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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
33/120

30話 漆黒の脅威

 その噂が冒険者達の間で流れ始めたのは、今から二ヶ月程前だっただろうか。

 話に曰く、王都付近の森に恐ろしく強い魔物が現れた。種族、能力は不明。

 その魔物は、何の前触れも無く唐突に現れて森の動物や近くの村を襲っているのだとか。

 王都は直ちに討伐隊を結成して向かわせたが、魔物の漆黒の身体は幾百の鏃を弾き、鋼の剣を跳ね返し。

 高位の魔法にも匹敵する魔力の奔流を操り、討伐に赴いた数多の冒険者と兵士を退けるのだと言う。

 冒険者の間では、怪物の類いの噂は数あれど、その殆どが単なる《噂》で完結している。

 そんな中、確かな事実として現れた魔物の話は冒険者の間で瞬く間に広がった。そして、多くの者が噂の内容を知るに連れて、次第に魔物は皆にこう呼ばれ始めた───《黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)》と。


  ◆


『該当の生物無し。何らかの魔物の変異体であると予測』


 脳内に流れる無機質な回答を頭の片隅で認知しながら、詩音は眼前の魔狼を凝視する。

 明らかにこの世界で今までに見たどんな魔物とも違う。

 強い弱いの話では無い。異質なのだ。

 溢れ出る魔力の禍々しさが他の魔物の物とは明らかに異なる。

 魔力とは別の何かだと誤認してしまいそうな程に濃密で重たい。

 そして、その気配に詩音は覚えがあった。今しがた、妖精達に話そうとした違和感。間違い無く目の前の獣がその感覚の正体だ。

 身体から垂れ流しになっている異質な存在感を数十キロの距離を隔てて詩音の鍛え抜かれた《第六感》が感じ取ったのだ。

 金属質に輝く漆黒の獣は、双角を有する狼の如き頭部から燃えるような呼気を噴き出しながら、血走った深蒼の瞳で詩音達(獲物)を見据えている。

 その姿形は、噂の魔獣の特徴に酷似している。


「これって……まさか……」


 アリスもそれに気付いたらしく、途切れ途切れに呟いた。

 その時、魔獣が吼えた。

 大地を揺るがし、大気を震わせるかのような咆哮。

 同時、魔獣の体内に宿る魔力が流動する。

 濃密な魔力は魔獣の頭上で収束し、見る間に眩い光の球を形成した。

 その数、全部で七。

 それが、先程突然の破壊をこの場所に刻み込んだ閃光の正体。

 詩音はその光景に小さく舌打ちする。

 新たに生み出された光球一つ一つが、先の爆発と同等の威力を内包しているのであれば、詩音一人では背後の妖精達を守り切れない。

 だが、撤退を指示したところで間に合わない。

 であれば、迎え撃つ他にない。


権能解放(トリガー・オン)───」


 二節の呪文を口走る。

 それは、水を隷属するスキルをより効率良く行使する為の呪文。

 言葉を紡ぎ、自身に語り掛ける事で無言で発動する時よりも、その精度を向上させる暗示。

 脳内に設計図を広げる。

 必要な工程は四つ。

 検索、想定、収束、固定。

 検索で自身の記憶から必要な構造と形状の情報を引き抜き。

 想定で引き抜いた構造情報と形状情報を統合して仮初めの形を定め。

 収束でそれを造る為の材料を空間中と己の中から集め。

 固定でその形と存在を押し留める。


「───終了(セット)


 刹那の間に工程の全てを終了させ、溢れ出した想像に実体を与えて具現化する。

 剣が造り出される。

 刀身から柄に至るまでが、日光を透過して淡く輝く氷で出来た七本の直剣。

 それらは詩音の意思の許、鋭い鋒を黒狼の生み出した光球へと向けて宙空で待機する。


挿絵(By みてみん)


 詩音の周りを浮遊する七の刃。その光景は黒狼とは違った意味で異質だった。 

 黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)もその在り方に警戒するように、僅かに全身を強張らせたように見えた。

