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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
27/120

24話 異世界の海

注意・この回の内容には女装要素が含まれます。

 

 白い砂浜、青い海。そして輝く太陽。  

 テンプレート的な三つの要素が織り合わさり、一つの絶景を作り出していた。

 人の手による破壊が見られない海岸は、一つの芸術作品のように美しい。

 科学の代わりに魔法が発展しているこの世界には、工場排水等は勿論、放射能汚染を引き起こす廃棄物は存在しない。

 それ故の穢れ無き純真な景色。

 自らの生活の発展の為にこの自然の美しさを破壊する人間は、やはり哀れな程に愚な存在なのかもしれない。

 ついついそんな皮肉的な考えが頭を過り、そのまま思考の中に沈みそうになるのを自覚して一度思考回路を停止させる。

 自分もそんな人間の一人である以上、偉そうに批判する資格は無いなと、詩音は考え直す。

 そもそも、今はこの場所に遊びに来ているのだから、そのような考えは無粋以外の何者でもない。

 

「そーれ!」

「あ、やったなぁ」


 楽しげな声を上げて水を掛け合う妖精達の姿を、ボードショーツタイプの水着と薄手のパーカーを身に纏った詩音は、砂浜に突き立てた自作ビーチパラソルの下で膝を抱えて座ったまま微笑ましげに眺める。


 なんとも目を引かれる光景だ。


 何にかと言うと、波打ち際で戯れる妖精達に、である。

 この世界の科学技術や文化は、元の世界で言う所の中世辺りに相当する。

 故に、この世界の水着と聞いて詩音が思い浮かべたのは、布面積の広い保守的かつ古めかしいデザインのものだった。

 しかし、実際は違った。

 まず目を惹くのは、露出を少しばかり抑えた可愛らしいパープルブラックのショートパンツタイプのビキニを着たクレハ。胸回りにフリルがあしらわれたデザインは、クレハの活発さと純朴気な少女らしい可愛らしさを引き立てている。

 その隣のアリスは水色のバンドゥビキニ。クレハより露出の多いデザインだが、それ故にアリスの健康的なスタイルが強調されている。

 そんな二人に海水を掛けるシャルロットは、淡い桃色のキャミソールとビキニを合わせたタンキニ。デザイン的に露出は少ないがそれでも胸元の豊かな膨らみは確りとした存在を感じさせる。

 明るいグリーンのワンピースタイプの水着を身に付けているのがシーナ。普段の彼女のクールで大人びたイメージからするとフリルを多様した少女らしいデザインは少しばかり子供っぽいかも知れないが、これはこれで普段とのギャップもあり、年相応の可愛らしさが引き立てられていてとても良く似合っている。

 

 四人の美少女達から少し離れた沖の方では、派手な水飛沫が上がっている。

 飛沫の合間から現れたのは派手な赤い髪と焦げ茶色の髪。

 エリックとカインが競泳をしていたようだ。

 今の所、勝負は拮抗している様子。

 詩音が見るに、カインが勝負を吹っ掛け、エリックがそれに付き合っているという状況だろう。

 堅物そうに見えて、エリックはノリも面倒見も良いのだ。

 海面から出ている二人の上半身は、どちらも確りと鍛え上げられている。

 カインは全身を分厚い筋肉が覆っており、幅も厚みも詩音の倍近くある。

 対してエリックの方は、シルエットで見ると細身に見えるが、その実無駄の無い引き締まった筋肉の持ち主で、カインの隣に立っても決して見劣りしないだけの圧がある。

 二人共、男性としてうらやましく思える肉体の持ち主だ。

 

 六者六様の魅力を持つ妖精達から一度視線を外して、詩音は遥か水平線を見据える。


(………そう言えば、純粋に遊ぶ為だけに海に来たのって初めてかも)


