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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
一章 異界妖精郷村《フェルヴェーン》〜憧憬の六芒星〜
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2話 異能

 出口を求めてさ迷い初めてから、体感で凡そ三十時間が経過した。

 広大かつ、複雑に入り組んだ洞窟を地図も道標も無しに歩くのは、少々気が滅入る。

 一応、出口には少しずつだが近づいている。

 断言出来る理由は、シオンが保有する通常スキルにある。

 通常スキル項目に《反響定位(エコー・ロケーション)》の名前で登録されているスキル。

 元々は詩音が元の世界で身に付けたもので、自身や周りから発せられた音が壁や物に反射して帰ってくるまでの時間や音の質で地形や物の配置を把握する技術である。

 音を発するのが前提であるため隠密行動には向かないが、こういった洞窟のような閉鎖空間では大いに役に立つ。

 更に詩音は《共感覚》という、外部から受けた感覚刺激を別の感覚器官への刺激へと変換する能力を用いて、《耳》で得た地形情報を《眼》で得た情報へと変換している。

 これにより詩音は反響で把握した形を視覚的に認識する事が出来る。

 そして、視覚へと変換した情報、その不明瞭な部分を地形の特徴から仮定的に補完する事で、より高精度な地形把握を可能にしている。

 

 地形以外にも、生物や障害物の有無も把握可能の為、詩音は危険そうな生物が居ないルートを選んで行動している。

 時間はかかるが安全を優先するならば仕方がない。

 一息入れようと適当な岩場に腰を下ろす。


「出口までこのペースならもう一日は歩く必要があるな…………」


 《反響定位》を行った結果、この洞窟内にはかなり大型の生物が多数生息しているらしい。

 実際、ここに来る道中も見たことの無い生物、否怪物と言った方が適切と思える物に何度か遭遇している。

 全長十メートル近い巨大な百足、牛程度なら拐ってしまいそうな巨大蝙蝠、小型トラック大の蜘蛛等。

 どれも元の世界の常識では有り得ない化物ばかり。

 いざ襲われてもスキル《竜化》や《竜王(ドラゴニック)憑依(エンチァント)》等もあるので、死にはしないだろう。

 しかし、初見の生物な上に自身の状態を未だに完全に把握出来ていないシオンは、正面切って戦う気になれず、気配を殺してやり過ごしてきた。

 今後もその方針で行くなら、これ以上のペースアップは望めない。


「そう言えば、結構移動したのに空腹を感じないな。喉の渇きも」


 元々燃費の良い身体ではあった。一週間程度の絶食絶水でも身体機能や脳機能を維持する自信はある。

 だがそれは、空腹や渇きを感じないなのでは無く、あくまで我慢できるという意味。

 しかし、この洞窟に来てから丸一日以上、元の世界の時間も足せば二日以上飲まず食わずで活動しているにも関わらず、今の詩音にそう言った欲求は無かった。

 何故だろうと思ったその疑問に、脳内で無機質な機械音声が答えた。


『A 高位の竜は体内で生産している魔力によって生命活動を維持している為、飲食を必要としません。飲食行為は可能ですが、栄養分の摂取は行われず、全て魔力へと変換されます』


