64話 喰らい尽くす魔獣の槍
膨大な魔力が室内を満たす。
ヴィクターの手に握られた朱槍は、視認できる程の濃密な魔力を迸らせ解放の時を待つ。
「■□■■───」
合成獣が短く唸る。
それは純粋な恐怖への悲鳴か。
「ちと近いが、まあいいか」
しかし、氷に閉ざされた獣を見つめるヴィクターの瞳には、殺意こそあれど敵意はない。
「ごめんね。僕等には君達を救う術がないんだ。だから君達は、僕を恨んでいい。君達にはその権利がある」
細い指先がそっと氷の上から獣の身体を撫でる。
謝罪と弔いの言葉を告げ、詩音がその場から素早く退くと。
「せめてもの手向けだ。もう眠らせてやるよ」
呟きを残し、槍士が走る。
残像を霞ませ、ヴィクターは風の様に合成獣へと超走する。
二体の獣の間合いは実に三十メートルにも迫る。
だが槍士が繰り出すは、その長大な助走を交えた打突ではなかった。
唐突に、槍士が跳躍する。
一息に十メートル余りを駆け抜けたヴィクターは、その勢いのまま空中へと身を投げ出した。
詰めた距離を再び開ける様に後方に飛んだ体躯。
その手に眠るは血を喰らう貪欲な槍。
「■□□■───!!!」
獣の叫びが木霊する。
それが合図であったかの様に。
───魔槍が解放される。
内部に蓄えられていた血液を対価に、紅槍がその真価を呼び覚ます。
「魔槍、解放。貪り尽くせ──」
槍士はその身を弓の様に引き絞り。
「《喰らい尽くす魔獣の槍》!!!」
豪号と共に己が持ち得る最強の一撃を振り放った。
────これこそは《真源解放》。
魔剣、聖剣等、特定の武器に宿る素材となった物の記憶、或いはその武具その物が持つ理を呼び覚ます根源の発露。
《ヴォルド・ベルグ》。未だ人と神が共存していた古の時代にて、魔獣、人間、時には神に類する者さえも喰らい殺した傲慢なる獣の身より削り出された魔槍はその真名を以て、この一時に限り、獲物を喰らい尽くす猛獣へと回帰する。
投擲された魔槍は、魔力の濁流を纏い獲物へと猛進する。
その様はまるで流星。
紅蓮の魔光となって咬殺の槍獣が飛翔する。
眼前の光景に恐怖したか、合成獣はその巨躯を全霊を以て荒ぶらせ、氷縛からの脱出を図る。
巨体が捩れ、氷塊が軋み亀裂が走る。
だが、それだけだ。
合成獣の怪力を以てしても、静止状態から詩音の氷を打ち破る事は不可能。
否、仮に脱出できたとしてもあの槍は躱せない。
一度解き放たれた槍獣は、血の匂いを追って幾度でも獲物を追い駆ける。
血液の中枢たる心臓を喰らうまで、彼の獣は止まらない。
故に必中。
槍が放たれたその瞬間から、回避という選択肢は存在し得ない。
本心の所、あの獣を屠るのにこの一撃は過剰以外の何物でもない。
それでも、ヴィクターが全霊を以てこの技を放ったのは、彼なりの餞別であった。
告死の魔弾が迫る。
一秒と経たずに訪れる死に、合成獣は全身を硬直させ。
───終決は一瞬だった。
魔力光と衝撃が室内を満たす。
必滅の槍は詩音の作り出した氷の縛壁を容易く貫き、その奥の骨肉に守れた心臓を喰らい穿った。
巨躯が地に伏す。
傷を癒す力も、心臓という生物にとっての絶対的急所を貫かれたとなれば意味を成さない。
獣の肉体に突き立った槍は、勝者の報酬として敗者の血を一滴と残さずに吸い上げる。
「───」
地に降りたヴィクター。
主の帰還の命を感じ取ったか、吸血の魔槍は独りでに魔物の肉体から抜け手元へと舞い戻る。
素早く飛来したその槍を容易く掴み取ったヴィクターに、詩音がゆっくりと歩み寄った。
「凄いね」
「ああ……」
詩音の言葉に短く返すヴィクターに、勝者としての高揚はない。
無論、屠った事への後悔など微塵もありはしないが、勝利を誇るにはあの獣は憐れ過ぎた。
「最後『ありがとう』、だってさ……」
「そうか。………行くぞ。ガキ共が待ってる」
「うん」
死した魔獣に背を向け、両者はその場を去ろうとする。
しかし。
「ん?」
唐突に詩音が身を翻す。それを見て、ヴィクターも背後を振り返った。
魔獣は、相も変わらず死んでいた。
だが、
─────死肉が膨張する。
最早何の脅威も持ち得ない筈の獣の死体が、周囲の魔力を吸って膨潤する。
内圧に耐えかねて今にも炸裂しそうなその様はまるで風船の様。
「──伏せ」
ろ、と叫ぶ直前、合成獣は破裂した。
