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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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62話 異形の獣

 蹴り出されていなければ、ヴィクターも巻き込んでいたであろう炎球の直撃を受けて、詩音の身体は炎を纏いながら吹き飛び、部屋の壁際に積まれていた鉄檻に突っ込んだ。


「シオン!」


 体勢を立て直し、ヴィクターは叫ぶ。

 しかしその視線は直ぐに炎が飛来した方、魔力の残留らしき濃霧の方向へと向けられた。

 そこには獣がいた。害意と敵意を垂れ流す狂気の獣。

 全長は凡そ六メートル。その胴は毛皮と筋肉に覆われた巨大な獅子。なれば頭部も当然獅子の物。しかし、鬣に囲まれたその頭の隣には、長大な捻れた角を備えた山羊の頭部が繋ぎ合わせた様に存在している。  

 背中には鴉を思わせる漆黒の翼が一対あり、尾は一本ではなく七本。その全てが硬質な鱗に覆われた大蛇であり、細長い舌を伸ばし獅子、山羊と同じく凶暴性を宿した瞳でヴィクターを見ている。

 

「こいつはっ……!?」


 継ぎ接ぎだらけの明らかに真っ当な魔物ではない怪物にヴィクターは驚愕の声を上げた。

 直後、怪物が獅子の方の口を大きく開いた。魔力が収束し、その(あぎと)の中に焔が溢れ、渦を巻いて球形を形作られたかと思うと、低い咆哮と共に撃ち出された。

 猛烈な勢いで飛んで来るそれは中位、場合によっては高位の攻撃魔法にも匹敵する魔力を内包している。

 飛来する火炎弾をヴィクターは右に飛び退き回避する。かなりの高速ではあるが、この程度ならばヴィクターの速力であれば十分対処できる。

 標的を外した炎弾が壁にぶつかり炸裂する。炎と土煙が舞い上がり、衝撃が破壊された壁の瓦礫や周囲の鉄檻を吹き飛ばす。


「っ!」


 爆風に身を煽られヴィクターの姿勢が崩れる。その隙を突いて、二本の蛇が飛び掛かる。

 ヴィクターは反射的に石畳を蹴ったが、体勢が悪い分蛇達の方が速かった。鋭い牙が無数に並んだ顎で槍兵の右腕と腹部に喰らい付き、その勢いのまま壁に叩き付けた。


「ぐっ……かっ……!」


 背中を強かに打ち付け、息が無理やりに吐き出される。

 身体を壁に張り付けにしながらも、蛇は顎の力を一切緩める事なく、寧ろ更に力を強め、牙がヴィクターの腕の肉に食い込み血を滲み出す。

 

