49話 盗賊狩り
車輪が回る音と馬の蹄が地面を叩く音が薄っすらと明るい川辺に響く。
「───マジで居やがった………」
背の高い木の枝の上でヴィクターは呟く。
その視線の先には、川沿いを行く馬車の姿。
大き目の車体を四頭の馬に引かせ、更にその後ろには布製の天幕を備えた荷車が牽引されている。御者の操作で一定の速度を維持して進む馬車の周りを囲む様に六人の見張り兼護衛役らしき軽鎧を身に着けた男達が同伴している。
「あの子の言ってた事は正しかったみたいだね。獣は人間と違って嘘を吐かないから良いや」
ヴィクターと同じ様に枝の上から馬車を見下ろしながら詩音は言った。
馬車の荷車には、縄で拘束された子共の姿が見える。
目下の集団が九分九里目当ての盗賊団 《グリズリー・ハング》と見て間違いない。
――――ん?
不意に、詩音の視線が馬車に引いかれる荷車の車輪に向けられた。
四つ取り付けられた内の、後部右側の車輪に破損とそれを修理した痕跡が見られた。
破損跡から壊れた原因は経年劣化、修復されたのはほんの二、三日前である事が読み取れる。
「どうする、取っ捕まえ本拠地吐かすか? それともこのまま泳がせて後を追うか」
問いかけられ、詩音は視線を車輪から一団全体に戻して応じる。
「そうだねぇ……。今捕まえても、子供達をどうするって話になるし、ここは後を着けた方が利口かな」
「んじゃ、暫くは様子見と行く……ん?」
不意に言葉を切る。
その視線の先で、今まで一定の速度を維持していた馬車が唐突に停車した。
なんだ? とヴィクターが小首を傾げる。
とほぼ同時に、荷車の方から盗賊団の一員らしき男が一人降りてきた。そして、ドサッと薄汚れた塊を地面に投げ捨てた。
ごみを放棄するかの如く転がされたそれを見た瞬間、ヴィクターが心底不愉快そうな表情を浮かべて詩音に言い放つ。
「悪いシオン。やっぱりここで奴等をブチのめす事にするわ」
前言を撤回した直後、ヴィクターは背に担いだ群青の槍を抜き放ち、枝の上から飛び降りた。
突風の様に馬車に向かって駆ける紅の槍士の背中を眺めながら詩音は、
「はぁ……何でこうも面倒な方に事が運ばれるんだろう」
とため息混じりに一人ごちた。
◆
薄汚れた布にくるまれたそれを、まさにごみを見る様な目で見下ろす団員の男をヴィクターは汚物を見る様な目で睨み付ける。
「な、誰だてめぇ………!?」
疾風と共に姿を表したヴィクターに、男は慌てて叫ぶ。
その声を聞いて、馬車の四方を囲っていた護衛役の団員達の視線が集まるが、ヴィクターは全く気にした様子も無く、男の足許に転がった塊に視線を向けたまま、
「──ぐぅぎっ!」
男の頭を、槍の柄で無造作に薙いだ。
その一撃で、男の身体は車外に投げ出され、地面に転がった。
「ん──ああ、悪い悪い。あんまりにも胸糞悪かったもんで口より先に手が出ちまった」
既に意識の無い男に言い放ってからヴィクターはしゃがみ込み、足許の塊に手を伸ばした。
薄汚れた布を捲れば、包まれいた中身が姿を表す。
それはごみでもなければ、ただの布塊でも無い。
短い山吹色の髪をした少女、否、童女だ。
意識は無く、ぼろぼろの衣服を纏った身体の所々には痛々しい青アザが浮かんでいる。
それを確認するとヴィクターは野生の獣の様に鋭い眼で自身を囲む男達を睨み付けた。
「よう。これやったのは手前ぇ等って事で良いんだよな?」
立ち上がり訪ねる。
平時と変わらない口調。しかしその声には明らかな怒気が宿っていた。
鋭利な刃の様な気配を放つヴィクターに気圧され、六人の男達は思わずと言った様子で一歩二歩と後退る。
しかし直後、荷車を牽引していた馬車の中からぞろぞろと十二人の武器を携えた賊共が降りて来て、ヴィクターに対峙した。
数で大きく勝った事で護衛役達も精神的に持ち直したらしく、退いた分前に出て、全員でヴィクターを半包囲するように位置取った。
「なんだお前ぇ。冒険者か?」
口を開いたのは一団のリーダー格と思われる筋骨隆々の大男。
睨み返してくるその巨漢の肩には、ヴィクターの身の丈程もある巨大な戦斧が担がれている。
「応よ。本当はもう少し様子見と行きたかったんだがな」
態度を崩さず、気絶した童女を守る様に一歩前に出ながら応じる。
「はっ、大人しくそうしとけば良かった物を。何だ、そのガキ見て堪らず飛び出したってか?」
「そうだと言ったら?」
瞬間、大男の口から豪笑が弾け飛んだ。限りなく下品で、心底目前の槍士の事を見下した笑い。
大男の笑いに続いて他の盗賊達も同類の笑いを轟かせる。
「馬鹿じゃねえの? この人数相手に勝てるとでも思ってんのか?」
爆笑の合間から罵倒ば飛ぶ。
それに対してヴィクターは、
「安心しな。手前ら程度の雑魚なら百人殺しても準備運動にもなりゃしねぇよ」
変わらぬ口調でそう言い返した。
途端に、笑い声が途切れる。
「はあ? 舐めてんのか?」