熱、閃光、轟音、衝撃。それらが一斉に肉体を叩きのめす予感が反射的にヴィクターの脳裏を過る。
大気が荒れ狂う。
凝縮され、一瞬のうちに解き放たれた魔力が爆風となって周囲を蹂躙する。
だが、予想外な事に、ヴィクターの身体が認識したのは聴覚を麻痺させる程の爆音と多少の衝撃だけだった。。
肉体を引き千切る暴風も、網膜を焼き切る閃光も、血肉を焼き払う高熱も感じない。
瞼を上げる。
爆音によって麻痺した聴覚からの影響か、ヴィクターの視界は少しばかり霞んでいた。
故に─────最初に眼に入ったそれは、何かの間違いだと思った。
竜がいた。凍てつく様な雰囲気を纏った巨大な白竜が。
氷や宝石の様に透き通った鱗に覆われたその身体で、ヴィクターを守る様に佇んでいる。
恐らくは数秒程度の光景だったのだろう。
しかし、その姿は一瞬のうちにヴィクターの脳裏に焼き付いた。
細く艶やかな白銀の鬣。
宝玉の様な青い瞳。
全てを包み込む様な純白の巨翼。
溢れ出る膨大な魔力を淡い光に変えてうっすらと輝くその姿に、思わず見惚ってしまう───
瞬間、冷たい風が全身を撫でた。
雪と氷を含んだ微風に乗って、竜の身体から鱗が剥がれ霧散する。
竜の身体が崩れる様に消えて行く。
そして、白い巨躯が完全に消えた後には、ぽつりと佇む詩音の姿があった。
「シ、オン?」
呟くヴィクターに詩音は少し心配気に口を開いた。
「大丈夫、ヴィクター?」
小首を傾げる詩音の姿を見ながら、ヴィクターは訳が分からず呟く。
「今のは──?」
その疑問の声に、詩音は一瞬ばつが悪そうな表情を浮かべた。
「お前は、いったい……」
「───」
詩音は何も答えない。
少なくとも表面上は冷静さを取り戻し、ヴィクターは詩音を見やる。
「おい、シオ──」
「幻術、幻だよ」
更なる追及を遮り、詩音は短く答えた。
「幻術?」
回答を反芻する。
そんな筈はない。自身が見た有り得ない光景は決して非実体の存在ではない。
それだけは断言できる。。
「馬鹿言うな。今のは」
「ヴィクター」
二度、詩音はヴィクターの言葉を遮り、顔を見やる。
向けられたその眼を見て、ヴィクターは言葉に詰まった。
有無を言わせない口調とは裏腹にその瞳に宿る光は弱々しく、強要や強制の意図が一切見られない。
ただ情弱に「これ以上踏み込まないでくれ」と懇請してくる様だった。
──……………っち、なんつぅ眼しやがんだ、こいつ
まるで幼子が必死に嘆願するかの様なその瞳に、ヴィクターは内心で居心地悪そうに呟く。
「………っち。わーったよ。そう言う事にしといてやるよ。たく」
舌打ちを混え、降参する様に応じる。
納得はしていない。
できる訳がない。
しかし、あの様な眼を向けられて、無理矢理にその心の内を暴き出せる程、ヴィクターはこの少年に対して残酷には成れなかった。
しかし、どうして一つ、確かめておかなくてはならない事がある。
「だがシオン。一つだけ答えろ。お前は、何だ?」
先の姿の事ではなく、詩音自身に対しての問いを投げ掛ける。
対して詩音は一拍の間を開け、迷う事なく応えた。
「僕は人間だよ」
「────そうか」
短く、しかし真っ直ぐに返された言葉に、ヴィクターは少なくともこの場では、自身の抱く疑問の全てを呑み込んでおいていいと思えた。
「なら、今はもうこれ以上は聞かねぇよ」
「ごめんね。ありがとう」
追及を止め、ヴィクターはもう一度深くため息を吐いてから、視線を詩音から先の爆発の中心地に向けた。
爆心地であるその場所には、僅かな肉片骨片が合成獣の存在の痕跡として残っているのみだった。
「自爆用の術式を埋め込んでたみたいだね。あれを作った奴は随分用心深い性格らしい」
「っち、抜け目のない。まぁいいか。吹き飛んだ物は仕方ない」
「だね。この様子じゃあ、残骸を集めても対して得られる物も無さそうだし」
足元の骨破片を拾い上げて軽く見渡しながら詩音は言う。
「なら今度こそ戻るか。今頃ガキ共も待ちくたびれてるだろうよ」
諦める様に言って、ヴィクターは身を翻す。
それは、子供たちへの心配も勿論あったのだろうが、次の問題に取りかかる事で先の光景に関する疑問を心の内に埋没させてし、追及しない様にしてまおうというヴィクターなりの詩音への配慮でもあった。
その心理を看破し、詩音は心の中で再度礼と謝罪しつつ頷いた。
■
───どれぐらいの時間がたっただろうか?
