22話 死とは身近に居座るモノ
「kisyaaa!!」
群れの一匹が奇声を上げながら、右手の棍棒を振り上げて襲い来る。
狙いはベネフィリー。
血の短剣を構えて、ベネフィリーもそれを迎え討つ。
「うあああっ!」
掛け声とも悲鳴とも取れる声と共に半ば闇雲に突き出された短剣が、小鬼の喉を深々と穿った。
小鬼の口から逆流した血が泡となって吹き出す。
致命傷。
だが、まだ一匹。敵はまだ二十二匹残っている。
そして、その内の三匹がベネフィリーに標的を向けた。
構える武器は粗雑な短弓。
番えられた矢は弓と同じく雑で歪。
だがそれでも、唯人の命程度容易く奪うだけの力を持つ。
ケイは急いで短剣を小鬼の喉から抜こうとするが、
「えっ──」
肉と筋に絡んだ刃は簡単には抜けない。
手間取るケイに矢が放たれた。
歪な形。錆びた鏃
三方から迫る殺意の刃。
「いや――――」
叫ぶ事も出来ず、否応なく予感させられる死にベネフィリーは声を零す。
しかし。
「ぇ――――?」
白い人影がベネフィリーの前に躍り出た。
純白のコートを払い、迫る三本の矢を弾き落としながら、詩音は
「攻め込み過ぎだよ」
と短く言い放った。
そして、何処からともなく出現させた三本の氷のナイフ。
片手に扇状に展開したそれらを一度に投擲する。
薄暗闇の中、銀の軌跡を描いて飛翔したそれらは、寸分の違い無く短弓を握る小鬼達の眉間を貫いた。
傷口から、赤黒い血を溜らせながら緑色の身体が崩れるように倒れる。
それを見て、残りの小鬼達も詩音を警戒するように一歩下がった。
「集団相手に刺突は避けて。突くなら突くで確実に仕留めないと。それと、武器に固執するのも良くないね。使えないと思ったら直ぐに手放すんだ。その後は敵の武器を奪えばいい。無理ならその辺の石でも木の棒でも何でもいい」
そう言って詩音は新たな氷の短剣を一本作り、ベネフィリーの足元に転がした。
ベネフィリーがそれを拾うと、再び小鬼達が動き始めた。
詩音達の周りを円形に取り囲み包囲する。
慌てたようにイルラとケイが二人して同じ方向に短剣を構えると、再び詩音の声が飛ぶ。
「二人して同じ方を見てちゃ駄目だよ。背中を預け合って、死角を潰すんだ。
それと、視角だけに頼らないように。耳で音を拾って、肌で空気の流れを感じるんだ」
そう言いながら、詩音は左手をコートのポケットに突っ込み、あるものを取り出して「そして何より」と続ける。
「実戦ではお行儀良くやり合う必要はない」
頭上に掲げられたそれは、詩音の拳二つ分程の大きさの水晶。多面的な形をしたそれは、洞窟内の灯りとは全く別種の光を放っている。
もし、三人の中にこれを知っている物がいたならば、驚きのあまり卒倒していただろう。
その水晶は《魔水晶》と呼ばれる魔力を貯蔵する性質持つ希少鉱石。
この大きさの水晶一つで街の一等地にちょっとした館が立つ程の価値を持った物質だ。
「目、瞑って!」
その声にケイ達は半ば反射的に瞼を閉じた。
瞬間、強烈な閃光が洞窟内を満たした。
魔水晶は内部に魔力を貯蔵する特性に加えて、蓄えた魔力を光に変換する性質も合わせ持っている。
閃光は、貯蔵した魔力と詩音自身から供給された魔力を変換して放たれた魔力光である。
日輪の如き無慈悲な光は、周囲の魔術ランプの脆弱な灯りを掻き消して、周囲を取り囲む小鬼達の網膜を焼き切った。
光を奪われた小鬼達の悲鳴が飛び交う。
閃光はほんの数秒程度のものだった。
瞼越しにも眼球を刺激する光が薄らいで行くのを感じて、三人は瞼を上げた。
瞬間、
「さあ、殺される前に殺すよ」
鋭い指示が飛び、詩音が眼前の小鬼の喉元を氷の短剣で掻き斬った。
