3話 出会い
「あー………、やっと出れたぁ」
洞窟をさ迷う事凡そ二日。漸く外に出る事ができた詩音は久しぶりの外の空気を味わった。
出口はかなり標高のある山脈の山肌にあった。事前に《HAL》システムがギルズ山脈にある洞窟と言っていたが、予想以上の高さだった。遥か下の方には広大な森が広がっている。あれが《ファーランの森》という奴だろう。
「はぁ………下山にはまだまだ時間が掛かりそうだな……。あっ」
冷たい強風に煽られながら下山に掛かる大まかな時間を出そうとして、もしかしたら徒歩で下る必要が無いかも知れない、と思い至る。
スキル《部分竜化》を発動し、肉体の一部を竜へと変化させる。肩甲骨付近の筋肉、骨格、表皮が変質し、大小二対の純白の翼を形作る。
更に、背骨を含む幾つかの骨格も変化分裂し、腰の付け根辺りから翼と同じ純白の長い尾が伸びる。
そこからどうやれば翔べるのか、詩音には分かっていた。それは竜としての本能によるものか。
適当な崖の淵まで歩み寄り、背中の翼を強く羽ばたかせ地面を蹴る。瞬間、詩音の身体はふわりと浮遊する。ゆっくりと数メートル上昇し、そこからは滑空を始める。
翼で速度や方向等を定め、尾で姿勢と重心を制御する。それらの飛行プロセスを理解すれば、そこからは早かった。
(これはいい。ハンググライダーなんかよりよっぽど便利だ)
直ぐに馴れて徐々に加速し、深く広大な樹海を眼下に詩音は純白の翼をはためかせて飛翔する。
樹海では、所々にある湖が太陽の光を受けて青い水面を輝かせ、それらを結ぶように蛇行する河が流れている。
目の届く範囲に街や村らしきものは見当たらず、人の手が一切加わったいない原初の森とでも言うべき光景。美しいが、出来れば早々に人里に出てこの辺りの情報を得たかった詩音は、素直に素晴らしいと思えなかった。
「まあ、気長に飛びますか」
●
降り下ろされた剣を、少女、クレハは自身の剣で受け止める。
「セイッ!」
「うおっ!」
気合いの掛け声と共に受け止めた刃を押し返すと、クレハよりも体躯の良い男がいとも容易く弾き返された。
「くそっ! なんて馬鹿力だ」
古ぼけた服と革鎧を身に付け無精髭を生やし不潔さを醸し出した男は、弾かれて崩れた体勢を立て直しながらクレハに対峙する。
「お前等、囲んでやっちまえ!」
その言葉で、同じような小汚ない男達が新たに複数、クレハを取り囲む様に位置着く。
その数、九人
「しつこいなぁ」
九人の敵に意識を割きながら呟く。
剣技や能力で、男達はクレハに遠く及ばない。
が、正直今は全員を相手にしている時間が惜しい。
出来る事なら振り切って逃げ仰せたい。
「おらっ!」
が、男達がそれを許す筈も無く。
剣を掲げ、四方八方から切り掛かってくる。
「ッ」
真っ先に迫る正面の男の刃。
それを己の剣で下段から打ち上げ、続く一撃で男の腹部を剣の腹で殴打する。
「ぐふっ!」
重々しい苦悶の声と息を吐き、男は前のめりに倒れた。
続く剣撃が迫る。
上段から振り下ろされたそれを横に構えた己の剣で受け止めた。
が、敵は複数。
直ぐにニ方から追撃の刃が迫る。
正面の打ち下ろしの方が速い。
クレハはその打ち下ろしに対して剣を斜に構えて受け流し、それを右隣の男の剣にぶつける事で二つ剣撃を捌く。
「ッ!」
それだけに留まらず、クレハは自身よりも一回り体躯の良い男達を無言の気合いの声と共に剣で弾き飛ばした。
弾かれた男達が地面に転がると、その隙に踵を返して走り出す。
が、直ぐに背後から嫌な気配を感じて視線を向ける。
見ると男達の内の一人が左手を突き出して詠唱を口走っていた。
「焔の三刑、火喝の礫――――」
僅かに二節。
短い詠唱の直後、男の突き出した掌に赤々と燃える炎が灯り、次いでそれが四つに分裂してクレハへと放たれた。
「っ」
迫る五つの炎弾。
