表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
46/120

43話 偽恋の二人

 ユリウス市街西区には衣服店や甘味処が集まっており、カインが報酬としてシオンに提示したケーキの店もこの区に存在する。

  

「取り敢えず時間もいい頃合いだし、何か食うか」 

「そうだね」

「シオンは何処か行きたい店とかあるか?」


 カインの質問に詩音は少し考えるが、これと言って思い当たらない。

 

「これと言って無いかな。って言うか、僕この辺りの事全然分からないし」

「そうなのか? 意外だな。シオン甘い物好きだし、結構来てると思っていたが」


 確かに詩音は甘味を好ましく思う。寧ろ、それ以外の味覚にはあまり興味すら無い。だが、そもそも娯楽やら息抜きやらにそこまで積極的な質ではないので、この西区を訪れたのも今回が初めてなのだ。

   

「ちょっと機会に恵まれなくて。それに、男が一人でこの辺りに来るのは少し抵抗があって」


 苦笑混じりにそう言う詩音だが、正直詩音なら別に一人で来ても全く違和感はないだろうにと思いながらカインは言った。


「そうか。そんじゃあ、適当に歩きながら決めるか」

「うん。それで行こう」


 方針を決めると、二人は並んで他の区域とは少し違う雰囲気の街の中を歩き始めた。

 集まる店舗の傾向的に、他区に比べて女性が多いように思える。 

 また、男性と共に街を歩く女性の姿も多い。

 それも当然である。

 このユリウス市街西区は女性に人気の場所であると同時に、ユリウス一の人気デートスポットなのだ。

 綺麗に舗装された石畳の道を行き交う男女の二人連れは、皆しっかりと手を握り、人によっては腕を組み、幸せ気な表情を浮かべて談笑している。

 そんな人々の波に混ざって道を歩くカインと詩音の姿はこの上無く自然だった。

 誰が見ても仲の良い恋人同士にしか見えないだろう。


「で、シオンはどんなのが食べたい? 少しならこの辺りの事も分かるから、希望があれば案内できるかも知れないぞ」

「うーん、そうだなぁ」


 歩きながら詩音は悩む。

 何が食べたいと聞かれても、「何でもいい」というのが正直な答えである。

 何せ竜種となった詩音には食事の必要性が一切ないのだ。

 こうして歩きながら呼吸しているだけで、空気中の魔力を取り込み、酸素や二酸化炭素までもを体内で自動的に魔力に変換し、それで生命活動を維持出来る。

 元々甘味は好きとはいえ、食事そのものはただの栄養摂取と割りきっていたきらいのある詩音だが、それが必要性を失ってからはより一層その考えが顕著になっている。

 今の詩音にとって食事は不要な物。

 加えて詩音自身、食事に対して「楽しい」という感想をあまり抱かない体質(たち)で、言ってしまえば「どうでもいい」事なのだ。

 勿論、食事が不必要である事はカイン達にもそれは説明済みである。

 しかし、そうと知った上で態々聞いてくれたのであれば無下にする訳にもいかない。

 詩音は考えながら軽く辺りを見渡す。

 そして、丁度目に入った店を指差した。


「じゃあ、あそこはどう?」

「ん?」


 詩音が指差したのは、普通の建物の飲食店ではなく、大型の馬車を改装したらしき移動式の屋台だった。

 屋台の前に置かれた看板にはサンドウィッチ等の軽食は勿論、フルーツを使った甘味や飲み物まで豊富な種類のメニューが記されている。


「ああいうのでいい?」

「おう、俺は構わないぜ」


 カインも了承し、二人して屋台に近寄る。


「いらっしゃい」


 大柄な中年男性が、二人を見て屋台から顔を出す。

 

