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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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48話 紅の槍士

 昼前だと言うのに、森の中は薄暗い。

 幾重にも重なった葉が日差しを遮り、屹立する草木が外界の光を断絶させているからだ。

 そのせいで見通しは悪く、そのくせ風通しが良いので気温は秋口並みに低い。

 

「こりゃ確かに、人目を避けて荷を運ぶにはもってこいの場所だな」


 群青の槍を携えた槍士は、周囲を警戒しながら呟いた。


「うん。もう少し見晴が良ければ良い避暑地になってたかもね」


 詩音が冗談交じりに返答すると、ヴィクターは小さく笑いを零す。


「しっかし、こっからどうやって目当ての奴等を探したもんか。適当に歩いてたら日が暮れるぞ」


 シアから買った盗賊団、《グリズリー・ハング》の出没予測地域の情報は確かに信憑性の高い、信用にたる物ではあるが所詮は予測。確定の物ではない。

 加えて予測は、広大な森全体をある程度の規模の区画ごとに分けて行われている為、絞り込んであるとはいってもその範囲はかなり広い。

 闇雲に歩いているだけでは、余程の幸運に恵まれない限りはヴィクターの言う通りになるのは必定。

 であれば、詩音が何らかの策を講じるのもまた必定である。


「ねえ、ヴィクター」

「あ?」

「君が仮に人攫いで攫った人をアジトなり拠点なりに連れ帰るとしたら、どうやって連れていく?」


 唐突な問いかけにヴィクターは眉を寄せながらも答える。


「そりゃ、一人二人攫ったところで儲けと手間が吊り合わねえし、十、二十は連れて行くだろうから、当然運ぶのは馬車なり荷車なりを使う事になるだろうな」

「だよね。そしてそれらを使うとなると、僕らみたいに獣道の中を掻き分けて進むって訳にはいかない」

「そりゃそうだな。真平とまでは言わねえがある程度開けた道でねえと進めねえ」

「正解。加えてそれだけの数の商品……いや、この呼び方は適切じゃないね。攫われた人達を運ぶなら攫った側もそれなりの人数の筈でしょ。そうなると当然水や食料も相当数必要になるから、それ等を補充し易い順路を行く必要がある。と、こうやって索敵範囲を絞り込んでいくと、該当するのは――――」


 そこまで言ってから詩音はコートのポケットから一枚の紙を取り出してヴィクターに差し出した。

 それはこの森の現在詩音達が居る区域の地図。

 ある程度正確に描かれたそれを見たヴィクターは直ぐに「なるほどな」と不敵に笑った。


「川沿いか――――」


  ◆


 暫く森の中を進んでいくと、二人の行く先に薄っすらと光の行列が現れ、小さく水の流れる音が聞こえてきた。

 鬱蒼とした森から抜けた先には、幅八メートル程の芝生を隔てた先に清涼な小川が姿を現した。

 

「ふうー……。さて、どうだシオン?」


 片手で川の水を掬い、一息に飲み干してからヴィクターは詩音の方を振り返り尋ねた。

 槍士の視線の先で、詩音は地面に片膝を着いて何かを探す。

 間もなく、詩音は立ち上がり言った。


「あったよ」


 短い返答にヴィクターは「どれどれ」と歩み寄り、詩音の視線の先を見る。

 そこには車輪の跡が一筋。そして周囲を注意深く見渡せば、同じ様な跡がさらに数本目に入る。

 

「どうやら、お前さんの読みが当たったみたいだな」


 轍に目線を向けたままヴィクターは口走る。

 この地面に刻まれた幾筋かの跡こそ、詩音達がこの場に到着する以前に馬車か何かが通過したと言う証拠である。


「まだこれが《グリズリー・ハング》の物かは分からないけどね。まあ、他にこんな場所を通る馬車なんてそう無いとは思うけど」


 言いながら詩音はぱんぱん、と膝に着いた土を落とす。

 