一拍以上遅れながらもベネフィリーは詩音の指示通りに一番近くにいた鉈を携えた小鬼の頭を氷の短剣で力一杯切りつける。
頭蓋を割り、脳を潰す感触が手に伝わる。
それを見たイルラとケイも、漸く短剣を構えて動き出した。
視角を潰された小鬼達は、手に持った武器を闇雲に振り回すが、そんな狙いもつかない攻撃がまともに当たる筈もなく。
むしろ、振り回す度に仲間の武器や身体同士がぶつかり共倒れする者もいた。
結果、三分程度で全ての小鬼は物言わぬ屍へとなり果てた。
◆
四人がユリウスの組合ホームに着く頃には、既に太陽は大きく傾いていた。
フラフラとした足取りでどうにかたどり着いたケイ達は、空いた長椅子を見つけると三人してどかりと座り込んだ。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
最早、「疲れた」の一言を言う気力すら残っていないと言わんばかりに三人は無言で項垂れる。
事実、死の恐怖を体験し、死者の末路を直視し、そして自身の驕りと慢心を突きつけられた三人は、言葉を発する余裕すら無い程疲弊しているのだろう。
普通ならここで励ましの一言でも掛けてやるものなのだろうが、生憎と詩音にその気はない。
一時的にパーティーを組んだだけの他人にそこまで気を使う気も無いし、何よりこの状態の者にどんな言葉を投げ掛けてもそれほど効果が無いと分かっているからだ。
故に詩音は、三人を放置してカウンターの方へと向かった。
「やぁ。待ってたよシオン君」
聞き覚えのある声と共に詩音を迎えたのは、この組合で唯一の顔見知りだった。顔見知りと言っても、ほんの数刻前に顔を合わせただけの関係だが。
「レンレンさん」
「呼び捨てでいいよ。それかレンちゃん。個人的には後者の方を希望」
シャープな形の三角耳をピョコピョコと動かしながら目の前の猫魔族はコケティッシュな笑みを浮かべる。
「レンレンさんって冒険者登録の受付だけの担当じゃなかったんですね」
「あら、お近づきにはなれない感じかなぁ? まあいっか。実はね、君たち一同の事が気になって、ちょっと担当の子に変わってもらったんだ」
「なんでまた?」
問い掛けるとレンレンは一瞬沈黙した後に口を開いた。
「実は、あの三人が小鬼退治の依頼を受けたって聞いて、少し不安だったんだ」
視線が詩音から外れる。それを追って詩音も視線を流すと、長椅子に座り込んで項垂れるケイ達の姿が目に映った。
――――意気消沈。やっぱ結構堪えたみたいだなぁ
「あの三人、最近なんて言うか、少し調子に乗っちゃってだんだ。そりゃ、水晶級にしてはそこそこ出来る子達なんだけどね」
苦笑を浮かべ、レンレンは続ける。
「小鬼は平野とかなら確かに初心者にも対処し易い魔物だけど、洞窟とかでとなると話は別。
最弱の魔物とか言われてるからって録に準備もせずに挑んで返り討ちに合う冒険者が後をたたないんだ」
「ああ……」
詩音は洞窟での三人の言動を思い出しながら「やっぱりか」と納得する。
ケイ達が冒険者の中でも小鬼を侮り過ぎていたのではなく、この世界ではその侮りこそが普通だったのだ。
少なくとも、経験を積んでいない冒険者にとっては。
「だから、君たちが戻って来たのを見て凄く安心したよ」
「でも、確かに彼らはかなり危なっかしかったですね。少なくとも、死んでいてもおかしくない程度には」
詩音は、その報告に「ありゃあ、やっぱりかぁ」と右手で額を押さえるレンレンの目の前に革袋を一つ突き出す。
「でも、まあ、依頼は達成しました」
カウンターに置かれたそれの中には、薄汚れた緑色の鉤鼻が大量に入っていた。
