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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
二章 篇首拠点市街《ユリウス》〜異彩なる世界〜
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19話 冒険者組合

 冒険者組合(ギルド)の建物は大理石で出来た綺麗な作りをしていた。

 フェルヴェーンのクレハの実家の屋敷にも迫る大きさの建物の扉を詩音は妖精達に続いて潜る。

 組合と言うわりには、中の様子は何の変哲も無い活気溢れる酒場と言った感じだった。

 重厚な鎧を着込んだ者、長大な槍を携えた者、怪しげなローブを羽織った者。

 様々な出で立ちの者がワイワイと騒いでいる。


「登録手続きの受付は此方だよ」


 クレハ達の案内で、詩音は進む。

 楽しげな談笑の飛び交うテーブルを通りすぎ、その先のカウンターが視界に映るとほぼ同時に

 

「あ、皆! 帰ってたんだ、おかえりー」


 窓口で何やら書類に目を通していた受付の女性、と言うより少女が、クレハ達の姿を見た途端に笑みを浮かべて元気な声でそう言った。

 少女は詩音やクレハと同じくらいの背丈で、見た目の年齢もさほど変わらないように思える。

 健康的な小麦色の肌と短く切った茶髪が活発そうな雰囲気を醸し出す。

 そして、そんな少女の頭からは頭髪と同じ色の毛に覆われた猫を思わせるシャープな三角耳が生えている。


「ただいま、レンレン」


 アリスがレンレンと呼んだ猫耳少女はカウンターに手を着いて身を乗り出して全身で妖精達の帰還に対する喜びを表す。


「なんかフェルヴェーンが大変だったらしいね」

「うん。でももう大丈夫だよ」

「そっかそっか。それは良かったよって、あれ? なんか見馴れない子がいるね」


 レンレンは詩音の存在に気付いたらしく、唐突に視線を向けて来たので軽く会釈する。


「どーも、詩音と言います」

「はじめまして。アタシは猫魔族(シャユマン)のレンレン。見ての通り此処(ギルド)の登録受付やってる自称組合の看板娘だよ」

「そこ自称なのがなんだか悲しいなぁ」

「おうっと、はっきり言うねぇ。えーと、今日は君の冒険者登録をしに来たのかな?」

「はい、お願いします」


 詩音が頷くとレンレンは「ちょっと待ってねぇ」と言ってカウンターの引き出しを開けて、中から一枚の小さな書類を取り出した。


「これに記入してね。登録手数料は一万フレイだよ」


 詩音はストレージにしまってあるアルト族長から貰った金貨を一枚引出し、それをコートのポケットから取り出したように見せかけて、カウンターに置いた。


「はい、丁度ね」


 金貨と入れ替わりでレンレンから羽ペンを受け取り、詩音は渡された書類に目を走らせる。

 表記項目は全部で四つ。

 名前、性別、種族、出身地。


「名前以外は空欄でもいいよぉ。場所によっては種族とか出身地とかで差別するふざけた所もあるから」


 その補足に小さく頷いてから、詩音は名前と性別、そして種族の欄に記入して書類をレンレンに渡した。


人族(ヒューマン)のシオン君、性別は男性で間違いないね」

「はい」

「それじゃ、この後ステータスの測定と試験してもらうね」


 《ステータス》。それについては既にクレハ達から聞いている。

 冒険者達の能力値を表記化したもので、膂力、速力、体力、魔力、制御、器用の六項目があり、此処でその能力値の測定を行い、その評価によってその人物の冒険者としての初期評価を決めるらしい。

