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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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63話 悲しき魔獣

 積み重なった瓦礫が崩れる。

 崩落した石床の破片を押し退けて、詩音とヴィクターは身を起こす。


「たっく、見た目の割りにやる事が豪快だなお前は」

「見た目の割りにって何さ。これなら確実でしょ」


 言い返し、詩音は赤い外套に着いた土埃を手で叩き落とす。


「確かにそうだが………まぁ、いいか。それでここは?」


 訊きながらヴィクターは周囲を見渡す。

 二人がいる空間はやけに広い空間だった。

 高さは十メル以上あるだろうか。

 上方には詩音が穿ったで穴であろう物がうっすらと確認できる。

 と、そこまで認識すると、唐突に二人からかなり離れた場所に赤い炎が灯った。 

 それを合図とした様に、その左右に新たに二つの炎が燃え上がる。

 そしてまたその左右に。

 さらにそのまた左右に。

 連続で炎が灯っていき、瞬く間に周囲三百六十度を円を描く様に取り囲む。

 どうやらこの炎はこの部屋に仕掛けられた魔術式による物らしい。

 全方位を取り囲んだ魔炎によって部屋全体が照らされる。

 円形をしているらしき部屋は高さも凄いが、広さもかなりの物だ。

 上の部屋の優に三倍はあるか。


「あの部屋に入った時に、真下に広い空間があるのに気付いてね。遮る部屋も無かったから床をぶち抜けばこの通り底までまっ逆さまって訳。多分この遺跡の最下層だと思うよ」

「なるほどな。はぁ、ここまでやるなら事前に説明しろよ。流石にビビったわ」

「こんなので死ぬタマでもないでしょ」


 ため息混じりの苦情を軽く流したその時、


「──□■……□□□■………」


 唸り声が木霊する。

 積み重なった瓦礫の山が弾ける様に吹き飛び、その下からあの魔物が姿を表した。

 獅子と山羊の頭を備えた双頭の合成獣(キメラ)

 詩音によって撃ち抜かれた黒翼から、ボタボタと赤黒い血を垂れ流しながら四つの目で周囲を見渡している。

 そして、二人の姿を視界に捉えた瞬間、再び低く響く唸り声を上げる。


「まぁ、あの落下で死ぬなんて、そう都合良くはいかねぇよなぁ」


 唸る獣と再び対峙し、ヴィクターは槍を構えた。


「だが、此処なら周りを気にする必要はねぇ。加減無しに殺れるってもんだ」


 頷き、詩音も右手の雪姫を握り直す。


「で、どうする? せっかくだし、どっちが先に留め刺すか競争でもする?」


 挑発する様なその言葉にヴィクターもちらりと視線を詩音に向けた。

 両者の視線が交わる。

 

「………前から思ってたが、その演技止めろ。似合ってねぇぞ」

「え?」

「え?じゃねぇよ。演技だろ。そうやって相手の性格に合わせた自分を演じて変に衝突しねぇように距離保ってるんだろうが、俺の前では止めろ。気分が悪い。お前、本当は戦いだ何だに冗談や無駄口を挟み込む(タイプ)じゃねぇ癖に」

「…………」


 その指摘に詩音は少しばつが悪そうに視線を逸らした。見せた反応からは指摘が図星である事が容易に察する事ができた。


「合わせる必要が無いとは言わんが、合わせてばかりじゃお前も疲れるだろ」

「──はぁ……。分かってたなら早く言ってよ。必死に合わせて、馬鹿みたいじゃん」


 詩音はそう呟き、溜息を吐く。


「なら、お遊びは無しだよ」

「ああ」


 二つの双眼が獣に向けられる。

 その瞳に宿った殺意を感じ取ったか、合成獣(キメラ)は後退る様に一歩間合いを開く。


「一応聞くが、六脚熊(ゼクス・ベア)の時みたく話せないのか? 言いくるめられればそれに越したことは無いが」


 視線を向けずにヴィクターが言う。


「無理」


 返答は即座の物だった。

 言われるでもなく、詩音は既に魔物としての聴覚を使い眼前の獣の声を聴いていた。


『タスケ…テ、『タスケテ!』『タスケ…テ』『タス…ケテ!』――――ダレカ、コロシテ!!!』


 酷い物だ。

 無理やり複数の生き物を掛け合わせた所為か、獣は酷く歪だった。

 複数の自我が混ざり合い、自分と他者との境界線が崩壊している。

 自分が自分か分からない。

 自分と他人の違いが分からない。

 曖昧な意識同士は互いに溶け合い、絡み合い、誰でもない何かに成り果てている。


―――――これは助けるのは無理だよなぁ……


「話し合いの余地は無いね。殺すしかないよ」


 合成獣の声は伝えずに、ヴィクターに告げる。

 伝えたところでこの男が慈悲など掛けるとは思はないが、別に伝える必要も無い。

 