「くそっ……この馬鹿力が……!」


 二頭の蛇を振り払おうとしながら悪態を吐くヴィクター。その眼前で、再び獅子の口に魔力が収束する。


「やっべ……!」


 魔力が炎に変換され、再びあの火炎弾が形成される。しかし、二頭の蛇が力を弱める気配はない。このまま蛇共々ヴィクターを吹き飛ばすつもりの様だ。

 咄嗟にヴィクターは「守り(ファクター)」のギールを刻もうと指先を走らせる。が、結界が完成するより先に、氷の短剣が獣に飛来した。

 銀の軌跡を描く短剣は解き放たれる直前だった火炎弾を貫き、獅子の口内で炸裂させる。


「■□■■□■□□□■──!!!!!」


 爆音に混ざり、獣が咆哮を上げる。

 それは驚愕、或いは苦痛の叫びの様だった。

 爆風が押し寄せ、視界がつぶれる。次いで、二筋の剣閃がヴィクターの腕に喰らいつく蛇共に走った。


「□■!」


 短く細い悲鳴らしき声が二つ零れ、一対の蛇の首が跳ねられた。 

 力を失った蛇頭がぼとりと地面に落ちる。


「ヴィクター、無事?」


 薄れ始めた埃の中から、案じる声が聞こえてくる。


「ああ……助かったぜ、シオ」


 声に応じながら顔を上げるヴィクターだったが、視界に映った詩音の姿を見て言葉を詰めた。


「ごめん、あの子達の安全確保で遅くなった」


 氷剣片手に平然と報告する詩音の身体には、何らかの防御策を講じたのか負傷は見当たらない。

 ただ、無傷なのは身体のみで。

 その身を包む衣服は、当然ながら強烈な魔力弾の熱と衝撃の直撃を受けており。

 必然、著しく破損してぼろぼろになっていて、それはもうかなり際どい部分まで柔肌が曝されてしまっている。

 当の詩音は全く気にしていない様で、ヴィクターの反応に不思議そうに小首を傾げる。


「どしたの?」

「どうしたじゃねぇよ! なんつう格好してんだ馬鹿!」


 語気強めに叱りつけながら、ヴィクターは己の外套を脱いで、詩音に被せた。

 

「え? ん? え~と……ごめん?」


 何故叱られたのか分からないと言った様子の詩音に「早く袖通して前も閉めとけ」と更なる怒声が飛び、詩音は慌ててぶかぶかの外套を羽織る。

 詩音の纏う衣服は、スキルによって魔力を物質化した物の為、例え破損してもまた魔力を編めば即座に元通りになるのだが、この場でそれをするのは少しばかり不自然だろうと思い至り、詩音はヴィクターの気遣いに甘んじる事にした。

 

「たく。もう少し自覚っつう物を持てってんだ」


 そうぼやきがらヴィクターは紅の愛槍を軽く払う。と槍の柄からまるで生き物の様に赤い血液の帯が二本伸びる。

 血の帯はヴィクターの負傷した腰と腕に巻き付いたかと思うと、直ぐにほどけて逆再生の様に槍へと吸い込まれて行った。その一連の動作が槍による治癒機能だったらしく帯が退いた後、蛇の牙によって刻まれた傷は跡形もなく消えていた。


「で、お前は平気なのか?」

「問題無いよ」

「意外に頑丈だな」

「まあね。それより」


 詩音は唸り声を上げる怪物の方へと視線を向ける。

 至近距離で爆発の直撃を受けて尚、怪物は健在だった。


「蛇の尾に山羊と獅子の頭に胴体。……合成獣(キメラ)って奴か」


 霧散していく魔力炎の中で佇む獣を見据え詩音は呟いた。


―――HAL(ハル)、《魔力感知》の権限をシステムに委託。情報と解析結果を提示。


 直ぐ様、詩音の脳内に無機質な声が響く。


『―――取得情報提示。《合成獣(キメラ)》。エネミーランクA相当。神代種《融合獣(キマイラ)》を再現する為に魔力によって産み出された人造合成生命体。彼の個体はBランク相当の《魔力耐性》を保有していると推察』


 Bランク相当の《魔力耐性》。つまりあの《合成獣》に対するはBランク以下の魔法・魔術はその効力、威力を大幅に削減されてしまうという事。


「ヴィクター、《魔力耐性》がある。魔力攻撃は効果が薄いみたい」


 得た情報をヴィクターと共有する。

 魔力が効かない。それはつまり、魔法による遠距離爆撃も魔術による束縛も意味を為さないという事。

 しかし、その厄介な報告を受けて尚、


「ほう。そいつは珍しい」


 槍兵は慌てた様子もなく呟く。


「つまりはあれだな。単純に突き殺せば良いって事だ。実に単純で俺好みだ」


 その言い様に詩音は思わず苦笑を溢す。

 と、再び魔力が収束する気配があった。合成獣の獅子の口に見る間に火球が形成され、ヴィクターと詩音目掛けて猛烈な勢いで放たれる。

 迫る火炎が詩音を傷つける事は無い。どれほど強力な魔弾であれ、純粋な炎であるのなら詩音のスキルの前には無力。せいぜいが身体の表面を覆う魔力の鎧を剥がす程度だ。

 しかし、ヴィクターの方はそうはいかない。如何にAランクの冒険者といえど生身の人間であるヴィクターがあの一撃を受ければ只では済まない。

 そう思い、詩音は一歩前に出ようとする。しかし、それよりも先に、ヴィクターは自らが前に躍り出た。

 詩音を庇うように前進したヴィクターの口許には、何時もの不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「おらよ! 大盤振る舞いだ!」