 因みに、あまりにも能力値の評価が低いと冒険者と認めてくれないとの事。


 ある程度時間が掛かるらしいのでクレハ達には酒場で待っていて貰って、詩音は係りの者に付いて行き建物の奥へと進んでいた。


  ◆


 案内されたのは組合の裏にある四方を高い石積みの壁に囲まれたグランド。

 そこには詩音と同じく組合に登録しに来た人々が集まっていた。

 全員男性で人数は全部で二十一。詩音より背も幅もある青年ばかりだ。


「ううん? これはまた随分ヒョロヒョロした奴が来たな」


 野太い声でそんな事を言いながら、一人の中年男性が詩音の前に立った。

 背はそれほど高くないが腕も脚もはち切れんばかりの筋肉に覆われており、顔には大きな傷跡がある。


「ステータス測定及び試験担当のガルロだ」


 自己紹介を受けて、詩音は軽く挨拶をしておこうかと思ったが、


「おい、仮にも試験の場だ。フードぐらい取ったらどうだ?」


 と遮られた。

 確かに相手の言い分も尤もだと思い、詩音は「すみません」と謝りながらフードを取り、しまっていた髪を外に出した。


 すると、ガルロと言うらしい試験官は一瞬ぽかんとした後で何処か不機嫌そうに表情を曇らせた。


「ちっ、ヒョロヒョロの坊主かと思ったら嬢ちゃんか。おい、言っておくがな嬢ちゃん。冒険者ってのは常に危険と隣り合わせの危ない稼業だ。あんた見たいな年端もいかねぇ嬢ちゃんには向いてねぇぞ」

「は、はぁ………」


 嬢ちゃんと連呼されたが、もう面倒なので詩音は訂正しなかった。

 この試験官は、言葉は悪いがどうやら詩音の身を案じてくれているらしい。

 どうも悪い人物では無いようだが、ここで素直に帰るわけにもいかず詩音は遠慮がちに応答する。


「ご心配どうも。でも、大丈夫です」

「ちっ、そうかい。………ならとっとと他の奴らの所に行きな。これから測定試験の内容説明を始める」


 更に不機嫌そうな声と表情でそう言ったガルロに「はい」と頷いて詩音は他の冒険者希望者のもとへと向かう。

 すると、途端に赤茶けた髪をツンツンと逆立てた長身の青年が話しかけて来た。


「ねぇ、君も冒険者になるつもりかい?」

「? はい、そうですけど」

 

 答えると、今度は別の青年が口を開いた。

 

「大丈夫か? 試験には実戦試験もあるらしいし、止めるなら今のうちだぞ?」


 面倒くさいなぁと思いながら、それを表情に出さず、詩音は笑顔で応答する。


「大丈夫ですよ。僕、これでも鍛えてるんで」


 すると、青年達は揃って頬を赤く染めた。


「そ、そうか。まあ、無理はするなよ」

「ありがとうございます」


 そんなやり取りをしていると、先程聞いた野太い声が聞こえてきた。


「お前ら、これからステータス測定と冒険者登録試験の内容を説明する。確り聞いとけ」


 ガルロ試験官が言うには、ステータス測定試験は重量上げや短距離、長距離走等の身体能力測定の後、特殊な魔術機具を用いた魔力量、制御能力の測定と続き、ロープ等を用いた器用さの測定を行うらしい。

 そして、それらが終了した後で魔物との実戦形式での戦闘をして、それらの総合評価で合格の可不可と冒険者としてのランクを決定する。


 ガルロ試験官の説明が終わると同時にステータスの測定は始まった。

 組合の人間がぞろぞろと広場に入って来て、ダンベルを大量に運び込んできた。


「先ずは膂力の測定だ。この中から自分が持ち上げられる限界の重量の物を選べ」


 重量別に並べられた大量のダンベルを指して指示する。

 その言葉に従い、青年達がぞろぞろとダンベルへと歩み寄る。

 詩音もそれに続き、四十キロ──この世界では四十キル──程度の重量の物を選ぶ。

 その気になればそれなりの重量を上げる事が出来るが、あまり目立たない為に詩音は平均以下の数値を狙う。

 

 結果、詩音に与えられた評価は「膂力Eランク」。

 ステータスはF~Aまでの六段階評価で、Eランクが平均的な成人男性の数値となっているらしいので、おおよそ狙い通りの評価と言える。


 次に行われた百メイル短距離、二キル長距離走もかなり加減して挑んだ為、無事「速力Eランク」、「体力Dランク」の評価を貰うことができた。

 

 六項目のステータス測定のうち三項目が順調に終わったが、次の魔力量の測定で詩音は少しばかり苦労することになった。

 魔力量の測定は専用の魔術器具に限界まで魔力を流す事で行うのだが、魔力量の平均値が分からずに少しばかり流し過ぎてしまった。

 結果、評価は「魔力Bランク」

 平均値より二段階上の結果になってしまったが、詩音はこれは仕方がないと思うようにした。

 