 思い返してみればそうだ。

 別に行こうと思えば行けたのだが、生来詩音という人間は娯楽にそこまで積極的になるタイプでは無かった。

 耳障り良く言えば仕事一筋、悪く言えば余裕の無い人間なのだ。

 こうして妖精達に誘われでもしなければ、今後も遊びで海を訪れる事は無かったかも知れない。

 そんな事を頭の片隅で思いながら、雄大なる蒼穹の果てを眺める。

 細波の音と妖精達の声に聴覚を委ねながら、つい先程の景色を思い返す。

 灰色の巨大鰐。

 彼の魔物は本来この場所に居るべき生物では無い。

 居る筈の無い生物が居る理由。それは恐らく────


 暫くして、ふと接近してくる気配に気付き、詩音が身体ごと視線を向けると先ほどまで遊んでいた妖精達六人が詩音のもとに集まっていた。


「シオン、泳がないの?」


 腰を折り両手を膝に着けた姿勢で正面から詩音の顔を覗き込むようにしながらクレハが訊ねた。

 こうして改めて間近で良く見ると、やはりクレハは可愛らしい。

 黒に近い紫色の髪は絹のように滑らかで、長い睫毛に縁取られた眼の中で輝く瞳は蜂蜜のように優しい金色。

 胸の膨らみは慎ましやかではあるが、曲線を描く細い身体は十分に女性らしい。

 絶世の美少女とはクレハのような者を指して言うのだろう。

 他の妖精達も負けず劣らずの美形揃いで、そんな六人に囲まれて詩音は少しばかり気圧される。

 

「折角来たんだから砂浜で座ってるだけなんて勿体ないわよ」

「そうだよシオン君。皆で遊ぼうよ」


 シャルロットとアリスにそう言われて、それもそうだなと思った詩音は、


「確かにそうだね。よし、泳ぐか」

 

 そう言って立ち上がる。

 水着に着いた砂を軽く払い落とし、《(アーマー・オ)(ブ・ドラグーン)》の効果で魔力を編んで作った上着のボタンを外し、上半身を晒そうとした。

 瞬間、


「ちょ、ちょっと!」


 電光石火のスピードでアリスが両手を伸ばして上着の前を素早く閉めた。

 

「え、え、何?」


 酷く慌てた様子のアリスに困惑の声を零す詩音。

 更にはクレハ、シーナ、シャルロットの三人が壁の様に並んでカイン達の視界に詩音が入らない様に陣取る。

 そして、カイン達はと言うと、不自然に視線を逸して明後日の方を向いていた。


「シオン君、まさか上脱いで泳ぐ気?」

「え、うん。そのつもりだけど………」


 何時に無く威圧的な気配を感じさせるアリスにそう頷き返す。

 と、アリスは、


「はぁぁぁ」


 と、隠す気など一切無いとばかりに大きくため息を吐いた。


「あの、アリス、さん?」

「こっち着て」


 短く、そう言うとアリスは詩音の上着のボタンを手早く閉め直すと、そのまま身体を引っ張る。


「え、ちょっとアリス?」

「いいから来て」


 静かだが有無を言わさぬその声音に詩音は何も言えずにされるがままアリスに引っ張られて行く。

 そうして連れて来られたのは、浜辺の片隅にポツンと建てられた小さな小屋。

 普段は泳ぎに来た者達の更衣室として使われている物だ。

 アリスはそんな小屋の女性用と書かれた札の下った扉を開け、中に入る。

 現在は先の魔鰐のせいで利用する客は一人も居ないとは言え、女性用更衣室に入るのは不味いのでは無いかと思った詩音だったが、アリスの醸し出す雰囲気がそう言った抗議の言葉を口にする事を許さなかった。

 入室し、ドアを閉めた所でアリスは漸く詩音を開放した。

 そして、先程クレハ達と利用した際に置いていたであろう大き目の鞄ヘと歩み寄ると、その中から何やら衣服の様な物を一式取り出して詩音へと押し付ける様に渡した。


「それに着替えて」

「え、ぇぇ?」


 唐突なその言葉に声を零しながら詩音は手元の衣服に目をやり、


「え、こ、これって!」


 再び困惑の言葉が口を吐いた。


「いやいや、アリス。これは、不味いでしょ!」

「あの格好で泳ぐ方が余っ程不味いから。速く着替えて」

「いや、でも」


 尚も抗議しようとするが、アリスは詩音の言葉に聞く耳を持たなかった。


「でも、じゃありません。シオン君、貴方は少し無自覚が過ぎるわ。もし自分で着替えないって言うなら、私が力づくで着せるけど?」


 そう言って先程の様に詩音の上着に手を掛け、先程とは逆に前を外して脱がせようとする。

 

「!?」


 それも、不味い。

 手に持つコレを着るのも詩音的には不味いが、異性の知り合いに服を着替えさせられるというのも同等以上に不味い。

 