それは小鬼から剥ぎ取った物。魔物や害獣を討伐した場合、冒険者はその生き物の身体の一部──主に鼻や耳──を剥ぎ取り、組合はそれを見て依頼達成の確認を取るのだ
袋一杯に詰まった五十を超える小鬼の鼻にレンレンは一瞬目を見開いてから、
「どうやら……想像以上にヤバかったみたいだね」
と詩音の顔を真っ直ぐに見据えて口走った。
そして、続いて業務的な口調で答えた。
「申し訳ありません。どうやら事前情報に誤りがあったようですね」
軽く頭を下げての謝罪。
元々、組合からの情報では洞窟に巣食った小鬼は多くても二十匹前後。実際の数の半分程度だったのだ。
レンレンは袋を受け取り、カウンターの棚から分厚い手帳を取り出すとイルラ、ケイ、詩音、ベネフィリーの名前の書かれた欄に印を付ける。
「依頼の達成を確認致しました」
宣言と共にカウンターの上に金貨が十六枚乗せられたトレイが置かれた。
「今回の依頼は通常報酬に加えて追加討伐分の報酬を上乗せさせていただきます」
「ありがとうございます」
詩音は礼を言って金貨十六枚、十六万フレイを受けとる。
それでレンレンの業務モードは終了したらしく、先ほどまでのフランクな口調に戻った。
「討伐証明の部位は組合で処分できるけどどうする?」
「じゃあ、処分は任せます」
「あいよ」
トレイと共に小鬼の鼻が詰まった革袋が下げられる。
「あと、今回指定された洞窟で冒険者や旅人と思われる遺体を多数発見しました。その対処に関してはどうすれば?」
「小鬼の被害者だね。分かった、直ぐに対処するよ。報告ありがとう」
夜明けと同時に回収部隊を送ると言うレンレンに
「それじゃ、僕はこれで」
詩音はそう告げてその場を立ち去ろうと踵を返すと、その背中越しに声を掛けられる。
「シオン君、ありがとうね。彼らを救ってくれて」
「─────なんの事ですかね。僕はただ普通に仕事をこなしただけですが」
振り向く事なくそう返すと、後ろでレンレンが小さく笑う気配がした。
「ふふ、君意外とひねくれてるね」
最後の一言には返答せず、詩音のはそのまま受付カウンターを立ち去った。
◆
三人の許に戻ると、詩音は金貨が四枚ずつ入った革の小袋三つをすぐ側のテーブルに置いた。
「これ、今日の依頼の報酬。討伐数が多かったから、追加報酬が出たよ」
ノロノロと三人の顔が上がり、報酬の革袋は見ずに詩音にだけ顔を向けて再び顔を下ろした。
「なぁ………」
ふと、まるで病人のような弱々しい声でケイが呟いた。
「ああいう事って………良くあるのかな……」
その言葉が、洞窟で見た女性達を指して言っているのだろ。
「あそこに居た人達って、皆、死んじゃって……たんだよね……?」
まるで、自分達が見た物は夢幻の類いだったと言われる事を望むようにイルラが囁く。
その隣で、あの時の光景が脳に蘇ったのか、ベネフィリーが口許を軽く押さえた。
「知らないよ。僕に聞かれても困る。冒険者に関しては君たちの方が先輩でしょ?」
何故詩音に訪ねるのか。
恐らくは本人も分かっていないのだろう。
精神的に疲弊し切った事でぽろっと口から溢れてしまった誰に向けてでもない疑問と言ったところか。
「冒険って、もっと楽しいものだと思ってた…………」
再びイルラが口走る。その声は今にも泣き出しそうなものだった。
「………冒険者歴一日以下の僕にはあまりあれこれ語る事は出来ないけど、少なくとも命のやり取りをする以上は、楽しいだけのものだなんて事は有り得ないとは思うよ」
「………もう……冒険者辞めようかな……」
「「……………」」
ケイの呟きに、他二人は沈黙する。二人も同じ事を考えていたのだろう。
「あっそ」