 だが、それも一瞬。

 次の瞬間には、その力みも消え去り深青の瞳を鋭く細めた。

 そして。


「■■■■■!!!!」


 咆哮と共に破壊(光球)を解き放った。


「行け──」


 同時、詩音も停止させていた剣を撃ち出した。

 光球と氷剣。熱と冷気は同じ軌道を描いて飛翔し交錯する。

 直後、熱と閃光が空中で炸裂する。

 詩音の造り出した氷剣は光球を全て迎撃し、消滅。

 だが、光球もまた氷剣に貫かれた衝撃で内包したエネルギーを空間へと放出した。

 

「────」


 背後で妖精達が押し寄せる熱風と閃光に怯む気配がした。

 そして、眼も眩む程の閃光の向こうから漆黒の影が飛び出した。

 黒狼がその鋭く巨大な牙を剥き、猛然と詩音達に突っ込んで来る。


「っ!」


 避けられない。詩音はそう判断した。

 詩音だけならば回避も可能。しかし、背後の妖精達には不可能だ。

 仮に回避行動を取ったとて、全員が完全に避け切る事は不可能。

 そして、黒狼の突進は僅かに掠めただけでも、致命的な損傷を妖精達に与えるだろう。

 地面を蹴る。

 猛進してくる獣を詩音は自ら迎え打つ。

 《雪姫》を抜き放ち、迫る牙をその一点の曇りも無い刀身で受け止める。

 硬質な物同士がぶつかり合う音。

 途方も無い衝撃が雪姫を通じて詩音の全身に響く。

 その衝撃を耐え流し、詩音は両の脚を踏ん張って黒狼の動きを止めた。

 詩音本来の筋力では止める所か,遥か後方まで吹き飛ばされていた事だろう。


竜帝(ドラゴニック・)憑依(エンチャント)を10.2%の出力で発動中。精神干渉、認められません』


 命令を受けた《HL》システムから報告が入る。

 詩音が自身の身体を実験体に導き出したその数字こそ、精神干渉が発生せず、更に発生する肉体的負担がある程度の連続活動が可能なレベルで済む数値

 しかし、それでも意識を己の内に向ければ負荷に身体が悲鳴を上げるのが聞こえてくる。

 全力で動けば自滅は必至。

 

「ぐっ………」


 詩音を圧壊させんと黒狼が力を込める。

 踏み締めた地面が陥没する。

 今の膂力では拮抗するのが精一杯。退く事も攻める事も出来ない。

 ならば、ダメージ覚悟で力を解放して押し返すしかない。

 そう考え、詩音が全身に更に力を込めようとした時。


「セイッ!!」


 気合いの声と共に黒い一閃が黒狼の右前脚に叩き込まれるのを視界の端で捉えた。

 鈍い切削音に似た音が耳に届き、直後に黒狼の力が僅に緩んだ。

 その隙に詩音は黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)の身体を押し返した。

 詩音の真横に立ったクレハが声を上げる。


「シオン、無事!?」

「うん。助かった。ありがとう」


 負担を考慮して一度《竜帝(ドラゴニック)憑依(・エンチェント)》を解除しながらそう返した時、二人の後方から幾つかの光が後退した黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)に向かって放たれた。

