でる


「やっぱり、お前は死なせる事しか出来ないんだな」


 そう吐きながら、死体の指が下へと下がり、詩音の首に掛かった。

   

「お前が好いた者、お前が求めたモノは端から死んでいく。お前が殺していく。全く以て滑稽な話だな」


 言葉と共に首元の指が締まる。


「どの道死なせる事しか出来無いんだ。今度はお前が死んでみるってのはどうだ?」


 深く、強く。

 詩音の息の根を止めようと――――――`


「───うるさいな」


 不意に、詩音は小さく呟いた。

 瞬間、女の指が凍りつく。


「ぐ、ああッ!!」


 女の口から苦痛の叫びが響く。

 氷は瞬く間に女の右腕を浸食し、肩口までを呑み込んだ時、詩音は無造作に腰の鞘から雪姫を引き抜き様に振るった。

 銀閃が氷に覆われた女の腕を断ち切り、凍てついた右腕が地面に落ちて砕け散った。

 

「があ──が、ぎ─ギギ─ギ─」


 よろめく様に女が後退る。叫び声は次第に人のそれから無機質な軋む様な音に変わっていく。


「ただの術式が」


 一歩、詩音は女に歩み寄る。

 踏み締めた足から、氷が地面に広がる。

 

「彼等の死を騙り、彼女等の死を騙り」


 語られる言葉は静かで、しかし確かな憤りを宿した怒声。


「あまつさえ、怙暦の姿を真似る」


 詩音の左腕が鎧を纏う。白く美しい鱗と長く鋭い爪を備えたそれは《部分(ディプス・ド)竜化(ラグニティー)》により顕現した白竜の腕。

 

「凄く、不愉快だよ」


 彼にしては珍しい、明確な怒りを宿した冷静な声と共に、五指を伸ばした竜の手が突き出された。

 鉄すら容易く貫く魔爪が湿った生温い感触と共に女の腹部を深々と突き立ち、先端が背中まで貫通する。

「お前が殺した」。確かに、その通りだ。

 あの日、詩音はこの手で怙暦を殺した。

 この手で、母親に刃を突き立てた。

 経緯など関係無い。

 後悔する理由、『もしも』を求める理由など幾らでもある。

 しかし、詩音は決してあの日の出来事を後悔しはしない。悼み、惜しみ、哀しみこそすれど、あの過去を無かった事にできたらなどとは考えない。

 それはあの日の怙暦の選択を否定する行為だ。怙暦という人間の生き様を穢す行為だ。

 

 

 だから、詩音は静かに憤怒する。

 たかが術式、事象を起こす為に編まれた装置ごときが、彼女が絶対に口にしない逃避の言葉を発し、その存在を、そのこれ迄(過去)を否定し、穢す。

 許せる訳が無い。赦していい訳が無い。

 『お前のせいだ』などと、彼女は決して言わない。

 霧咲怙暦は、己の選択の結果を、その責任を誰かに擦り付ける事をしない。己の選択がいかなる結末を導こうと、絶対に。


「ギガ──ガ──ガ─────」


 無機質な声を上げながら女の身体が激しく震え、すぐにぐったりと脱力した。

 動かなくなった身体から腕を引き抜くと、女の身体が糸を切った人形の様に崩れ落ちる。

そして詩音は、右手の雪姫を逆手に握ると盛大な音を立てて地面の闇に突き立てた。

 瞬間、刃を突き立てた場所を中心に青い光が環状に広がり、次いでその光を追う様に闇の世界に亀裂が放射状に走る。

 淡い光を放つ亀裂が全ての方位を包み込むと、硝子を砕く様な硬質な音が響き渡ると共に周囲を囲む闇が細かな破片となって崩れ落ちる。

 細かな破片は溶ける様に消えて行き、その全てが跡形も無く消滅した時、周囲の風景は元の薄暗い部屋に戻っていた。

 

 近しい者の死を見せれば、折れると思ったか?

 大切な者の姿を真似れば、潰せると思ったか?


