表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
58/120

55話 夜営

「さてと、明日は明け方に出る。早いとこ休んだ方が良いな」

「そうだね」


 綺麗に食いつくされたハーブラビットの骨をかたずけ終えるとヴィクターが言った。


「夜番は三時間くらいで交代だな」

「りょーかい。じゃあ最初は僕が。ヴィクターは先に休んでて」


 《雪姫》を片手に詩音がそう告げる。

 しかし、ヴィクターはそれに異議を唱えた。


「おーっと、そうはいかねえぞ。先に休むのはお前だ、シオン」


 詩音と同じ様に紅に染まった愛槍を片手に引き止める。


「え、なんで?」

「お前さん初手を譲れば、そのまま朝までぶっ通しで番するつもりだろう」


 その指摘に詩音は乾いた笑みを浮かべて応じる。


「マサカ、ソンナコトシナイヨ」

「嘘が下手なのか? それとも隠す気が無いのか?」

「さあ、どっちでしょう」


 誤魔化す為にふざけ混じり対応をする詩音をヴィクターは若干の凄みを混ぜた双眼で睨みつける。


「…………はぁ。分かった分かった分かりました。じゃあお言葉に甘えて先に休ませてもらいます」


 これは何を言っても引きさがらないだろうと判断して、詩音は両手を上げて降参の意を示すと、紅の槍兵は満足気な表情で言った。


「それでいい。さっさと寝ろ」

「でも、そっちもこのまま朝まで見張りを続けようなんて思わないでよ。ぴったり三時間で起きるからね」


 詩音がそう念を押すと、


「ああ、心配なら肩貸してやろうか? それなら爆睡してても直ぐに起こしてやれるぞ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ヴィクターは自分の直ぐ隣の地面を指差してそんな事を言った。

 無論、それは軽い冗談のつもりだった。

 だが、


「あ、それ良いね」

「は?」


 詩音は髪を束ねていたリボンを外しながらヴィクターの隣で腰を下ろした。


「うん。悪くない」


 細い体をヴィクターの身体に預けながらそう告げる。

 

――――おいおい、マジかよ


 ほんの軽口のつもりだったヴィクターは、まさかの詩音の行動に内心で動揺していた。

 そんな胸中の揺さぶりを感じ取ったのか、詩音は顔を上げ、見上げる様にヴィクターの方を見てきた。


「ヴィクター、どうかした? あ、重かったかな?」


 少し不安そうにそう訊ねて来る詩音。

 その異様に近い距離感と躊躇いの無さに、一瞬誘惑でもされているのかと思ったヴィクターだったが、見上げて来るその蒼い瞳には何の情欲も劣情も見られなかった。

 恐らくは詩音に先程ヴィクターが冗談で出した提案以上の意図は欠片も無いのだろう。

 それに気付いたヴィクターは大きく溜息を零した。


「別に重かねぇよ。ただ、無闇矢鱈と男にこんな事にするんじゃねぇぞ」

「? なんで?」 


 心底から言葉の意味が解らない様子の詩音にヴィクターはもう一度溜息を零した。


「もう良い。早い所寝ろ」

「うん、おやすみ」

  

 ヴィクターの内心のあれこれ等全く意に介さずに、詩音はぴったりとヴィクターに寄り添ったまま、瞼を閉じた。


  ◆


 ヴィクターが見張りを始めてから二時間弱が経過した。

 夜の森は不気味な程静かで耳に入るのは焚火の中で薪が小さく爆ぜる音と寄り添って眠る詩音の寝息だけ。

 それ以外には草木の揺れる音すら聞こえない。

 静寂の闇空の下で、ヴィクターは焚火に薪をくべる。

 槍を肩に担ぎ、無言のまま揺らめく炎をぼうっと見つめる。

 しかし、その意識は四方八方を隙無く警戒している。 

 冒険者をしていれば夜営野宿の類は日常茶飯事。

 おちおち寝てもいられないような場所では一晩一睡も出来ないなんてザラだ。

 先ほどヴィクターは「一晩中見張り役をしていそうだから」と言う理由で最初に詩音が夜番をする事に反対したが、実の所ヴィクターも詩音が自力で起きなければ日が昇るまで番を請け負うつもりだ。

 もしそうなれば、この腕の中で横になる少年(暫定)は怒るか自己嫌悪に陥るだろうが、その様はきっと愉快で可愛らしい事だろう。

 そんな事を思いながら、自分の肩に頭を預けて凭れ掛かる形で寝息を立てる詩音に視線を向ける。

 「おやすみ」と言ってから一言も発していない。

 どうやら素直に夢の中に潜り込んだ様だ。

 眠る時も刀を手放さない辺り、野宿に慣れていると言うのは事実なのだろう。

 だが、それでも寝袋くらいは持ってきてやるべきだったかと思ってしまう。

 兄貴の性か、自分はどうも年下相手になると色々甘くなってしまう部分がある。

 その悪癖じみた性格を自覚してヴィクターは一人苦笑を零しながら、眼下の白銀の髪を優しく撫でた。

 

