21話 子鬼の根城
小鬼が住み着いたという洞窟には割りと簡単にたどり着いた。
組合が洞窟の場所を記した地図を支給してくれたからである。
洞窟の入口は高さ四メートル、幅五メートル程度。四人二列になれば十分に通れるサイズだ。
「よし、じゃあ行くか」
着くや否や普段このチームのリーダーらしいケイがそう言って剣を抜き、手に持った松明に火を着けて洞窟の中に踏み行った。それにベネフィリーとイルラも続く。
「いきなり行くの?」
詩音の指摘に三人が脚を止める。
「事前に準備とかした方がいいじゃないかな?」
「はは、心配性だな」
短いケイの笑い声が洞窟の中に木霊する。
「たかが小鬼程度に、しっかりした準備なんて要らないよ」
「……たかが小鬼程度、ねぇ」
「ああ、あいつら頭も力も子供並みなんだし」
「文句あるなら帰れば?」
ベネフィリーが冷たい口調で突き放すように言った。
「いや、別に文句がある訳では無いよ。ごめんね、余計な口出ししちゃうの、僕の悪い癖だ」
謝罪するとベネフィリーは「フン」と鼻を鳴らして詩音から顔を背ける。
「大丈夫だって。小鬼なら私達、森とかで何度か遭遇してやっつけてるから」
イルラが語りながら腰から剣を抜く。
「例えケイが切り逃しても、私がやっつけてあげるから心配無いよ。それにベネも居るしね」
そう言って、相変わらずそっぽを向いたままのベネフィリーの方を指差す。
「彼女、私達が住んでた村で一番の槍使いなのよ」
視線を向けると、軽装の槍士は腕を組んで苛立たし気に佇んでいた。
「……了解。万事皆さんに任せて、僕は荷物持ちに徹っしさせてもらうよ」
詩音は僅かに肩をすませながら諦めるようにそう言った。
◆
カツカツと、四つの足音が洞窟内で響く。
もう随分奥まで来ただろうか。
(はぁ……ずっと周りを囲まれてるってのは、やっぱり落ち着かないな………)
三人の後ろに付いて、内心でそんな事を呟いた時、
「ん?」
先頭のケイが声を上げて立ち止まった。
松明によって照らされた道の先は、二人に別れている。
「別れ道ね」
「どっちに行く?」
ケイとイルラ、ベネフィリーが顔を見合わせる。
別れ道は左右に伸びており、どちらも高さは幅共に今までと変わらない。
ケイは松明を左右に振って二つの道を交互に照らしながら、どちらに行こうかと悩みながら唸る。
「まあどっちでもいいか」
「左だよ」
右の道に向かおうとしたケイを、詩音の言葉が止める。
三人の視線が集まる中、詩音は淡々とした口調で続ける。
「右の方は暫く行くと行き止まり。左は進んで行くと少し広い場所に出るね」
「………なんでそんな事がいい切れる訳?」
ベネフィリーがいぶかしむ様な目線を送りながら訪ねる。
詩音はフードの下から見返しながら質問に答える。
「《反響定位》。音の反響で位置や構造を読み取る技術だよ」
最初に洞窟に踏み行った時点で、詩音はこの洞窟内の構造や道順を把握していたのだ。
しかし、それはあくまで詩音の主観的な認識でしかない。
「はぁ?何言ってんの? 高位の冒険者でもあるまいし、そんな事出来る訳ないでしょ」
ベネフィリーの顔に嘲笑うかのような笑みが浮かぶ。
「まあ、無理に信じろとは言わないんで。あくまで参考程度に聞き流してくれていい。判断は全て任せるから」
平然とした声音でそう言って詩音は三人の判断を煽る。
何も弁明しない事が言葉に真実味を持たせたのか、三人は顔を合わせて考え込むように押し黙った。
そして、暫く考えた後でケイが口を開いた。
「よし、なら手分けして進もう。二人ずつに別れてそれぞれの道を進む。行き止まりに行き着いたり、何もなかった方は直ぐに引き返してもう一方の後を追う」
(えー、この状況で戦力を分断するのか………。下策も下策だなぁ……)
と、内心では提案に反対する詩音だったが、「判断は任せる」と言ったのでそれを口には出さなかった。