 理屈や構造を理解することは出来ない。だが、ここは詩音が元いた世界とは異なる世界。

 詩音の知る常識が通じない以上"そういうものなのだ"と呑み込むしか無い。

 しかし、飲食の必要性が無い、というのは正直有難い。


「そう言えば、前から高位の竜って言ってるけど、竜ってのは位分けされた生き物なの?」

『A 竜種は大きく下位、中位、高位、最高位の四階位に分けられます。階位が高いほど、高い知能と力を備え、中位以下の竜種は獣程度の知能しか有していません』


 獣程度、というのは随分曖昧な気がするが。


「で、僕はその高位の竜ってわけね」

『A いえ、最高位の白竜です』

「へぇ」


 とは言っても、だからなんなのだ、というのが詩音の本音である。

 と、その時微かな、本当に微かな音を聴覚が捉えた。

 立ち上がり、音に意識を向ける。

 何か、重い物を引きずるような鈍い音。

 それは次第に近づいてくる。かなりの速さで。


まずいな…………。


 現在詩音が居る場所は、そこその広さと高さがあるが、隠れられる岩や横穴の無い空間。

 もと来た通路を戻ろうにも、少し戻った場所には馬鹿デカイ蝙蝠の群れが屯している。

 通路は一つ。退けば大蝙蝠。進めば得たいの知れない何か。


「………しょうがない。覚悟決めるか」


 呟き、通路を見据える。

 もしかしたら、大人しい生き物かも知れない、と楽観的な期待をしつつ、意識を戦闘に備えて切り替える。


 数十秒の後、それは姿を表した。

 蛇、と言うのが正しいのか。

 腕も脚も無い長い身体は確かに蛇の物。

 しかし、その全長は軽く十メートルを越えている。そして何より頭が二つ。

 胴が途中で二つに別れ、その先端には長い牙と鋭い眼孔を持つ頭。

 双頭の蛇。

 四つの眼光が、周囲の魔水晶の光を受けて怪しく輝く。


「どう見ても大人しい生き物じゃないよね。なんだこの化物は」

『A 種族名《双頭(ブラックサーペント・)大黒蛇(ダブルヘッド)》。種族名《大黒蛇(ブラックサーペント)》の上位固体です』

「あっそ、説明ありがとう。出来ればこの場を打開する方法も考えてくれるとありがたいんだけど」

『………………』

「あ、アイデア無しですか」


 そんなやり取りをしていると不意に大蛇が口を開く。


『人間……珍シイ……』

「喋った!?」


 カタコトではあるが、大蛇は確かに人の言葉を発した。

 この世界の大蛇は人の言葉を喋るのかと詩音は内心で驚愕する。

 しかし、直ぐにその考えを訂正する声が脳内に響く。


『白竜の特性により魔物や一部人の言葉を理解する事が可能となっています』


 《HAL》システムが簡潔に事のからくりを解説する。


「へぇ。でも話が通じるなら好都合か。

 えっと、ちょっと悪いけど、外に出たいからそこ通してくれないかな?」


 詩音は少し戸惑い気味に大蛇へと懇願する。

 しかし、双頭の蛇は四つの目で舐める様に詩音を眺めながら長い舌をチロチロと震わせる。


『ダメ』

「え──?」


 短く言って、二本の首が長く鋭い牙を剥いて詩音に襲いかかって来た。

 

「おっと」


 その場から飛び退き、回避したあと、更に二度三度下がって距離を取る。 

 

『オレ、今腹減ッテル。人間、旨イ。オ前、オレノ餌』

「えぇ………冗談でしょ………」


 苦笑を浮かべて詩音は一歩後ずさる。

 冗談であれと願いながらも、詩音は内心で理解していた。

 眼前の怪物が本気で詩音の事を餌と認識している事を。


───どうしたものかなぁ………


 隙を見て逃げようにも、大蛇はその巨体で通路を封鎖している。

 逃がす気はないというように。

 だがまぁ、スキルを使えばどうにか逃げる隙を作れるだろう。

 と、そこまで考えたところで、ふと思い付く。


(ひょっとして、あれを使えば。………試してみるか)


 再び、大蛇がその(あぎと)を開き、詩音を噛み殺そうと首を伸ばす。

 今度は左右同時。

 右の首を躱したのに合わせて、左の首が襲い来る。

 それの額を踏みつけ、巨体を飛び越えて回避する。


「キシャアアア!」


 捕まらない詩音に腹を立てたか、双頭が共に吠える。

 そんな怒声を聞き流しながら、


「さて、それじゃやりますか」


 詩音は小さく呟いた。

 

 スキルを発動させる。この世界で目覚めて手にした力。


───空間中の水を操れるスキル。僕の予測が正しければ……


 水の操作は脳内のイメージをトレースして行われる。故に頭の中で今必要な物の形を描き、それに必要な水をかき集める。

 三度、大蛇が襲いかかる。(サーベル)のような牙が並んだ(あぎど)を限界まで開いた左の首が迫る。

 詩音の身体を噛み潰し、呑み込もうとする大口(だいこう)


しかし─────。


「シッ!」


 蛇の首筋から血液が吹き出し、洞窟を濡らす。


 詩音の手には一太刀の剣が握られていた。肉厚で軽く弧を描いた武骨な短剣。

挿絵(By みてみん)