「にしても……」


 零れた呟きは半ば無意識の物。 

 詩音の頭からつま先までを流し見て、納得し難いとばかりに心の中で続きを口走る。


 ───こいつ、本当に男なのかねぇ。


 男だと語る時の詩音から、虚言欺瞞の類いは一切感じられなかった。

 しかし、コートの袖から覗く腕は華奢で、薄い生地の袖無しシャツに包まれた身体はなだらかに丸みを帯びている。

 こうして密着していても、伝わってくるのは、心地よいまでの柔らかさだけで、男のごつごつとした硬い感触は全く感じられない。

 シャツの上からでもなだらかな曲線を描いているのが解る腰は容易く折れてしましそうな程細く、焚火の灯を淡く反射する白銀の髪に関してはまるで最高の職人が丹念に作り上げた最上級の銀糸の束の様。

 半ば無意識に、指先を詩音の左手に伸ばす。

 自分の物よりも二周り程小さい手をそっと取り、細い指を優しく撫でる。

 この世の一切の汚れを知らない新雪の様な肌はとても滑らかで柔らかい。

 形成するありとあらゆる要素が、男のそれとは余りにも掛け離れており、素直に先のシオンの言葉を信じる事を躊躇わせる。

 現に冒険者の中には他人に舐められない為に男として振舞ている女も居ない訳ではない。

 ならばひょっとすると──────


「なに?」


 不意に、眠っていると思っていた詩音が声と共に瞼を開けた。


「ん、なんだ。起きてたのかよ」

「こんな風に手撫でられたら誰だって起きるよ。くすぐったい」


 蒼い瞳をヴィクターに向けながら抗議が飛ぶ。

 薄く微笑んでいる辺り、怒ってはいない様だが取り敢えず「悪い」と一言謝罪する。


「僕の手がどうかした?」


 詩音はコテンと首を傾げる。

 その仕草は余りにも似合っており、ヴィクターはつい「そんなんだから男だって言われても信じられねぇんだよ」と口にしそうになる。

 が、それを口にすれば数刻前の問答の再来となるだろう。

 三度目ともなれば、詩音もいよいよ本気で機嫌を損ねるかもしれない。


「別に。悪いな、起しちまって」


 誤魔化し、再びの詫びを入れる。


「そう」


 気にしていないように返しながら詩音はヴィクターに預けていた身体を僅かに起こした。

 途端にヴィクターが口走る。


「まだ交代まで時間がある。もう暫く寝てていいぞ」

「大丈夫。起きたついでに代わるよ。ヴィクターの方こそもう休んだら?」

「はん、そう来たか。生憎と俺の方もその心配は無用だ」


 そう言ってヴィクターは右手で新しい薪を二、三本焚火に放り込む。

 薪の弾ける音だけが場を支配する。  

 それと同時に、ヴィクターは左腕を詩音の肩に回して立ち上がるのを阻止した。

 揺らめく炎光に照らされながら二人は暫しの間無言を貫いていたが、やがてヴィクターがなんと無しといった様子で口を開いた。


「なあ、シオン。お前さんなんで普段顔を隠してるんだ?」

「ん? どうしたの急に?」

「いや何、折角二人揃って起きてんなら、ちょいとばかし駄弁ってもいいかと思ってな」


 「要は暇つぶしだ」とヴィクターは言った。


「まあ、勿論答えにくい理由なら無理に聞かないがな」

「いいや、別に。そんな大層な理由は無いよ。ただ、初めてユリウスの街に来た時、やけに周りの人達が視線を向けてくるのが気になってさ。どうも僕の髪が珍しいみたいだったから、それを隠す為にね」

 

 告げられた理由は妥当な物だった。

 冒険者とは顔を売ってなんぼな部分があるのは確かだが、それは別に鉄則ではない。

 当の本人が目立つのが苦手なのであれば、顔を隠すという選択を取る事も十分にあり得る。 

 

────まあ、こいつの場合、視線を集める理由は髪だけじゃねぇんだろうがな。


 理由に納得しながらヴィクターは内心で呟いた。

 詩音は銀髪が珍しいから周りの人間は注目して来ると思っている様だが、実際の所、視線を向けていた奴らは、《珍しい銀髪》ではなく《珍しい銀髪の美少女》を見ていたのだろう。

