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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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26話 小さな冒険者達

 今日も今日とて、詩音は組合(ギルド)を訪れる。

 朝方の冒険者組合は、依頼を受けようとする冒険者で賑わう。

 詩音もそんな冒険者に混ざって、掲示板の前で受ける依頼を吟味する。

 手に取ったのは薬草の採取依頼。

 この依頼を達成すれば、詩音の冒険者ランクは最下位の石級(ストーン)から水晶級(クリスタルランク)へと上がる。

 そうなれば、受けられる依頼の種類も得られる報酬の額も増える。

 この世界に来てからそれなりの月日が経過した。

 とりあえず現段階で手に入る魔力関連の本を片っ端から読み漁ったが未だに元の世界に帰る為の糸口すら見つからない。

 如何に魔法や魔術といった超常の法則に満ち溢れた世界と言えど、流石に別世界への移行という現象は特殊過ぎるのか、世界を渡り歩く類いの魔法または魔術は見当たらない。  

 一応、空間魔法や次元魔術等、それっぽい物がありそうな名前の魔力行使法はあるらしいが、それらはかなり特異かつ深淵(ディープ)なジャンルらしく、関連資料や理論を記した書物は一般には出回らないのだ。

 要はお手上げ状態という訳である。

 もっと専門的な機関やら施設にある論文や研究データ的な物が手に入れば話は別だが、生憎そんな物を入手するツテもコネも詩音には無い。

 とは言え、詩音としては元々前の世界に執着や未練がある訳でも無いので、帰る方法が見つからないならそれでも良いと最近では考えている。

 という事で、目下詩音は絶賛勤労中な訳である。

 帰る方法を探すにしろ、この世界で暮らすにしろ、金が無くては何も出来ないのが人の世の常。

 いつまでも妖精達の世話になる訳にもいかないので、取り敢えず当面の詩音は、資金稼ぎが主な活動目的となる。

 依頼の用紙を手に取り受付カウンターへと向かい、もう幾度と繰り返して手慣れた手続きを終わらせ、踵を返して出口へと向かう。その途中、他の冒険者達の雑談が耳に届いた。 


『聞いたか? 最近この国にえらく危険な魔物が入り込んだらしいぞ』

『危険な魔物って?』

『さあな。具体的な種類なんかは知らねぇけど、とにかく強いらしい。ランクA相当、なんて話しもある』

『マジかよ! 大物じゃねぇか』


 よくある噂話の類い。

 だが、何故か詩音はその話が気になった。

 特に理由は無い。ただ何となく、忘れ去る事を直感が拒否した。

 話の内容を頭の片隅に置いたまま、詩音は組合を後にした。

 

  ◆


 目的の植物が自生する《カシューの森》は、街から小一時間歩いた場所にあった。

 腰に愛刀を差して森の中に入ろうとして、


「ん? あれは」 


 二つの人影が目に入った。

 

「ねぇ、やっぱりいきなり魔物の討伐なんて危険だよ」

「なに弱気な事言ってるのよ! 私はさっさと次の階級に上がりたいの!」


 そんな言い合い(片方が一方的に声を荒らげているだけだが)をしているのは二人の男女。

 見た目から予想できる年齢は十二、三歳。格好を見るに詩音と同じ石級(ストーンランク)冒険者だろう。

 少女の方は赤い髪をサイドで結わえており、手には木製の短弓(ショートボウ)を握っている。

 少年の方は髪の色は同じく赤だが、此方は短く切り揃えており、両の手には身の丈に合わせた短めの片手剣と革製の円盾(バックラー)をそれぞれ装備している。

 髪型や格好の違いはあるが、それ以外の部分はよく似ている。

 二人の言動を聞いて、詩音は「はて?」と内心で首を傾げた。詩音の記憶する限り、石級(ストーン)の依頼の中でこの森での魔物討伐の類いはここ数日掲示板に上がって居ないからだ。

