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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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29話 黒の魔獣

「───シオン君はもう聞いた? 例の話」


 《雪姫》の手入れをする詩音の髪を結いながらアリスは訪ねた。

 アリスが嗜好的な意味合いで詩音の髪を弄るのは、割りと前からの事なので詩音は特に気に止める事なく質問に応じる。


「冒険者達の間で話題になってる正体不明の《魔獣》の事?」

「そうそれ」


 詩音の銀髪を慣れた手つきで編み込みながらアリスは頷いた。

 

「王都の近くの森にまた出たんだって。近隣の村が襲われてかなり荒らされたらしいよ。王都から討伐に出た兵士に二十人近い犠牲者が出たんだって」

「正確には十八人だって。ニアが教えてくれた」


 知り合いの情報屋から得た情報でアリスの言葉を補足する。


「王都で起きた事が東部に位置するこの街まで届く辺り、エネミーランクA以上ってのは本当らしいね」


 雪姫の目釘を締め、鞘に戻しながら詩音は言った。


「うん。──よし、出来た」


 話をしている間に、アリスは髪弄りを終了させた。

 完成した詩音の髪型はクロス編みのポニーテールとでも言うべき物で、編み込んだ髪には白いリボンが結ばれている。


「満足した?」

「うん。ありがとうシオン君」

「いや、僕も髪を結う手間が省けるから助かるよ。…………少しばかりお洒落過ぎる気がするけどね」

「そんな事無いよ。よく似合ってて凄く可愛いよ」


 そう褒められても、素直に喜べず詩音は「ありがとう……」と苦笑混じりに返すのだった。


  ◆


 ユリウスから離れた場所に広がる名前も知られていないような森。

 それを二つに分かつように流れる小川の中に詩音は佇んでいた。

 暑さは日に日に増すこの季節。

 コートとブーツを脱ぎ捨て、晒された肌を冷たく清澄な渓水が肌を撫でる感覚は、とても心地がいい。

 スキルによって暑さ寒さの類いでダメージを負ったり体調不良に陥る事はないが、何も感じないと言う訳ではない。

 人の形を取っている以上、暑さも寒さも感じるのだ。

 だが、詩音はこの森に涼みに来たのではない。


「あ、あった」


 水晶を溶かしたかのような清らかな水の下から拾い上げたそれは掌に収まる程度の大きさの石。

 乳白色の、しかし日光を翳せば僅かに透き通る鉱石だった。

 《霞石(かすみいし)》と呼ばれるそれは決して珍しい物ではない。

 魔力の濃密な森や山、海辺等、在るところには割りと普通に転がっている。

 何故そんな物を集めているのかと言うと、シャルロットが客から依頼されたオーダーメイドの武器の製作に必要なのだが、うっかり切らしてしまったらしいのだ。

 在るところには幾らでもある物だが、魔力の濃い場所は危険な魔物も多く生息する傾向にあり、それなりに腕の立つ者で無くては採取するのが難しい為、市場にもあまり出回らない。

 「ならば自分で取りに行くしかあるまい」、と言う行動力の高さが伺える結論を出したシャルロットに、他の妖精達と共に手伝おうと申し出た結果、現在に至る。


「───よし、こんな物かな」

 

 ウィンドウを開いて目標とした数が《STORAGE》に貯まったのを確認する。

 姿は見えないが、凄く離れた場所で同じように石を探している妖精達も、そろそろ数を揃えた頃だろう。

 そう判断して、予め決めておいた合流地点に向かおうとした時、


「────」


 詩音は不意に動きを止めた。

 一瞬、何かを感じたような気がした。

 それは本当に一瞬、瞬きの間に感じた違和感。

 最高ランクを与えられた《気配察知》スキルが何かの存在を探知したのか。

 それとも、所謂《第六感》と言う物が働いたのか。

 だが、その違和感はあまりにも弱々しく、「気のせいだ」と言われればそれで納得してしまいそうな程度の物だった。

 ここは自然の豊かな森の中。

 当然多くの動物、魔物達が生息している。それらの存在を感じ取っただけなのかもしれない。

 

「……………………」


 唐突な感覚に、不快感にも似たものを感じながら詩音はゆっくり岸へと歩き始めた。


  ◆


「…………うん。これだけあれば充分ね。皆ありがとう」


 集合場所で自身と妖精達が集めた《霞石》の数を確認したシャルロットが皆に礼を言う。


「悪かったわね。付き合わせちゃって」

「何、俺達もシャルの武器には常々世話になっている。気にするな」


 エリックの返答に他全員同意する。 

 普段シャルロットは、皆の武器の製作や補修を一人でこなしているのだ。

 そんな彼女が困っているのならば、皆協力を惜しむ筈もない。


「それにしても随分な量ね。そんなに沢山注文が来たの?」

「あー………いや、皆が手伝ってくれるなら折角だし実験用の分も集めようかなー、なんて思っちゃったりして」


 シーナの言葉に、苦笑と共にそんな本音を返すシャルロット。

 

「それで、この後どうするよ? せっかく遠出したんだ。このまま即帰るってのも味気無いだろう?」


 カインの言葉に妖精達はそれもそうだな、と考える。

 

「なら、さっき向こうの方に綺麗な川が見えたから、そこに皆で涼みに行くって言うのはどう?」


 そう言ってアリスが指差したのは、先ほど詩音が来た方向だった。

 綺麗な川と言うのは、詩音が《霞石》を探していた場所の事を言っているのだろう。

 