 魔槍の石突きが床に突き立つ。

 と、その槍身から夥しい量の血が意思を持つ蛇の様に飛び出した。血液の蛇は瞬時にその形を変え、詩音とヴィクターの前で巨大な陣を描く。

 それは魔力を帯びた膨大な血によって造られた深紅の防壁。

 火炎と血盾が激突する。

 爆熱を撒き散らし、魔物の魔弾が炸裂する。

 肌を焼く熱風が二人の体表を撫でる。だが、それだけ。高位魔法にも匹敵する炎の塊は、ヴィクターの朱槍より生み出された血の盾の前にその殺傷能力を完全に無効化させられた。


「便利だね、その槍」

「今のは血の消費が激しいがな。あれの吐息くらいなら防いでみせるさ」


 霧散する血盾の向こうに合成獣の姿を捉えながら、ヴィクターは唸る。

 合成獣の方は、攻撃を防がれた事に多少なりとも警戒心を抱いたか、血走った双眼で二人を睨み付けながら距離を保っている。


「ガキ共の方は?」


 ヴィクターの視線が獣から部屋の隅へと移す。と、先程マエラ達を隠れさせた場所に何やらドームが出来ているのが目に入る。

 子供達を取り囲む様に展開された半球を形成するのは微量の魔力を帯びた氷。

 その正体は直ぐ、隣の詩音の口から告げられる。


「一応壁は作った。でも万全って訳じゃない」

「ふぅん……。となると、どうしたもんか」


 再び視線を獣に戻し唸る。

 

「………ヴィクター、しばらくあいつの相手頼める?」

「ん? ……そりゃ構わねぇが。なんだ、なんとかなるのか?」

「なんとかなる、って言うかなんとかするしかないでしょ。対人戦はともかく、対魔獣は君の領分だろ。なら僕はせいぜい君が存分にやれる様にお膳立てするよ」

 

 そう言う詩音の表情は少しばかり面倒くさそうだ。


「──そうかい。なら任せな。あれは俺が引き付けといてやる。そっちは任せたぜ、シオン」


 わしゃわしゃと、ヴィクターの手が詩音の頭を乱暴に撫でる。


「ちょっ、雑」


 頭上の手から逃れ、詩音は、


「じゃあ、任せたよ」


 と言って後退する。

 ヴィクターは背中越しに「おう」と短く応じてから意識を前方の魔獣に集中する。

 交錯する二つの眼光。

 ヴィクターと合成獣。二頭の獣の距離は約八メル。

 

「フ──」


 それは笑いだったのか。

 久方ぶりの強敵との戦闘を前に、槍兵は口元を吊り上げて疾走した。

 血の魔槍を構え、突風となって超走するヴィクターを、合成獣も爆走を以て迎え撃つ。

 大振りのナイフを思わせる爪が振るわれる。人間など、苦もなく肉片に変える凶爪。

 空気を截断しながら迫るそれを、ヴィクターは大きく跳躍して躱すと、すれ違い様に魔槍を薙ぐ。直前、槍は主の意思に従って穂先に斧を思わせる形の血刃を纏う。

 鋭く重い刃は赤い軌跡を残して疾り、獣の背の肉を削ぎ落とした。


「■□□■□□□■■──!!」


 苦痛の咆哮が響く。

 合成獣は削がれた背中の傷から血を振り撒きながら、空中で身を翻しヴィクターに対峙する形で着地した。


「やっぱり四足なだけあって身軽だな」


 ヴィクターも地に足を着き、魔物に向き合う。

 その敵意を剥き出しにした瞳を見てヴィクターはほくそ笑む。


───いい具合に引けたな。


 と事の上々ぶりに満足するヴィクターだが、次の瞬間魔物の身に起きた現象には僅かに目を見張った。

 肉を削ぎ落とした背中。血が溢れるその傷が、見る間に塞がって行く。


「自己再生? また厄介な物を」


 ぼやく間にも合成獣の傷は再生していき、直ぐに元の状態へと巻き戻る。

 そして、修復が完了した直後、今まで獅子頭(ししがしら)の隣で控えていた山羊の頭が動く。

 短い鳴き声が上がり、その前方で魔力が氷結する。

 生み出されたのは幾本もの鋭い氷柱。

 針の様に尖った先端をヴィクターに向けて氷の弾丸。

 