詩音の返答は、ひどく素っ気無い。心底興味ないと言いたげなものだった。
「あっそって……もうちょっとなんか言ってくれてもいいんじゃねぇの?」
少々ヒステリック気味なその発言に、詩音は溜息を一つ溢す。
「なんかって言われてもね。冒険者を辞めるか続けるかは君達が決める事だ。僕が意見する事でもない」
突き放すように言う詩音を、ケイは血の気の引いた顔で見上げる。
その様子に詩音はもう一度ため息をついてから、
「死ぬのは怖いかい?」
少々面倒くさそうな表情と声音で三人に問い掛けた。
その質問にベネフィリーとイルラも詩音の方を見上げる。
「………怖いに………決まってるわ………死にたくなんかない………」
返答はベネフィリーから。
答えるベネフィリーの顔に、出会った当初の冷ややかさは無く、年相応に怯えた表情が浮かんでいる。
「なら君たちには、大きく分けて二つの選択肢がある」
「選択肢……?」
ベネフィリーが首を傾げながら復唱する。
「一つは、冒険者を辞める。別の仕事を探すなり、故郷に帰るなりして冒険と縁を切れば、少なくとも今回見た様な物を再び目にする機会は減るだろう」
第一の選択肢は『逃亡』。
死に恐怖し、冒険者という所行から逃げる事で死を遠ざける選択。
三人は詩音から目線を逸らして再び俯く。
「そして二つ目の選択肢は、強くなるんだ」
「え?」
つい今しがた逸らしたばかりの三つの目線が、詩音のフードに隠れた顔に向け直される。
「技術を身に付けて、経験を積む。そうすれば自然と死に難くはなる。………まぁ、それでも死ぬときは呆気無く死ぬだろうけど」
二つ目の選択肢は『抵抗』
死に恐怖し、しかし抗いながら死を遠ざける選択。
「強くなるって………そんな簡単に………」
弱気な呟きがイルラの口から溢れた。
「具体的にどうしろってんだ………」
それに乗じる様にケイがガシガシと自分の頭を掻きながら口走った。
「方法はいくらでもあるよ。一番手っ取り早いのは学ぶ事だね」
「学ぶ?」
断片的な詩音の言葉にベネフィリーはどう言う意味かと首を傾げる。
「誰かに師事するんだ。経験を積んだ冒険者。自分達よりも優れた戦士。自分が教えを乞いたいと思った誰かに頼んで色々と教えて貰う。
独学で鍛えるって方法もあるけど、君たちの場合、自分で自分を鍛えられる程の実力を持ち合わせていない。となれば、これが一番妥当で効率的な方法だね」
「教えを……乞う………。そうすれば、強くなれる?」
「さぁ、どうだろうね」
イルラの問い掛けに詩音は応える。
「強くなれるかどうかは君たち次第。どんなに優れた師を見つけたとしても、学ぶのは君たち自身だからね」
そこまで言うと、詩音は「ここから先は君達自身で考えて選ぶ事だ」と告げてから踵を返す。
これ以上詩音が言える事は無い。
ここから先は万事が彼ら次第。
『逃げる』も良し。
『抵抗』するも良し。
どちらを選んでも間違いという事はない。
「それじゃ、今日はお疲れ様」
そう言って立ち去ろうとする詩音に、背中越しに声が掛かった。
「シオン」
名前を呼んだのはケイだった。軽く首を捻って視線をケイに向ける。
ケイは椅子から立ち上がると、一度軽く深呼吸をしてから言った。
「なら──シオンが俺の師匠になってくれ」
威勢の良い髪型をした少年は、フードに隠れた詩音の顔を真っ直ぐな目で見詰める。
さっきまで病人のような目をしていた癖に、そう言いながら詩音に向ける瞳には希望や決意と言った物の類いの光を宿していた。
その思いを理解し、覚悟を汲み取り詩音はゆっくりとケイの方を振り替える。
そして、返答を口にした。
「絶対に嫌」
◆
ケイ達と別れ、妖精達の家に向かう道すがら、詩音は先程の出来事を思い返す。