 それは、魔法によって強化されたシーナの矢とカインが放った火属性攻撃魔法だった。

 しかし、矢は甲高い音を上げて弾かれ、火炎弾は黒狼の毛先すら燃やせずに霧散する。


「ちっ、中位魔法の直撃で無傷かよ」

「矢も全く通らないわね」


 苦々しく言い放つ二人に黒狼が視線を向ける。

 攻撃を受けた事で標的を詩音から二人へと変えた様だ。

 四肢を曲げ、突撃の予備動作を見せる黒狼。それを阻止しようと詩音が足を踏み出した時、黒狼の動きが不自然に硬直した。

 見ると鋭い爪の並んだ四本の脚全てに土が粘土のように絡みついていた。

 それはエリックとシャルロットが発動した土属性の行動阻害魔法だった。

 しかし、粘土の拘束は二秒と持たずに引き千切られた。

 だが、その数秒の隙に新たな魔法が発動する。

 巨大な水の竜巻が黒狼の身体を呑み込んだ。《魔竜(フォールズ・)巻・水(サイクロン)》。猛烈な水流があらゆる物を引き千切り、撹拌する水属性高位攻撃魔法。

 それを放ったのは、勿論このメンバーで最も水属性魔法の扱いに長けているアリスだ。

 カインやシーナ、エリックが足留めをしている隙に高位魔法の発動に必要な詠唱を済ませていたのだ。

 岩すら削り砕く水の竜巻に呑まれ、黒狼の姿が一瞬掻き消える。

 だが。

 ────流水が弾け飛ぶ。


「■■■■■!!!!」


 水の檻を弾き壊し、黒狼は咆哮を上げる。

 その身体には幾つかの傷がある。 

 だが、その程度。

 高位の魔法の直撃を受けて尚、その魔物は傷を負っただけで健在だった。


「嘘だろおい──」

「全く堪えてない……」


 カインとエリックが呟く。

 その呟きは当然の物だ。魔狼は本来ならば必殺の一撃となる高位魔法に耐えて見せたのだから。

 しかし、次の瞬間。一同は更なる驚愕に晒された。

 全身に刻まれた傷に魔力が集まる。そして瞬く間に再生していく。

 

「再生能力まで!?」


 クレハがそう呟いた頃には、全ての傷が跡形も無く消失していた。


「これは噂のA+ランクの魔物って奴で間違い無いわね」


 言いながらシャルロットは愛用の身の丈程もある棍棒を構える。

 それに続き他の妖精達も皆、各々の武器を手に取る。

 そして、傷が癒えた獣の巨体が飛ぶ。

 漆黒の魔獣が、四十メートル以上の距離を一息に駆けて来る。


「っ──」


 妖精達がその動きを見切ろうと身構えたその時。

 再び、魔狼の巨躯が凍りついたよいに止まる。

 見れば魔狼の漆黒の身体には、細い銀糸が幾重にも絡み付いていた。

 それが詩音の作り出した《竜線》であると全員が理解すると同時に。

 流星じみた複数の銀閃が黒狼の身体をつるべ撃ちにした。

 拘束された巨体に飛来した銀の光は、先の直剣と同じく氷で出来た“矢„だった。

 それは一矢一矢が硬い岩盤すら穿つであろう威力を内包した必殺の狙撃。

 それが全部で十連。

 一息に鎧じみた黒狼の身体を叩き、そして───。

 全ての矢が炸裂する。

 内部に蓄えられた魔力が、刻まれた魔術式にしたがって火薬となって爆発した。

 

「■■■■■■■!!!!!」


 今まで以上の咆哮。

 妖精達は揃って矢の飛来した方向に目を向ける。

 そこには、黒い長弓を構えた詩音の姿があった。

 そして、その隣を抜ける影。

 動きの止まった黒狼にクレハは瞬時に駆け寄り、竜の鱗より造り出された漆黒の剣でその身体を斬り付けた。

 

「…………っ!」


 無言の気合いと共に放たれた斬撃が黒狼の身体を斬り裂き、赤い鮮血が飛び散る。

 それに続き、妖精達も四方から攻撃を開始した。

 妖精達によって魔狼はその身体を抉られていく。

 だが、倒れない。

 並の魔物ならば間違い無く致命傷であろう傷を負って尚、その獣は四肢を確りと踏み締めて立っている。

 その理由は妖精達がいくらダメージを与えても、猛烈な速度で再生してしまうからだ。

 そして、傷が再生し終えると、魔狼は咆哮と共に身体をのたうち回せた。

 手足が振るわれる度に、その身体を戒める銀糸が千切れ飛ぶ。

  

「っぐ!」

「っくそ!」


 妖精達が口々に苦悶の声を漏らす。

 黒狼の巨体から繰り出される攻撃は、完全に回避したとしてもその風圧だけで妖精達の身体を吹き飛ばす。

 そして、再び魔力が光の塊を作り出す。完成した熱球は今までの物よりも小振りであるが、その形成速度は先程までとは比べ物にならない程速い。

 威力を下げ、その分形成速度を速めた様だ。

 一瞬のうちに完成した光球が放たれる。

 牽制の様に撃ち出されたそれは、しかし人ごとき簡単に消し炭に変えるであろう威力を内包した致死の魔弾。

 そして、高速で飛翔する光球の先には、


「っ!」


 剣を構えたクレハがいた。

 躱せない。予想外の予備動作の短縮。攻撃は直撃の軌道。

 回避が間に合わない。だが、防ぐ手段も耐える方法も無い。

 故に、クレハが予想したのは己の死。

 閃光が迫る。迸る熱が刹那の後に身を焼き尽くすという確信。

 死の恐怖、苦痛への忌避がクレハの思考を満たす。 

 だが、眼前に迫る死を拒絶する様に、白い人影がクレハの前に割り込んだ。


 ───シオン?