「ッラア!」


 迫る氷弾は十五。

 その全てをヴィクターは気合いの声と共に手にした朱槍で叩き落とす。

 そして、氷片が宙を舞う最中、槍兵は再び地を蹴った。

 間合いを猛烈な勢いで詰める。

 迫る敵を迎撃せんと、再び山羊の口から氷柱が放たれた。それを見てヴィクターは再び槍を振るう。

 穂先を地面に突き立て、そこを支点に槍のしなり活かして棒高跳びの様に跳躍する。

 迫る氷柱を遥かに飛び越え、そのまま魔獣の頭上に躍り出たヴィクターは空中で身を翻し、気合いの声と共に魔槍を振り下ろす。

 空中と言う不安定な領域から放たれたにもかかわらず、打ち落とされる槍の速さは地上での物と比べても全く劣らない。

 超速で落ちる槍打はまるで巨人の一撃。それが、山羊の頭を容赦なく打った。


「▼▽▼▼▽▽▽!!!」


 耳障りな悲鳴。

 次いで、頭蓋を殴打された山羊の頭が力なく垂れる。潰れていない以上生きているのだろうが、その意識は暫くの間、暗闇の中をさ迷う事だろう。

 肉を削ごうが再生する回復力。しかし、その力は肉体の再生に限った話。

 喪失した意識までは戻せまい。

 

「□■■□■■──」


 相方のダウンで本格的に怒り出したのか、獅子の口かろ唸り声が零れ、今まで以上に牙を剥き出しにする。

 向けられる敵意を平然と受け流し、ヴィクターは更なる一撃の為に穂先を上げ──────


「───ん」


 不意に、何かに気付いた様に声を溢した。

 穂先が落ちる。

 突撃の為に取られていた構えが解かれ、平然とした声が飛ぶ。


「なんでぇ、思ったより仕事が速いな。もちっと楽しんでからでも良かったんだが」

「酷いなぁ。人がせっかく大急ぎで仕上げたってのに」


 返るのは少し陽気な、少女のような声。

 槍兵の視線の先、合成獣の後方に紅の外套を纏った詩音は立っていた。

 手には、そら恐ろしい程に麗美な氷色の魔剣、雪姫が握られている。

 魔獣は新たな敵の参戦を認識したか、獅子の口から咆哮を轟かせる。

 音圧が肌を撫でるのを感じながら、詩音はその手に握る雪姫の鋒を地面に向けてゆるりと掲げ、


「さあ、河岸を変えようか」


 強く、石畳の床へと突き立てた。

 同時に青い光と衝撃波が剣を伝って床を叩く。

 衝撃は亀裂となって床を這う。

 亀裂は一ヶ所からではない。

 いつの間にかヴィクターと合成獣、そして詩音を取り囲む様に床の要所要所に突き立てられた十本以上の氷剣。

 それら全てから亀裂が広がり、円形に三名を囲む。


「■□□■!!!」


 獣は危険を察したか、叫びと共にその場から飛び退こうとしたが、一歩遅い。

 次の瞬間、亀裂の走った床全体が陥没するように崩れ、巨大な穴を穿つ。

 地面が崩れ落ちれば、その上に立つ者も共に落ちるのが通り。

 魔獣と槍兵、そして殺人鬼は全員揃って漆黒の穴へと吸い込まれる様に落下する。


「□■■■□□□!!!!!」


 しかし、獣はそれを拒絶する。 

 背中の一対の黒翼を広げ、その巨体を浮遊させる。

 だが、そんな例外をあの男が赦す訳が無い。

 広げた両翼を銀色の閃光が貫く。合成獣の落下を食い止めていた翼は、漆黒の弓を手にした詩音によって呆気なく射抜かれたのだ。

 根元から貫かれた黒翼は、矢の勢いにより千切れ飛ぶ。

 これで皆、等しく無力。

 三者は重力に従順に、暗い穴の中へと落ちて行った。

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