腐敗臭の充満した空間。
十八人の女性達と五十以上の小鬼達の死体が転がる洞窟。
臓物と体液を撒き散らす小鬼。
壁に乱暴に吊るされた人間。
未だに微かに脈動する臓物。
空間を埋め尽くす骸と骸。
死に汚染された不浄の帳の中でに並ぶ、拷問と凌辱の跡がありありと刻まれた女性達の死体が集まったその光景は、確かに気持ちの良いものではなかった。
だが、それだけだ。
抱いた感想はただそれだけ。
ふと、詩音の脳裏を先刻のベネフィリーの言葉が過った。
『なに、が、誰だってそうなる、よ。ならなんであんたはそんな平気そうな顔してるのよ』
───平気そんな顔、か。
内心で呟きながら、直ぐそばの建物の窓硝子に写る自分の顔を見る。
フードの下のその顔に、確かに表情らしき物は浮かんでいない。
あの光景に何も感じていなかった訳では無いのだが、表情を崩す程感情を揺さぶられる訳でもない。
ただ、目の前の地獄の様な光景を見ても、自分の知る地獄よりはマシだと思ってしまうのだ。
過去の景色が脳裏に蘇る。
血と硝煙と、腕の中で熱を無くしていく体。
消える希望がそこにはあった。
絶望がそこにはあった。
名前を呼んでも返答は無い。ただ、悔しそうに笑うその顔を見て、涙が止まらなくなったのを覚えている─────
「───ぁ」
ふと、顔を上げると、目の前に妖精達のホームがあった。
考え事をしている内に、いつの間にか目的地に辿り着いていた。
周囲は既に暗く、空にはぽつりぽつりと星が瞬いていた。
思ったよりも遅くなったなと思いながら、扉を開けようと取っ手に手を伸ばした時、ふとなんと言って入ればいいのか迷って詩音は動きを止めた。
(居候って、何て言って家に入ればいいんだろ……)
何せ今まで居候などした事が無いので、どういう行動が適切なのかが判断出来なかった。
しかし、答えが出ないまま入り口前で悩んでいると、ホームの内側から扉が開け放たれた。
「おっと」
危うく扉にぶつかりそうになるのを一歩下がって回避する。
扉の向こうには、夜空の黒よりも深く、そして美しい闇色の髪をした少女、クレハが立っていた。
クレハは詩音の姿を見るなり声を上げる。
「シオン! 良かったぁ。あんまり帰りが遅いから何かあったのかと心配したよぉ」
安堵の息と共にそう言うクレハは、何時もの黒いロングコートを羽織り、腰には革製の鞘に収まった漆黒の魔剣を下げていた。
そして、そんなクレハの背後には、アリス、シャルロット、シーナ、カイン、エリックの五人の姿もあった。
どうやら全員で詩音の事を探しに行こうとしていた様だ。
「あ、シオン君。良かった、やっと帰ってきた」
「だから心配ねぇっていったろ」
「そんな事言って、いの一番にクレハと一緒に飛び出そうとしてたでしょう、カイン」
アリス、カイン、シーナが口々に言う。
「だが、本当に遅かったな、シオン」
「何かあったの?」
エリックとシャルロットが訪ねてきたが、詩音は少し呆気に取られていたせいで返答が一瞬遅れた。
これ程の人数に心配された事など生まれて初めての経験だったので、反応に困ってしまったのだ。
「あ、えーと……」
なんとか再起動して、詩音は問い掛けに応える。
「別にこれと言って大した事はなかったんだけど、少し後始末と言うか事後処理をしていたら遅くなっちゃって。えーと、ゴメン……?」
ここは謝るべき場面なのか確信が持てず、疑問形で謝罪すると、再びクレハが口を開いた。
「そっか。依頼中に怪我でもして動けなくなったのかと思ったよ。でも、無事で良かった」
そう言って、一歩下がって道を開ける。
「お帰り、シオン」
「ぁ……………えっと、ただいま」