マエラは他の子達と身を寄せ合いながら、氷の囲いの中でぼんやりと思いを馳せる。
白銀の髪の少女。シエラに言われて自分達を助けに来てくれたらしい冒険者が貸してくれた服は凄く着心地が良く、皆でくるまっていると安心する。
──そんなに大きくないから、何人かで代わりばんこにだけど
などと思っていると、
「ねぇ、あの人達、遅くない?」
マエラの隣の少女が皆に話し掛けて来た。
「うん。……大丈夫かな」
「さっきの魔物にやられちゃったりしてないよね?」
他の子供達も不安なようで、互いに顔を見合わせる。
少し前に地震のような大きな衝撃を感じてから、外はひどく静まり返っている。
先の魔物。この氷の壁が築かれる前に少しだけ盗み見たあの怪物は、獣などせいぜい畑を荒らす猪程度しか見たことがないマエラ達からしても一目でとても危険な存在だと分かる気配を纏っていた。
だが、氷の壁は外部からの光を拡散させ、外の様子をマエラ達に見せる事を許さない。
───お姉ちゃん……
ポツリと、不安と恐怖を誤魔化す様にマエラは心の内に姉、シエラの姿を思い浮かべた。
その時だった。
周囲を囲む氷のドームに亀裂が走る。
亀裂は一瞬のうちにドーム全体に広がり、次いで無数の小さな欠片となって霧散した。
砕けた破片が雪の様に降り注ぐぎ、その中に人影が一つ立っていた。
「やあ、お待たせ」
人影、純白の外套を羽織った詩音は優しく微笑みながらマエラ達に歩み寄った。
「さあ、帰ろうか」
◼
「お、来たか」
マエラ達を引き連れた詩音を最初の広間でヴィクターが出迎えた。背後には、檻から解放された子供達が立ち並んでいる。
そして、少し離れた場所には気絶した盗賊団のメンバーがロープで数人一束に拘束された状態で転がっている。
広間に賊の死体等は見られず所々に少し乾いた血跡だけが残っていた。
「悪いねヴィクター、片付け任せちゃって」
「何、気にすんな。手頃な部屋に放り込んだだけだ」
そう言うとヴィクターは背後の子供達の方を振り返る。
「んじゃ、とっととこんな湿っぽい場所からおさらばするか。こいつらも早く家に帰りたいだろうしな」
「賛成。それじゃ皆、並んで並んで。動けない子はいないね。隣の子と手を繋いで離れない様に」
詩音の指示に従って子供達は各々手を繋いで整列する。
そして、列の先頭にヴィクター、最後尾に詩音が付くと、一同はヴィクターの先導で出口を目指して歩き始めた。
◼
最後尾からはぐれ者が出ない様に監視しながら、記憶を元に帰り道を辿って行くと、やがて前方に出口の光が見えて来た。
子供等も外の灯りが見えた事で浮き足だったのか、少し早足に歩を進める。
通路を出ると、新鮮な空気と淡いオレンジ色の灯りが詩音等を出迎えた。外界では既に日は大きく傾き、黄昏の空が大地を覆っていた。
おそらくはあと数刻もすれば、世界は夜の闇に塗り変えられるだろう。
───日没までに出れたか。まあ、良しかな
出来れば日の高いうちに外に出たかったのだが、今回ばかりは仕方ない。
そう思いながら詩音ははぐれた者がいないか子供達の人数を確認する。
───よし、全員いるな
誰一人欠けずに賊のアジトたる古代遺跡から脱出できた。その事実を確認した時だった。
「おーい!」
遠目から、此方に向けられる声があった。
「お、丁度いい。迎えの到着だ」
そう言うヴィクターの視線の先には、数頭の馬とそれに乗る冒険者らしき人物達、そしてそれに護られる様に随伴する大型の馬車の姿があった。
一同は詩音達の側で停止すると、先頭のフルプレートメイルに身を包んだ中年の男が歩み寄って来る。
「君達が手紙をくれた冒険者だね。私は組合から派遣された組合役員兼冒険者のバザルだ」