「――――人類(人間)を、舐めるなよ」


 この場にいない、この空間を作り上げた存在に対して、静かにそう言い放つ。

 一拍の静寂が満ちる。

 内心で猛る怒りの感情を溜息と共に収めると、詩音は直ぐにシーナの方を確認した。

 シーナは暗転前と同じ位置にいた。

 しかし、様子がおかしい。

 板張りの床に座り込んでいる。俯いた顔許から聞こえて来る呼吸はやけに荒く、身体は小刻みに震えている。

 側に歩み寄り、膝をついて視線の高さを合わせる。

 見た所、外傷は無い様だ。であれば、シーナも先までの詩音と同じように精神干渉による幻覚を見せられていたのだろう。

 

「シーナ」


 名を呼びながらその肩に触れようとした瞬間、


「───ふッ!」


 唐突にシーナは顔を上げたかと思うと、詩音へと飛び掛かった。

 詩音を押し倒し、覆い被さる様になるシーナ。


「シーナ?」

  

 名前を呼び、見上げたシーナの様子は明らかに異常だった。


「フーッ………フーッ………」


 うっすらと涙を浮かべた瞳は何処か焦点が合わず、興奮状態な為か頬はほんのりと赤みを宿している。  

 錯乱しているのかとも一瞬思ったが少し違う。少し辛そうに吐息を溢しながら此方を見下ろすその表情は何処か辛そうだ。

 と、そこまで認識すると、シーナは覆い被さったまま詩音のコートとシャツの襟を強引に捲ると、ゆっくりと顔を近付けて来た。

 そして、  


「っつ」


 暴いた詩音の首筋に躊躇無く噛み付いた。

 歯が突き刺さる感触と共に鋭い痛みが走り、流血する感覚が肌を伝う。

 動脈は外れている様で出血はそこまで多く無い様に感じる。


───吸血鬼(ヴァンパイア)


 シーナの身体が密着する。

 首筋に噛みついたまま、詩音の身体に自身の身体をする寄せて来る。

 

「ん………ふぁ………」


 詩音の口から声が漏れる。

 シーナが噛み付く角度を変えて肉を抉る度に、そこを中心に性的快楽にも似た強い痺れが詩音の身体を駆け抜ける。

 この世界の吸血鬼と総称させる存在にとって吸血とは、勿論栄養や魔力の摂取の役割もあるが、それ以上に親愛や情愛を表現する意味合いが強いらしい。

 今のシーナの状態を見るに、恐らくは本能的な魔力摂取が目的の様だが、攻撃では無いがゆえに詩音の身を守る竜の耐性はこの行為に対しては機能しない。

 

「ふあ──ん」

「くっ……ぁっ……」


 一度シーナが口を離し、再び噛み付くと一層強い痺れが全身を巡り、意思とは関係の無い熱が身体に溜まる。


───あぁ………ぼーっとしてきた……


 出血の影響か、熱のせいか、思考に薄く霞が掛かる。

 何故シーナが吸血鬼の特性である吸血行為を行えるのかは分からない。

 ただ分かるのは、今のシーナが正常な状態で無いという事と───。

 酷く、怯えているという事だ

 恐らくは先の魔術が原因だろう。

 あれは《悪夢語り》と呼ばれる高位魔術の一種だろう。対象の精神に干渉する事で、その人物が最も恐怖するであろう光景を見せる呪い。

 シーナがどの様な光景を見せられたかは解らないが、現状を見るに余程キツい物だったのだろう。

 

「ふぅ………ふぅ……」


 噛付の合間から漏れる荒れた呼吸。熱を含んだ吐息。

 それに紛れて聞こえて来る、小さな嗚咽。

 震えは興奮から来る物では無い。身体を震わせるその行動はシーナの感じている恐怖の証左。

 この吸血行為がシーナの意に添った物で無いのは確かだ。


「しょうがないか………」


 一つ、溜め息を吐き。

 詩音はゆっくりと上体を起こす。

 当然、詩音に覆い被さり歯を突き立てるシーナの身体も同じように起き上がり、詩音に抱き付いて座り込む様な体勢になる。

 身体を動かすと、シーナは離れるのを拒む様に詩音にしがみつく力を強めた。


「フゥーッ……フゥーッ………」


 荒い呼吸が響く。

 威嚇にも似た呻き声を上げるシーナに詩音は、


「───大丈夫」

 

 そっと、その背に腕を回しながら呟いた。

 まるで幼子を抱える様に、柔らかく細い身体を抱き寄せる。

 

「大丈夫だよ。安心して」


 ゆっくり、ゆっくりとシーナの髪を優しく撫でる。

 

「ふ……ふぅ、ふ………」

「僕が君を守るよ、シーナ」


 繊細な少女をこれ以上怖がらせない様に、囁く様に言葉を掛ける。

 密着したシーナの身体から、心臓の鼓動が伝わって来る。 

 激しく拍動していたシーナの鼓動は徐々に徐々に落ち着いて行き、それに合わせる様に肌に刺さる牙から力が抜けて行くのが分かった。

 