「見た感じ、川の上流に向かって進んでるみてぇだな。そこまで古いもんじゃ無さそうだが」


 ヴィクターがそこまで読み取った時、不意に二人からそれなりの距離を隔てた茂みがガサガサと揺れた。

 二人がそちらに視線を向けると、音の主が姿を現す。

 のそのそとした動きで茂みから出てきたのは、かなりの巨体を持つ生き物だった。

 一見するとその姿形は熊のそれだが、灰色がかった茶色の体毛に覆われた四メートル余りあるその身体には六本の手足が生えている。

 六本足の熊は二人に気付いていないのか、のんびりとした動きで小川に歩み寄ると鼻先を水面に近づけて水を飲み始めた。


「ほう、こいつは珍しい。《六脚熊(ゼクス・ベア)》じゃねえか」

「へえ、あれが。初めて見た」


 巨大な熊の魔物を前にして居るにも関わらず、二人は平然としていた。 

 二人とも、あの程度の魔物にいちいち取り乱すほど軟ではないのもあるが、一番の理由は六脚熊(ゼクス・ベア)がとても大人しい魔物である事を知っているからである。

 その巨体と見た目に似合わず、この魔物は草食性で木の実などを主な食糧とし、余程の事がない限りヒトを襲いはしない。

 嘗てはその気性と、毛皮が防具や衣服の素材となると言う理由から乱獲され、一時は絶滅の危機に瀕していた時代もあったという。 

 現在は捕獲が禁止されている為、徐々にその数は増加傾向にあるらしい。

 本から得た知識と目の前の実物とを照らし合わせながら詩音は、


「丁度いい。あの子に聞いてみよう」


 と言った。

 

「聞いてみる?」


 詩音のその発言にヴィクターは不可解気に眉をひそめる。

 そんなヴィクターを後目に詩音は驚かせないようにゆっくりと六脚熊に近いて行き。

 そして、


「やあ、ちょっといいかい?」


 と、まるで道行く人間に話しかける様に語りかけた。

 背後のヴィクターから「なにやってんだあいつ?」と言いた気な視線が飛んでくるの感じながら、詩音はさらに熊へと話しかけた。


「少し聞きたい事があるんだけど」

「ぐぅぅぅ……」


 六脚の熊が唸る様な声を上げる。

 詩音の様子を傍から見れば、頭の可笑しな奴と思われるだろう。しかし、


『どうした、探し物か?』


 詩音には、眼前の熊がなんと言っているのかがはっきりと理解できた。同時に熊の方も詩音の言葉を理解していた。

 それは白竜の持つ特性。人間魔物に関わらず、言語による意思の疎通が可能と言う《スキル》とは異なる詩音の身に備わった基本能力の一つ。

 詩音がこの世界の人々と普通に会話ができるのは、ひとえに竜種の恩恵とも言えるこの特性のおかげである。

 そして、このスキルの効果対象は亜人や人間だけでは無い。自然界に生きる魔物とも意志疎通が可能なのだ。


「うん。僕達が来る前にここを通った奴等が居なかった?」

『ああ……、居たな。子供を沢山連れた人間の群れが少し前にここを通り過ぎて行ったぞ』


 それを聞いた詩音は小さく笑みを浮かべて「ビンゴ」と呟いた。


「ありがとう」


 詩音はそう言って、《氷雪の支配者》の能力で氷のバケットを作るとヴィクターから見えないように注意しながら《STORAGE》から数種類の果物や野菜を引き出してバケットに盛った。


「これはお礼。助かったよ」


 礼を言いながらバケットを六脚熊へと差し出した。

 熊は嬉しそうに身体を揺すると、バケットの取っ手を起用に咥え、そのまま森の中へと戻って行った。


「ヴィクター、当たりだよ。人攫いの集団らしき奴等がここを通ったって」


 振り返り報告すると、ヴィクターは訝しむ様な表情を詩音に向ける。


「あの熊が、そう言ったのか?」

「うん」

「………本気か?」

「うん、信じられないのは道理だ。僕も君の立場なら信じないもん。だけどまあ、他に話聞けるヒトとかも居ないし。騙されたと思って」


 詩音がそう説き伏せると、ヴィクターは「まあ、それもそうだが……」と呟いた後で溜息を一つ零した。


「これで本当にお目当ての奴等が居たら、べネへの良い土産話になるわ」

「ふふ。じゃあ、本当かどうか確かめに行こうか。そんなに時間は経ってないみたいだから、急げば追いつけると思うよ」

「それも熊情報か?」

「うん」


 頷いて歩き始めた詩音にヴィクターは再び溜息を吐いてから、その背中を追いかけた。

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