自己紹介と共にバザルが身分証明代わりの冒険者カードを提示する。
シエラ達を送り出した際、同時に詩音とヴィクターは別の使い魔を飛ばして最寄りの街から冒険者の派遣を依頼していたのだ。
「おう、ご苦労さん。思ったより早かったな」
応じながら、ヴィクターも自身の冒険者カードを提示する。
「知らせを受けて直ぐに出発したからな。それに優秀な道案内もあった」
そう言ってバザルが空を仰ぎ見る。視線の先には詩音達の丁度真上で環を描く様に旋回を続ける鷹の姿があった。
ヴィクターの呼び出した使い魔である。
「私達は拐われた子供達の保護を任されて来た。盗賊に関しては、明日にでも別の冒険者達が荷車を引き連れて到着するだろう。今日の所は我々の中から数名が此処に残り監視する予定だ」
「そうかい。生きてる賊はふん絞ってあるし、まあ大丈夫だろうよ」
ヴィクターがバザル一同とそんなやり取りしていると、
「ねぇヴィクター」
ヴィクターの外套の袖をチョイっと引っ張りながら、いつの間にか最初の様にフードを目深に被った詩音が割って入る。
「報告とか任せていい? 中に取り残された子とか居ないか確認しに戻りたいんだけど」
「ん、ああ、分かった。気をつけろよ」
「うん。それじゃ」
了承を得るや否や、詩音は踵を返して遺跡へと引き返して行く。
その後ろ姿を追いながらふとバザルが溢した。
「ああ。彼だったのか」
「ん? あんた、あいつと顔見知りか?」
ヴィクターの問いにバザルは軽く首を左右に振る。
「いや、私が一方的に知っているだけだ。普段はユリウスの支部に勤務しているのでね。彼は低報酬で誰も受けない雑用の様な依頼も率先して引き受けてくれてね。ランクは低いが、無欲と言うか、勤勉で真面目な子だ。我々としても助かっているよ」
「好評価じゃあねぇか。なら早い所ランクを上げてやってくれ。実力の方も|金剛級のお墨付きだ」
「ほう。分かった。一度上に掛け合って見るよ」
そんなやり取りが行われる一方で────
◼
「えーと……此方か」
詩音は一人、遺跡の内部を練り歩いていた。
ヴィクターと共に歩いたのとは全く違うルートを音を頼りに散策する。
最短ルートを厳選して二十分程歩いただろうか。
「ん」
詩音は何もない通路の真ん中で足を止めた。
その眼前には何の変哲もない石造りの壁。
「んー……」
二、三秒程に壁を見つめながら小さく唸る。
そして、コンコンと扉をノックするかの様に壁を叩くと、
「うん、ここだな」
と言って、両手を壁に当てた。
そして。
「せーのっ!」
強く、全身で押し込んだ。
次の瞬間、一見一枚壁に見えた石壁の一部、横三メートル半、縦に二メートル程の範囲がゆっくりと動き始めた。
壁かと思われた石造りのそれは、その実、長方形の回転扉。裏表が反転する様に百八十度稼働する。
そして、扉の向こうにやって来た詩音が見たのは、重く頑丈そうな両開き扉だった。
鋼鉄製の見るからに強固そうなその扉は同じく鋼鉄製の閂と錠によって閉ざされている。
───なんか、いかにもって感じだなぁ
そんな感想を抱きながら詩音は自身の髪を一本、指先で摘まんで引き抜いた。
細く柔らかな銀糸は、魔力を流すととたんに針金の様な剛性を宿す。
詩音はそれの先端を軽く数度曲げると、眼前の錠に空いた鍵穴へと刺し込んだ。
カチャカチャと数秒の物音後、鉄塊の様な重々しい錠は呆気なく閂を解き、扉の封鎖を放棄した。
「さて……」
銀糸を《STORAGE》に放り込み、詩音は左右の扉に手を着くとゆっくりと押し開ける。
部屋の中は一切の灯りがなかった。人の気配はなく、ただ狭苦しい暗闇で満たされている。