「何にする?」

「そうだなぁ。俺はコーク豚のクワーズにするか」


 カインが看板のメニューを見て注目すると、店員は「はいよ」と威勢良く承諾してから詩音に目を向けた。


「彼女さんは何にする?」

「あ、いや、僕は……」


 一瞬、「彼女じゃありません」と言おうとした詩音だが、態々訂正する必要もないかと思って言葉を納める。

 一応今は彼女の振りの延長という形であるため、あながち間違いという訳でもない。


「えっと、このハニーベリーのクレープでお願いします」

「はいよ、すぐに出来るからな」


 注文を受けると店員は屋台の奥の方に引っ込んで調理を始める。

 宣言通り、二つの品は直ぐに出てきた。

 カインが頼んだコーク豚のホットドックで、柔らかいパンの間に野菜とソーセージが挟まっている。

 そして、詩音の頼んだハニーベリーのクレープには黄色のブルーベリーの様な果実が入っていた。

 カインが店員からホットドッグを受け取り、詩音もそれに続いてフィルムを手に取る。

 すると、店員の中年男性は「ほら、お嬢さん可愛いいからオマケだ」と言って詩音の持つクレープに追加でハニーベリーとクリームを乗せた。


「あ、ありがとうございます」

「ありがとよ、おっちゃん」

「なぁに構わんよ」


 ニカっと何処か愛嬌の笑みを浮かべる店員にお礼を言って、詩音はカバンから代金を取り出そうとする。

 しかし、詩音が硬貨を取り出すより早く、カインがポケットから千フレイ銅貨を取り出して店員に渡した。


「あ、いいよカイン。自分で払うから」

「いいっていいって。気にすんな」

「でも……」


 尚も遠慮する詩音に、店員が言った。


「嬢ちゃん。ここは彼氏の顔を立てると思って、大人しく奢られときな」


 二人に言われて詩音はしぶしぶと言った様子で頷く。


「ありがとう、カイン」

「おう。そんじゃ、何処か座るか。おっちゃん、ありがとな」

「毎度ありー」


 二人は手近なベンチに腰掛け、それぞれの料理にかぶりつく。

 ワイルドにホットドッグを頬張るカインの横でパクっとクレープを一口食べた詩音は途端に口元を綻ばせた。

 ハニーベリーの優しい甘さとクリームの濃厚な甘さ、二種類の甘味が味覚を心地よく刺激する。

 

「シオンは本当に甘い物が好きなんだな。めちゃくちゃ頬が緩んでるぞ」


 そんな詩音の内心の歓喜を読み取ったのか、早くも半分平らげたホットドックを片手にカインが言った。


「え、んん……。まあ、うん。それなりに好きかな」


 気の抜けた顔を見られたのが少し恥ずかしく、わざとらしく咳払いをしてから詩音は表情を改めた。


「なら尚の事なんで今まで此方の方に来なかったんだ。機会に恵まれいって言っても、来ようと思えば何時でもこれるだろうに」

「んー。なんて言うか……。今まで娯楽って言うか、遊び目的で何処かに行くってのを殆ど経験した事がなくて、どうも勝手が分からなくて」


 そう言うと、カインは「そうか……」と少し考える様な仕草をしてから言った。


「そんじゃ、尚の事今日は色々と経験して貰うとするか」

「え?」

「色々な場所を回って、色々な店を覗いて。勝手が分からないって言っても、こんなもん、兎に角好きな事して楽しんじまえばいいんだよ」

「……いいの? 僕に合わせて貰っても」

「勿論。大体、誘ったのは俺の方なんだからよ。それに、一応今日の俺はシオンの恋人って事になるからな。案内をするのは当然だろ」


 さらっとそんな事を言ってのける辺り、カインは生真面目だなんだと言っても、結局はこう言った事に慣れているのだろう。

 そう思いながら詩音は「ありがとう」と礼を言った。


「気にすんな」


 短く返して再びホットドックにかぶりつくカインを見て、詩音も摂食に戻る。

 先ほどカインに指摘されたばかりだと言うのに、やはりクレープを食べる詩音の表情には笑みが浮かんでいる。

 こればっかりは本人に自覚がないのでどうする事も出来ない。

 そのまま二口三口と食べ進めていると、またカインが口を開いた。


「シオン。ちょっと」

「ん、何?」


 呼ばれて振り向くと同時にカインの手が詩音の口許に伸びてくる。

 そして人差し指の背で、そっと口の横を撫でる。

 