ベネフィリーとイルラはケイの提案に賛成の意を示した。
となれば、次に決めるべきは誰が誰と組み、どちらの道に進むかだが、
「私はこいつと組むは」
ベネフィリーが詩音を指差して相方を名乗り出た。
少し意外ではあったが別に反対する理由は詩音には無い。
「そっかじゃあ、俺はイルラと組むよ」
こうして二組に別れた。
そして、道選びだが、こっちは丁度ケイ・イルラ組が右側に、ベネフィリー・詩音組が左側に固まっていたので、互いに目の前の道を進む事になった。
「それじゃ、二人気を付けろよ。ベネ、シオンの事ちゃんと守ってやれよ」
「まあ、気が向いたらね」
そんなやり取りを交わしてから、詩音はベネフィリーと共に左の洞窟へと進んだ。
───別れてから、二十分程度が経過した。
光の無い洞窟をケイから受け取った新しい松明の灯りを頼りに進む。
松明を持ち、前を歩くベネフィリーと詩音の間に会話はない。ベネフィリーは詩音をあまり好ましく思っていないようで、詩音の方も親しく無い者との沈黙に気まずさを感じるようなタイプではないので当然と言えば当然である。
しかし、不意に詩音が口を開いた。
「待った、そこは」
「ん?」
突然の制止の言葉にベネフィリーは詩音を振り替える。
が、詩音が最後までいい切るより先に、ベネフィリーは身体を大きく傾けて地面に倒れ込んだ。
「キャアッ!」
悲鳴が洞窟の中で反響する。
「段差があるから気を付けてって言おうと思ったんどけど……。遅かったか」
そう言った詩音の目線の先には、三十センチ程の段差があった。ベネフィリーはそれに気付かずに足を踏み外してしまったのだ。
松明の灯りがあるとは言え、薄暗い洞窟の中では足元の様子はかなり分かり辛い。
詩音は段差を越えると尻餅をついたベネフィリーに手を差し出す。
「大丈夫?」
顔を覗き込みながら訪ねる。
しかし、ベネフィリーは「フン」と不機嫌そうに─或いは内心の羞恥を隠すかのように─鼻を鳴らして一人で立ち上がると、そのまま再び歩き始めた。
行き場を無くした右手を戻して詩音もその後に続く。
「ねぇ、僕が前を行こうか?」
「はぁ? 急に何?」
歩みを止めてベネフィリーが振り替える。
「僕ならこの洞窟の地形を確認しながら進める。僕が前を歩いた方が安全じゃないかな?」
それは詩音にしては珍しく、善意100%の言葉だった。
しかし、眼前の槍士はさらに不機嫌そうな表情を顔に張り付ける。
「ふん、ちょっと珍しいスキルを持ってるからって調子に乗らないでよね。今日冒険者になったばかりの石級に先頭を任せられる訳ないでしょ」
「それでも、槍使いが片手に何かを持ったまま進む、って言うのはあんまり賢い行動じゃないでしょ?」
「問題無いわよ。小鬼程度、片手でも十分対象出来るわ」
噛み付くようにそう言ってからベネフィリーは再び前を向き、一歩踏み出して
「わっ!」
足元の突起した石に躓いた。
盛大に体勢を崩し、地面に向けて顔面から飛び込む。
が、倒れる寸前で詩音が腰に腕を回してその身体を支える。
ベネフィリーの方も、反射的に詩音の服を掴んでいた。
「だから言ったじゃん」
半ば密着状態でそう言って腕を離すと、ベネフィリーは悔しそうな─或いは恥ずかしそうな─表情を浮かべ、次いで自身が未だに詩音の服を掴んだままである事に気が付いたようで、慌てて手を離した。
詩音は傍らに転がった松明を拾い上げる。
「やっぱり僕が前を行くよ」
短く言うと、ベネフィリーは反対せず、ただバツが悪そうに目線を逸らした。
「それと、さっきの小鬼程度って認識はどうかと思うよ」
そう告げると、詩音は松明を掲げて歩き始めた。
◆
更に十分程歩いただろうか。
「ねぇ」
背後からベネフィリーが呼び掛けた。
「さっきの『小鬼程度って認識はどうかと思う』ってどういう意味?」
「どういうって、そのままの意味だよ」
「なんで? 小鬼なんて魔物の中でも最弱の存在でしょう?」