「……やっぱりそうかい。んじゃ、遠慮なく狩るとするか」


 槍兵は鋭い双眼を哀れな獣に向ける。

 詩音もそれに続いて雪姫を構えた。

 そして―――

 二影が疾走する。

 詩音とヴィクターは二手に分かれて獣に走り寄る。

 合成獣の方も一瞬遅れて迎撃の姿勢を取った。 

 焔が灯る。

 獅子の(あぎと)が開かれ、火炎の魔弾が放たれる。

 炎弾は直線の軌道を描き、真正面から駆け寄るヴィクターへと迫る。

 だが────


「ゼアッ!」


 声と共に赤閃が走る。直後、膨熱を宿した魔弾はその一閃を境に二つに別れ。

 ヴィクターの左右を抜けて、遥か後方の壁にぶつかり炸裂した。《吸血の魔槍(ヴォルド・ベルグ)》の血刃が、火炎の塊を切り割いたのだ。

 

「へっ」


 槍兵の口許が不敵に歪む。

 今のヴィクターは先程までとは別格である。

 この部屋には気に掛けるべき子供達は居ない。

 故に、周囲に気を配る必要がない。

 その力の全てを《猟る》事に費やせる。


「オラッ!」


 気合いの声が迸り、槍兵は跳躍する。

 朱色の穂先が振り下ろされる。

 頭上から迫る槍撃を合成獣は大きく後方に跳んで回避した。

 そして、空中で再びで獅子の口が開き、炎が渦巻く。

 だが、今度は先程までと様子が違う。炎は四つに分裂し、先よりも小さな火球となってヴィクターに放たれた。

 四方向から火球が迫る。

 分割した事で一つ一つの威力は落ちているようだがそれでも直撃すれば致命傷になり得る砲撃。

 四条の炎が槍兵へと降り注ぐ。

 しかし、次の瞬間────

 大気を揺るがす破裂音が四つ、立て続けに轟いたかと思うと圧倒的エネルギーの塊がヴィクターへと迫る火球の全てを貫いた。

 四の魔球が炸裂する。横槍を入れる様に迎撃された火炎弾は、ヴィクターに届く前に弾け、無意味に大気を焦がす。

 ヴィクターが音のした方に目線を遣ると、詩音の姿があった。

 氷刀地面に刺し、両腕に見たこともない長大な銃らしき武器を抱えている。

 ──ヴィクターは知るまい。

 その銃の名は《AS50》。

 嘗て詩音のいた世界にて最高峰の威力と精度を併せ持った最強の狙撃銃の一つ、人類の持つ技術と殺意の結晶である。

 長大なその身から放たれる五十口径のフルメタルジャケット弾は千五百メートルの距離を隔てて尚、分厚い鉄板を撃ち抜く貫通力を持つ。

 火炎の塊を撃ち砕く事など雑作も無い。

 と、巨銃を構える詩音に向けて新たな害意が疾る。

 放たれたのは炎弾ではなく鋭い氷杭。

 それは、今しがた漸く回復した合成獣のもう一つの頭、獅子の隣に備わる山羊の頭部が放った物。

 迫る氷杭は六つ。

 頭と胸、そして腹を貫く軌道で飛び交うそれ等を、詩音は地面に刺した雪姫を右手で掴み取ると、何の苦もなく打ち払う。

 だが、それで終わらない。

 追撃が来る。

 獣の尾を形成する大蛇。

 その残る五匹の内の三匹が氷杭の軌跡を辿る様に詩音へと伸びる。

 迎える詩音の左腕が振るわれる。

 巨銃 《AS50》の銃口を迫る大蛇へと向け、引き金(トリガー)を絞る。

 再び轟音が三回鳴り響き、銃口から爆炎を迸らせて致死の弾頭が音を振り切って飛翔する。

 三つの鋼と蛇が交錯する。撃ち出された弾丸は全て、寸分の狂いもなく蛇の眉間を穿ち、内包した圧倒的運動エネルギーで以て巨大な頭を吹き飛ばした。

 だが───


「ん」


 異変は直ぐに起きた。

 頭を吹き飛ばした蛇の胴体が、鎌首を上げる様に起き上がったのだ。

 そして、傷口の肉が脈動する様に蠢いたかと思うと、次の瞬間そこから新たな頭が生えてきた。