「怖いなら、僕が側に居るから。だから、ね」


 やがて、首筋に突き立った牙が完全に離れるのを感じた。

 詩音の首から口を離したシーナはそのまま、ぽすんと詩音の胸に顔を埋めた。


「………お帰り、シーナ」 

「……………」


 未だに両手の力を緩めない少女に、詩音はそっと囁いた。


 ■


 まるで世界に二人しか居ないかの様に、室内は静寂に満ちていた。


「ごめん………なさい………」


 絞り出す様に、シーナは謝罪する。

 うっすらと涙が瞳に浮かぶのが分かった。

  

 また、同じ過ちを冒してしまった。


 恐怖が理性を溶かし、血に濡れた本能が意識を呑み込む感覚がまだ残っている。


「平気だよ、気にしないで」


 少し上の方でそう声が返って来る。

 顔を挙げられない。罪悪感と後悔で詩音の顔が見れない。

 詩音は何も言わずにシーナの身体を抱いたまま、優しく頭を撫で続ける。

 華奢なその手に撫でられる度に恐怖に凍てついた心を溶かして行く。自身と変わらない細い身体から伝わってくる少し低い体温が酷く心地良い。

 

「───」


 詩音は何も訊かない。

 先の行動の原因、理由。当然訊かれるだろうと思ったが、詩音はただ無言で未だに僅かな震えを残すシーナを懸命に慰撫し続ける。


「訊かないの………?」


 シーナの方からそう訪ねてしまった。

 それは自己嫌悪から来る一種の自傷行為だったのかも知れない。

 

「訊いて欲しい?」


 質問に質問で返される。

 その声はとても優しく、聞いているだけで安心してしまう。


「……………」


 無言が返る。

 訊かれたくなど無い。これはシーナにとっての闇。自分でも消し去りたいと思う傷。

 長い間、恐怖と苦痛と嫌悪の感情でシーナを縛り続ける業の鎖だ。

 そんなシーナの内心を察してか、


「なら、無理に言わなくてもいい。話さなくていい」


 優しく頭を撫でながら、詩音はそう言った。

 その時だった。


「シオン!!」

「シーナさん!」


 小屋の扉を激しく叩きながら、二つの慌てた声が投げ掛けられた。

 レオルとレイナだ。

 

「無事なの!? 返事して!」


 扉をガタガタと無理矢理開けようとしながらレイナが叫ぶ。

 しかし、先の術式の発動時に扉の鍵が自動的に掛かった様で扉は開きそうに無い。

 双子の呼び掛けを聞いて、シーナは慌てて詩音から離れようとする。

 こんな情けない姿は見せられない。

 しかし、そう理性で主張する一方で、心の底ではまだ詩音の温もりを感じていたいと思っていた。

 抱き付く両の腕が名残惜し気に詩音から離れようとする。

 しかし、


「平気だよ、二人共」


 双子に応答しながら、詩音は僅かに離れたシーナの身体を再び抱き寄せた。

 

「シ、シオン……!?」


 驚くシーナに詩音は小さく微笑む。


「あ、良かった、無事なんですね?」

「急に扉閉まっちゃって驚いたわ。何があったの?」


 詩音の声に安堵した様子の双子に、詩音は応える。


「驚かせてごめん。どうやら僕が防犯用の仕掛けに引っ掛かっちゃったみたい。僕もシーナも無事だけど、扉の鍵を開けるのに少し掛かりそうなんだ。悪いけど少しだけそこで待ってて」


 つらつらと、それらしい嘘が並べられる。


「あ、そうだったんですか。分かりました、待ってます」

「意外におっちょこちょいなのねシオンって」


 詩音の虚言に双子が納得して待機すると、


「シ、シオン?」


 戸惑いながらシーナは囁いた。

 

「ごめん。まだ震えてたから。もう少し、もう少しこのままで良いよ」


 向けられた詩音は、何処か自信の無い笑顔を浮かべていた。

 

「嫌なら言って、直ぐに離れるから」


 シーナは顔を伏せて黙り込む。

 

───どうして………?


 声に出さず、胸の中で誰に訊くでも無く呟く。

 どうしてこの少年は、今自分が一番欲している言葉をくれるのだろう、と。

 離れようとしていた腕に再びぎゅうっと力を込める。

 顔を詩音の肩口に埋めたまま、シーナは消え入りそうな弱々しい声で言った。


「あとちょっとだけ………側に居て……」


 返事は無かった。

 しかし、詩音はしっかりとシーナを抱いたまま、また優しく髪を撫でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