ベネフィリーの質問に詩音は脚を止めず、相変わらずの淡々とした口調でポツリと言った。
「僕は、小鬼についてあまり多くを知ってる訳じゃないけど」
そう前置きをして。
「小鬼ってのは、人間の子供程度の知能、体躯、力を持った群れで生活する魔物でしょ?」
ベネフィリーが背後で「ええ」と頷くと、詩音は更に続ける。
「つまり、小鬼と戦うって事は、武器を持った子供が集団で此方を殺しに掛かってくるって事だ。これを脅威以外のなんだと言うのかな?」
背後でベネフィリーが小鬼の襲撃を想像したのか、乾いた声を溢すのが聞こえた。
『小鬼とは最弱の魔物』。先程ベネフィリーが言ったその認識は、恐らく正しいのだろう。
だが、最弱と無力は違う。
前の世界には、グンタイアリという蟻が存在する。
体長一.五センチ~五センチ程度の小虫だが、この蟻は数十万~数百万という数の大群で活動する。
そして、この圧倒的物量を持ってすれば自身より遥かに巨大で力の強い爬虫類や肉食動物さえも容易く殺して見せる。一匹一匹は非力でも、数が伴えばそれは明らかな脅威となり得る。
数の力とは、それほどまでに強力なのだ。
「加えてこの閉鎖空間と暗闇。人間はこうして灯りを頼らなければ視界を確保出来ないけど、日常的にこう言った場所で生活する小鬼達は違うでしょ? 言ってしまえば、僕達は小鬼達の独壇場に自ら脚を踏み入れている訳だ。
そう思うと、小鬼程度、なんて考え微塵も湧かないだろ?」
今までの態度から、ベネフィリーはこんな話を聞いても鼻で笑って頭から否定しそうにも思えたが彼女は何も言わなかった。
詩音の言葉がただの妄言ではないと理解したのだろう。
と、そこまで話し終えた所で、不意に行く手の岩壁に淡いオレンジ色の光が映る。
反射の感じからして、奥はこの通路より少しばかり広そうだ。
それを認識した時、詩音は右腕を上げてベネフィリーに制止を掛けた。
「な、なに?」
「──ここかは先は僕一人で行くよ」
ベネフィリーが困惑した声を上げる。
「なに言ってのよ。私も行くに決まってるでしょう」
「いや、止めておいた方がいい。ここから先は君には荷が重すぎる」
その言葉に、ベネフィリーは若干の憤りを感じた。今日会ったばかりの石級の者にそんな事を言われても、プライドの高い彼女が大人しく引き下がる訳がない。
怒りは活性剤となって萎縮していたベネフィリーの精神に浸透する。
「馬鹿にするんじゃないわよ」
そう言って詩音の制止を無視してベネフィリーは洞窟の最奥へと踏み言った。
「────え」
そして、目の前に現れた光景に声を漏らした。
洞窟の最奥は暗闇ではなかった。
恐らく小鬼が冒険者や商人等から強奪したのだろう魔術の施された複数のランプらしき器具によって、外程では無いがある程度の視界が確保できるだけの明るさがあった。
だから、ベネフィリーははっきりと見てしまった。
その先に広がっていた、地獄を。
空間の高さは今までとあまり変わらない。しかし、横幅だけは倍近くある。
魔術の施されたランプによって照らされたその場所は酷い悪臭に満ちていた。
汚物の臭い。臓物の臭い。そして腐敗の臭い。三つの悪辣極まる臭いが混濁した空間だった。
そんな汚染された空間には、先客が居た。
全員女性。数は十八人。年齢は詩音達とあまり変わらないであろう者から十歳程度の幼い者もいる。
全員衣服の類いは身につけていない。四肢や腰回りに僅かに残った布切れが、服を無理やり剥ぎ取られた事を物語っている。
少女達は、酷く傷んでいた。
全身引っ掻き傷や殴打による打撃痕に覆われている。その程度ならまだマシな方だ。
中には腹部を何かで引き裂かれ、内臓を余さずさらけ出さしている者や、顔を直接火で炙られたのであろう、原形を留めない程の火傷を負った者、果てには四肢を杭で穿たれ、両の目に錆び付いた短剣を突き刺されている者もいる。
「あ、ああ──ああああああああ!!!!!」