 残る二つの胴体に加え、上で詩音が斬り飛ばした二匹もまた、同じ様に新たな頭部を生やして元の状態へと回復してしまった。


 ────高性能の再生能力。黒の魔狼(あいつ)と同じか………


 嘗て、妖精達と共に手こずらされた魔狼の姿が脳裏を過る。


「面倒くせぇ、なっ!」


 ぼやきを交えた掛け声と共に紅槍が疾る。

 一息に繰り出される三連。

 だが、疾走と共に放たれた打突に魔獣は既の所で反応した。

 後方に大きく跳び、間合いを開く。結果、ヴィクターの槍撃は合成獣の身体を浅く抉るに留まった。


「▽▼▼▽▽──!!」


 奇声が上がる。

 金属が軋むような鳴き声と共に複数の氷杭が出現し、ヴィクターへと殺到する。

 それは追撃を嫌っての牽制的な反撃。

 その程度の物を喰らう訳もなくヴィクターは跳び退いて回避する。

 しかし、その間に合成獣の身体に刻まれた傷は修復され、何事も無かったかの様に元通りになる。


「ちっ。ちまちま削ってても埒が開かねぇか」


 悪態が零れる。確かに、このままでは闇雲に時間と体力を消費するだけである。

 この合成獣の再生力は異常である。あの能力の前には、ダメージの蓄積や失血による消耗は望めない。

 この魔獣を倒すなら、何らかの方法で回復能力を無効化するか、或いは再生などさせる暇もなく一撃の許に絶命させるしか無い。

 

「……しゃあねぇか。─────シオン!」


 少し離れた位置で銃の弾倉(マガジン)を交換する詩音に向けて告げる。


「少しの間でいい。あれの注意、引いてられるか?」


 問い掛けに詩音は一度ヴィクターに目線を向け、ついで合成獣を見る。

 獣はヴィクターよりも詩音の狙撃の方が危険だと理解しているらしく、常に頭部等の急所の前に蛇を待機させて射線を遮っている。


「………まぁ、出来るには出来ると思うけど、何かあるの?」


 狙撃で即死させるのは手間だと判断しつつ返答する。


「ああ。取って置きだが、上にはガキ共待たせてるからな。早い所終わらせる」


 その返答に詩音はもう一度ヴィクターにチラリと視線を向ける。

 確かにこのまま長引かせるのは得策ではない。


「分かった。任せて」 

「おう」


 詩音の言葉に、全幅の信頼を宿した返答を残し、ヴィクターは次撃の為に備えた。

 大きく後退する。最早槍の間合いですらない。瞬時に離された間合いは三十メートル近い。

 それを見届け、詩音も己が役割を果たす為に行動を起こす。

 雪姫を再び鞘へと納め、巨銃を合成獣に向け、引き金を引く。

 幾度目ともなる豪咆。

 放たれた一発の銃弾は合成獣の頭の一つ、山羊の頭部を狙った物。

 しかし、その一撃は、事前に急所を守る様に待機していた蛇の一匹によって遮れる。

 弾頭は蛇の頭部を有り余る運動エネルギーで吹き飛ばした。しかし、それにより弾の軌道は狂わされ、合成獣の身体を通り越して背後の石壁を抉った。

 

「っち」


 小さく舌を打つ。

 やはりこの距離では、この銃(AS50)の性能を生かし切るのは難しい。

 元よりこの様に開けた場所、それも目視できる程の近距離での使用はこの銃の得意とする所ではない。

 不得意な条件故に生まれる隙を魔獣は目敏く突いて来る。

 次弾発射を阻もうと山羊の頭が氷柱を放つ。

 高速で迫る七つの死棘。

 しかし、砲弾じみた勢いで放たれた氷杭は、詩音に接近するや否や、微細な氷の粒子となって霧散する。

 当然だ。認識できる範囲にある以上、あらゆる水が詩音に隷属する運命にある。

 それがスキル《氷雪の支配者》の能力。

 例え他者の魔力で紡がれた攻撃であろうと、水である以上は詩音の支配下に置かれる。

 