「クリーム、ついてたぞ」


 その言葉の通り、カインの指には白いクリームが着いていた。

 気付かない詩音の代わりに取ってくれた様だ。

 そして、カインは指に着いたクリームを何の抵抗も無さ気に舐めとる。

 ベタな行動だが、カインがやると何故だか酷く様になっている。

 これが世に言う『ただしイケメンに限る』というやつだろうか。


──こう言う事が自然に出来るってのが、カインがモテる理由なのかなぁ………


 そんな事を思いながらカインの方を見ていると、


「ん? どうした?」


 と、当の本人は何の気も無さ気に首を傾げる。


「別にー。ただ、そう言うのを自然に出来るからモテるのかなぁ、って思っただけ」


 少し呆れた感じで詩音は言って、再びクレープに向き直る。


「そう言う事………?……はっ! わ、悪い、つい流れで」


 今まで無意識だったのか、カインは指摘された瞬間に慌てて謝罪してきた。


「いやまあ、別に嫌だとかって訳じゃないよ。ただ、誰彼構わずそう言う事するのは止めといた方がいいよ。今日のみたいな面倒なのが引っ掛かる事もあるから」

「い、いや、そんな誰彼構わずやってるつもりは……………。まぁ、なんだ、本当に悪かった」

「気にしなくていいって。それよりありがとう」


 嫌悪等の類いは一切見られない微笑みを浮かべて礼を言う詩音にカインは、


──俺からすれば、お前のそのなんでもかんでも許しちまいそうな寛大さの方が心配なんだよなぁ………


 などと思いながら小さく息をついて、残ったホットドックを口に押し込んだ。


  ◆


 昼食代わりの軽食を食べ終えた二人はそのまま服やアクセサリーの類いの店が並ぶ通りを訪れた。

 

「あ、これいいかも」


 とある魔術道具店で魔術式が刻印された指輪を手に取る。

 店側の説明では、体力回復(スタミナ・ヒール)の魔術式を刻んでいる為、身に付けて魔力を流せば術式が魔力を体力に変換して消耗を軽減、回復してくれるらしい。

 見た所術式もしっかりしており、《HAL(ハル)》システムも偽装品ではないと言っているので信用してもいいだろう。


「なんかいいのあったか?」

  

 隣で冒険者向けの使い捨てアイテムを見ていたカインが訪ねてくるので、手に取った指輪を見せる。


「うん。体力回復(スタミナ・ヒール)指輪(リング)

「ほー。回復(ヒーリング)系の装備品か。ちょいと珍しいな。買うのか?」

「うーん………うん。せっかくだし買ってみる」


 購入を決めるとカインは「そうか」と言って詩音の手から指輪を摘まみ取って会計へと歩き始めた。

 それを見て詩音は慌てて引き留める。


「ちょっカイン、待ってよ! 自分で買うよ!」

「気にするな。俺が出す」

「でも今日は奢って貰ってばっかりじゃん。流石に悪いよ」


 魔術式を刻印したアイテム類はそれなりに値が張る。食事を奢って貰うのと同じ様にはいかない。

 しかし、カインは事も無さげに言った。


「だから気にすんなって。元々今日は全部俺が持つつもりでいたからよ」

「いや、でも………」


 尚も詩音は引き留めるが、カインは指輪を渡そうとはしなかった。

 困り果てた詩音は、不意に一つの提案を投げ掛けた。


「じゃあ、僕もカインに何か買うよ」

「ん?」

「買って貰ってばっかりじゃあ悪いから」


 妥協的に提示した案にカインは一瞬ぱちくりと目を瞬かせると、若干照れくさそうな笑みを浮かべた。


「……そうか。ならまあ、適当に頼むわ」


 詩音は何かいい物はないかと店内を見てまわる。

 

───ああは言ったけど、一体何を買えばいいだろ? まともな贈り物なんて誰かにあげた事なんて無いし………あ、いや一回だけあったっけ……


 詩音はふと、かつての記憶を思い出す。

 もう随分前に、怙暦に花を贈った事があった。

 理由は大したものじゃあ無い。

 気紛れ。酔狂。一時の感傷。他人よりも希薄だった感情に流されるままに差し出した最初で最後の贈り物。

 我ながら幼稚な行いだったと、今にして思う。

 だが、たまにはそんな幼稚な思考に結果を委ねるのも悪くないかもしれない。

 そんな事を思いながら詩音は陳列する品々を眺めていると、ある物が目に入った。

 それは二つの環を並べ、真ん中の辺りで交差させたデザインのシルバーバングル。

 これと言って目立った装飾,細工の無いシンプルなデザイン。しかし、直ぐ側に置かれた解説用のプレートによると装備者の身体の表面を魔力の膜で覆い、外敵からの攻撃を軽減する魔術が施されているらしい。

 詩音の持つ固有(エクストラ)スキル《(アーマー・オ)(ブ・ドラグーン)》に類似する効力だ。

 流石に性能は詩音のスキルとでは天と地程の差があるだろうが、冒険者に取っては非常に有用なアイテムである。

 プレートの解説の隣には『希少装備品の為、在庫数は限られております』と書かれている。

 魔術式を刻印した道具の制作には専門の知識や技術が必要な上、世間一般の認識として魔術は準備や術式形成に時間が掛かる為、魔法より使い勝手の悪い下位互換と思われているきらいがある。