 直後、爆風が広がった。

 衝撃が周囲を薙ぐ。

 クレハは無傷だった。クレハの身体を焼き払う筈だった光球は、僅かな熱を伝えたのみで霧散した。

 そして、そんなクレハの眼前には、


「シ、シオン………」


 詩音が、己の身を盾にする様に立っていた。

 身に纏う白い外套は半分近く吹き飛び、左腕には爆風により飛散した槍の穂先の様な岩石片が幾つも刺さっている。


「………」


 詩音は無言でクレハの方を見ると一瞬安心した様な表情を浮かべると、再び魔狼の方を振り返り地面を蹴った。


「ま、待っ」


 クレハが静止するより速く、詩音は魔狼へと超走した。


───石破により左腕部を刺傷。特に前腕部は複数貫通により損傷が激しい。まあ、動かない程じゃあ無いか。《HAL(ハル)》、左腕の修復を優先して魔力を回して。


 大きな石片を引き抜きながら、魔力を流動させる。

 周囲の水分が氷となり、詩音の傷口を塞ぐ様に凍結する。


『戦闘継続は危険と判断。この場の戦闘を妖精族に委託し、一時撤退を推奨』

───妖精達の安全が最優先だ。僕の方は度外視でいい。

『…………了解。スキル《超回復》への魔力供給率を上昇。左腕を優先で再生開始』


 《HAL》システムに命令し、詩音は再びスキルを発動する。

 空気中の水が収束して三本の矢を形作る。魔力を編み込み、精緻に造り出されたそれの強度はもはや鉄に等しい。

 三矢を長弓に番え、暴威を振るう黒狼に向けて放つ。大気を貫き飛翔する矢群は同時に黒狼へと振り注ぎ炸裂する。


 だが、魔物は止まらない。


 受けたダメージは目に見える速度で回復し、直ぐに消え去る。

 そして、二度に渡る爆撃を受けた事で、詩音を真っ先に排除すべきと判断したのか。

 黒狼は妖精達を吹き飛ばし、詩音目掛けて一直線に走ってくる。

 詩音は大きく横に飛び退き、突進する黒狼を回避し、地面に足がつくのも待たずに宙空で新たな矢を射る。

 しかし、黒狼の身体に当たり炸裂する矢は、やはり決定打にならない。

 矢は黒狼の身体を穿ち爆発で抉りはすれど、致命傷にはなり得ない。

 

(これ以上は無駄打ちだな)