クレハはその内の先行してくる二つを振り向き様に剣で切り払い、直後にくる残り二発を横に飛び退いて回避する。
が、男は諦める事なく再び詠唱を口走り、炎の礫を撃ち放ってくる。
再び迫る炎弾四つ。
全てが直撃の軌道。
クレハが再び回避行動を取ろうとした。
その時だった。
上空から突如として四条の銀閃が降り注いだ。
それらは燃え盛る炎の砲弾の全てを正確に居抜き、小規模な炸裂と共に迎撃した。
「えっ!」
「何だ!」
クレハと男達が共に上空、銀閃の飛んできた方を見上げた。
視線はクレハの近くに生えた木の枝へと注がれる。
高さ六メル程の位置で幹から別れた太い枝。
その枝の上には人影が。
「よっと」
軽い声と共に人影はクレハの前に飛び降りて来た。
そこそこに高さがあったにも関わらず、軽々と着地して来たのは小柄で華奢な身体付きの人物。
飾り気の無い上下の服の上から純白のコートを羽織っている。
顔は目深に被ったフードに隠されて見えない。
右手には、青白く透き通った、氷の塊から削り出したかのように無骨な短剣を握っている。
それを見て、クレハは先の銀閃の正体を察した。
その人物はクレハに背を向けると、少し幼げな少女の物と思われる声を飛ばす。
「えーと、言葉通じてる?」
「え、あっ、うん」
唐突に投げかけられた質問に頷きながら返答する。
「あ、良かった。それじゃ突然だけど、加勢するよ」
●
もう随分な距離を移動したように思う。しかし相変わらず眼下に広がるのは森。一体どれだけ広いのか。
そう思った時。
「ん?あれは」
大地を覆う木々の間に複数の人影を捉え、詩音はその場で停滞する。漸く見つけた人間に、急いで地上に降りて話を聞こうとしたが、見ているとどうも取り込み中らしい。
高度を落としてよく見てみると、少女らしき人物を幾人もの男が追い回している。
少女は黒いシャツとズボン、そして黒いブーツを身に付け、その上から漆黒のロングコートを羽織っている。
見事に黒一色。
そして、右手には剣を持ち、それで男達の攻撃を防いでいる。
対する一団は、全員小汚ない服の上に恐らく革製であろう鎧を身に付け、各々剣を握っている。
それらも服同様にまともな手入れなどされていないようで薄汚れている
――――野盗? 人攫い? どちらにしても剣なんか振り回して随分と時代錯誤だな……………いや、これが異世界(暫定)の普通なのかな………?
少しその戦いを監察してみると、どうやら少女の方が技術も能力も上の様だが、少女は少女で男達を撃退するのでは無く振り切るつもりの様で、上手くあしらっては離脱の機会を伺っていた。
「……………」
どう見ても面倒事であるのは明白。
見なかった事にしてこの場を離れようかとも思ったが、漸く話を聞けそうな人を見つけたと言うのにこのまま見送るのも惜しい。
「取り敢えず様子見かな」
数秒考え込んだ末に、そう決めた詩音は気配を殺して降下し、少女達の姿が見える位置に生えた木の枝に降り立つ。
息を潜めて下の様子を眺めていると、二人の男が同時に少女に切り掛かった。
少女は、一瞬速く間合いに入った男の打ち下ろしを斜に構えた剣で受け流すし、同時に流した刀身を誘導してもう一本の剣撃を阻んで見せた。
―――――お、上手い
少女の技量に関心した直後、今度は力任せに少女が男達を弾き飛ばした。
―――――うわ、何あの子。すっごい筋力
その体躯に明らかに不相応な膂力に興味と驚愕を抱いた直後、少女は男達に背を向けた。
この隙に追跡を巻くつもりらしい。
が、ここで奇妙な事が起きた。
一団の一人が左手を突きだし、何か謡の様な物を口走ったかと思うと、その手から少女に向けて四つの小さな炎が放たれた。
少女は断続的に放たれた炎弾の内の二つを剣で薙ぎ払い、残る二撃を横に飛んで避けた。
「……今のは?」