 その為、必然的に便利な魔術式刻印を施したアイテムは希少で高価な物になるのだ。

 

「…………よし、これに決めた」


 詩音は少しの間悩んだ末に購入する事にした。

 詩音が先ほど見ていた指輪より少し高いが、今日一日奢られっぱなしだった事を考えると対等な贈り物と言っていいだろう。

 店員に購入の意思を伝え、代金を払う。

 店員の話しでは丁度これが最後の一つだったらしく、詩音にしては珍しく運が良かった。

 ただ会計の際に先ほどのカインとのやり取りを見ていたらしい店員に、「彼氏さんへのプレゼントですか?」と聞かれた時は返答に少し困った。

 

  ◆


 店を出た二人は休憩がてら手近なベンチに腰を下ろした。


「ほらよ、シオン」


 カインは小さな可愛らしい紙袋に封入された指輪を詩音に渡した。


「ありがとう。じゃあ、僕からはこれ」


 指輪と交換する様にシルバーのバングルを差し出すと、カインは礼と共に嬉しそうに受け取って、


「着けてもいいか?」


 と訪ねて来た。


「どうぞ。もうそれはカインの物なんだし」


 応じるとカインは早速バングルを腕に着ける。

 途端に、カインの身体を魔力が包み込むのが《魔力感知(マナ・センス)》のスキル効果で分かった。

 

「どうだ?」

「うん、いい感じ。術式もちゃんと機能してるみたい」 

「いや、そうじゃなくてだな。似合ってるか?」

「え? あ、うん、勿論。良く似合ってる。って言うか、カインは元がいいから何着けても似合うよ」


 正直な感想を述べると、カインは照れくさそうに微笑を浮かべる。


「ありがとよ。シオンも着けてみたらどうだ?」

「うん」


 薦められて詩音は丁寧に袋を開けて指輪を取り出す。

 細いシルバーのリングに小さな花の装飾が施されたそれを左手の薬指に嵌め込む。

 それほど目立つデザインでもないので日常的に着けていても問題ないだろう。


「どう?」

「あ、あぁ……いい感じだ。良く似合ってる」


 カインの賛辞に「ありがとう」と礼を返す。

 効果の方は、カインの物と違って着けて直ぐに分かる物でもないので、確認は後日となるだろう。

 そう思っていると、


「それと、だな」


 そう切り出しながら、カインは指輪とはまた別の包装された長方形の小さな箱を差し出して来た。


「え?」


 小さく声を零し、反射的にそれを受け取る。


「あの、これは………」

「まぁ、あれだ。とりあえず開けてみてくれ」


 言われるままに箱を開けると、中には鮮やか無い蒼色に染められた細いリボンが収められていた。


「シオンが選んでくれてる間に店ん中見てたら、偶然眼に着いてな。シオンに似合いそうだったから、つい買っちまったんだ」 

「ぇ、そんな。僕、それしかカインに買って無いのに……」


 これじゃあ、御返しを選んだ意味が無い。

 そう、詩音が思っていると、


「いや、気にすんな。俺が好きで買ったんだからよ。気に入らないなら捨てるなり何なりしてくれ」


 当のカインはそんな事を言ってのける。

 が、当然そんな事出来る筈も無い。

 かと言って、また別の返礼の品を渡しても、カインは再び同じ事をしてきそうな気がする。


「…………はぁ。カインって、意外とズルいね」


 これは、自分の負けかと諦めて詩音はそう返した。


「え、そうか?」

「うん。狡いよ。捨てるなんて出来る訳無いのに、そんな事言うなんて。…………ありがとう。大事にするよ」

「あぁ」


 互いに物品を交換した後は、他愛ない雑談をしながらしばしの休憩を取る。

 暫くして、少し喉を潤したいなと詩音が思っているとカインが、


「ちょっと喉乾いたから何か買ってくるわ。シオンは?」


 と聞きながら席を立った。


「あ、じゃあお願い」

「おう。すぐに戻るから待っててくれ」


 そう言って立ち去るカインの後ろ姿を詩音は無言で見送る。

 そして、その姿が見えなくなると、


「──やっぱり、ちょっと目障りだなぁ」


 と小さく呟いて、ベンチから立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