20話 冒険者
試験を終え、無事組合から冒険者の資格取得した詩音が酒場に戻ると、
「あ、シオン、こっちこっち」
元気な声が詩音を出迎えた。
視線を声の方に向けると酒場の一角を陣取った妖精達の姿が目に入った。
詩音はすたすたと椅子やテーブルの間を縫って妖精達のもとに向かう。
道中、何人もの視線が向けられるのを詩音は感じた。
フードで顔と髪を隠している為、街中で向けられたような詩音の容姿に見惚れた視線ではない。
『なんだあのチビ』
『アリスさん達の知り合いか?』
『どうみても素人のガキだろ。何であんな奴が?』
妖精達に注目していた者達の困惑と嫌悪の混ざった声が鼓膜を叩くのを感じながら、詩音は妖精達に報告する。
「お待たせ、皆。登録完了したよ」
テーブルに組合から渡された一枚のガードを置く。
それは《冒険者カード》と呼ばれる冒険者にとっての身分証明証のようなもの。
名前やステータス、冒険者の実力を表した冒険者ランクが記されている。
「あれ、石?」
カードに記された詩音のステータスと冒険者ランクを見たクレハが不思議そうに首を傾げた。
「シオンの実力なら金剛級評価は確実な筈だけど……」
「ステータスも随分低いし」とシャルロットもカードを眺めながら言った。
「ステータスはDランクが平均値って聞いてたからね。今日登録したばかりならこのくらいのステータスが打倒でしょ」
詩音が応えると果実水らしき液体に満たされたカップを置いたエリックが呟く。
「でも石位の冒険者だと、あんまり依頼の種類は選べないぞ。貰える報酬も多くないし」
「報酬が少ないなら数をこなすなり、副業を見つけるなりして補えばいいさ」
カードをコートのポケット経由で《STORAGE》にしまいながら、
「さて、この後どうしようか」
と詩音が呟くと、カインが果実水を飲み干してから言った。
「なんか依頼を受けるってのはどうだ? まだ日も高いし、時間はあるだろ」
「今からか………うん。それも良いかもね」
「依頼は向こうの掲示板に貼られてるから見に行っか」
そう言ってアリスが指差した先には何枚もの張り紙が貼られた木製ボードがあった。
◆
「んー、確かにの石級の依頼はそこまで種類が無いな」
掲示板に張り出された依頼を眺めながら呟く。
石級の依頼は数はあるが、どれも薬草の採集等の似通った物ばかりで報酬額も低い。
まあ、石級は初心者扱いなので仕方がないと言えば仕方がない。
(もうどれでもいいか)
似通った依頼ならばわざわざ選ぶことも無いと、詩音が手近な場所に貼られた薬草採集依頼の用紙を取ろうと時、
「ねぇシオン君、これなんてどうかな」
と横からアリスが話し掛けて来た。
振り向くと、アリスが一枚の依頼用紙を手に取っていた。
詩音は用紙を覗き込み、内容に目を通す。
依頼の種類は魔物討伐依頼。
内容は、とある洞窟に小鬼が住み着き、近くを通る商人や旅人に危害を加えているので討伐して欲しいというものだった。
報酬は八万フレイ。石級~水晶級が受けられる依頼の中では最高額の報酬だ。
「いきなり魔物討伐かぁ………」
内容を確認した詩音が呟くと、
「シオンなら大丈夫だよ。小鬼はとても弱い魔物だから」
とクレハが言った。
「うーん………」
詩音は腕を組んで受けるか受けざるかを迷いながら、脳内で《HAL》システムに問いかける。
(小鬼とさっきの犬頭族ってどっちが強い?)
『A 個体差がありますが、基本的には犬頭族の方が身体能力、知能共に勝っています』
(あー………だったらまあ良いか。……ちなみに小鬼ってのはどんな魔物なんだ?)