 それを形作っているのは氷。冷たい刀身は生暖かい蛇の血で濡れている。

 固有スキル《氷雪の支配者》。氷雪、炎熱系統のダメージを無効にし、空間中の水を支配し操ることができるスキル。

 空間中の水。それは泉や川の水に限らず、空気中の水分も含まれる。

 短剣は、その能力を使い空気中の水分を集めて作り上げた氷の剣である。


「漫画やゲームではありきたりな使い方だけど、悪くないな、これ」


 刀身の血を振り払いながら呟く。見たところ氷に溶けたり欠けたりといった様子はない。


「これはスキルの影響?」

『A スキル《氷雪の支配者》により形成された氷は、微弱な物理耐性を有しており、通常の氷より耐衝撃性、耐磨耗性、耐熱性に優れます』

「それはいいねぇ。まあ、少し練習が必要かもだけど」


 初めて作った氷の短剣は荒削りで、お世辞にも完成度が高いとは言えない。

 それでも、あの大蛇を殺すには充分すぎる。

 大蛇は今尚健在。

 噛み付きを躱し際に合わせた詩音の氷剣は左蛇の鱗と表皮を浅く裂いたのみ。致命傷には程遠い。

 だが、餌と見なした人間からの思いがけない抵抗。 

 それが眼前の化物の逆鱗に触れたらしい。

 爬虫類独特の瞳に怒りの感情を宿し、細く息を吐くような威嚇音を上げて迫る。

 双牙が迫る。

 飛び越え、開けた距離を金切り声と共に詰めて来る。

 対して詩音は冷静だった。

 左手にも、右と同じ短剣を創り出し、氷塊の刃を備えた二刀を同時に投擲する。

 青銀の軌跡を描いて二つの氷刃が飛翔する。

 鋭く投げ放たれたそれは、それぞれが真っ直ぐに大蛇の額を捉えている。

 

 だが――――――


 飛来する鋭利な刃。

 それを左右の蛇頭は、寸での所で首を捩り躱して見せた。

 回避された短剣は、そのまま大蛇を素通りして洞窟の天井へと突き立った。


 反撃を躱し、勝利を確信したか。

 大蛇は二つの顎を開き、全速力で詩音へと突撃する。   

 それを、詩音は跳躍して紙一重で躱し、先程と同じ様に、今度は二股に別れた大蛇の首元を踏み台にしてその身体を飛び越える。

 地面に足が着くと、詩音はその場で踵を返して大蛇の方を振り返った。

 同じく大蛇の方も二頭揃って鎌首を返し、詩音の方を睨み付ける。

 明確な殺意を宿した視線を真正面から受け止めながらも、詩音は一切気負されはしていない。

 そして再度、双頭が詩音に向かって伸び迫って来る。

 それに対して今度は回避の姿勢を一切見せず、ただ立ち尽くしながら詩音は、


「うん。タイミングバッチリ」


 気軽な声でそう呟いた。

 その直後だった。

 詩音に迫る大蛇。頭上から巨大な岩が降って来た。

 牙を向く二つの蛇頭は、獲物まで後僅かと言った所で落石によって押し潰された。

 最初から、詩音の狙いはこれだった。

 あの投擲は大蛇を狙った物では無く、回避される事を見越してその先、天井の最も崩落しやすい一画を標的として放たれた物。

 かくして詩音の予想通りに岩盤へと突き立った短剣によって、詩音の予想通りに崩落が発生した。

 そうして、なるべくしてその巨石は大蛇の二本の頭を寸分の狂い無く押し潰したのだ。

 

 二頭を完全に潰された大蛇の身体は暫しの間痙攣する様に動いていたが、数分と経てばその動きも止まり完全に活動を停止した。

 蛇の死体に歩み寄る。


「これって毒あるのかな?」

『A 血、肉、内臓等に致死性の神経毒が含まれています』

「神経毒か。使えそうだな」


 詩音は双頭大黒蛇の死体をストレージへと格納する。生物は格納不可と言っていたが死体なら問題無いらしい。


「しっかし、デカイだけじゃ無くてこんな奇形みたいのまでいるのか。やっぱり早いところこんな洞窟抜け出そう」


 血の匂いに他の生き物が集まって来る前に、詩音は再び出口を目指して歩き始めた。



























 霧咲詩音のスキル

反響定位(エコー・ロケーション):A》

 音の反響で周囲の様子を把握する技術。

 Aランクであれば条件次第で周囲十数キロの様子を精密に把握できる。

 また、音の反響の差違を聞き分ける事で物の形状や配置だけでなくその材質や構造、内容物まで把握する事ができる。

 ただし使用には非常に高い集中力と膨大な情報を処理する必要がある為気力と体力共に消耗が激しい。

 また、肌の感覚が鋭敏化しており、少しの刺激でも過剰に反応してしまうという副作用もある。

 更に詩音は《共感覚》という受けた感覚刺激を別の感覚刺激へと変換する(音や文字を見て同時に色を感じる等)事で聴覚と同時に視覚でも地形を把握して、細部をより鮮明に把握する事で、精度を引き上げている。

 いや寧ろ、音での把握はかなり大雑把で、視覚変換による編集、補完こそがこのスキルの精度の肝である。

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