『A 炎系統下位魔法《炎弾》です。威力が弱く射程も短い代わりに、習得が容易な魔法の一つです』
スキルの解説でその存在は聞いていたが、実際にこの目で見ると、なかなか興味をそそられる。
と、《HAL》システムの解説を受けていると、再び男の掌から四つの炎弾が放たれた。
「……………」
刹那の思考の後に、詩音は左手に四本、右手に一歩、合わせて五本の氷の短剣を造り出す。
指の間に挟んで保持した左のそれを少女に迫る炎弾に向けて投擲する。
短剣は一発も仕損じる事なく炎を穿ち、小規模な炸裂音が重なって鳴り響いた。
それで漸く此方の存在に気付いたらしく下方の視線が一斉に詩音の方に向く。
詩音は《竜凱》のスキル効果を使ってコートの襟にフードを増設して目深に被り、顔と髪を隠す。
それは、魔法という不確定要素がある状況では、あの男達を取り逃がす可能性があり、そうなった場合顔を覚えられていては後々面倒になるかもしれないと危惧しての処置だった。
「よっと」
六メートル程の高さの枝から飛び降り、少女と男達の間に着地した詩音はそれぞれに一度視線を送る。
―――――これはやっぱり、女の子側に方に付くべきなのかな?
そう思い男達に対峙し、背中越しに少女へと話しかける。
「えーと、君、言葉通じてる?」
取り敢えず意思の疎通が出来るかを確認した。
すると、
「え、あっ、うん」
と、戸惑いながらも理解出来る言葉が返り詩音は安堵した。
「あ、良かった。それじゃ突然だけど、加勢するよ」
「え?」
そう告げながら詩音は短剣の鋒を男達に向けた。
「な、なんだ手前ぇ?」
一団の一人、リーダーらしき男が声を上げる。
「なんだって聞かれたら、ただの通りすがりかな?」
飄々とした態度で返す。
「通りすがりだぁ? だったら首突っ込んでねぇでどっかに失せな」
「いやぁ、それが実は道に迷っててさ。この子に道でも訪ねようかと思ってね。それにしても、大の男が女の子一人に寄って集ってまぁ。モテないからってちょっと強引過ぎない?」
「なんだとテメェ!」
武装した集団を前にしているにしては呑気なその言葉に激発した先頭の男が剣を掲げて此方に襲い掛かって来た。
「あっ!」
背後で少女の悲鳴地味た声が聞こえた。
鉄剣が迫る。
頭をかち割る軌道で男が刃を振り下ろす。
それを詩音は半身になって容易に躱すと、地面に向けて打ち下ろされた男の右手首を掴み、其処を基点に肩と肘の関節を極めて動きを封じた。
「ハヘっ?」
極めるまでの一連の動きが理解出来なかったのか、男は戸惑いとも驚きとも取れる間抜けな声を上げる。
詩音は右手に新たに氷の短剣を形成すると、そんな男の首にその鋒を向けた。
「ヒッ!」
今度は明確に、恐怖の悲鳴が短く溢れる。
そして、そのまま短剣を突き立てようと振り下ろす。
だが、
「ま、待って!」
そんな制止の声と共に、少女の右手が短剣の刀身を掴んだ。
「っ!」
詩音は即座に短剣を制止させたが、少女の手からは赤い血が伝い流れる。
「何してるの? 危ないよ」
驚きながら尋ねると、右手を己の血で赤らめながら少女は言った。
「今、殺そうとしたでしょ!」
「え、あ、うん」
「駄目だよ!」
「駄目って、さっき君襲われてたよね? え、敵だよね、この人達」
「それでも、殺す事ないでしょ!」
そう言って少女は詩音の手から短剣を奪おうとする。
が、力を込めれば当然、氷の刃は肉を割き、少女の右手を更に赤く染める。
「悪い人達だからって、殺していい訳じゃ無い!」
「あぁ、もう分かった分かった」
血を流しながら制止してくる少女に、詩音は戸惑いつつもそう言って短剣を手放す。
それで少女も刀身を離し、短剣が地面に落ちる。
そして、拘束していた男の腕を離すと同時にその背中を強く蹴り、仲間達の方へと弾き飛ばした。