 魔力量の測定と同時に行われた魔力制御能力の測定だが、此方は指示通りに魔力の強弱を調節するという内容だった。

 これに関しては加減をする必要もなく、寧ろ割りと真剣に取り組んだが結果は「制御Eランク」だった。


 最後にロープを指示された通りの結び方で出来るだけ早く結ぶ等の試験で「器用Dランク」の評価を貰い、一通りのステータス測定試験を終えた。


「はぁ……はぁ……」

「つ、疲れたぁ………君、大丈夫かい?」


 息を切らして地べたに座り込みながら訪ねてくるツンツンヘアーの青年に、


「僕も疲れましたよ」


 と、詩音も少し息を荒げて答えるが、本当は疲労の類いは全く感じていない。

 普段からこの測定より数百倍は過酷な鍛練を行っていた詩音にとって、この程度準備運動にも為らない。

 

 再び現れた組合の人達が測定に使ったダンベルや魔術器具を片付けると、それと入れ替わるようにバスケットと長机が運び込まれた。


「おら、お前らいつまで座ってる! とっとと立て! 最後の戦闘試験を始めるぞ!」


 ガルロ試験官が叫ぶと、全員が立ち上がる。


(こんなヘロヘロで実戦なんて出来るのかな?)


 近くの青年達を見て、そんな事を思った詩音だったが、それは杞憂だった。


「おら、一人二本ずつこいつを飲みな」


 その言葉と共にバスケットから小さなガラスの瓶が大量に出てきた。

 瓶の数は四十四本。うち半分には深い青色の液体が、もう半分には薄い緑色の液体が満たされている。


(《HL》、これは?)


 受け取った二種の瓶を眺めながら脳内で《HL》システムに問いかける。


『A 下位の《回復薬(ポーション)》です。飲む事で体力や傷、魔力を回復させる事ができます。青色の液体が魔力回復用の魔力回復薬(マナ・ポーション)、薄緑色の液体が体力回復用の体力回復薬(スタミナ・ポーション)です』

(へぇ、これが………。ふむ、体力も魔力もまだ余裕だな………)


 詩音は一度周囲を軽く見渡してから、


(パクっちゃお)


 気付かれないように素早く二本のポーションを《STORAGE》にしまい込んだ。


(面白そうな物を盗っちゃうのが僕の悪い癖だよなぁ………)


 我ながらの手癖の悪さをぼやいているうちに再びガルロの声が飛んで来た。


「全員飲んだか? よし、それじゃあ適当に二人組を作れ。戦闘試験は二人一組で一種類の魔物の相手と戦ってもらう。終わった奴から順に合格か不合格かを伝える」


 その発言と共にその場にいた青年達が一斉に詩音の元に駆け寄った。


「え?え? 何?何事?」


 戸惑う詩音に男達は口々に言い寄る。


「きみきみ、俺と組もうぜ!」

「え、あ、はい………」

「いやいや待った。俺と組もうよ! 戦闘も俺が全部引き受けるからさ!」

「え、あの……」

「それだったら俺にしときなよ! 俺、この前まで傭兵やってたし、戦闘には慣れてっから! そんな優男達より絶対俺のが強いぜ!」

「あんだとこの野郎! 誰が誰より強いってぇ!?」


 我先にとパートナーを申し込んでくる男達の言い合いは次第に激しくなり、罵詈雑言が飛び交う。

 その光景に詩音は思わず一歩後ずさる。


(うわぁ………これは、弱そうな奴と組んで自分を引き立てるつもりだな…………)


 内心でそう嘆きながら男達を一瞥する。

 今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気。このままでは余計な時間を取られる事請け合いだ。

 詩音は手近な青年の腕を掴み、


「僕、この人と組みます」


 と、宣言した。

 

