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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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66話 ギルの森

 《ギルの森》は日当たりも良く、淡く美しい草花が点々と自生する清涼地である。

 冒険者や商人が薬草を摘みに来る他にも、避暑地として訪れる者も多い。

 しかしそれは、あくまでも森の表層のみに限った話である。この森はある一定の深度から奥に入ると劇的にその雰囲気を変化させる。

 日は生い茂る広葉樹の葉に遮られる為昼でも薄暗く、華やかな植物は姿を消し、代わりに毒々しい色の草花が繁栄する。

 森林というのは、何処であろうと深く入り込めば大なり小なり危険は増えて行く物であるが、この森の危険度の上昇率は少々不自然に思える程に劇的な物だ。

 その変化率と危険性からこの森は七層に区別化されており、森に入る者は定められた数字を基準に警戒度を測るのだ。

 そんな森の中を行く詩音達一向だったが、


「さて、取り敢えず血痕を追って来たけど……」


 人気の無い森の中、深度で言えば第三層の後半。人目を阻むフードを外し呟く詩音の視線の先には、点々と赤黒い血の後が列を成している。

 しかし、道標と言える血痕は追って行くに連れて徐々に少なく、薄くなっており、今の立ち位置から数メートル進んだ所で完全に途切れていた。


「跡が消えてるとなると、見つけるのは難しいかもね」

「そんな………」

「あの子、酷い怪我してたし、早く見つけてあげないと………」


 シーナの言葉にレイナとレオルが揃って悲しそうに視線を落とした。

 そんな双子を励ます様に詩音が口を開いた。


「大丈夫。血痕が途切れてるって事は血がちゃんと止まってるって事だ。止血できる程度に身体の機能が維持できているなら直ぐには死なないし、失血死の心配も、まあ、とりあえずしばらくは無いと思うよ」

「本当?」

「うん。とは言え、早く見つけてあげるに越した事はないけど」


 そう言うと双子は少しだけ安堵した用に表情を緩めた。

 しかし、直ぐレオルが呟く。


「で、でも、跡が消えちゃったなら、どうやって探せば………」

「んー……手っ取り早く聞き込みでもしてみるかな」


 詩音のその言葉に、詩音以外の三人は揃って首を傾げた。


「聞いてみるって、誰に?」

「森の住人にさ」


 返答を得ても尚意味が分からず、更に当惑するシーナを他所に、詩音は何かを探す様に辺りを見渡す。

 

「ん、丁度いい」


 そう呟いた詩音の視線は直ぐ側に根付いた木の枝に向けられていた。

 仰ぎ見られた瞳の先に居たのは、何の変哲もない一羽の小鳥。魔物の類いではないただの野鳥である。

 ぴー、と詩音の口から笛の音が鳴る。それに気付き小鳥は視線を四人の方へと向けた。

 小鳥一羽見つけて一体何のつもりか、と疑問を募らせる三人を尻目に詩音は、

 

「ちょっといいかな?」


 まるで人にそうするかの様に、小鳥へと話掛けた。

 先の発言の答えらしきその行動に三人は殊更詩音の意図を図りかねるが、そんな事はお構い無しと言う様に詩音は言葉を続ける。


「少し聞きたい事があるんだけど」


 そう言うと小鳥はコテンと小さく首を傾げた後、翼を羽ばたかせて詩音の眼前まで舞い降りて来た。

 詩音はそっと右手を挙げ、その指先を止まり木代わりに提供する。


「この辺りで怪我をした子を見なかった? まだ小さい子供だと思うんだけど」


 投げ掛ける問いに当然の事だが、小鳥は何度か囀ずりを返すだけである。


「……そう。ありがとう。行って見るよ」


 何やら話が着いた様にそう言って詩音はコートのポケットから何かを取り出した。

 それは何の変哲もない豆の入った小さな麻袋。

 「お礼に」と言ってその袋を差し出すと小鳥は一度嬉しそうに鳴くと嘴で袋の端を咥えて詩音の指の上から飛び去った。

 何処か上機嫌そうなその姿を見送った後で詩音は三人に向き直り。


「もう少し奥、森の中心辺りでそれらしい動物を見たって言って。行ってみよっか」

「言ってたって、あの鳥が?」

 