「何か良く分かんないけど、殺しちゃ駄目らしいから早い所逃げ出してよ。それか死なない程度に痛い目見てから逃げる?」
「―――ッ」
一団に向けてそう告げる。
「何だとこの野郎!」
「お前の方こそぶっ殺してやる!」
男達は口々そう言って各々の武器を構える。
が、
「寄せっ」
蹴り飛ばしたリーダーの男が一言で制止する。
リーダーはよろよろと立ち上がると、此方の方、と言うより少女の方を一度見てから踵を返し。
「引き上げるぞ、お前等」
そう、仲間たちに告げた。
他の男達は当然ながら色々と不平不満を口走るが、リーダーの男は「仕事は終いだ」と言ってそれを聞き入れず。
軈て、一団はブツブツと捨て台詞やら愚痴やらを零しながら、リーダーを先頭に引き上げて行った。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、詩音は少女の方を見た。
「危ない事するね、君」
そう言って、少女に歩み寄る。
「抜き身の刀身を素手で握るかな、普通」
「だ、だって、あの人が殺されちゃうと思って、咄嗟だったから」
「いや、まぁ。確かにそのつもりだったけどさぁ………。はぁ、取り敢えず手、見せて」
「ぇ、あ、うん」
差し出された掌と四指には、それなりに深い切り傷が、横断する形で刻まれていた。
「薬か何か持ってる?」
「あぁ………今丁度切らしてる」
「そう。じゃあ取り敢えず止血だけしとくよ」
そう言って詩音はスキル《竜鎧》の効果で包帯とガーゼ代わりの布を作り出す。
ついでに地面にも同様に作った布を轢いてその上に少女を座らせ、自身も膝をつく。
医療行為に関しては本職と遜色無い程度には知識、経験、技量を持っている自負はある。
特に滞る事無く止血を完了させた。
「取り敢えず、応急処置。後々ちゃんとした治療しないとね」
「あ……ありがとう」
「あんまり動かしちゃ駄目だよ」
礼を言う少女にそう念を入れてから地面に落ちた血塗れの短剣を拾い上げる。
そして、再び少女の顔を盗み見る。
長く伸ばした殆ど黒に近い、しかし光の当たり具合で綺羅びやかな紫にも見える髪。
前髪を少し長めに垂らした顔は小さく卵型で、大きく煌めく瞳は蜂蜜のような淡金色。
小振りな鼻の下の唇は鮮やかな桜色で、肌も白く総合的にかなりの美少女だが、それよりシオンの興味を引いたのは少女の耳だった。
人間のそれよりも長く、先端が尖っている。所謂「エルフ耳」なる形状だが。
(えっと………この子はエルフってやつだったりするのかな?)
『A エルフでは無く《闇妖精》です』
スプリガン。
確かスウェーデンの南西部の地方に伝わる妖精だったか。
ずんぐりとした姿と聞いていたが、少女の身体つきは華奢でパッと見人間と大差ない。
それも、かなりの美形。
怪物の次は妖精。
どうやら本当に異世界に来てしまったらしい。
と、今更ながら認めたその時だった。
自身の背後、かなり離れた場所に気配。
そして、そこから放たれる二つの物体を感じて振り替える。
視界に、詩音に向かって飛来する二本の矢と、それを射ったであろう気配の主が映り込む。
(新手か)
左手に右と同じ形状の氷の短剣を作り、二本の矢を二刀を以て弾く。
直後、両手の短剣の重量が急激に増大した。
背後で「え?」という少女の困惑の声が上がる。
(なに?)
支え切れず両腕を下ろすと、二本の短剣の刀身、丁度矢を弾いた辺りから黒く硬質な円柱形の重石が生えていた。
これが加重の正体だ。
直ぐに視線を離れた狙撃手に向ける。距離はおよそ百メートル。
上手く気配を消し、木の上から此方を狙っていたのは、一人の少女。
年は背後の《闇妖精》の少女と同じくらいだろうか。
ライトグリーンの外套を羽織った栗色の髪をした細身の少女。
明らかに先の男達とは異なる出で立ちをしている。
(《HAL》。この重石は?)