『A 小鬼は人間の子供程度の体躯、力、知能を持った魔物です。気性は非常に獰猛かつ残忍で、夜行性のため昼間は洞窟等に潜んでいます。雄の個体しか存在せず、異種交配により別種、主に人間や妖精族、またはそれに近い種族と交配する事で繁殖する生態をしています』
(人間の子供程度、か)
システムの解説を聞いた詩音は少しの間黙考してか答えた。
「うん。それじゃ、その依頼にしよっかな」
アリスから依頼用紙を受け取り受付へと向かう。
「すみません。この依頼受けたいんですけど」
そう言って用紙をカウンターに置くと、受付の女性がにこやかな笑顔で対応する。
「はい。えーと、小鬼討伐の依頼ですね」
「はい」
「では冒険者カードの提示をお願いします」
詩音は《STORAGE》から取り出したカードをカウンターに置く。
それを確認した受付の女性はなにやら分厚い手帳を取り出してそこに詩音の名前と冒険者ランクを記入した。
そして、依頼の用紙の内容に目を通してから、普段手帳を眺める。
「此方の依頼は先に受注している冒険者の方がいますね」
指で手帳の文字を追いかけながら読み進めてから、受付の女性は告げた。
「あれ? じゃあこの依頼は受けられないんですか?」
「いいえ。先に受注された冒険者の方は共同での依頼実行を希望しております。その冒険者の方々と一時的に一党を組んでの形で宜しければ、受注は可能です」
なるほど。共同作業と言う事か。
「一党か………あの、先に受注した冒険者って言うのは、どういった方達なんですか?」
受注するか否かを一瞬悩んでから、詩音は受付の女性に訪ねる。
チームを組むかどうかは、その相手がどんな人物かを知らなければ決められない。
「はい、水晶級の冒険者が三名、年齢は全員シオンさんとあまり変わりませんね。えーと、あ、あちらの方々です」
そう言って示された方向に詩音は目を向ける。
飲食スペースから離れた位置に長椅子が置かれており、そこには三人の冒険者の姿があった。。
一人は椅子の近くに立っている茶色い髪をつんつんと逆立てた威勢の良い髪型をした少年。腰の左側には幅広の長剣を携えており、左手に木製の円盾を装備している。
その少年の前で椅子に座っているのは、赤みを帯びた髪を肩の辺りまで伸ばした少女。薄手の繋ぎの上から金属製の胸当てを装備し、背中には身長より少し長い十字槍を背負っている。
最後に、黒い髪を結い纏めた少女。少年と同じく腰に剣を一本刺しているが、此方は盾は持っていない。
確かに、全員詩音とあまり変わらない年齢に見える。
「うーん……ま、いっか。分かりました。あの人達と共同でお願いします」
「はい、分かりました」
受付の女性は笑顔で返答するとカウンターの引き出しから判子を取り出して詩音の冒険者カードに押し当てた。
五芒星を中心とした魔法陣らしきマークがカードに押され、次いでそれは溶けるように消えていった。
「これで依頼受託の手続きは完了しました。カードをお返ししますね。討伐依頼は命の危険が伴いなすから気をつけて挑んで下さいね」
「はい」
「それでは、他の冒険者の方々と良い冒険を」
◆
パーティーを組む事になった事を妖精達に伝えてから、詩音は少年達の許へと向かった。
「俺はケイだ。よろしくな」
つんつんヘアーの少年が元気な声で自己紹介する。
「僕は詩音です。初の依頼なので、何かとご迷惑をお掛けするかも知れませんが、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいよ」
詩音が名乗ると、黒髪の少女が気さくな笑みを浮かべて言った。
「私はイルラ。こっちはベネフィリー」
ベネフィリーと紹介された少女は、少しの間詩音を眺めると落胆したようにため息をつき、
「はぁ……随分弱そうなのが来たわね」
と、唐突にそんな事を口走った。
「ちょ、ベネ」
「何? 本当の事でしょう。細いしチビだし、おまけに石級の今日が初依頼。戦力としての期待度皆無」
(はは、初対面でここまで罵倒されるとは)
フードのしたで詩音は苦笑を浮かべる。
「なにへらへらしてんの? 文句があるなら言い返しなさいよ」
「え? いや、文句なんて。大方仰る通りですし。でもまぁ、殺す気で働きますので」
唐突な罵倒を受けながらも、平然とした口調でそう返す詩音にベネフィリーは気に入らないと言った表情を浮かべてから踵を返す。
「先に建物の前で待ってる」
短くケイとイルラに告げて、すたすたと歩いて行った。
「悪いな。あいつ誰にでもあんな感じで。悪い奴じゃ無いんだけど……」
「いえいえ。本当に今日冒険者になったばかりの初心者ですから。でも、邪魔にならないように努力しますので」
謝罪するケイに詩音は小さく手を振る。
「大丈夫。小鬼との戦いは私達が引き受ける。君は倒した小鬼の討伐証明の部位採取だけしてくれればいいから」
励ますようにそう言うイルラ。
詩音の事を気づかっている様だが、同時に彼女もベネフィリーと同じく詩音を戦力外と認識しているようだ。
「それなら安心です。改めて、ケイさん、イルラさん。今日はよろしくお願いします」
「だからそんなに畏まらなくていいってば。敬語もさん付けもいらないよ。まあ、よろしくねシオン君」
「よろしくなシオン」
少しばかり先の思いやられる顔合わせとなったが、何はともあれ詩音は冒険者になって初めての依頼にケイ、イルラ、ベネフィリーの三人と共に挑む事になった。