絶叫が響く。
漸く脳が目の前の光景を理解したのか、ベネフィリーが涙を流しながら悲鳴を上げる。
それが過ぎ去れば、続いて近付いてきたのはくぐもった嗚咽。
ベネフィリーはその場に両膝を付いて、胃の中身を一切合切逆流させた。
詩音は松明を片手にベネフィリーの隣に歩み寄ると、「やれやれ」と言った様子で小さくため息を吐いた。
「だから止めとけって言ったのに」
平時と変わらない口調で喋る。
詩音のスキル《反響定位》は、地形や道順だけで無く何処に、どう言った物があるかまで把握する事ができる。
当然、この光景は洞窟に入った当初から分かっていた。
しばらくすると、今まで二人がきた道を駆け抜けてくる気配が二つ。
「どうしたっ!」
「今の悲鳴はっ?」
そう言って姿を表したのは、各々抜き身の剣を右手に握ったケイとイルラだった。
早々に行き止まりにぶち当たり、急いで詩音達の後ろを追いかけていたのだろう。
そして、この二人もまた、
「な、んだ──!?」
「ひっ──!」
惨状に目を見開くのだった。
「何よこれ──何なのよっ!!!」
胃の中の一切合切を吐き出したベネフィリーが詩音に向かって叫んだ。
「何、と聞かれてもね。近隣の村から拐われたのか、旅の途中で襲われたのか、はたまた小鬼ごときと侮って返り討ちにあったのか」
判断しかねると詩音は答える。
「うっ─ぐ………ふ」
イルラが口許に手をやって、胃から逆流してくる物を必死に押さえる。
その隣では、同じようにケイが左手で口を押さえていた。
「無理に堪える必要はないよ。吐き出した方が楽になる。こんな惨状見たら、誰だってそうなるよ」
詩音は呆れるでも蔑むでもなく、仕方がないといった口調で言った。
「なに、が、誰だってそうなる、よっ。ならなんであんたはそんな平気そうな顔してるのよっ!」
ベネフィリーがえずきながら、脈拍も道理もない子供の癇癪にも似た怒りをぶつける。
それに対して詩音はフードの下で少し困ったように眉を潜めた。
「死体も血も臓物も見慣れてる。それに、今は周りを取り囲む奴らを警戒しててそれどころじゃないよ」
「──へ?」
ベネフィリーは詩音の言葉の意味が分からず声を出す。
直後、詩音の右腕が霞むような速さで動いた。
ベネフィリーの眼前に突き出される右手。その右手には何か細長い物が握られていた。
それは、一本の矢だった。
何処からか、ベネフィリーの額目掛けて飛来した矢を詩音が到達直前で掴み取ったのだ。
「なっ、何っ!?」
それを認識して、ベネフィリーは引っくり返るように体勢を崩す。
「さっきも言っただろう? 僕達は小鬼の独壇場に自ら足を踏み入れているって」
「ま、まさ、か」
詩音の言葉にケイが背後を振り替える。
その時、岩影から何かが一つ姿を表した。それは紛う事無き化け物だった。
形は一応の人型しているが、手が異様に長い。
身長は一メートル余り。猫背でかなり痩せており、乾いた緑色の肌にはぼつぼつとイボのようなものが幾つも浮かんでいる。
顔には黄ばんだ歯が不規則に並び、その上には大きな鉤鼻が飛び出している。そして、顔の面積の半分を占める巨大な黄色い目玉をギョロギョロと動かして詩音達を順に眺めている。
「ご、小鬼っ!」
叫び、ケイは右手の直剣を大きく振り上げる。
──だが。直後に、カーンと言う甲高い音が響き渡った。
振り上げた剣の切っ先が天井から突き出した岩に当たり、ケイの手から弾け飛んだのだ。
「なっ──」
イルラの驚愕の声。
剣はくるくると回りながら弾け飛び、離れた床に転がった。
それを見た小鬼がニヤリと口角を吊り上げると、奇声を発しながら武器を失ったケイに飛びかかった。
その右手には錆の浮いた短剣を握っている。
「あ、ああ──」
掠れた声がケイの口から溢れる。
小鬼は右手の短剣をケイに突き立てようと振りかぶる。
───だが、錆の浮いた刃がケイの身体に届くより速く、間に割って入る白い影があった。