 何時も朝一番に組合を訪れて確認している為、間違い無い。

 その疑問に対する答えの予想は直ぐについた。

 あの二人(おそらく少女の方が言い出したのだろうが)は、依頼外での組合からの評価を狙っているのだろう。

 冒険者ランクを上げる方法は二つある。

 一つは詩音のようにひたすら自身のランクにあった依頼をこなして昇格する方法。

 もう一つが、依頼以外で何らかの活躍をして組合からの評価を上げる方法だ。

 少女が狙っているのは恐らく後者。

 依頼ではなく個人的に魔物を討伐して、組合にそれを報告しランクを上げようと考えているのだろう。

 だが、それはあまり賢い考えでは無い。

 この森には、厄介な魔物が生息している。

 組合はこの周囲での討伐や採取の依頼を出してはいるが、正直水晶級(クリスタルランク)以下の冒険者にはおすすめ出来ない狩場だ。

 更に、仮にこの森の魔物を討伐したとしても、その程度の事では組合がランクを上げる事は無いだろう。

 依頼外での魔物の討伐への評価による昇格が適応されるのは、基本的にBランク以上の一つの村や街に甚大な被害を与えるであろうレベルの魔物を討伐した時に限られる。

 この森に住む魔物はどれもCランク以下。

 討伐を行った所で、少女等には危険こそ在れど利益は殆ど無い。

 一瞬、声を掛けて注意を促そうとしたが、止めた。

 別に知り合いと言うわけでも無し、お節介を焼く必要は無い。そもそも、厄介な魔物と言っても気をつけていれば対処出来るレベルのものだ。

 そして何より、同じ初心者(石級)の詩音に偉そうに忠告する事は出来ない。

 と、そう結論着けた時、二組の内、少年の方が詩音の存在に気付き、小さく頭を下げて会釈した。

 詩音もそれに小さく礼を返すと、


「ん、何あいつ? 単独(ソロ)? この暑いのにコートとフードなんか被って格好つけちゃって」


 少女の方が詩音を見てそう口にした。

 初対面の相手にいきなりな物言いだが、少年との口喧嘩の勢いで言ってしまったのだろう。


「ちょ、いきなり失礼だよ!」


 少年の方がそう言ってから、「すみません」と二度(にたび)頭を下げた。

 詩音はそれに「気にしてない」と言う意味合いを込めて手を振ってから、今度こそ森の中に入って行った。


  ◆


「大量大量~」


 一時間程森林の中を歩いた詩音は、腰を屈めて赤い果実を摘み取る。

 苺に似た外見のそれは《プレトーナ》と呼ばれる果実。今回の依頼の採取対象の植物で、回復薬(ポーション)の材料になる他、ケーキや焼き菓子にも使える便利な代物なのだ。

 指定された量を収穫しても有り余る数が自生するポイントを偶然見つけた詩音は、手早く果実を摘み取る。

 組合に提出する分とは別に、妖精達への土産として《STORAGE》に収納する。

 甘い物が好きなクレハ達女性陣は喜ぶことだろう。

 

「こんなもんかな」

 

 ある程度の数を収穫し終えてから、詩音は腰を上げる。

 そして、ふと三つの気配を感じて視線をそちらに移した。

 そこには見覚えのある二人の姿。

 短弓を手にした少女と、剣と円盾を携えた少年。

 