「「「なっ!!」」」


 全員の声が重なり、詩音が腕を掴んだ青年へと視線が集まる。


「ちょ、待」


 誰かが不満げな表情を浮かべて何か喋ろうとした時、


「よーし、お前ら! 相方が決まったならお前らから試験を始めるぞ!」


 と、ガルロ試験官が言ったので押し黙った。


「二人は試験場の真ん中に行け。それ以外の者は一度下がって相方を決めておけよ」


 その指示に従い、詩音と相棒の青年は試験場の中心に進み、それ以外の青年達は壁際へと下がった。


「よろしく。俺はハルバだ」


 微妙に猫なで声で自己紹介をする相棒に詩音は愛想笑いを浮かべて応じる。


「よろしくお願いします。キリサキです」

「戦闘は俺に任せとけ。君は俺の後ろに居れば何も心配する事はない」


 自信満々の表情でそう言ってハルバ青年は、近くに置いてあった自身の荷物の中からしゃーんと音高らかに一本のブロードソードを抜き放った。

 剣はまだ高い日光を反射してぎらぎらと輝く。それは破損どころか生き物の血油に触れた事すら一度もない刃物特有の愚直な光。


「頼もしい限りです」


 建前としてそう言って、詩音も周囲の人々から見えない死角で《STORAGE》から武器を引き出す。

 鞘に収まった状態で腰の左側に現れたのは一本の細身の直剣。

 竜鱗製の刀《雪姫》は一介の冒険者が使うにはあまりにも強力かつ希少過ぎる代物だと妖精達から言われた為、その代用品として鍛治妖精(レプラコーン)のシャルロットから借り受けた彼女作の剣だ。

 引き抜いた剣は一度も戦闘を経験していない新品という点ではハルバの剣と同じだが、研ぎ上げられた刃の輝きや刀身を構成する鋼の質感は此方の方が遥かに良い。

 素材に特別な物は使っていないとの事なので、これは純粋な制作者の腕の差による違いだろう。


「準備は出来たな。それじゃあ始めるぞ」


 ガルロ試験官はそう言うと、魔法の詠唱を開始した。


闇に住まう者よ(フィンスターニス・)来たれ(コメン)───」


 二節で構成された言霊が響き、ガルロから放たれる魔力が超常の現象となって具現化する。


「《魔物召喚・犬頭族(サモン・コボルト)》」


 召喚魔法と呼ばれる闇属性魔法によって、異次元より魔の者が呼び寄せられた。


 赤茶けた体毛に覆われた幅のあるがっしりとした体躯は一応の人型。手足は人間のそれより僅かに短く、身の丈は大人程。粗雑な革製鎧に包まれた胸板の上に乗っているのは人間ではなく犬の頭。

 《犬頭族(コボルト)》。その名のとおり犬頭人身の怪物だ。

 一体ではない。剣を持ったものが三体、斧を持ったものが二体、そして、槍を持ったものが一体。全部で六体。


「こいつらは決して強い魔物ではない。冷静に的確に対処すれば素人でも倒せる。さあ、準備はいいな?」


 ガルロはそう言って試合を取り仕切る審判のように右手を上げる。


「見とけよ、即行で片付けてやるよ」


 ブロードソードを肩に担いだハルバはそう言って詩音より前に出て犬頭族(コボルト)と対峙する。


(まあ、本人も任せとけって言ってたし、少し様子見といきますか)


 そう思いながら、詩音は鞘から剣を抜いたまま数秒後に始まるであろう戦いに備えた。


 そして───


「では…………始め!」


 開戦の宣言がなされた。

 

「うおおお!!」


 ハルバは合図と同時に剣を掲げ、雄叫びと共に走り出した。

 野太い声と共に距離を詰め、一番手前にいた剣を携えた犬頭族(コボルト)の脳天目掛けて剣を振り下ろす。

 犬頭族(コボルト)は己の剣を真横に構えてその一撃を防ぎ、金属同士がぶつかる音が響く。

 ハルバは一度剣を引いて、横へ縦へと剣を振るう。

 そこに技術や合理性は一切ない。ただ闇雲に剣を振り回しているだけのチャンバラだ。

 だが、犬頭族(コボルト)はそんな素人の剣でもどうにかなる程度の魔物らしい。

 

「せりゃあああ!」


 喉を痛めるのではないかと言う声を迸らせながら突き出されたハルバの剣が犬頭族(コボルト)の防御をすり抜けてその喉を貫いた。

 ハルバの口角がニヤリと上がる。

 だが───


「ん、あれ?」


 剣を引き抜こうとしたハルバの口からそんな声が漏れる。

 無理矢理突き立てた剣は犬頭族(コボルト)の首の骨と筋肉に絡まり、抜けなくなっていた。


「ぐっ、こ、のぉぉ!」


 柄を両手で握り渾身の力で引き抜こうとするハルバだが、剣が抜けるより先に、


「っ!?」


 槍を持った犬頭族(コボルト)が、ハルバの脇腹に槍の柄を思いっきり叩きつけた。

 