松明を放り投げた詩音がケイを守るように割り込んだのだ。
そして、薄暗い洞窟の中で銀閃が一本疾った。それは、詩音が右手に握った氷の短剣を振るった軌跡。
スキル《氷雪の支配者》の効果で作られた氷の短剣は小鬼の短剣を持つ右腕を肘の当たりから両断した。
切断面から血が溢れ、地面を汚す。
「Gigaaaa!!!!」
苦痛の叫びであろう絶叫が、小鬼の口から迸る。
詩音はそんな小鬼の顔を左手で鷲掴みにした。
それを引き剥がそうと小鬼の左手が手首を掴んだ時、
「五月蝿いよ」
その言葉と共に詩音は体内の魔力を左の掌から小鬼へと送り込んだ。
途端に、重低音と共に水色の光と衝撃波が小鬼の身体を中心に走り、次いでその身体が内部からの圧倒的圧力によって血肉を撒き散らして粉々に爆散した。
先日詩音が考案した、魔法や魔術の燃料として使われる『魔力』を直接攻撃に使用する高周波魔力浸透技術、《拍幅魔導》。
原理としては、安定させずに逆に乱れさせる事で高周波振動を帯びた高濃度の魔力を対象に零距離で叩き込むというもの。
これを受けた対象は、魔力の高周波振動によって体内組織を破壊され、更に振動によって発生した熱で内部の水分や組織が急激に膨張、気化して破裂する。
鎧や装甲の上からでも有効で、接近戦闘の際の使い勝手が良く威力も絶大。
しかし、大量の魔力を消費する上にかなりの負担が腕に掛かる為、連発が出来ない技だ。
「シ、シオン………」
呆気に取られたようにケイが名前を呼ぶ。
「狭い洞窟内で自身の腕よりも長い武器を使うのはあまりオススメしない」
詩音は静かにそう言ってから小鬼の血液にまみれた左腕にスキル《氷雪の支配者》を発動する。
スキル効果により、血は詩音の望んだ形に凝固する。
完成したのは三本のナイフ。血を固めて作られているので当然だが、二十センチ程の刀身と柄は赤一色だ。
詩音はそれを三人の側に放り投げると、
「ご傷心の所悪いけどね、戦わないと死ぬよ」
ぶっきらぼうにそう告げた。
その時、ぎぃぎぃと言う鳴き声が通路の方から近付いて来る。その数、一つや二つでは無い。
数秒後、声の主達が姿を現した。
先程葬ったのと同じ姿の化け物が、わらわらと群がって来る。ぼろぼろの短剣や直剣を握った小鬼、その数は全部で───三十三匹。
「な、なんで? ここに来るまで一匹もいなかったのにっ!?」
半ば混乱している様子でイルラが悲痛な声を上げる。
対して、詩音は平然とした口調で回答する。
「隠れていたんだよ、最初から。ここに来るまでの間に横穴が幾つもあった。岩や土で隠されていたけどね。こいつらはそこからずっと僕達を監視していたんだ。一網打尽にする為に」
説明が終わると同時に小鬼の群れが一斉に詩音達に向かって走り出した。
「い、ああ──あ」
迫り来る数多の虐鬼にベネフィリーの口から途切れ途切れの声が溢れる。
そんな事は関係無いと、化け物の群れは近付いて来る。
粗雑な武器を掲げ、狂喜に歪んだ笑みを浮かべ。残虐性を全面に押し出した表情で襲いかかる。
「い、いやあああ───!!!!!」
少女達の惨状を見た時以上の絶叫。
同時に、小鬼達が一斉に跳びかかった。
「ベネ!イルラ!」
ケイが叫び、二人を守ろうと覆い被さる。
だが、三十を越える群れの前にケイ一人の肉の壁が果たしてどの程度の効果を持つと言うのか。
数秒後に訪れるであろう激痛に備えて、三人は瞼を固く閉じた。
しかし────、待てど暮らせど、痛みが三人を襲う事はなかった。
何故?と言う共通の疑問と共に、三人はゆっくりと瞼を上げる。
そして、目にした光景に驚愕する。
跳びかかってきた筈の小鬼達が、空中で停止している。否、飛び込んで来た奴らだけでは無い。短剣を振りかざすもの、直剣を掲げるもの。この場に居る全ての小鬼が、そのままの体勢で停止していた。
一体何が起きたのだろう。そう思ったのは小鬼達も同じなようだった。