「Syaaaaaa!!」


 次が来る。

 氷撃を無力化されたと理解するや否や、合成獣は自身の()を詩音にぶつけようと走らせる。

 七つの(あぎと)が、詩音を咬殺せんと牙を剥く。

 先駆けの三匹を大きく横に飛んで回避する。だが、逃がしはしないと残る四匹が取り囲む様に詩音へと襲い掛かる。


「──権能、解放(トリガー・オン)


 言霊が響く。

 世界に干渉する二節の呪文が紡がれ、詩音の右手の氷剣が形を成す。

 斬る為に研ぎ澄まされた凍刃は次いで四つに別れ、貫く為の矢へと在り方を変える。

 それと同時に左手の巨銃が青い光子となって霧散し、代わりに《STORAGE》から新たな武器が引き出される。

 巨銃と入れ替わる様に詩音が取り出したのは黒い長弓。魔物の骨から削り出したその弓に銘は無い。

 シャルロットが基礎を造り、それを詩音がより合理的に敵を殺せる様に調整した無銘の黒弓。

 魔弓に四本の氷矢を全て番える。


「フッ──」


 限界まで竜の鬣を紡いだ弦を引き絞り、瞬時に呼吸を整えた詩音は扇状に装填した四矢を同時に放つ。

 薄暗い空間の中、青銀の軌跡と蛇牙が交錯する。

 射られた氷矢の威力は先の巨銃の弾丸にも劣らない。

 岩石すら撃ち穿つ魔弾は四つの蛇頭を同時に貫き。

 直後、閃光を伴って炸裂した。

 肉片と血が飛び散り、蛇の頭が吹き飛ぶ。

 ───無論、ただ頭を潰しただけではない。


「■□──!!!!」


 違和感に気付いたか、魔獣の本体から唸声が上がる。

 蛇の頭が再生しない。

 肉が吹き飛び、骨まで露出した傷口。その表面が固く凍りつき、再生を阻害している。


「やっぱり再生持ちにはこれが効く」


 そう呟く詩音に、魔獣が吠える。

 獅子の口内に魔炎の砲弾が形成される。只人ならば十数人を纏めて消し炭に変える凶炎。

 しかし、その炎が解き放たれる直前で、


「───凍権、解放(セット)


 再び、先とは異なる二節の詠唱。

 それを呟くや否や、詩音は軽やかな音を立てて腰の白鞘から竜鱗刀 《雪姫》を引き抜いた。

 直後、雪姫の淡く透けた刀身が冷気を纏う。

 大気が凍る。

 比喩例えの類いではなく、雪姫から放たれる冷気によって部屋の気温が大きく低下する。

 その異常に獣は本能で危険と判断したか、発射直前まで圧縮した炎を霧散させ、詩音から間合いを取ろうと身を屈めた。

 だが遅い。

 合成獣が跳躍する前に、詩音は逆手に握った雪姫を石の床へと突き立て言い放つ。


「凍れ──雪姫」


 瞬間、硝子が砕け散る様な硬質な音が鳴り響く。

 突き立てられた雪姫を中心に、青い光が衝撃波と共に高速で合成獣へと疾る。

 その光に触れた石床と合成獣は、瞬時に凍結した。

 獣の四足は氷によって床と一体化し、獅子と山羊の頭だけを残して凍り付く。

 竜の鱗から作られた雪姫は刀としての特性とは別に魔力の行使を補助する《杖》としての側面も併せ持つ。

 異常なまでの魔力伝達率を持つ雪姫は、詩音の魔力をその内部で循環、増幅させ、魔獣を瞬時に束縛する氷の枷を作り出したのだ。

 そして、


「───さてと」


 白い息を吐きながら呟き、自分の役目はここまでだと言う様に口を開く。


「もういいでしょ、ヴィクター?」

「──ああ、充分だが」


 遠く、遥かな距離を隔てた場所から声が返る。

 そこには、強大な魔力を放ちながら、必殺の構えを取る槍兵の姿があった。

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