ヴィクターの発言が余程気に触ったらしく、賊達はそろって不機嫌そう荷眉間に皺を寄せてヴィクターを睨みつける。
しかしヴィクターは一切動じる事無く視線を受け流す。
その態度が余計に気に入らなかったのか、大男は舌打ちを一つ零してから、
「はっ。どうやら相手との差も分からねえ大馬鹿みたいだな。おい手前ら、この雑魚バラして獣の餌にしてやりな」
殺せ、と部下に命じた。
途端に集団の見張り役の六人が武器を構えて前に出た。
先ほどはヴィクターの殺気に気圧されていた癖に。今は獰猛さを隠しもしない笑みを顔面に張り付けている。
「やれ」
大男の号令で六人は罵声を上げながらヴィクターに飛び掛かった。
直後―――――――。
幾つもの空を切る音と共に煌く氷の矢が賊達の頭上から振り注いだ。
肉を裂き貫く音が連続で響く。十二本の青銀色の矢がヴィクターに突撃した男達の身体を金属製の鎧ごと射抜いたのだ。
急所を二点、適確に貫かれた見張り役達が断末魔の声すら上げる暇も無く絶命して地面に落ちる。
突然の意識外からの奇襲に残った盗賊達は慌てて周囲を見渡す。
直後、新たな銀閃が飛来する。
二度目とあってか盗賊達の対応も早かった。
団員の一人が右手を掲げて魔力を解き放つ。と、光属性の魔法によって盗賊達の頭上に巨大な光の壁が展開され、氷矢の群れを阻んだ。
一瞬、矢は光壁によって空中で停止する。
光属性《光の加護》。Cランク以下の物理・魔力による攻撃を無効化する中位防御魔法。
Cランク以上の武器は高価で多くの場合、一部の高位の冒険者等しか持ち得ない希少品の為この魔法が使えると言う事は殆どの武器による攻撃を防ぐ事が出来ると言う事である。
だが。
そんな防壁に阻まれて尚、氷矢はその勢いを失わなかった。
刹那の間拮抗した直後に光壁には亀裂が走り、次いでガラスが割れる様な硬質音を響かせて砕け散った。
非実体の破片を四散させながら矢は賊達に迫る。
しかし、防壁に阻まれた一瞬の隙を突いて、盗賊団は全員その場から飛び退いてそれの直撃を回避した。
が、ここで不可思議事が起きた。
回避され、無意味に地面を穿つと思われた矢群が、直前で軌道を鋭角に変えたのだ。
不可解な挙動を見せた矢達はそのまま速度を落とす事無く飛翔し、
「がっ!?」
先ほど防壁を築いた魔法使いの手足を貫いた。。
十近い矢を一身に受け、ヤマアラシの様になった魔法使いの身体が地面に倒れる。
氷の矢そのどれもが急所を外している。しかし、それでも魔法使いの意識を断ち切るのには十分過ぎるダメージを与えていた。
「誰だっ!?」
大男が戦斧を片手に叫ぶ。
すると。
トン、と軽やかな動きで人影が一つ、ヴィクターの側に降り立った。
純白の外套を纏い、腰に白塗りの長刀を差した小柄な人物。左手に漆黒の長弓を握り、詩音は盗賊団と対峙する。
「おいおいシオン。援護は助かるが、俺まで巻き込みそうな勢いだったぞ?」
群青色の槍を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべてヴィクターが詩音に抗議する。
白い衣と弓を携えた弓士紛いはひょいと肩を竦めて笑みを返す。
「君なら例え巻き込まれても対処できるでしょ。それに、この矢は僕が当てようと思はなければ早々当たらないよ」
詩音の放った矢は、スキル《氷雪の支配者》の効果で空気中の水分を凝固させて造った物。故に、射った後も詩音は同スキルの効果で軌道を思うがままに操作できるのだ。つまりは射手が健在であり標的が射手の視認可能範囲に居る限り、回避する事は不可能。何等かの方法で防ぐしかないのである。
尤も、放たれる氷矢は生半可な盾や壁など容易く貫き通す。魔力による防御も詩音の持つ竜の魔力によって編まれた矢には竜の魔力耐性が付与されている為、並みの魔法、魔術による守りなど紙切れの様に突き破る。
故に、壁で拒もうとした魔法使いが護りごと貫かれるのは必定だったのだ。
「さてと……。悪いね横槍入れて。彼一人に任せても大丈夫だろうとは思ったんだけど、早く終わらせるに越した事はないとも思ってね」
これから戦おうとを持っている者の言葉とは思えない程穏やかな声音で詩音は盗賊達に語りかける。
「ちっ。手前ら、相手は二人だ囲んで殺っちまえ!!」
戦斧を担ぎ、大男が号令を下す。
一瞬、他の賊達は躊躇う様に互いに顔を見合わせる。
しかし、相手はたったの二人。大して此方はリーダーを含めて十一人。これだけの人数差があれば、何も恐れる事は無いと次の瞬間には思い至り、全員が地を蹴った。
武器を振りかざし、罵声と雄叫びを上げながら二人に向かって突撃する。
「ヴィクター、その子を早く荷車の中にでも非難させて。あれは僕が受け持っとくよ」
「おう、悪いな。任せるぜ」
紅の槍士はボロボロの童女を抱えると、すぐにその場から後退し荷車の方へと駆けて行った。
赤い背中を振り向きもせずに見送り、詩音は迫り来る有象無象に向き直った。