 そう判断して、詩音は着地と同時に矢を《STORAGE》に格納して、腰の鞘に収まった雪姫の柄に手を添えたまま、黒狼を凝視する。


 次の動きを読み取るべく注視する。


 獣が再び地を蹴る。

 高速で迫るそれは、最早漆黒の壁の様にも思えた。

 顎門(あぎと)を開き、爪を剥く黒壁。

 詩音は、その身を引き裂かんとする爪牙と吹き飛ばさんとする風圧を流して遣り過ごし、雪姫を抜刀する。

 すれ違う瞬間に疾る四つの銀閃。

 光を透過する雪姫の刃が、魔法も矢も弾く魔狼の表皮を斬り裂き、腱を断った。

 巨体が転がる。

 四肢の腱を切断された事で、黒狼の手足は支えとしての機能を喪失する。

 だが、それも一時。

 数秒後には傷は再生し、再び黒狼は四肢で地面を強く踏み締める。


『靭帯の再生を確認。運動能力の低下は見られません』

───おまけに出血も停止。消耗狙いは無理か。


 今度は、詩音の方が魔狼へと突撃する。

 《竜帝(ドラゴニック)憑依(・エンチャント)》発動時には及ばないが、それでも疾風の如き速さで魔狼へと迫る。

 対し、魔狼が向かえ打つ。

 魔力を編み、先と同じ光球を自身の周囲に作り出す。

 数は四。白い軌跡を描きながら詩音へと放たれる。

 詩音は回避も防御もする素振りを見せない。代わり走りながら、四本の氷剣を造り出し、光球へと撃ち出した。

 先の光景の焼き回しである。であれば、結果もまた同じ。

 氷剣と光球がぶつかり、炸裂する。 

 吹き迫る爆風が全身を撫で、衝撃に弾かれた礫が皮膚を叩く。

 詩音はそれを無視する。肌を焼く熱風は《氷雪の支配者》によって無効化され、礫は《(アーマー・オ)(ブ・ドラグーン)》によって弾かれる。気にする必要は無い。

 今は敵に肉薄する為に前に出る。

 迎撃せんと振るわれる爪を、刀身で滑らす様に逸らし、受け流すと同時に斬り上げる。

 鉄をも斬り裂く鋭い刃に詩音の技量が合わさった一撃が黒狼の左前脚を手首の辺りから斬り飛ばした。

 決定的な一撃。しかし、詩音はそれだけでは止まらない。

 支えを失い、前屈する巨体。その頭部を左手で掴み取る。

 直後、衝撃音が鳴り響き、青い閃光が煌めく。

拍複魔導(アラドヴァル)》。

 詩音の左手から放たれた高周波高密度の魔力が魔狼の顔の一部を吹き飛ばしたのだ。


「■■■■!!!」


 叫びとも唸りとも取れる声を上げ、黒狼が残った三肢を使って詩音から距離を取った。

 そして、魔力が傷口に収束し、回復の前兆を見せる。

 だが吹き飛んだ顔の傷は塞がって行くのに対して、欠損した前脚が再生する気配は無い。

 その原因は傷口。斬り裂かれた前脚の断面にあった。

 凍っている。

 血液が赤い氷となって凍結して傷口を覆い、再生を封じているのだ。

 氷は当然の事ながら詩音の造り出した物。

 全ての水を隷属させる《氷雪の支配者》。その特性を雪姫を通して黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)の傷口周辺に発現させ、斬ると同時に流れ出る血液と空気中の水分を氷結させたのだ。

 異常な程の魔力伝達率を誇る竜鱗刀《雪姫》だからこそ出来る芸当である。

 傷口を凍結させる故に出血による消耗は狙えないが、それは元からだ。

 

「うん。これなら、殺せるな」


 そう呟いた時、四度(したび)黒狼が幾つかの光球を作り出す。

 詩音の策が自身を殺し得る物だと理解したのか、今まで積極的に距離を詰めて来ていた黒の魔狼(アーグリィ・ヴァイス)は,詩音との距離を保ったまま攻撃の体勢に入る。

 直後、魔狼の光球の全てを炎の槍が貫いた。

 光球が魔狼の頭上で炸裂し、爆風がその漆黒の身体に降り注ぐ。自身の技の爆発を間近で受けた黒狼が声を上げる。

 それだけではない。更に幾本かの矢が黒い身体を連打する。

 一矢たりとも鉄のような表皮を貫く事はない。代わりに、鏃が触れた場所からは黒く硬質な円柱形の重石が生える。

 《枷弾(レッド・バレット)》。矢に触れた物に約二百キロの重石を植え付ける魔法と弓矢の複合攻撃。

 それを放ったのがシーナである事を見る事無く認識しながら、詩音は動いた。

 魔狼がそれを見て迎撃の仕草を見せる。が、シーナの援護によって植え付けられた重石の効果で、動きが僅かに鈍い。

 それはほんの一拍程度の遅滞。しかし、詩音に取ってはそれで十分過ぎた。

 鍛え上げた身体能力を全力解放し、《氷雪の支配者(スキル)》によって氷結の力を付与された刃を構え、三十メートル近い距離を一息に走り抜ける。

 だが、魔狼の首を間合いに捉える直前で─────


「───え?」

 

 詩音の視界に映る景色が切り替わった。



























《第六感(擬):A》

 直感力、勘の鋭さ。物事の最適解をあらゆる理論、理屈の過程を省略して感覚的に感じ取る能力。

 詩音のそれは持って生まれた才能ではなく、膨大な経験によって裏打ちされる経験則。数多の死線の果てに磨き抜かれた彼の直感は、もはや他者には理解不能の予言、予知の類いに近い。

 異常な観察眼と相まって、詩音はあらゆる奇襲、不意討ちを感知する。

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