 美形美人揃いのあの妖精族の一団の中に居て尚、見劣りしない美しい少女。

 視線を向けてしまうのも仕方ない。

 ヴィクターも、もし何も知らずに街中で詩音とすれ違いでもしたならば、思わず歩みを止め、振り替えってその姿を眼で追ってしまうだろう。

 それほどまでに、目の前の少年は可憐で美しい。

 尤も、当の本人はそんな自覚は一切無い様だが。

 そうでなければ、こんな人気の無い場所で男の自分を前に、これ程までに無防備に身を寄せては来ないだろう。

 今の状況など、ヴィクターがその気になれば容易くその身を押し倒し、華奢な身体を暴いて好き勝手出来てしまいそうだ。


「………確かに、お前さんは顔を隠しといた方がいいかもな」

「あ、やっぱり目立つんだ。この髪」


 あくまで周りが注目しているのは自分の「髪」だけだと思っている詩音の発言にヴィクターは小さく溜飲を溢す。

  

 ───こりゃあ、あの火妖精(サラマンダー)土妖精(ノーム)の二人は心配でたまんねぇだろうな……。


 一団の保護者的な存在である赤髪の青年と茶髪の青年の姿を脳裏に浮かべながら内心で同情する。

 こうも自身の事について無自覚な奴も珍しいと若干呆れていると、

 

「ねぇ、今度は僕からも質問いい?」


 詩音がぽつりと言った。

 

「なんだ? 言ってみろ」


 質問の内容を促すと、詩音は視線をヴィクター本人からその肩に立て掛けられた朱色の槍へと移す。

 装飾の類いは見られない。ただ戦う事に特化した無骨な長槍。

 華やかさは無いが、その有り様から並々ならぬ存在が感じられる。


「その槍はさ、所謂《魔槍》の類いだろう?」


 《魔槍》。それは組合(ギルド)が定めた武具の性能を表す序列、武具階級(アームズ・ランク)に於いて、Aランクという最高位のランクを与えられた槍を示す名称である。

 神代の力が宿る《神器》に次ぐ一級品。ヴィクターの槍はその類いだ。

 詩音の指摘にヴィクターは「ああ」と頷いてから座ったまま片手で器用に長槍を弄ぶ。


「ご名答。《血喰いの槍(ヴォルド・ベルグ)》。師匠からの貰い物でな」

「ふーん。さっきの吸血(あれ)もその槍の能力?」

「ああ、こいつは吸血の魔槍だ。血を吸えば吸う程こいつの刃は鋭くなり、同時に魔力も吸い上げて貯蓄する。他にも使い方は色々あるが、取り敢えずそれがこいつの基本的な能力だ」

「へぇ」


 興味深そうに詩音は唸る。

 その様が、何処か年相応に子供っぽくて思わずヴィクターは笑みを溢した。


「そこまでの一級品は早々お目にかかれる物じゃないや」

「はん。何言ってやがる。それを言うならお前ぇの抱えてるその刀。そいつだってどえれぇ代物だろうが」


 視線を詩音の抱える純白の長刀に向けて口走る。

 白塗りの施された鞘に収まる流麗極まる打ち刀。《雪姫》もまたヴィクターの《血喰いの槍(ヴォルド・ベルグ)》と同等以上の存在感を纏っている。


「そんな化け物携えてる奴見たのは師匠以外じゃお前が初めてだ」

「ふふ、腕利きの鍛治師の力作だからね」

 

 傍らに寝かせた雪姫の鞘を指先で撫でながら詩音は桃色の髪の少女の姿を思い浮かべる。


「ああ、いい腕してやがる。剣を見ただけで積み重ねた研鑽に経験、そして内に秘めた才覚まで伝わって来る」

「眼が良いんだね、君は」

「そりゃあ、それなりに積むべき物は積んで来たからな。物や人を察る眼には多少の自信がある。だが、それだけじゃねぇ。鍛えた奴の腕が良いからか、元となった素材が一級品だからか、はたまたその両方か。自身を打ち上げた刀匠が、何を想って、どんな思いを込めて刀身を作り上げたのか。お前さんの剣は雄弁に語り掛けて来やがる」


 ヴィクターの言葉に詩音は「なるほどね」と納得したように呟く。

 再び、沈黙が場を支配する。

 相変わらず二人が口を閉ざせば、残る音は薪の爆ぜる小音のみ。

 それすらも、周囲に広がる無音の世界に呑まれて行くかの様に、次第に収まり軈ては完全な静謐が二人を包み込んだ。

 だが、二度訪れた沈黙を、一度目と同じ声が破る。


「──ところでようシオン」


 名を呼ばれ、詩音は視線をヴィクターに向ける。


「質問ついでにもう一つ答えてくれねぇか?」 

「うん、何?」


 木枝を使って殆ど炭と化した薪を崩しながら、詩音は質問を促す。

 ヴィクターはほんの一拍の間を置いて。

 

「───てめぇ、あのガキに賊共を殺させようとしたが、一体どういう腹だ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