「どうする?」


 上着を半ば程脱がせた状態でアリスが問うて来る。

 詩音は暫し決断に迷い、視線を右へ左へと流すが、アリスが再び上着のボタンを一つ二つと外し始めたのを見て堪らず声を上げた。


「わ、分かったよ! 着る、着替えます!」

「………そう」


 短くそう言ってアリスは詩音の上着から手を離した。

 その時、若干残念そうだったのは詩音の見間違いだろうか。


「せ、せめて、着替える間は外に出ててよ」


 そう要求するとアリスはあっさりと「分かった。外で待ってるね」と笑顔で答えてそのまま更衣室を出た。


「はぁ…………」


 一人残された室内で詩音は重く溜息を吐いた。


  ◆


 十分かそこらが経過した頃。二人は更衣室を出た。

 何故かご満悦の表情のアリスの後ろの詩音は薄いタオルブランケットを肩から羽織って身体を隠している。

 何処か落ち着かない様子で俯き、アリスに手を引かれながらとぼとぼと躊躇いがちの歩調で妖精達の方へと歩く。


「お、帰って来たわね」

「お待たせー。ほら、シオン君」


 妖精達のもとに着くや否や先程までの威圧感は何処へやら。

 アリスは笑顔を浮かべて、詩音のブランケットに手を掛ける。


「ちょっ、待っ」


 制止を掛ける隙も無く、ブランケットは奪い取られ詩音の格好が妖精達に晒された。

 ブランケットの下は水着だった。

 しかし、先ほどまで詩音が身に付けていた男性用の物では無く、白を貴重としたフェミニンなデザインの物だった。

 腰周りにはパレオが巻かれ、その下からは細くしなやかな脚が伸び、その上には折れてしまいそうなくらい細い腰が目に入る。

 薄い胸周りにも白い布を下地としてフリルがあしらわれている。

 

「あ、あんまり見ないでくれるとありがたいんだけど………」


 僅かに顔を赤らめ、詩音は弱々しく呟く。


「可愛い!」


 最初に声を上げたのはクレハだった。

 詩音へと駆け寄り、その手を取りながら瞳を輝かせる。


「すっごく可愛いよシオン」


 偽りや世辞の感じられない口調でそう称賛するクレハだが、内心素直に喜んで良いのかどうか。

 

「シオン、あなた本当に男なの?」

「へ?」


 不意にシーナがそんな、今更な事を訪ねて来て、詩音は間の抜けた声を返した。


「控え目なサイズってだけの可能性も………」

「いやいや、正真正銘男だけど……」


 そう答えると、横からシャルロットが此方を注視しながら割って入る。


「の割には身体付きが女の子っぽいわよね。くびれとか凄いし」

「いや、これは昔の不摂生が祟った結果というか………」


 シャルロットとシーナが疑いの表情を浮かべて詩音の身体を眺める。


「確かに、シオンは男の子って感じ全くしないよね。実は女の子でしたって言われた方がしっくり来る」


 クレハまでもそんな事を言い出した。

 

「酷いなぁ皆」

「あら、別に悪く言ってる訳じゃないのよ。その水着、良く似合ってるって話し」

「そうそう。可愛いわよシオン」


 シーナとシャルロットもそれぞれの感想を述べながら詩音を取り囲む。

 

「うん、良く似合っている。思わず見惚れてしまいそうだ。なぁ、カイン」

「あ、ああ、そうだな。すげぇ似合ってる。可愛いぜシオン」


 流石に少女勢のように間近に接近しては来なかったが、エリックとカインも詩音の水着姿を褒める。


「うぅ………複雑な気分……」


 俯きながら、唸るように詩音は呟いた。

 仕事であれば女装も文句を言わずに受け入れよう。 

 しかしプライベートとあれば話は別だ。

 加えて身に付けるのは女性物の水着。

 躊躇いが無い筈も無い。

 とは言え、この手の事は恥じらったら負けだ。

 幸い、と言っても良いかは解らないが、クレハ達の評価も悪くは無いのだ。

 ここは堂々としておくのが正解だろう。

 そう詩音が結論づけ、気持ちを無理矢理切り替えた時だった。


「ねぇシオン、今度一瞬に買い物行こ。可愛い服とかお菓子のお店とか回ろうよ。ボクの服貸すから普段と雰囲気変えてみたりしてさ」


 クレハにそんな提案を投げ掛けられた。

 つまりは女装してクレハと街中を歩き回ると言う事だが、流石にそんな事態は是非とも回避したい。


「う、うん。まあ、考えとく」


 曖昧な返事を返すが、内心では全力で提案を拒絶する。

 

「さ、さて、とりあえず泳ごうか。せっかく海に来た訳だし」


 買い物の話が具体的なものになる前に、詩音はそう言って話を逸らして逃げるように穏やかな海へと脚を運んだ。

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