少女と周囲に気を配りつつ解説を依頼する。
『A 地属性付与中位魔術《枷弾》。射出物に付与する事で、それに接触した物体に約百キロの重石を付与します』
(攻撃というよりは相手の動きを阻害することを目的とした魔法か。となれば、次は──)
詩音の武器が無力化されたタイミングを見計らい、狙撃手とは別の方向から接近する複数の気配を察知した。
数瞬の後、詩音の左右の茂みから、同時にそれは飛び出してきた。
「ま、そう来るよね」
襲撃者は一組の男女だった。
姿を見せたのはほぼ同時だが、間合いに入るのは左のペールブルーの髪を長く伸ばした少女の方が数歩速い。
動きを阻害しないデザインの淡い青の生地にに白いラインの入った外套を身に纏い、右手で持った細身の剣を詩音へと突き出してくる。
詩音は即座に重石の付いた短剣を放棄すると、迫る鋒を紙一重で躱し、空いた片手で少女の剣を握る方の手首を取ると背に回り込んで肘と肩の関節を極める。
背中合わせの様な体勢で関節を固め、少女の動きを封じながら詩音はもう片方の襲撃者に対峙した。
もう一人は、派手な赤髪をした青年だった。
身体つきはかなりがっしりとしていて、髪と同じ色の外套に身を包んでいる。
青年は手にした剣を振り翳すが、詩音はそれを新しく創った氷の短剣の刀身で受け流すと、直後に柄を握る青年の両腕を脚で蹴り上げた。
青年の手から離れた剣が宙を舞い、傍らの地面へと突き刺さる。
そして、無手となった青年に向かって詩音は背後で抑えていた少女を背負い投げる様にして投げつけた。
「きゃっ!」
投げ飛ばされた少女の口から可愛らしい悲鳴が上がるが、男は驚きながらも少女の身体をしっかりと受け止めた。
その隙に詩音はその場から飛び退いて両者から距離を取った。
そして、ちらりと地面に突き立った赤髪の青年の得物に視線をやる。
緩やかな弧を描いた刀身は一メートル近いの長さの割りに細身で薄く、波打つ波紋が美しい。その根本には丸い鍔があり、その下に布を巻いた柄が伸びている。
それは紛れもなく刀。日本刀だった。
それも大きさと形状から太刀に部類されるものだ。
中々に腕のいい鍜治師の作品だろう。
よく見れば青髪の少女の持つ細身の剣も刀と同等の代物だ。
恐らく同一人物の作品なのだろう。
そう考察しながら詩音は、
「まだ二人居るでしょ。出てきたら?」
そんな事を口にする。
と眼前の二人が驚いたような表情を浮かべ、次の瞬間、背後から奇襲を掛けられた。
横薙ぎに振り払われたのは長柄武器。
詩音はそれを、身体を瞬時に深く沈めて回避した。
長柄武器の正体は鋭い刃を備えた斧、否、斧槍だった。
その柄を握るのは群青色の服を着た長身細身の青年。
焦げ茶色の髪の下で鋭い目が詩音を睨み付けている。
詩音は身体を沈めた反動を利用して振り向き様に短剣を振るう。
青年は斧槍で防御しようとする仕草を見せたがタイミング的に間に合わない。
だが、短剣は元より青年を狙った物では無い。
詩音の狙いは青年の握る斧槍其の物。
短剣を斧槍の柄、斧頭の少し下辺りに叩き込む。
不出来で歪な氷の刃は柄を切り飛ばすには至らず、刃を喰い込ませて止まった。
が、直後に詩音は短剣の峰に向けて鋭い蹴りを放つ。
峰を蹴り込まれた事で、氷の刃は楔の様に更に深く喰い込み、結果として斧槍の柄は鈍い音を立てて折れた。
柄から折り離された斧頭が落ちる。
青年の鋭かった目が驚きに見開かれた。
それを見て不味いと思ったのか、離れた木の上から弓士の少女が再び矢を放つ。
先と同じ細工が付与されているとしたら、触れれば重石に動きを阻害され、即座に袋叩きだろう。
詩音は落下する斧頭を空中で器用に掴み取ると、飛来した矢に向けて投げ放った。