「川か……うん、それ良いかも」


 シーナがその提案に乗ると、カイン、エリック、シャルロット、クレハもそれに続いた。

 詩音も別に構わないと同意の意を示そうとして、ふと先ほどの事を思い出した。

 川辺を立ち去る時に感じた謎の感覚。

 気のせいであった可能性の高いその感覚の残留が出そうとした言葉を押し留めた。

 

「シオン?」


 クレハが不思議そうな表情を浮かべて、唐突に口を接ぐんだ詩音の名前を呼ぶ。

 詩音は説明するべきか悩んだ。

 果たしてこれは皆を止めるに足る理由なのか。


「………皆、ちょっといい?」


 数瞬の思考の末、詩音は先ほど感じた違和感について話そうと口を開いた。

 少し神経質過ぎる気もするが、『気になる』という事は『無視するべきではない』と思える要因を無意識のうちに認識していると言う事。

 悩んで明確な答えが出ないのならば、直感的な物に従うのも一つの手だ。

 しかし、詩音が次の言葉が口にする直前。

 幾つかの出来事が、一息の間に起こった。


 突然、詩音が身体を翻し、妖精達に背を向けた。同時に、空気中に存在する水が詩音の意思によって凝固する。。

 突き出した左腕の前方。何も無い空間に展開されたそれはクレハ達を覆い隠して余りある程に巨大な氷の盾。 

 そして、刹那の間をおいて光が飛来した。

 

「え───」


 それは誰の声だったのか。或いはその場にいた全員の呟きだったのかもしれない。

 直後、全ての音が掻き消された。

 

  ◆


 視界が白紙の様に白く染まるのを一瞬だけ認識し、直後にクレハは瞼を閉じた。

 閃光に僅かに遅れて訪れたのが、全ての音を呑み込む爆音とあらゆる生命を焼き尽くす程の熱、そして猛烈な爆風。

 

「っ………………!」


 驚愕する余裕は無い。

 そんな物は後回しにして、必死に吹き飛ばされない様に耐える。

 しゃがみ込み、その場に留まる事に全力を尽くす。

 閃光は恐らく、ほんの一瞬だったのだろう。

 地面の欠片が飛び交う中、なんとか致命傷を受けずにやり過ごせた。

 ──────瞼を開く。

 強烈な刺激()に鮮明さを欠いた視界を数回の瞬きで何とか回復させる。


「な───」


 眼前には破壊が広がっていた。

 大地が焼け焦げ、大きく抉れている。

 周囲の木々は薙ぎ倒され、草花は残らず灰になっている。

 炎で所々赤くなった地面の中でクレハは仲間の姿を捉えた。

 全員大した負傷は無い様だが、何が起きたのか分かっていない様子だった。

 それはクレハも同じだ。

 あまりにも唐突過ぎた。あまりにも予想外過ぎた。

 ただ理解出来たのは、光も音も熱も全てが爆発によって引き起こされたと言う事だけ。

 何故、そんな事(爆発)が起きたのかは分からない。

 だが、地形が変わる程の爆発の中、何故自分達が助かったのかだけは分かった。

 燃え盛る炎の中、詩音は立っていた。

 突き出した左腕の先に氷盾を従え、背後の妖精達を守っていた。

 

「シ─オン──」


 熱に渇いた声で名前を呼ぶ。

 直後、氷の盾が溶ける様に消えて行き。

 純白の外套を僅かな煤で汚した少年は、首の動きだけでクレハの方を見た。

 青い瞳が順々に素早く全員の生存を確認する。

 

「っ──一体何が………?」


 シーナが立ち上がりながら呟く。

 それに続く様に、アリス達も身体を起こす。

 

「これは──」


 惨状を見据え、エリックが声を溢した。

 その時───

 ピキッ、という硬質な音が響いた。

 それは、空間が割れる音だった。

 風景に亀裂が走る。

 まるでそこに、目には見えない巨大な硝子でも在るかの様に世界に(ひび)が入り、砕けた。

 そして、巨大な《孔》が世界に空いた。

 その、あまりにも不可思議な光景に、その場の全員が言葉も無くただ目を見開く事しか出来なかった。ただ一人、詩音を覗いて。

 詩音だけは、目の前の光景を見ながら身構えていた。

 人の背丈の五倍はあろう《孔》は次第に歪み始め、光の渦のような姿に変わる。

 そして、渦の中から黒い何かが姿を現した。

 穴のサイズに見合ったそれは、最初に頭部を、次いで前脚を、そして全身を詩音達の前に晒す。

 

 用済みとなったのか、消えて行く《孔》を背景に佇むそれは四足獣()だった。

 

 狼を思わせる身体は漆黒の長い毛に覆われており、腰から後ろに視線を流せば長い尾と、その先端に付いた体毛が硬質化したのであろう長大な刃が目に入る。

 身体と同じく狼の物に似た頭部の側面からは山羊を思わせる捻れた太い角が後方へとそそり立ち、大きな顎門(あぎと)の中には鋭い牙が幾本も並び、前後の四肢にはそれぞれ刀剣のように長い爪を備えている。

 そして、深い海の底を思わせる深蒼の双眼は、詩音と妖精達を映す。

 禍々しい黒狼。その姿は今冒険者達の間で噂になっている魔物の特徴の全てを備えていた。

 

「これって……まさか……」


 動揺を隠しきれないアリスの呟きは、大気を揺るがす豪咆に掻き消された。

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