「ねぇ、帰ろうよ。これ以上奥に進むのは危ないって」

「あーもう! うるさいわね! 平気だって言ってるでしょ!」


 相も変わらず少年が危険だと申し出ても、少女はそれを受け入れない様子。

 周囲への警戒など一切せず、無防備に(主に少女の方が)大声で喋りながら森を進む二人組。

 そして──


「そこの二人!」


 瞬間、詩音は声と共に腰の雪姫を抜き放ち、地面を蹴った。

 声に、二人が振り替える。


「え!?」

「さ、さっきの人!? 速っ!!」

「何!? 盗賊!? レオル、迎え打つわよ! たった一人、大した事ないわ!」

「う、うん!」


 少年が頷くと同時に、少女は無駄の多い動作で短弓に矢を番えて放った。

 だが、まぐれか、意外に腕が良いのか。少女の射った矢は詩音の右肩を射抜く軌道で迫る。

 瞬間、詩音の左腕が霞むような速さで動く。

 詩音は飛来する矢を避ける事も防ぐ事もせず、走りながら左手で掴み取ったのだ。


「そ──」


 「そんな!」という声が少女から上がるより先に、詩音は掴み取った矢を投げ返した。

 狙いは少女───では無い。狙ったのは、その背後に忍び寄る存在。

 パシュッという鋭い音。

 少女等は、その音で漸く己の背後に目をやった。


「シュウウウウ!」


 眉間に矢を喰らい、そんな叫びを捕食器官らしき口から迸らせたそれの姿を一言で言い表すとしたら、『木』だ。

 直径一メートル近い幹から別れた枝には、緑の葉が生い茂っている。表面の皮には薄く苔が生えており、パッと見どこにでも生えている樹木にしか見えない。

 普通の樹木との違いを上げるとすれば、『動いている』『目や口がある』という二点。

 尤も、目は眼球など収まっていないただの穴。口は大きな裂け目でしかない。

 《魔動樹(トレント)》。森の中では普通の樹木に紛れてしまい、不慣れな者では見つけるのが困難とされる魔物だ。

 

「な、何!?」

「きゃあ!」


 その姿を認識し悲鳴を上げる二人に、魔動樹(トレント)の四本のツタが迫る。鞭のようにしなるツタの先端には大型の木葉が硬質化したような短剣がついている。

 子供二人を屠るには十分過ぎる威力を持った攻撃。

 その一撃を───


「ふっ!」


 旋風纏った白刃が迎え打つ。

 一息に繰り出された四つの斬撃で以て、二対ののツタが斬り払われ、剣圧の余波が詩音のフードを捲った。

 白銀の長髪が靡き、その下の蒼い瞳が一瞬少年と少女の姿を見る。

 二人はその姿に見惚れてしまった。

 一瞬、自身等が命の危険に晒されている事を忘れて。

 

「何ぼさっとしてるの」


 まさか自分に見惚れているなど欠片も思っていない詩音の冷静で静かな叱咤が二人の意識を呼び戻す。


「早く下がって」


 追撃のツタによる攻撃を斬り落としながら言う。

 

「え、あ、えっと」

「レイナ、こっち!」


 その指示にどう動いたものかと戸惑う少女の手を少年が取って引っ張った。

 少女は少年に引かれるままに脚を動かして、詩音と魔動樹(トレント)の戦闘領域から脱し、近場の樹木の影に身を隠した。

 獲物を逃がされた事に怒ったのか、魔動樹(トレント)は唸り声のような咆哮と共に刃のついた触手を高々と掲げる。

 その数は三対六本。

 四肢を貫かんと繰り出される六の刺突を最小限の動きのみで回避し、標的を外したツタを切断した詩音は、本体に向かって踏み出す。

 そして、腰のポーチからあるものを取り出した。

 それは、赤黒い粉末の入った薄い氷のカプセル。

 掌に収まるサイズのそれを、魔動樹(トレント)の人で言う鼻に当たる部分に投げつけた。

 パリン、という硬質な音と共に薄い氷は砕け散り、中の粉末が拡散する。

 そして、


「しゃああああ!!!!」


 悲鳴とも思える叫びが魔動樹(トレント)の口から発せられた。

 先端を斬り落とされた弦を自身の幹に巻き付け、まるでむせ返るように全身を捩る。

 詩音が投げつけたカプセル。その内部に装填されていた粉末の正体は乾燥させた唐辛子の粉。

 試しに作ってみた猛獣撃退用の特性護身アイテムだ。

 魔動樹(トレント)は植物であるにも関わらず嗅覚も痛覚も持っている。

 唐辛子粉末の刺激は、さぞ堪える事だろう。

 暫く苦しんだ魔動樹(トレント)は、詩音に背中(と言って良いのかは分からないが)を向けて、悶えながら森の奥へと逃げていった。

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