詩音が手に持った魔術ランプに魔力を流すと、ガラスカバーの中にオレンジ色の光が灯る。
「イエーイ」
室内を灯りが満たすと、詩音の目に眩い反射光が飛び込んで来た。
正方形の室内には無数の金貨や宝石、装飾品が山の様に積まれたいた。
数えるのでさえ手間な膨大な量の貨幣を前に詩音は微笑を浮かべる。
最初に《反響定位》を使用した時から、これらの存在は把握していた。
部屋を埋め尽くすこれらは盗賊達の収益だ。
人を拐い売り捌いた金、襲撃した村や街、旅人から奪った金。
その総額は一億二億では利くまい。
詩音は周囲に罠の類いが無い事を確認すると《STORAGE》を開いた。
部屋の床に大きな魔法陣が浮かび上がり、黄金の山が吸い込まれる様に消えて行く。
瞬く間に、室内の金品は銅貨一枚も残らず全て詩音の《STORAGE》内に収納された。
ウィンドウを開き、収納された物品を確認する。
収納物の内容は無数の金銀銅貨。その他宝石、装飾品の類い数数多。
これ等に加えて盗賊達の懸賞金も組合から出る事を考えると、今回はかなりの収穫である。
ヴィクターの今回の活躍を加味して、仮に懸賞金を半々の山分けにしたとしてもそれなりの金額が詩音に入って来るだろう。
本来この手の金品は一度組合に報告しなければならない。
その場合、発見した物は組合管理の許、正当な持ち主や遺族を捜索し、可能な限り返品される事になっている。
だが生憎と、詩音は事の詳細を馬鹿正直に報告する程誠実な性格ではない。
報告すれば金品は持ち主の元に返され、例え持ち主が特定できなかったとしてもその他適当な理由をつけて組合が管理する為、持ち主の手元には殆ど残らないのが基本だ。
無論、捕らえた盗賊のメンバーからこの財産の存在は漏れ出る可能性があるが、詩音までたどり着く事はまず無いだろう。
仮に被疑者に挙げられようと誤魔化しなどいくらでも効くし、それ以前に疑われる前に資金洗浄してしまえばいい。
幸い、その辺の融通が効く商売人には心当たりがある。
「さて……」
これ以上待たせては子供達も可哀想なので、詩音は取り零しが無いことを確認すると早々に踵を返した。
開け放たれた扉を抜け、錠を再び掛け、回転扉を潜り、来た道を辿り。
地上の世界を目指して速足に歩を進めた。
◼
「よお、遅かったな。どうだった」
「うん、お待たせヴィクター。残された子は居なかったよ」
平然と詩音は告げる。
勿論その報告は何ら虚偽ではなく。詩音はしっかりとはぐれ子の捜索も行っており、事実詩音の認識出来る限りでは遺跡の中には賊の者以外人は居なかった。
「では、そろそろ出発するとしよう。子供達を出来る限り早く家に帰して上げないとな」
バザルの言葉に詩音はヴィクターと共に同意する。
そこからは早かった。
派遣された冒険者達の誘導の元、子供達は早々に馬車に乗り込み出発の準備が出来た。
そして、いざ出発の直前になると、
「さて、君達はどうする? ユリウスに帰るのならば送って行くが」
バザルからそんな提案が投げ掛けられた。
断る理由も無く。詩音とヴィクターは好意に甘え馬車に乗車する。
「まずは先に保護したと言う子供達を村まで迎えに行く。それなりに時間が掛かるから、君達はゆっくり休んでてくれ」
「ありがとございます」
「礼を言うのは我々の方さ。それじゃ、出発するぞ」
バザルの号令の元、馬車が動き始める。
詩音は徐々に離れて行く遺跡を何とかしに見つめ続けた。
そんな詩音の膝を枕代わりに、緊張の糸が解けたのか、マエラがすぅ、すぅと小さく寝息を立てている。
「お姉……ちゃん……」
詩音は視線を夢の世界に潜り込むマエラに移すと、その小さな頭をそっと、優しく撫でた。