「ぐふっ!!」


 見事に決まった薙ぎ払いによって、ハルバの身体は横転する。


「あが……が、ふ……」


 倒れたまま脇腹を押さえ、苦痛に喘ぐハルバに五体の犬頭族(コボルト)が襲い掛かる。

 槍を持った犬頭族(コボルト)と剣を持った二匹が並列して、その後ろに残る二匹が続く。


(これって不味いかなぁ………)


 犬頭族(コボルト)はガルロ試験官が呼び出した使役獣なので、恐らくハルバが死ぬ前に制止が掛かるだろうが、そうなった場合ハルバはほぼ間違いなく不合格となる。

 それに関しては詩音は気にしない。

 しかし、ハルバが不合格になった事でタッグを組んでいる詩音まで不合格通知を渡されたとなっては堪ったものではない。


(やっぱり助けた方がいいよね)


 五匹の犬頭族(コボルト)がハルバに一斉に飛びかかる。

 ハルバは目を見開き、苦痛とは別の、恐怖に染まった悲鳴を上げる。


「めんどくさいなぁ、全く」


 ぼやいて、詩音は地面を蹴った。

 十メートル程あった距離を一息で詰め、飛びかかる犬頭族(コボルト)とハルバの間に割り込む。

 背後でした「え?」という小さな声を無視して、詩音は三方から迫る敵を凝視する。


 最初に間合いに入ったのは真正面の槍。

 詩音は左手を伸ばし穂先の直ぐ下、口金の部分を掴み取り、強く引っ張った。当然、槍を握っていた犬頭族(コボルト)の身体は詩音へと引き寄せられる。

 詩音はその犬頭族(コボルト)の腹を強く蹴飛ばした。

 蹴られた犬頭族(コボルト)は衝撃で槍から手を離し、後ろの一匹にぶつかる。

 同時に詩音は槍の前後を器用に片手で持ち変え、重なった二匹の身体をその槍で串刺しにした。


 これで二匹。


 直後、もう一匹の犬頭族(コボルト)が剣を振り翳す。狙いは詩音の頭部。

 だが、血を飛び散らせたのは犬頭族(コボルト)の方だった。

 振り下ろされた刃が頭に達するより先に、詩音の剣が犬頭族(コボルト)の頭を斬り飛ばしたのだ。


 三匹。


 残るは斧を持ったものが二匹。

 詩音がそちらに目を向けると、その二匹は跳躍して手に持つ斧を振り上げる。

 全体重と筋力を乗せた刃が左右から迫る。

 それに対して詩音は、傍らに転がった犬頭族(コボルト)の死体の手から剣を拾い上げると右手に持った直剣と共に素早く投擲した。

 放たれた二本の剣は鈍い鉄色の軌跡を描いて飛翔し、二匹の犬頭族(コボルト)の額に同時に突き刺さった。

 

 これで六匹。全てが片付いた。


 ドサッと重い音を立てて額を貫かれた犬頭族(コボルト)の死体が落下する。

 詩音はその内の片方からシャルロット製の直剣を引き抜いて、血振りをして鞘に収めた。


「えーと、これで終わりですか?」


 詩音はそう訪ねるが、答える声はない。

 ガルロ試験官も他の冒険者希望者達も、ぽかーんと目と口を開いたまま固まっている。


「あのー」


 二度目の問い掛けでガルロ試験官は、はっとして開いた口を閉じて、


「………ご、合格だ」


 僅かに沈黙した後、そう言い放った。

 その時、周りの青年達も正気に戻ったようで、


「す、すげーよお嬢ちゃん!」

「めちゃくちゃ強えな!!」

「マジ半端ねぇよ!」


 と口々に叫びながら詩音を取り囲んだ。


「なぁ、俺とパーティ組んでくれよ!」

「え?」


 一人の青年が詩音の手を取り、そんな事を口走る。

 すると、


「なっ、ずるいぞ! そんな奴より俺と組んでくれ!」

「いや、俺と組んでくれ!」

「いや、オレと!」

 

 他の青年達も同じように詩音へと言い寄る。


「いや、あの、僕は知り合いを待たせていて…………」


 そう言って申し込みを断ろうとする詩音だが、青年達はそれでもしつこくパーティを申し込んでくる。


「ああ、もう!」


 話が通じないと判断した詩音は、周りを囲む青年達の壁を力づくで突破して、逃げるように試験場から立ち去った。

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