 頭上に?マークが見えそうな表情で訪ねてくるレイナに首肯を返す。


「シオンさんもしかして、動物と話せるんですか??」

「うん、まあ。本来は魔物と会話する能力だけど動物とも多少ね。さ、着いてきて」


 詩音はそう言って三人を先導して再び歩き始めた。


 ◆


 目撃者の証言をもとに森の中心を目指す詩音達。 

 それなりに奥に進んだが、未だに目的の動物は見つけられない。


――――この辺りはもう第四層か。森の危険度は深度に比例して増加する。これ以上奥に進むなら、シーナ達は帰らせた方がいいな


 歩きながらそんな事を考えていると、


「ねえシオン」


 シーナが双子には聞こえに程度の声量で囁き掛けて来た。

 それに対して詩音も同程度の声で「なに?」と返す。


「これ以上あの子達をこれ以上奥に踏み込ませるのは危ないかも。そろそろ狂暴な魔物が出てもおかしくない区域(エリア)だし、一度帰した方がいいんじゃ」

「うん。丁度僕もそう考えてた所。ここから先はあの二人にはお帰り願おうかな。怪我されても困るし」


 ちらりと背後に着いて周囲に視線を走らせる双子を盗み見ながら詩音はそう返す。

 その姿を数秒程無言で見詰めた後、シーナは再び口を開く。


「全く関係ないんだけどさ。シオンってあの二人とはよく会ってたの」

「え、ううん。ちょっと前にも言ったけど、どっちとも会ったのは久しぶりだよ。どうして?」


 唐突な質問に首を傾げながら、詩音は返答と質問を返した。


「いや、なんだかシオンが二人に着いて行くって言ったのが意外だったから」

「意外?」

「だってシオンって、なんていうか……。他人と関わるのあんまり好きじゃないと思ってたから。まあ、それは私も同じだけど。シオンの事だからそれっぽい理由で断ると思ったら、すんなり了承したから普段から付き合いがあるのかなぁって」

「ああ……」


 苦笑と共にシオンの口から苦い声が漏れる。


「多分その印象(イメージ)、間違ってない。もし二人が手紙とか伝言とかで頼んできてたら、面倒だからって断ってたと思う」

「直接頼まれたから受けたの? なんで?」

「うーん……なんて言えばいいかな………。僕って基本めんどくさがりだからさ、普段から事件とか揉め事とかが視界に入らないように全力で逃げてるんだ。昔からの悪い癖なんだ。この眼で見なければ赤の他人が何処でどんな事になってようと無視できるから」


 詩音の眼は少しばかり見え過ぎる。視界に写る全てのものの様々な背景(事情)が鮮明に写し出される。

 だから詩音は視界に出来事を極力映さない。映してしまうときっとその光景は詩音を縛りつけてしまうだろうから。

 「酷い性格でしょ」と笑いながら自虐の言葉を放つ詩音。しかしその表情はいたって普段通りである。

 そんな詩音をシーナは肯定も否定もせずに見つめる。

 と、


「シオン? 二人で何話してるの?」


 背後からレイナが二人を覗き込む様にして訪ねてきた。


「ううん、何でもないわ。ただの世間話よ」

「ふぅん」 


 シーナの答えに興味を無くしたようでレイナは再びレオルと共に周囲をきょろきょろと捜索する。

 

「あの子、見つからないね」


 レオルが不安混じりの声音で呟く。


「本当にこっちに居るの?」

「うーん……あの鳥の言ってた事が本当なら、合ってると思うんだけど」


 レイナの言葉に困った様に頬をぽりぽりと掻きながら答えた。

 その直後。


「ん?」


 唐突に、詩音が歩みを止めた。

 他の三人もどうしたのかと立ち止まる。


「シオン、どうかした?」


 シーナが訪ねると、詩音は一度背後の今まで歩いて来た道を振り返り、再び前方に向き直すと、


「変だ」


 と、不思議そうに呟いた。


「変って、何が変なんですか?」

「風景がズレてる」

「ズレてる?」


レオルに返した端的な返答の意味が分からと言う様にシーナが反芻すると、詩音は何かを考える様に数秒沈黙してから、


「そうか、これはハリボテか」


 そう呟いて、腰に差した雪姫の柄に手を伸ばす。

 純白の刃を引き抜き、無造作に眼前の空間を斬りつけた。

 何もない筈の空間に刃が入る。まるで薄い布を斬り裂いた様に景色に垂直な切れ込みが刻まれた。かと思うと切れ込みから周囲の空間に亀裂は奔り、ガラスの様に崩壊する。

 瞬く間に景色には人一人が潜れる程度の孔が開いた。

  

「空間………結界……?」


 眼前の不可思議な光景にシーナがうわ言の様に呟いた。

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