空中で身体を捩り、腕を振り回そうとする小鬼達。しかし、その身体が動く事はない。
「どう、なってんだ?」
ケイが呟く。
そして、その隣で何かに気付いたようにイルラが口を開いた。
「糸……?」
小鬼達の身体に細い、とても細い糸が幾重にも絡まって、拘束していたのだ。
まるで白銀を鋳溶かしたかのような銀線。
それらは、詩音の僅かに上がった左手に集まっている。
その糸の正体は《竜線》。詩音の髪の毛、つまりは竜の鬣から精製された繊維である。
詩音は洞窟に入った時点で小鬼達に気付いていた。ならば何らかの対処策を用意しておくのは当然の事だ。
詩音は竜線を左手から自身らの周囲に張り巡らせ、気取られる事なく小鬼達に巻きつかせていたのだ。
小鬼達が拘束を抜けようともがく。だが、釣糸のように細い糸に一切切れる気配は無い。
それもその筈。竜の鬣から作られた《竜線》は鋼鉄を遥かに上回る強度を持つ。小鬼ごときが切断できる道理はない。
「さて、君達に質問だ。生きたいか? 死にたいか?」
竜線を握る腕を掲げて、背中越しに三人に問い掛ける。
「死にたいならそこでそのまま踞っていればいい。でも、生きたいのならそこに転がる短剣を拾って立ち上がるんだ」
三人が視線を地面に転がる三本の血の短剣に向ける。
「好きな方を選ぶといい。判断は君達に任せる」
突き放すように掛けられた言葉。
死にたいなら好きにしろ。生きたいなら戦え。
選択肢は二つに一つ。
三人は呆然として、目の前の小柄な純白の人物を眺める。この場の人間の中で一二を争う華奢な身体にも関わらず、その人物はあまりにも強大な存在に見える。
数秒間、身悶える小鬼の鳴き声だけが洞窟内に響き渡る。
そして──カチャ、と言う音と共に三人は同時に血の短剣を握り締めた。
「俺は、死にたく無いっ」
「生きたいっ」
「死ぬのは嫌っ」
それを聞いて、詩音は口を開く。
「そっか。────なら早く立つんだね」
掲げた左腕を無造作に振り下ろす。
瞬間、洞窟内に張り巡らされた銀の糸が一斉に締まる。そして、苦痛の叫びと共に小鬼達の身体がバラバラに切断された。
血と臓物が飛び散り、細切れにされた肉片が地面を汚す。
「うわぁ、グロ」
全く感情の籠っていない口調で詩音は呟く。
三十三の小鬼の群れは、たった一人の手で全滅したのだ。
「──さて、これで背後の敵は片付いたけど」
そう言って、詩音がゆっくりと背後の三人の方を振り返る。
すると、再びギイギイと言う鳴き声と足音が聞こえて来た。
今度の鳴き声は今まで歩いて来た通路ではなく洞窟の奥の方から。しかし、その数は先の一団よりも少ないように感じる。
ケイ達も血の短剣を握ったまま後ろを振り替える。
ちょうどその時、新たな群れが姿を現した。
それはやはり小鬼の一団。見た目も同じ。手に持つ武器の質も同じ。しかし、先の群れに比べて数は少ない。
全部で二十三匹。
挟み撃ちにするつもりで待ち構えていたのだろう。
一部始終を見ていたのか、新たな小鬼達の表情に笑みの類いは無い。だが、殺意だけは先方の者達にも劣らない。
詩音はケイ達に視線を向けた。三人共、新たな敵の登場に驚き、恐怖している。
短剣を手に取りはしたが、あの光景を見た後に奇襲を喰らった事で、心が半ば折れかかっているのだろう。
詩音はため息を一つ吐いてから、三人に向けて言い放った。
「三人共、いつまで怯えているつもり?
もう一度言うよ。死にたいならそこで大人しく怯えてればいい。でも生きたなら、死なない為に行動しろ」
三人が再び詩音を見つめる。
そして、
「こんな所で、死んで堪るかよっ!」
半ば叫びにも似た声と共にケイが立ち上がった。
それに続くようにイルラとベネフィリーも、震える膝でなんとか立ち上がり眼前の小鬼達に短剣を向けた。
それを見て、詩音は小さく微笑んでから新たな氷の短剣を左手に握った。
「よし、なら死なない為に殺そうか」