斧頭は寸分の狂い無く矢を迎撃し、刃に重石を残し落下する。
これで終わり、では無い。
今度は頭上から落下してくる気配。
頭上の樹木から飛び降りて来たのは薄桃色の髪を短く切り揃えた少女だった。
体格にそぐわない巨大な棍棒を両手に握りしめ、それを大きく振りかぶる。
詩音は大きく一歩踏み出し、左手を突き上げて棍棒を振り下ろす少女の右手を掴み取り、同時に右手の平で少女の腹部を押し上げて、掴んだ右手を支点に大きく弧を描く様にして投げ飛ばした。
「きゃっ!」
詩音を飛び越える様に投げられた少女の口から短い悲鳴が上がる。
だが、少女の身体が地面に激突する事はなく。
それより先に、焦げ茶色の髪の男が、少女の落下地点に割って入って、その身体を両腕でしっかりと抱き止めた。
それを確認してから詩音は再び地面を蹴って立ち位置を変える。
狙撃手を含めた全員が視界に入る位置に陣取り、
「取り合えず、これで全員だね」
と言いながら彼らを観察する。
右から狙撃手の少女、ペールブルーの長髪の少女、赤髪の青年、薄い桃色の髪の少女。焦げ茶色の髪をした目付きの鋭い青年。
その一団と少し離れた場所に例の黒づくめの《闇妖精》の少女。
全員姿や印象は異なるが共通する部分がある。
それは耳だ。
黒づくめの少女と同じ尖ったエルフ耳。
(あの子と同種族って事かな?)
『A 右からそれぞれ、《風妖精》、《水妖精》、《火妖精》《鍜治妖精》、《地妖精》の種族に部類されます』
(随分と多種多様な妖精がいるんだな。しっかしどうするか。全員此方を警戒し切ってるし、話をしようにも聞いてくれそうな雰囲気じゃないよなぁ。ここは大人しく引くか)
そう結論付けた時。
赤髪の青年、《火妖精》が右手一本で刀を持ち、空いた左手を突き出した。
直後、火妖精の身体から、気配とは別の何かが溢れでるのが分かった。
(何だ、この感覚は?)
『A スキル《魔力感知》によって捕捉された魔力の流れです。魔法の行使の前兆です』
(って事は、避けた方がいいよね。ん?待てよ。確か《竜の加護》とか言うスキルに魔法耐性ってのがあったな。……丁度いい、試して見るか。《人化》してると効果下がるらしいけど………まあ死にはしないだろ)
楽観的な考えに至った時、青年の左手で魔力が限界まで収束し、巨大な炎の槍となって放たれた。
先の男達が使用した《炎弾》なる魔法より明らかに強力な炎だ。
かなりの速度だが、躱せない程ではない。
だが、詩音は敢えて避けずに炎の直撃を許容した。
爆音が上がる。
炎の槍は詩音に接触すると同時に爆ぜ、詩音を炎で包み込んだ。
(熱っ!………なんだ、普通に熱いじゃん。………あ、でも火傷とかは無いっぽい。これが耐性ってやつ?)
『A スキル《竜の加護》による魔法耐性では無くスキル《氷雪の支配者》による炎熱ダメージ無効が適応されています』
(ありゃ、それは少し予定外。まあ、いっか)
そんなやり取りをしていると、次第に炎は霧散していき視界が晴れる。
「無傷かよっ!」
《火妖精》の驚きの声が響く。他の妖精達も、驚きつつ詩音に飛びかかるタイミングを計る。
その時だった。
「待って皆!」
今まで蚊帳の外だった《闇妖精》の少女が両者の間に飛び出して、詩音に背を向けた。
「この人は敵じゃない! ボクを助けてくれたんだ!」
鈴の鳴るような可愛らしい声でそう宣言すると、
「え?」
と妖精一同が間の抜けた声を上げる。離れた木上の《風妖精》の少女も聞こえたらしく、一同と同じような表情を浮かべる。
全員、少女と詩音の顔を交互に見比べる動きが完全に同調しており、それが面白くて小さく吹き出しながら、詩音は二本の短剣を消して両手を上げる。
「話、聞いてくれるとありがたいんだけど」